リアクション
●Epilogue――Endless Summer Nights
両脚の踵をぶつけ、正しい姿勢で敬礼する。
「異常ありません!」
この暑いのに彼女は国軍の制服姿、しかも襟元もきっちりと締めている。
「ご苦労」
敬礼を返したのはユージン・リュシュトマ少佐だ。後ろ暗いところのある者であれば、その恐ろしげな顔つきを見るだけで諸手を挙げて降参するだろう。彼もやはり、寸分の隙無く制服を着込んでいた。
だが少佐の錐のような視線を受けても、董蓮華はまるで動じない。しっかりと報告を行った。なぜなら彼女には現在、『リュシュトマ少佐の正補佐官』という名誉ある職務があるからだ。
少佐は厳しいが、蓮華の恋い焦がれる金鋭鋒団長同様に公明正大な人物だった。信賞必罰にして偏りがない。金団長の幼少期に、少佐は関わりがあると噂されている。もしそうだとしたら、鋭鋒の人格形成に少佐の薫陶があったことは想像に難くなかろう。
他の箇所でも触れたが、本日、会場警備は国軍が担当している。
イベントとしては規模が大きいこと、校長クラスの者をはじめとしてVIPも多数いることから、テロ対策として特別警備が敷かれているのだ。
「これって軍隊の仕事なのか……」
蓮華のパートナー、スティンガー・ホークはぼやいていたが、蓮華は大いに士気が高い。
「要人警護でもあるし、警察権を持つ国軍としては当然、仕事のうちだよ」
Vサインでも繰り出しそうな勢いで彼女はハッパをかけた。
「さあ、お仕事お仕事!」
鍛錬という意味でも有意義な任務だと彼女は思っている。テロリストが何か仕掛けてくるとすれば、それは一見、安全なものの姿をしているだろう。これを見抜くには鋭い眼が必要だ。それこそ、見るのではなく『観察』できる眼が。
総指揮は少佐が担当した。蓮華はその直属の部下として、多数の団員に指示を下すなどの役目も負った。幸いにして本日は何も損害はなかったが、神経をすり減らすような仕事だったため、終わってからひどく疲れたのは事実だ。立ちっぱなしで足は棒のようだし、緊張の連続で神経痛までする。
最後の花火が上がり、終了のアナウンスが流れはじめた。
だが花火祭が終わったところで、警備の仕事は終わらない。最後の一人まで客人が帰るまで、徹底して会場を回り、無事彼らを帰路につけることができた。
すべてが終わり、撤収が完了した頃には、とうに日付は変わっていた。誰も愚痴は言わないが、ボロ布のように疲れ切っていることだろう。それは蓮華も例外ではない。
最後に全員を集めると、リュシュトマは短いながらはっきりとねぎらいの言葉を口にした。同時に解散となる。
集まった団員たちはこれで、なんだか救われたような気になったようだ。健闘を称え合っては三々五々立ち去ってゆく。なかには蓮華に短く謝辞を述べて去る者もあった。
「さて、俺たちも一服して帰るとするか。せめて何か腹に入れないと歩くのもだるい」
スティンガーはうんと伸びをして、半透明のドームから空を見上げた。
花火の終わった夏空はなんだかもの寂しい。もうじきその夏も終わるのだから感傷もひとしおである。
――俺らしくないな、スティンガーは苦笑いした。
今年の夏は終わっても、どうせ一年したらまた夏だ。そうしたらまた花火もあるだろう。終わりなんて本当はないのだ。
会場の隅にテーブルを見つけ、制服の前を開け放ってだらしなく座る。
「なあ蓮華、何かレーションでも……」
と呼びかけた彼は、びっくりして椅子から転げ落ちそうになった。
蓮華が着替えて出てきたのだ。それも、真っ赤なチャイナドレスに。スリットから長い脚がさらされていた。用意周到、靴は黒のハイヒールである。
「ちょっと日が前後するけど団圓節でもしようかな、って」
「……ああ、たしか中秋節ってやつか。中国のお祭りだな」
丸一日あれだけ働いて、それでも祭を楽しむ余裕があるとは――スティンガーは内心舌を巻いた。もしかしたら蓮華は、自分が思っていた以上の大人物に成長するかもしれない。それこそ、金鋭鋒と肩を並べても見劣りしないような……。
