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【二 市場原理の影】

 ところ変わって、ツァンダ領。
 黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)は、思わぬところでリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)とばったり出くわし、お互いがお互いに対して驚く、という妙な光景を現出させていた。
「これはこれは……もしかして、君もアヤトラ絡みで?」
「あら……ってことは、そっちも?」
 天音とリカインは、互いの目的までもが一致していることに、苦笑を禁じ得ない。
 ブルーズはというと、連れてきているケルベロスジュニア群れを暴れさせないようにしているだけで手一杯になっており、リカインに対して軽い会釈を送ってから、手にしている菓子折りを食われないようにと必死になっていた。
「やっぱり……デュベールってとこに、引っかかったみたいね」
「まぁ、ね。他に気付いた者は居ないみたいだから、せめて気付いた者が、動かないとね」
 いってから、天音は眼前にそびえるチェバン家の大きな門扉に視線を送った。
 彼らがここに足を運んだ理由――それはまさに、ブランダル・チェバンに面会を求めてのことであった。
「じゃ、行きましょうか」
「そうだね……あぁブルーズ、悪いけど、この子達のお守、宜しくね」
 ブルーズから菓子折りを受け取り、リカインと並んでチェバン邸内に足を進めてゆく天音。
 一方のブルーズは、まさかこんな展開になるとは露とも思っていなかったらしく、菓子折りを取り上げられたままの恰好で、
(おいおい、そりゃなかろう)
 などと内心で恨み節を漏らしながら、その場に佇むしかなかった。
 さて、天音とリカインである。
 ふたりは玄関の呼び鈴を鳴らして訪問の目的を告げ、程無くしてブランダルが待つ応接室へ通された。
 ブランダルは、以前とは随分と異なり、落ち着いた青年に成長しているように見えた。
「おふた方とも本当によく、来てくださいました。いずれ俺の方から、ご挨拶に伺わなきゃ、と思ってたんですけど、なかなか時間が取れなくて……」
 互いに軽い挨拶を交わし、その後の身上などを語り合いながら菓子折りの中身と上質な紅茶での歓談のひとときを終えてから、いよいよ本題に入る。
 天音は、遠回しにいわずにずばりとストレートに斬り込んだ。
「君相手に言葉を飾ってもすぐに見抜かれそうだし、単刀直入に聞くけれど……グエンとジェニファーは、メリンダさんの子供達かな?」
 まさに、直球であった。
 リカインも、そこまで考えを巡らせていた訳ではないが、同様の疑問を抱えていた。
 デュベールという姓、そしてグエンとジェニファーの双子の兄妹。
 ツァンダ領内でもそれなりに名が通っているデュベール家と同じ名を持つふたりが、一方は鏖殺寺院に奔り、一方は野盗団に身を落としている。
 もしこのふたりがデュベール家と浅からぬ因縁の持ち主であるなら、デュベール家を支える立場にあるチェバン家の者が、何も知らない筈がない。
 果たしてブランダルは、どこか諦めにも似た表情で小さく溜息を漏らし、僅かに視線を落とした。
「やっぱり、あのふたりについて話さないといけない日が、来てしまいましたね……でも、メリンダ様とは何の関係もありません。それだけは断言します」
 もう、それだけで十分だったかも知れない。
 天音とリカインは、互いにちらりと視線を交わし合い、小さく頷き合った。

     * * *

 再び、場所はヒラニプラ。
 といっても、今度は完全に街の外側、それもヒラニプラに程近い山地の奥。
 険しい傾斜が続く斜面上を、小型飛空艇を駆る五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)の両名が、偶然同じ個所を調べていた富永 佐那(とみなが・さな)を理沙の側でタンデムシートに乗せる格好で、低空低速飛行で滑走していた。
「や〜っぱりさ、こういうところに気が付くってのは、女の勘が疼くってことかしらねぇ」
