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夏の海と、地祇の島 後編

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夏の海と、地祇の島 後編

リアクション

 
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 ああもう、これどっちに行ったらいいかわっかんないなぁ。
 自身はパートナー、サー・ガウェイン(さー・がうぇいん)に手を引かれ。また、筧 十蔵(かけい・じゅうぞう)に手を引かれ隣を走るレイリア・シルフィール(れいりあ・しるふぃーる)を横目で見ながら、果たして自分たちは今どこにいるのか、どこに向かっているのかと、まるきりわからなくなってしまった方向感覚に、上原 涼子(うえはら・りょうこ)は思う。
 追っ手は、無数のコウモリたち。どうやら知らず知らず、ただでさえ多いそいつらの密集した、巣のエリアに入ってしまっていたらしい。今までの比でなく、追いかけてくるそれらの数は、尋常ではない。
 
「痛っ!? 痛い、痛いってばっ!?」
 
 四方八方から追い立てられ、爪や牙が襲ってくる。
 一匹一匹は大した力も、大きさもないけれど、ここまでしつこくて数が多いと、意外と洒落にならない。
 
「うおりゃあっ!!」
「へっ?」
 
 その、コウモリの大群めがけてなにかが飛んでくる──いやさ、どこからか投げつけられる。
「わ、ワカメっ?」
「あ、こら! 巣の材料欲しいんだろ!? 避けずに群がれよっ!?」
 それは無茶というものだろう。そんな、雪合戦の球のようにでっかく丸めたものをぶつけられたら、人間だって向かっては行かずに避けるはずだもの。
「だいじょうぶー?」
「んお? えーっと?」
 それを投げた男と、そのパートナーと思しき男。そして、姉妹らしい獣人の少女たちがふたり、こっちだ、と手招きをしている。
「かたじけない」
 ガウェインがぺこりと頭を下げ、涼子たちを連れそちらに向かう。その間にもうりゃ、とか、とりゃ、とか掛け声をあげて、男──康之は呆れ顔の某を尻目に、海藻を投げ続けている。
 意味あるのかなぁ、あれ。と思ったけれど、しかしよくよく見ると地面に落ちた海藻にはたしかにコウモリたちが群がっていた。その点ではまったく無意味というわけではないのかもしれない。
「ここは一体なんなんだ、どの辺なんだ?」
 十蔵が、リンへと問う。まったくもって現在位置がわからない涼子たち一行にとって、それは切実な問題であり。
「うーんとね、せつめいはできるんだけど。それより、いっしょにきてもらったほうがはやいかな?」
「いっしょに……ですか?」
 レイリアと涼子は、お互い顔を見合わせる。
 また、十蔵やガウェインとも。
 たしかに、ここでじっと話し込んでいてはまたコウモリたちが追ってくるかもしれないし──……、
 
「わかった、ついていく。あたしたちだけじゃどっちみち、ここがどこかわかったところでどこをどう行けばいいかなんて、わかんないもんね」
 
 それが、四人の結論。出すまでにかかる時間は、さほどでもなかった。
 
「おっけー、じゃあいこっか」
 獣人の姉妹が踵を返し、手招きをする。
 
「あ」
「うん?」
 と、海藻を投げていた男──康之が、やおらに手にしていたその海藻の球をほぐして、何を考えているのかいきなり、涼子へと差し出す。
「な、なによ?」
「これ、使え」
 
 使えって。……投げろと?
 
「破れてんぞ、水着」
「はっ? ……なー!?」
 そう。コウモリの爪がひっかいていったせいか、涼子自身の自覚のないまま、ところどころ、身に着けた水着の布地が破れて、素肌が見え隠れしていて。
 かといって、男からそのことを指摘されて平静でいられるわけもなく。
 ぺたんと、思わず座り込む。
 
「やーすーゆーき」
 
 康之の後頭部に、彼のパートナーである某がチョップをかまして、呆れたように息を吐いていた。
「あらら。これ、つかうといいよー」
 リンの差し出したタオルをひったくるようにして、受け取って。慌てて、体に巻きつけていく。
「?」
 見た側は、よくわかっていないようだけれど。
「おーい」
「おー、レキちゃん。あいぼうさんはみつかった?」
 そして、向こうからやってくるレキ。その隣には、シズルもいる。
 リンに問われ、首を左右させる。
 
「ダメ。やっぱり、見つからない。ボクも一旦、皆のところに行くよ。ひょっとしたらもう、そっちにいるかもしれないし」
 

 
「見えてる! 見えてるってば!」
「えー? このくらい、問題ナッシングですよぉ」
 そういうわけにはいかないでしょ。あちらこちらが破れて色々と見え隠れしている水着を晒したままからからと笑うレティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の素振りに、思わずセルファはつっこみを入れる。
 慌ててタオルを広げてこちらにやってくる彼女のパートナー、ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)の感覚のほうが、むしろ正確と言っていい。笑い事じゃないっての。
「しかーし、まあ。あちこち歩き回ったけども、概ね皆この場所に集まってきてるみたいですねぇ」
「ああ、レティ。じっとして」
「……みたいね」
 ミスティに言われ、「はーい」と彼女のするがままにさせているレティシアから、セルファは更紗に手当てしてもらっている真人へと、視線を移す。
 
