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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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スーパーモール:ヘッドマッシャー2

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【二 虎と狼は前門に】

 ルースの狙撃による赤涙鬼の一掃は、屋上を逃げ惑う民間人をその場凌ぎで救うだけでなく、降下部隊の掩護にも直結した。
 まずレオン率いるA班の各人員が降下用ロープ伝いに屋上の床面へと着陸し、続いて教導団叶 白竜(よう・ぱいろん)大尉率いるB班が降下する。
 最後に、残ったC班が降下する訳だが、その際には先行して降下したA班とB班が陸上援護という形で、C班の降下を支援する態勢を取った。
「……来ます!」
 白竜が、警鐘の声を放った。
 店内に入る通用口の陰から、狙撃範囲の外に居た赤涙鬼の群れが飛び出してきた。
 鮮血の涙を流す両眼は深紅に染まり、鬼のような形相は、かつて彼らが善良な一般市民であった事実を完全に覆い隠してしまっている。
 その姿に、白竜はルースと同様、一瞬の躊躇いを感じない訳ではなかった。
 今でこそ凶悪な食人の化け物であるとはいえ、彼らとて、好んでこのような姿になった訳では無い。
 如何にひととしての精神を失い、死亡したも同然であると認定されたとしても、銃口を向けるには相当の精神力が必要であった。
 そんな思いが白竜の反応を、僅かに鈍らせたのか――襲い来る赤涙鬼の群れに先頭切って立ち向かっていったは良いが、二体目の攻撃をかわしたところで、三体目の牙を左の二の腕に浴びてしまった。
「くっ……降下部隊最初の感染者、という訳ですか」
 己の思い切りの悪さを罵りながらも、白竜は自身の左腕に噛みつき、上腕筋を根こそぎ食いちぎろうとしている赤涙鬼の前頭部に狙いを定め、得物による一撃を浴びせた。
 結果、その赤涙鬼は首から上を失ってその場に仰臥したが、白竜も上腕部に少なからぬダメージを受けてしまった。
「大丈夫か!?」
 パワードマスク改を装着している世 羅儀(せい・らぎ)が応急セットを取り出し、慌てて駆け寄ってくる。
 更に襲い来る別の赤涙鬼共は、C班の教導団兵達が何とか退けつつある。羅儀は応急セットの中から止血剤と包帯を引っ張り出し、手早く白竜の左上腕部の手当てにかかった。
「こいつは……結構深い傷だな」
「えぇ。それにもうひとつ、分かったことがあります」
 羅儀に応じながら、白竜は渋い表情で低く唸った。
「コントラクターが屍躁菌に感染しても、赤涙鬼化することはない……しかしながら赤涙鬼からの攻撃による打撃は、確実にダメージを与えてくるようです。レイビーズS2型で発症しないのと、攻撃を受けて致命傷を受けることは完全に別物であると考えておかねば、痛い目に遭いますね」
 羅儀は、ごくりと息を呑んだ。
 赤涙鬼の戦闘力や強靭な耐久力は、つい今しがた、目にしたばかりである。
 それが、数百という数に及んでスーパーモール内にひしめき合っているということは、これは尋常ならざる事態であると考えなければならない。
 コントラクターは単純に、赤涙鬼化しないという恩恵に与っているのみであり、赤涙鬼の攻撃によって手酷い打撃を受けた場合、程度によっては失血性ショックで死に至る可能性もあるという事実を、羅儀は改めて認識させられた。
「こんなことじゃ、先が思いやられるね」
 白竜と羅儀を守る為に駆け寄ってきたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が、苦しげ様子で喉の奥から低い声を漏らした。
 屋上に降下するだけで、これだけの困難が伴った。
 ここから更に、若崎源次郎の身柄を確保しなければならないというのに、これから先、一体どれ程の困難が待ち受けているというのだろうか。
 一瞬コハクは、眩暈にも似た気の遠さを感じてしまった。
 と、その時。
「うわぁっ! 何だあれは!?」
「で、出た!」
 周囲から、恐怖と驚きが入り混じった声が、次々にあがる。
 白竜と羅儀が慌てて、慌ててその方角に視線を飛ばした。
「……まさかな。もうお出ましって訳か」
 彼らの視界の中で、漆黒の巨体が秋晴れの真っ青な空をバックに従えて、静かに佇んでいた。
 ガスマスク越しのような息苦しい呼吸音を周辺に響かせ、醜く歪んだマスクの奥から、血走った目でこちらを睨みつけてくる。
 彼らにとっては最も出会いたくない相手――ヘッドマッシャーが、早くも姿を現していたのである。

