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リアクション
第五章
会場の様子がいくつも映し出されたモニタールーム。
「失礼します。商品をお届けに参りました」
支配人がバニーガールと戯れていた所に、扉を叩く音が響き渡る。
突然の来客に支配人は至福の時間を中断し、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)達は部屋から退出させる。
入れ替わりに部屋に入ってきたセリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は、さっそく運んできた商品リストが書かれた紙を提示した。
「こちらが頼まれていた品です」
「……間違いないな。ご苦労。それで……ん? なんだ、そいつらは?」
支配人が入り口に立った想詠 瑠兎子(おもなが・るうね)と敏腕アイドルプロデューサーの存在に気づく。
「お初にお目にかかります。男の娘アイドルを目指すアイドルの卵を連れてきまので、ぜひ出品していただければ思います」
瑠兎子が深々とお辞儀する。その背後には、女装させられた上にガムテープで口を封じられ、後ろ手に両手首を縛られた想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)の姿があった。
夢悠が様々な所で活躍して知名度があることを、瑠兎子は支配人に説明する。
話を聞きながら、支配人は顎に手を当てて何やら考え込むような仕草をしていた。
部屋の外には大量の見張りがいる。戦闘になればタダではすまない。夢悠と瑠兎子は支配人の次の言葉が発せられるのをヒヤヒヤしながら待っていた。
「確かにそのイベントなら知っているな。……いいだろう。今日は特別な日だ。売り出すまではこちらで預かる。それでいいな。お嬢さんは会場で待っているといい」
入ってきた黒服に案内され、夢悠だけは別の場所に連れて行かれた。
「それでは今後の話ですが、あちらの部屋でお話しましょう……」
支配人はセリスを隣接した部屋へと案内する。
部屋から人がいなくなり、無音になる。
「さて、お仕事をしますか」
そこに突如聞こえてきた男性の声。
【光学迷彩】を解いて現れたのは、教導団情報部所属の甲賀 三郎(こうが・さぶろう)だった。彼はセリス達が部屋に入ってきた時、こっそり忍び込んでいたのだ。
三郎はトラップを警戒しながら、室内の捜索にあたった。
探すは闇市の組織図と黒幕について。完全摘発を行うための手がかりを探していた。
「ここにはないか。となると後は……」
室内を捜索し、モニター制御の端末から情報を引き出した。けれど欲しい情報はなかった。
もっと決め手になるものがないと。
そんな時、仲間からの情報が入ってくる。背後に教導団の内通者がいる。
「これは大仕事の予感だな」
決定的な証拠を掴むため、三郎は次の捜索へと向かうことにした。
モニタールーム出て更衣室に向かっていたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、隣を歩いていたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)に問いかけられる。
「セレンはどう思う?」
「どうとか聞かれても、まだ情報不足よね」
教導団所属だというフードの男。支配人から詳しいことは聞きだせなかったが、そいつが幹部になったことによりアーベントインビスは大きく成長したという。
そいつがどこに所属し、誰なのか。それはまだわかっていない。
「でも、一応皆には伝えておいた方がいいわよね」
「何をじゃ?」
「「――!?」」
後方からの声に振り返った二人は、咄嗟に通路の両脇へ飛び退いた。
眩い閃光――駆ける電流。
先ほどまで立っていた床が無残にも抉られる。
「危ないわね……」
二人は突如攻撃しかけてきた相手――辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)を睨みつける。
「お主達のことは最初から怪しいと思っておったのじゃ。悪いがここでやらせてもらう。それがわらわの仕事じゃからな!」
床を蹴り一気に距離を詰める刹那。横凪ぎに斬りつけられる剣を紙一重に避けるも、セレンフィリティのバニーガールの衣装に切れ目が生じた。
「っ! ただでさえ薄いのに!?」
「セレン、武器は!?」
「あるわけないでしょ!」
支配人の指示で着替え、厳重な検査に余分な物などを持ち込む隙はなかった。
通路の向こうから足音が聞こえる。スキルによる肉体強化しているとはいえ、多数相手に素手でやり合うのは得策ではない。
二人は攻撃を避けつつ、通路を駆けた。すると、曲がり角でガードマンが飛び出してくる。
「邪魔よ!」
「どきなさい!」
ガードマンを素早く昏倒させると、二人は彼らの腰に差してあった拳銃を奪い、刹那に向かって発砲した。