 別に手当てといってもそれは、コウモリのせいではない。大した怪我ではない。
 
 この、クルーザーのところにやってくるまでの道中だ。
 眼鏡のない真人がうっかり、足場を踏み外してこけそうになって。
 前を歩いていたセルファの、せっかく結びなおしてもらった肩ヒモを掴んで、ひっぱってしまったのである。
 それでパニックになっておもいっきり彼の頬をひっぱたいたのは無論、他ならぬセルファなわけであって。
 真人の頬には、セルファの掌が刻んだ真っ赤な紅葉がついている。鼻に、ティッシュがつめこまれている。
 
「ひょっとして、多少気が咎めてます?」
「うえっ? な、なんでっ?」
 
 いつの間にそこにいたのか、フレンディスがベルクとともに、セルファの顔を覗き込んでいた。
「いや……だって、なあ」
 真っ赤だぞ、あいつの頬っぺた。
 いや、うん。あれは事故。事故だから、不可抗力だから。仕方ない。そんな、言葉に出せない言い訳がセルファの心の中にぐるぐるまわる。
「それにしても、リンさんたちはまだでしょうか?」
「あー。たしかに、結構かかってるな」
「ふえ?」
 リンと、その妹。そして彼女たちについていった某たちはなかなか帰ってくる気配がない。
「まあ、このクジラの住人なんだ。そこまで心配することもあるまい」
 まだリンとは会っていないレティシアが、いまいち状況をわかっていないのか、首を傾げていた。
 
「外は今、どんな感じなんですかねぇ?」
 
 そしてクルーザーの縁で寄り添っていた、エースたちに訊ねる。
 唯一、この中で彼らだけが辛うじて、外界との通信に成功していて。
「そろそろ、順調にいけば浅瀬で作業がはじまっているはずだが──……どうだろうな」
「うまくいっていると、いいのだけれど……?」
 と、リリアが言葉を切る。耳をそばだてていると、足音が聞こえてくる。ところどころに、話し声もそこに交えながら。
「ありゃ。随分やられてるなぁ」
 エヴァルトの感想も、当然と言えば当然と言えた。
 やっぱり、うまく泳げなかったらしかった。──察するに、そういうことなのだろう。加夜の背に負ぶさって、けほけほと飲んだ海水にむせる彩夜を連れ、蒼の月が美羽とともに暗い通路の向こうから、姿を現したからだ。
 
「大丈夫かよ?」
「は、い。なんとか……けほっ」
「ベアトリーチェ、一応見てあげてくれる?」
「ええ。さ、少し横になって」
 
 ま、カナヅチにこの環境は辛いわな。エヴァルトが率直に言い、皆もまたそれに同意の頷きを見せる。
 多かれ少なかれ、ここにいる皆がこのクジラ内部の潮だまりを泳いで、ここまでやってきているのだから。むしろよくついてきたと、彼女のことは褒めてやるべきかもしれない。
 
「む、リンがまだ戻っていないようだが」
「うむ、まだ皆を探してくれているよ」
 辺りを見回す蒼の月に、白姫が応じる。
「それで、どうするのですか? 皆の意見はある程度分かれているようなのですが」
「ふむ、そうだな。鼻から出るか、口から出るか、ということだろう?」
 フレンディスが訊ね、そこから生まれた蒼の月の問いに、今度はエースが答える。
「時間的にはどうか? 救助作業がはじまっていたら既に、鼻のほうは塞がれている可能性が高いのであろう?」
「ああ。そうするつもりだと、外の連中は言っていた」
「ならば、これから行ったとて、無駄足になる可能性は高いわけだ。ゆえにここからはこのまま、皆で口のほうを目指そうかと思うのだが、異存のある者はおるか?」
 挙手する者はない。ただ、唯一レティシアが「鼻からのほうが面白そうなんですけどねぇ?」とかなんとか言って、ミスティに脇を肘で小突かれた程度のこと。
「では、リンたちの合流を待って──……」
 
「ミア!」
 
 異存がないなら、あとは全員集合を待つばかり。満足げに頷いた蒼の月が場をまとめようとしたそのとき、その空気を切り裂いて、甲高い、叫びが高い天井のクジラの中に響き渡った。
 その声が向けられたのは──浮き輪をその胴に通したまま。生まれたままの姿にタオルを巻いている少女へ。
 クルーザーの船体に背中を預けてちょこんと座っている、ミアに対してであった。