 赤涙鬼の群れに加え、ヘッドマッシャーまで現れた。
 翻って突入部隊はというと、まだスーパーモールの屋上にようやく取りついたばかりであり、店内への突入すらまだ果たしていない。
 人数では優っているが、印象としては完全に後手を踏んだといわざるを得ないだろう。
「あいつは、コントラクターが相手でないと無理ですな」
 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が、教導団一般兵達を抑える形で素早く進み出て、ヘッドマッシャーと対峙する位置を取った。
 勿論、唯斗ひとりでどうにかなる相手ではない。
「赤涙鬼は、他に任せておこう。こいつは集中して叩かないと、どうしようもないからね」
「三人でも心もとないが……贅沢は、いっておれん」
 シャノン・エルクストン(しゃのん・えるくすとん)グレゴワール・ド・ギー(ぐれごわーる・どぎー)が、唯斗を援護する形で、それぞれ左右に並んだ。
 かつてシャンバラ大荒野での対ヘッドマッシャー戦では、五人や六人という人数でも相当に手こずった。
 それが今は、僅か三人である。しかも周りには、赤涙鬼の群れというおまけまでついているのだ。状況としては最悪に近いといって良い。
「堂々と姿を現したということは、こやつはスティミュレーターであるか」
 周辺で、対赤涙鬼戦に臨む教導団兵達による激しい銃撃音が鳴り響く中、グレゴワールは喉の奥で静かに唸った。
 こちらの身体能力が高ければ高い程、その肉体に過剰の負荷がかかり、骨や神経が耐え切れずに破壊されてしまうという特性――それが、スティミュレーターの切り札であった。
 コントラクターとして優秀であることが、却って最大の脅威と化してしまうという厄介な相手である。
 余程上手い対策を練って対処せねば、あっさりと返り討ちに遭ってしまうだろう。
「もうひと組、回復役と狙撃役が欲しいですね」
 唯斗の呟きに、シャノンとグレゴワールは同意して小さく頷き返す。
 対スティミュレーター戦に限っていえば、ある程度の対策は既に示されている。戦術も、確立していると考えて良いだろう。
 問題は、それを実行に移す人員の確保と配置であった。
 事前にある程度打ち合わせを済ませておき、スティミュレーター出現時には計画通りに人員配置し、タイミングを合わせて攻撃する必要があるのだが、悲しいかな、コントラクターという人種は各々が強力な個性と戦闘力を有しているが故に、そういった事前連携は極めて少ないのが実情であった。
 そしてこの場に於いても、僅か三人という寡少な人員でヘッドマッシャーを相手取らなければならない。
 お世辞にも、ヘッドマッシャー対策が上手く機能しているとはいえなかった。
 ところが。
「そういうことなら、ボク達に任せてよ!」
「狙撃に回復……丁度おあつらえ向きのチームが、ここにおるぞい!」
 レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)ミア・マハ(みあ・まは)が、B班から離脱して飛び出してきた。
 レキは銃撃による遠隔攻撃、そしてミアは回復担当という具合に、唯斗やシャノンが望んだ役割を自らに課していたふたりである。
 この局面に於いては、最も望ましい人材であるといえよう。
「おぉ、これは大変助かる……されば、いざ!」
「参ります」
 グレゴワールと唯斗が僅かにタイミングをずらしつつ、ヘッドマッシャーの漆黒の巨体に殺到した。
 いずれもコントラクターの特殊な技能にはあまり頼らない戦法を心がけてはいるが、どの能力が封じられるのかは、実際に戦ってみないと分からない。
 唯斗は手始めにふたつみっつ、どの能力が生き残るのかを試そうとした。
「たとえ全てを両断する鞭であろうと、我が信仰、砕くことは出来ぬ!」
 グレゴワールの構える剣の切っ先がヘッドマッシャーのブレードロッドを巧みに捌きつつ、一気に懐へと飛び込んでゆく。
 ブレードロッドの武器としての特性上、距離を詰める時は肌と肌が擦り合う程の至近距離に迫らなければ、意味が無い。
 グレゴワールのこの戦術は、唯斗にも参考となるところであった。
「回復の為に距離を取る時はボクが援護するから、合図を出してね!」
 レキの呼びかけに、唯斗とグレゴワールは目線だけで頷き返した。
 勿論その間も、シャノンとミアが、いつでも回復術を施術出来るようにと、じっと身構えている。
 このヘッドマッシャーは、矢張りスティミュレーターモデルであるらしい。
 だが、今回は人員配置に全くの無駄が無い。
(今度こそは……いけるかも!)
 レキが確信を得たように、力強く頷く。
 最後の散弾地雷自爆だけは何とか気を付けなければならないが、相手の戦術が事前に分かっている以上、然程に大きな問題ではなかった。