だが――
「甘い!」
銃弾はあっさり弾かれる。
「ちぃ!」
セレンフィリティは苦い表情をして、弾切れになった拳銃を捨てる。
「だめ! やっぱり自分達の武器を取りに行かなきゃ!」
「ええ、一端引くわよ!」
「逃がすか!」
周到に追いかけてくる刹那。セレンフィリティとセレアナは自分達の武器がある更衣室を目指して疾走する。
「さて、状況は動いているようだし、私もそろそろ準備をしますか」
トイレの個室に入った四代目 二十面相(よんだいめ・にじゅうめんそう)は、隠してあった変装道具を取り出す。
出品者から本業へ。ことは慎重にそして大胆に。
商品を見ていたら怪盗の血がうずく。出番はもうすぐそこだ。
四代目二十面相は地図で倉庫の位置を確認する。
一方、その倉庫ではイングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が檻に入れられていた。
「ふ、吹雪……」
「もう少しの辛抱であります。大人しく待っているであります」
生物兵器(イングラハム)を見張る目的で倉庫に入り込んだ吹雪は、じっと扉を見つめてその時を待っていた。
「間もなく皆さんが突撃してくるであります。そしたら一斉にここにある物を運び出して――」
「そそそ、その前に我が身の安全が心配なのだよ!?」
振り返ると、イングラハムが隣の獣に爪を伸ばされ身を縮めていた。
吹雪は目を細めて、イングラハムと獣を見つめる。そして――
「辛抱であります……」
視線を扉に戻した。背後で助けを求める声が聞えた……気がした。
商品として出品されることになった想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)は、全面白いタイル張りの殺風景な部屋に放置されていた。
「瑠兎姉のやつ、かなりきつく縛ったな」
設定上は無理やり売りに出された男の娘アイドル。そのため、両腕を縛る縄は逃げないようにと、かなりきつめだった。現状のままでも骨に食い込み、かなり痛い。
少しくらい緩めてもいいだろうともがいていると、いきなりドアが勢いよく開かれる。
「おら、ここで大人しく待ってるんだぞ! 見張ってるからな!」
黒服の大男に肩に担がれた少女――ポミエラが夢悠の前に投げ出された。
男がそそくさに出て行くと、痛みを堪え表情を歪ませていたポミエラと目があった。
「よかった。無事だったんだね。怪我とか大丈夫?」
「っぅ〜〜〜〜〜〜」
「?」
ポミエラの顔が一気に赤面していく。何か言いたげにしていたが、うまく言葉が発せられないようで、代わりにボロボロと涙を流し始めた。
「な、なんで泣いてるの!?」
困惑する夢悠。すると、ポミエラが未だ痺れが残っている身体で、必死に下半身をモジモジ動かしているのに気づいた。そこには――
「ご、ごめん……」
見られたくないこと。
夢悠は慌てて視線を逸らす。ポミエラのすすり泣くような声が聞えてきた。
「……大丈夫。すぐ助けがくるから」
今はこんな言葉しかかけられない。
外には見張り。ヘタに動けば、ポミエラに危害が加わるかもしれない。
「今は堪えるんだ。機会を待つんだ」
絶対に守る。
「司法取引だったか……これで満足か?」
人気のない一室。明かりもつけずに、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)はマネキ・ング(まねき・んぐ)と向かい合う。
そして、仲介人として商品を届け、支配人と商談を終わらせてきたことを伝えた。
「ご苦労。金とは、常に二手三手先を見越すものだよ……白と黒の調和とは重要なのだよ」
「利益はこちらに入るか……とんだ芝居好きだ」
支配人や闇ルートの情報を手に入れるために、不服ながらセリスはマネキ・ングの手伝いをさせられていた。
「ところで、気付いておったか?」
「何をだ……?」
「今回持ち込まれた商品の多くが贋作や偽物だ」
セリスが眉を潜めるのに対し、マネキ・ングは坦々と語る。
「しかもここ最近それらが多くてな。今日はそんな商品を出品する奴らがお呼ばれされているのだとか」
「……嫌な予感がするな……早く脱出した方がよさそうだ」
セリスはマネキ・ングと共に部屋を抜け、出口に向かって歩き出す。すると。
「申しわけありません。もうしばらくお待ちいただけますか」
通路に黒服達が立ち塞がる。
用事ができたと強引に通ろうとすると、相手は武器まで取り出した。
「ほらな。面倒なことになっただろう」
「その一端は誰のせいだ……」
セリスは22式レーザーブレードを引き抜くと、相手の武器を真っ二つにする。そして驚いている隙に脇をすり抜け駆け出した。
背後から怒声が聞こえてくる。
続々数が増える。どうしても逃がしたくない理由が彼らにはあるようだ。
「ん?」
構わず走り抜けていると、T字路の向こうからセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)達が向かって来ていた。
