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紅葉祭といたずら狐

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紅葉祭といたずら狐

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其の参:子狐、遊び盛り



「おや、店主さんの頭に大きな虫が止まっていますね」
 そう言うとリンゼイ・アリス(りんぜい・ありす)は手に持ったハリセンを屋台の店主の頭目がけて振り下ろした。

「うおっ!?」

 驚く店主。その目と鼻の先でハリセンは停止した。
「あら、叩く寸前に逃げてしまったようですね。驚かせてごめんなさい。お詫びにお一つ買わせて頂きますね」
 リンゼイがそう言って商品を一つ手に取ると、隣に居たセルマ・アリス(せるま・ありす)が料金を支払った。

「んー中々見つからないね。早く出てきてくれないと財布が空っぽになりそうだよ……」
 財布の中を見て溜息をつくセルマ。
「狐を探したいといったのはあなたでしょう? 自業自得です」
 そう言ってリンゼイは栗のお菓子を一口。二人は両手に食べ物の入った袋をいくつも持っていた。

「お、いたいた。お二人さん、そっちはどうだった?」
 仁科 耀助(にしな・ようすけ)がセルマ達に駆け寄る。その後ろには一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)アイラン・レイセン(あいらん・れいせん)、それに龍杜 那由他(たつもり・なゆた)、の姿もある。

「こっちも見つかってないよ。狐、もうどこか行っちゃったのかな?」
「先程偽物のお金を渡されたと騒いでいた方もいましたし、まだこの辺りにいるとは思いますが……中々見つかりませんね」
 セルマの問いに悲哀は困り顔で答える。

 彼女達が探しているのは、祭に紛れ込んでいるという噂の化け狐である。
 狐に化かされたという報告がいくつも上がっており、ボランティアをしていた一同は被害を抑えるために、化け狐捜索に乗り出していた。
 だが、一向に化け狐を見つけることは出来ずにいる。
 被害の報告を受けて向かっても、そこにあったはずの狐の屋台は忽然と姿を消しているため、手がかり一つ無い状態で探すしかないのだ。

 これからどうするべきか悩む一同に、威勢の良い声で呼びかける者がいた。

「そこのお姉ちゃん達! りんご飴食べない?」
 声のするほうに視線を向けると、並ぶ屋台の一つから、小さな子供が身を乗り出していた。

「あら、店番してるの? えらいわねー」
「ううん。ボク一人でやってるんだよ。お姉ちゃんたちも買ってってよ!」

 そう言って那由他にりんご飴を差し出す少女。

「あんなちっちゃい子が一人で屋台やってるの? あやしーなー。悲哀ちゃん、驚かしてみる?」
「そうですね、やってみましょう」

 悲哀は那由他と話す少女に気付かれぬようこっそり移動すると、ミルキーウェイリボンを使って屋台の裏にある木を大きく揺らした。

 突然大きな音を立てて背後の木が揺れだし、店主の少女は驚いて飛び上がる。
 その時、少女の腰の部分から大きな金色の尻尾が飛び出した。

「見つけましたよ、狐さん!」
「やばっ……!」

 尻尾をだしてしまった事に気づいた狐の少女はすぐさま逃げ出そうとする。

「つかまえたっ」
「逃がさないよーっ!」
 いつの間にか狐の背後に回りこんでいたセルマとアイランが抱きつき、狐を捕縛する。

「んー尻尾もふもふだぁ〜。温かいよー♪」
 アイランは狐の大きな尻尾に頬を摺り寄せる。金色の綺麗な毛並みの尻尾は触り心地抜群であった。

 セルマも狐に抱きついたまま語りかける。
「人々に悪さをしてる狐が居るって聞いてたから怒りに来たよ。もう、悪いことしないって約束するなら離してあげるよ」
 しかし狐は未だ抜け出そうと二人の腕の中で暴れている。すると、ぽん、という間の抜けた音と共に、狐は少女の姿から本来の動物の姿に戻り、セルマ達の腕の中から逃げ出した。そのまま遠くへ走り去る。

「わ、逃げられたっ」
「待てっ!」
 アイラン、セルマが逃げた狐を追いかける。他の四人もその後に続いた。



 一方その頃、本部でも又大勢のボランティアが奔走していた。

「これで大丈夫です」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)は腕に怪我をした観光客の手当てを終え、立ち上がる。
 手当てを受けた男性は北都にお礼を言うと、待っていた友人と共に屋台の方へと歩き去っていった。

「おーい北都、こっち手伝ってくれ」
 白銀 昶(しろがね・あきら)に呼ばれ北都が駆けつけると、そこには不安そうな顔をした二人の人物がいた。

「子供と逸れたんだってさ。ちょいとテレパシーで聞き込みしてくれっか?」
「お子さんの特徴は?」

 北都の問いに夫婦は切羽詰った様子で答える。
「ピンクの浴衣に花の髪飾りをした女の子です」
「屋台を回っている時に逸れたから、もしかしたらまだどこかの屋台を見てるかも……あの子、ずっとお面を欲しがっていましたし」