 たまたま同じ女性の佐那を山中で拾ったことで、女の勘(もともとは野生の勘といい張っていた)の正当性を主張する理沙だったが、それも理沙の性格からくる適当な放言であると理解しているセレスティアは、また始まったとばかりに、ただただ苦笑を漏らすのみである。
「まぁ……勘でも何でも良いですけど、お仕事はちゃんとやっておかないと、いけませんわよ」
「はいはいはい、そうでござんすね」
 こちらもセレスティアからの苦言が飛んでくることを事前に予測していたのか、その応対はごく自然で、手慣れた印象を受けさせる。
 少なくとも佐那には、ふたりがこうやって何だかんだいいながら、お互いの死角をフォローする位置に小型飛空艇を配置して滑空している点は、流石だと舌を巻かざるを得なかった。
「私の気になる点としては、ヘッドマッシャーが強化人間ではないか、というところなんですが」
 理沙の駆る小型飛空艇のタンデムシートで、佐那は幾分控え目ながらも、持論を展開した。
 一度佐那が声を出し始めると、それまで軽口を叩き合っていた理沙とセレスティアは即座に口をつぐんだ。
 聞くべき時は聞く、という意識がふたりの間でしっかり浸透している証左であろう。
「強化人間を生み出す為には、それなりの規模の施設と設備が必要です。それに、パニッシュ・コープスがわざわざ、教導団のお膝元にアジトを設けたという点も、凄く気になるところですね」
 実のところ佐那は、更に突っ込んだ推論を胸の内に抱いていたのであるが、その内容は極めて鮮烈であり、このヒラニプラで白昼堂々と口にするのは、流石に憚られる。
 幸いにも、理沙とセレスティアは佐那が一瞬だけ見せた暗鬱な表情には気付いていなかったらしく、そこで一旦佐那が言葉を途切れさせても、然程に気にする素振りは見せなかった。
「何ていっても、ひとが居るところには生活物資の流入経路や、排水設備の出口なんかが絶対ある筈よね。幾らなんでも、防護ロックシステムとやらが機能している隠し通路だけを使用しているとは思えないんだけど」
 正論であった。
 が、それはあくまでも、パニッシュ・コープスがいわゆる人間の集団である場合の話である。
 佐那が抱いている推論のひとつ――もしそのアジトが、ヘッドマッシャーの拠点でもあったら?
 可能性は無くはないし、仮にヘッドマッシャーだけが居座っているとなると、通常の人間生活に必要なものが必ずしも備えてあるとは限らない。
 この時、不意に理沙が渋い表情で、タンデムシート上の佐那に振り返った。
「そうそう、忘れるとこだった……実は例の防護ロックシステム? ってやつも、別方面で少し調べて貰ってるんだけどね……嫌なことが分かってきたのよ」
 曰く、件の防護ロックシステムは、どうやらウィンザー・アームズ社という軍用機器設備の製造会社が開発したものである可能性が高い、ということであった。
「ウィンザー・アームズ社は、ウィンザー・テクノロジーズ・グループっていう企業集団のグループ内企業らしくてね。実は教導団にも幾つか、この会社から納入されている装備や機器なんかがあるみたい」
「ウィンザー・アームズ社……確か、天学にも一部、イコンドック内設備とか機器なんかを納めてたって話を聞いたことがあります」
 佐那は、何となく暗い予感を覚えた。
 いつの時代も、兵器や設備を向上させるのは軍でも政府でも、また役所でもない。
 常に競争原理に晒され、日々自社製品の品質向上に余念が無く、更に資金力も豊富な企業こそが、それらの役目を担っている。
 いわゆる軍需産業というやつだが、ここではウィンザー・アームズ社がまさに、その典型のひとつといって良かった。
「私達は教導団員じゃないから、あんまり深いところまでは探れなかったんだけど……多分教導団の中には、ウィンザー・アームズ社のシンパっていうか、親しい付き合いがあるお偉いさんとかも居るんだよね、多分」
 理沙の独白に近い呟きを漠然と聞きながら、佐那は軍産特需に沸く企業連合の巨大で暗い影が、目の前に立ちはだかっているような錯覚を覚えていた。

 実のところ、理沙にウィンザー・アームズ社の存在を秘かに情報として横流ししていたのは、叶 白竜(よう・ぱいろん)であった。
 教導団内のデータベースから、パニッシュ・コープスの過去の活動を洗い出しているうちに、その名前が浮上してきたのである。
 そもそもパニッシュ・コープスは、鏖殺寺院内でも特に頭脳派集団であると知られており、最も得意な分野は市場介入による株価操作であった。