そしてその背後から――
「くっ――!?」
辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が襲いかかってきた。
どうにかレーザーブレードで攻撃を防ぐ。
「抜いたな! 邪魔するならお主も敵じゃ!」
「斬りかかられて対応しないわけには――いかないだろう!」
刹那と距離をとり、セレンフィリティ達とT字路を進むことに。
「ごめん。こっち武器がないの。援護よろしく!」
「仕方ない……」
「お、おい、我のこともしっかり守れよ!」
「……自衛くらいしろ」
マネキ・ングがなにやらギャーギャーと喚いていた。
「キミ、いいですか。例の物は準備ができましたか?」
来客達が暫しの休息を満喫する中、ナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)は司会者に呼ばれて通路の奥へと消えていく。
その様子を見ていたリース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は、急いで携帯電話を取り出した。
「み、皆さん。これからナディムさんがポミエラさんの救出に動きます。作戦を説明するので、協力をお願いします」
作戦はこうである。
まず、ラグエル・クローリク(らぐえる・くろーりく)が金髪のカツラで会場の客に挨拶して回る。風貌を覚えてもらった所で、救出にむかったナディムがポミエラをラグエルと同じ格好で連れ帰る。客はポミエラをラグエルと勘違いして、そのまま脱出させる。
「お願いね、ラグエルちゃん」
「うん、頑張る♪」
充分挨拶して回ったラグエルは、周囲に気づかれぬようこっそり白いテーブルクロスの中へと身を隠した。
「こちらです」
通路を随分と進みようやく部屋へ案内されたナディムは、想詠 夢悠(おもなが・ゆめちか)がいることに一瞬驚いた。
しかし、時間がないことを思い出し、すぐさまぽいぽいカプセルからラグエルとお揃いの服を取り出す。
「ほら、これ……ん?」
ナディムは手に持った服を渡そうとするが、ポミエラはうまく立ち上がることさえできない。
「ああ、彼女はまだ動けないのであなたが着替えさせてあげてください」
「は!? 俺が!?」
「ええ、別に私共がやっても構いませんが色々保障はしかねますので」
「保障しかねるって……」
「では……汚れた下着も脱がせておいてくださいね」
司会者が部屋から立ち去り、足音が遠ざかる。
ナディムは頭をかきながら振り返ると、ポミエラは顔を床につけてすすり泣き、夢悠がじっとこちらを見上げていた。
「なんだよ」
「いや、別に……」
「ったく、見ねえから安心しろ」
ナディムは上着で目隠しをして、冷えきったポミエラの体に触れ――
「ほら終わった」
瞬く間に着替えが完了させた。
「あと、これと、クッキーはお腹空いたら食べろ」
髪を直し、仮面をつけ、ポケットには紙に包んだクッキーを入れた。
見た目は完全にラグエルと同じ。
「さて……」
ナディムは夢悠に近づき、小声で話しかける。
「俺はこれから外の奴を引きつける。その間に想詠の坊ちゃんは一緒に逃げな。縄は……大丈夫だな」
夢悠は既に【サイコキネシス】で縄を解いていた。
うまく動けないポミエラを夢悠が支えて起こすのを確認して、ナディムは部屋から出て行く。
「いたたたた、腹壊した。と、トイレに連れてってくれ」
懇願するナディムに、仕方なく付きそう見張りの男。
「うわぁ! た、たたた助けて!?」
今度は室内からの叫びに慌てて飛び込んできたもう一人の男が、夢悠の攻撃で気絶させられる。
通路に人の気配はなかった。
「行くよ、ポミエラ」
夢悠はポミエラを支えながら部屋を抜け出した。
連れてこられた時の記憶を頼りに通路が急ぎ足で進む。
いつどこでスタッフに見つかるかわからない。一刻も早く仲間の元に辿りつかなくては。
徐々に客たちの話し声が近くなる。
「もう少し、この先を曲がれば会場の方に着くはず……」
ポミエラを励ますが、すでに疲れ切っているのか走ることはできそうにない。そこで夢悠は息の荒いポミエラを背負い、一気に走り出した。
だが――
「おやおや、どこへ行かれるんですか?」
目の前の曲がり角から司会者と武器を持った黒服が数名現れた。
「脱走とはよろしくない。もう一度牢に戻ってもらいましょうか。でなければ……」
引き返そうと振り返るが、そこにも敵の姿。挟まれてしまった。
夢悠は戦うことも考えたが、この数相手に弱りきったポミエラを無事に守りきることは不可能に近い。
奥歯を噛みしめ、夢悠は悔しげにゆっくりとポミエラを降ろした。
「ぁ――」
ポミエラが男に担ぎ上げられる。助けを求めるように伸ばされた手を掴もうとした時――
「ぐっ、ポミエラ――」
後頭部に衝撃が走り、視界が暗くなっていく。
掴めなかった手。何もできなかった想い。
口の中で鉄の味がした。
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