     * * *

 一方、突入部隊の各班は、襲い来る赤涙鬼を確実に打ち倒しながら、店内へと入る通用口へと辿り着いた。
 最初に通用口内へ突入するのは、戦闘力に秀でたコントラクターの役目である。
 まず夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)、そしてブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)の四人が通用口の扉を蹴破り、それぞれ得物を構えて上下左右に警戒の視線を走らせる。
 四人はほとんど瞬間的に、動く気配の有無を確認した。
「夜刀神、クリアー」
「草薙、クリアー」
「パワーズ……クリアー!」
「同じくコイル、クリアー」
 突入した四人からの報告を受けて、通用口の外側では、レオンが班員達に突入の指示を出す一方、B班とC班の各指揮官に向けて手信号を送る。
 まずA班が、通用口階下のエレベーターホールを確保し、その後にB班が続く。C班はそれまで通用口の安全を確保し、A班とB班の突入が完了した後にエレベーターホールへ降りる、という寸法であった。
 A班の先行突入組の四人が、通用口内の安全を確保する為に、それぞれの得物を構えたまま階段の上下で待機する位置を取った。
(ヘッドマッシャーとかいうのは、大丈夫なのか……?)
 甚五郎はちらりと、通用口から射し込む穏やかな陽光に視線を走らせた。
 通用口の外側、屋上の一角では一部のコントラクター達が、突如現れたヘッドマッシャーを相手に廻して、激しい戦闘を繰り広げている。
 突入部隊はいわば、彼らに対ヘッドマッシャー戦を託した格好で、店内に突入しようとしているのである。
 無論、他にもヘッドマッシャーが居るかもしれない。
 その可能性は否定出来ないが、矢張り、あのメンバーだけで最初に現れたヘッドマッシャーを処理させるというのは、危険が大き過ぎるのではないかという不安が、どうしてもつきまとった。
「彼らが心配か?」
 レオンが、幾分不安げな表情を浮かべて通用口方向に視線をちらちらと飛ばしている甚五郎の傍らを通り過ぎる際に、小声で囁いた。
 甚五郎は否定する訳でもなく、曖昧に頷いた。
 これに対しレオンは、一瞬難しげに思案したが、すぐに何かの思いを振り払うように小首を振った。
「今はとにかく、任務に集中しろ。彼らとて、歴戦のコントラクターだ。下手な手は打たないさ」
 そうあって欲しいものだが――甚五郎は、半ば祈るような気持ちでもう一度、通用口から射し込んでくる柔らかな陽光に、複雑な感情が入り混じる視線を投げかけた。
 その時、同じ階段の下方に位置していた羽純がB班の通過を前にして、慌てた声を発した。
「エレベーターホール、十時の方向、敵影あり!」
 援護に駆けつけてきたホリイが、羽純の指し示す方角を、扉の陰から凝視した。
 見ると確かに、歪な動作で床を這いずり回る赤涙鬼が数体、エレベーターホールに展開しているA班に向けて接近してくる姿が見えた。
「草薙、パワーズ、コイルの各員は持ち場を維持。夜刀神、一緒に来い」
 レオンの指示を受けて、甚五郎を除く三人はC班の通過を待つ為、その場で待機することとなったが、甚五郎だけはレオンと共にエレベーターホールに飛び出し、先行しているA班の他の面々と合流した。
「赤涙鬼の数は……ざっと十体、ってところだね」
 A班副長の美羽が、額から頬にかけてうっすらと汗を滲ませながら、傍らでアサルトライフルを構えるレオンに小声で報告した。
 レオンは、シャンバラ人の教導団一般兵達の緊張に強張る面をさっと眺めてから、美羽に応じる。
「少し厳しいかも知れないが、まずはコントラクターのみで応戦だ。悪いが、コハクを呼んで貰えるか」
「……了解」
 美羽が答えるのとほぼ同時に、赤涙鬼の群れが更に速度を速め、エレベーターホールへの距離をどんどん詰めてくる。
 いきなりの屋内接近戦に、どの面々も背筋に冷たいものを感じた。