 これまで確認されているだけでも、天学と鏖殺寺院の度重なる戦闘の際には必ずといって良い程、ニューヨーク株式取引市場や東京株式市場などに、パニッシュ・コープスによる株価操作の形跡が見て取れている。
 人心、特に株式市場に於けるそれは極めて鋭敏であり、天学と鏖殺寺院の戦いが多かれ少なかれ、世界の株式市場に様々な影響を及ぼしてきた。
 地球上でこの両者による戦闘が確認されると、市場心理としては万が一に備えての資金確保に走る為、売り注文が増加する傾向にある。だが、鏖殺寺院の行動を事前に知っていれば、株価が下落する前に売り抜けて莫大な利益を上げることも出来よう。
 パニッシュ・コープスはつまり、同じ鏖殺寺院の別グループが行動を起こすという情報を、自らの臨むタイミングで株式市場に流すことで株価を思うままに操り、何度も巨額の利益を上げてきていたのだ。
 そしてこれらの利益から出た資金の流れ着く先のひとつが――ウィンザー・アームズ社だったのである。
「ふぅ……また随分、他とは毛色が違うような……」
 教導団内のクライアントマシン集積ルームにて、操作端末から手を離して大きく背伸びした白竜は、天井を見上げながら静かに呟いた。
「天音っちに、連絡は入れておいた。ただ向こうもちょっと取り込み中みたいで、返事はまだだけどな」
 隣の操作端末から、世 羅儀(せい・らぎ)がコーヒーカップ片手に面を白竜の方へと向けてきた。
 白竜は、無精髭が伸び放題の顎先をぼりぼりと軽く掻きながら、ふむ、と小さく頷き返す。
「しかしあれだな、さっぱり出来るのは、まだまだ先になりそうだな」
 羅儀の幾分からかうような調子の笑みを含んだ声に、白竜は苦笑で応じた。
 彼の無精髭には、ブラッディ・ディバインへの対抗意識で、鏖殺寺院への対応が一息つくまでは、といった願掛けの意味合いがあるらしい。
 直接白竜本人から説明を受けた訳ではなかったが、羅儀には白竜の様子から、何となく察していた。
「さて……次は、現地調査ってやつか。ウィンザー・アームズ社のヒラニプラ出張オフィスは、ここから車で五分程のところだな」
「まずは顔見世、あちらのお手並み拝見といったところですか」
 オペレーターズシートから立ち上がり、白竜は操作端末経由で出力した資料を取り出す為に、少し離れたプリンターまで歩を進めてゆく。
 と、そこへ憲兵科所属の水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)が、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)を伴って入室口から顔を覗かせてきた。
「ご苦労様です、叶大尉。ご依頼のデータは、抽出完了していますでしょうか?」
「これは水原大尉……丁度今、お持ちしようとしていたところです」
 答えながら白竜は、たった今プリントアウトされたばかりの資料の一部を、ゆかりに手渡した。
 すると、隣からマリエッタが興味半分といった面立ちで、ゆかりが受け取った資料を覗き込んできた。
 びっしりと細かい文字が並ぶ書面に、マリエッタは思わず顔をしかめる。
「うわ〜、すっごい小さな文字で一杯……こりゃ、チラ見するだけで、頭がくらくらしてくるよ」
「……まだまだ、これからもっと沢山文字が出てきますよ」
 ゆかりの半ば呆れたような声を受けて、マリエッタはうへぇと辟易するような仕草で小さく舌を出す。
 ふたりのやり取りを微笑ましい気分で眺めていた白竜だが、ふと何かに思い当たった様子で表情を改め、手にした資料をじっと凝視しているゆかりに問いかけた。
「対パニッシュ・コープス部局内に、それらしい人物は見つかりましたか?」
「いえ、それが……直接鏖殺寺院側と接触を取れそうな人物は、まだ見つかっていません。ただ……」
 と、そこでゆかりは、たった今受け取ったばかりの資料を軽く手の甲で打ち、更に続ける。
「こちらの線は、これから進めます。パニッシュ・コープスと直接裏の繋がりはなくとも、ウィンザー・アームズ社と親しい教導団員は、結構な数に上るようですから」
「じゃ、これから一緒に乗り込むかい? お嬢さん方の同伴は、大歓迎さ」
 羅儀の軽い調子のひと言に、マリエッタが元気良く、ハイッと片手を挙げて応じた。