「あたたっ、足首捻った!」
慣れないハイヒールのせいか、蓮華はさっそく自分で言った通りの状態になってグギッと転んだ。
――大人物になるにしても、もっと先の話だな。
「少佐もこちらへ」
「え?」
蓮華が呼んだ名に、仰天してスティンガーは立ち上がった。肘の下がった敬礼をする。
ユージン・リュシュトマ少佐が来ていた。
「お疲れかと思いますが、せっかくですので慰労をと思いまして」
「ありがたく相伴しよう」
少佐はにこりともしないが、どことなく親しみのある口調で言って、スティンガー同様丸テーブルについた。
「もう任務外だ。楽にしてくれ」とはいうものの少佐自身が、全然楽な格好をしていないので、
「あ……はい」スティンガーの返事もあいまいになるほかない。
蓮華が金茶を淹れた。茶請けの月餅(ユエピン)も出す。
「お疲れ様でした」
蓮華は気楽に話し出した。上司とはいえ、彼女はあまり少佐の任務外の姿を知らない。
月から至ったニルヴァナでの作戦、そこから始まってイレイザーと戦ったこと、枯れた風景などの話をとりとめもなく話す。もっぱら少佐も聞き役だ。
「月は理想郷ではなかったけど、確かに新天地ではありましたね」
その作戦についてスティンガーも話にからむ。あのとき、蓮華の射撃の腕について不足を感じたと彼は正直に言った。
「蓮華は格闘はそこそこだが、銃器の扱いはまだまだだ。遠距離のうちに脅威を排除すべきときもあるんだぞ」
「私は近接中心なの。そんなあれもこれもと万能を求められてもー」
「やる前から諦めるなんて蓮華らしくないな。第一、それが出来ないと団長の背中を守る事など夢のまた夢だぞ」
「そっか、それくらい出来ないと団長をお守りできないのか……なら、できるようになる!」
単純すぎるくらい単純に、蓮華は向上心を見せるのである。
「蓮華のヤルキを出すにはコレが一番なんで」
隙を見てスティンガーは、そっとリュシュトマに小声で話した。
「少佐はなにか、銃に関して特別な訓練をしてますか?」
割と気軽に蓮華は聞いた。
「そうだな……」
それまで茶を口に運んでいたはずの少佐が、ほんの一動作で銃を左手に抜いて握っていた。
「私は右利きだ。しかしこちらの手でも、瞬間的に銃が抜けるよういつも練習している」
言うそばからもう、彼は銃を腰に戻していた。
右手に持ったティーカップからは、一滴も茶はこぼれていなかった。
「す……」
一瞬、呼吸を忘れるくらい見入っていた蓮華は、思わず声をあげてしまった。
「すっごおおおい! よし、私も練習します」
などといいながら立って、いきなり自身のチャイナドレスのスリットに手を差し入れようとした(さすが軍人、ハンドガンを帯同しているらしい)ので、
「ば、ばかっ! 今やるんじゃない、今!」
思わずスティンガーも立ち上がって、素っ頓狂な声を上げてしまった。
――『デート、デート、デート。』完
桂木京介です。
かつてスプラッシュヘブンを扱ったシナリオ『蒼空とプールと夏のお嬢さん。あと、カメ』から二年、本シナリオは前掲シナリオの続編というわけではありませんが、両方に参加されている方から、二年前を振り返りつつのアクションをいただけたのは嬉しかったですね。それでも、初のかたも二度目の方も、楽しんでいただけるよう頑張って書きました。
色々稚拙なところもあったかもしれませんが、少しでも喜んで頂ければ、マスターとしてこれ以上の喜びはありません。
ラブラブな話、友情な話、リア充じゃなくても楽しいワーイな話、様々な物語がありました。皆さんの物語はどうでしたか? よければまた、今後のシナリオで続きをお聞かせ下さいませ。
それではまた、お目にかかれるその日まで。
桂木京介でした。
追伸:次回シナリオはまたもやシリアス展開に突入の予感です。よろしくお願いします。
―履歴―
2012年8月25日:初稿