「分かりました、すぐに探してみますね」

 北都は『テレパシー』を使い、ボランティアで顔を合わせた契約者達に、先程聞いた特徴の子を見なかったか聞いてみる。
 ややあって、北都はテレパシーを切る。

「それらしき子を保護している仲間がいました。ちょっと迎えにいってきますね」
 そう言うと北都は飛行翼で飛び立つ。指定された場所に向かうと、そこにはピンクの浴衣を着た女の子と、四人のスタッフがいた。

「おーいこっちだこっちー!」
 そう言って手を振っているのは黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)である。
 北都は地面に降り立ち、迷子の子を引き取る。

 本部へ戻る道すがら、北都は抱えている女の子へ優しく言い聞かせた。
「ちゃんとお父さんたちと手を繋いで歩いてね。もう逸れちゃ駄目だよ?」
 女の子は涙目で頷いた。

 やがて本部に到着し、女の子は両親の姿を見つけるや否や一目散に駆け出した。駆け寄ってきた娘を抱きしめる親達。
「一件落着、かね?」
「だね」
 無事再開した親子は北都たちに何度も礼を述べると、手を繋いで祭りの喧騒の中へと去っていった。




「お、どうやら無事親と会えたらしいぜ」
「良かった……これで安心ですね」
 竜斗がテレパシーで得た情報を皆に伝える。ユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)はそれを聞いてほっと息をついた。

「ねーねー見て見てー!」
 その声に竜斗達が振り向くと、リゼルヴィア・アーネスト(りぜるゔぃあ・あーねすと)が狐のお面をつけてこちらを見ていた。

「そこの屋台で買ったの! 似合ってるでしょー?」
「狐の獣人さんですものね。ぴったりですわ〜♪」
 椿 ハルカ(つばき・はるか)がそう言ってリゼルヴィアの頭を撫でる。

「確かに合ってはいるが……その身長でそんな怖い顔のお面つけてもな」
 狐のお面独特の怪しげな表情が、その小柄な体格によって見事に相殺されていた。
「でもこれはこれで可愛らしいですね」
 そう言ってクスリと笑うユリナ。
 ふと、ユリナは気付く。

(そういえば、屋台を見て回りながらパトロールってなんだかデートみたいです……)
 顔が熱くなるのを感じて、慌てて首を振るユリナ。

(いけない、ルヴィちゃんもハルカさんもいるのに……意識しないようにしなきゃ……)

「屋台を見て回りながらのんびりお仕事できるなんていいですわねぇ♪」
 そう言ったハルカは、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、狐の妖怪さんが悪いことをしてるのでしたね。ルヴィちゃん、気をつけないと妖怪さんと間違えられてしまうかもしれませんよ?」

 その時である。

「狐見っけたーっ!!」
 突如現れた何者かがリゼルヴィアへ飛びかかった。
「わあああっ!!」
 驚いて逃げ出そうとするリゼルヴィアだったが、両腕でがっしりと抱きとめられて逃げ出せない。

「アイラン! その子は違いますよ! 朝のボランティアで一緒だったでしょう?」
「え、あれ、そうだっけ?」
 後を追ってきた悲哀の言葉に、アイランはリゼルヴィアを解放する。
「ごめんごめん、勘違いしちゃった! 許してねー♪」
 そう言ってアイランは走り去る。悲哀もすみません、と謝罪を述べつつその後を追っていった。

「何だったんだ、一体?」
「ふええん、びっくりしたよぉ……」
 突然の出来事に驚き呆けた表情の竜斗、ユリナ、ハルカ。リゼルヴィアだけが竜斗にしがみついて泣きそうな顔をしていた。

「まあ、すぐに誤解も解けたようだし、良かった……のか? 大丈夫か、ルヴィ」
「うぅ……大丈夫」
 余程驚いたのだろうか。疲れた顔をするリゼルヴィアの頭に、竜斗がそっと手を置いた。

「丁度良いし、一旦休憩するか。そろそろ夕食の賄いが出る時間だしな」
「賄い! 栗ご飯と焼き芋だー♪」
 食べ物の話題が出た途端笑顔になるリゼルヴィア。どうやら元気が出たようだ。

 一同は本部テントへと戻る。本部では丁度賄いの栗ごはんができあがった所だった。

「いっただっきまーす!」
 リゼルヴィアが皿に山盛りの栗ごはんを食べ始める。

「やっぱり何度食ってもおいしいな、この栗ごはん」
「収穫したばかりの栗を使っているらしいですね。やはり新鮮さが大事なのでしょうか」
 竜斗とユリナも並んで座り、おいしい賄いを堪能していた。

 前方では一気に食べようとして喉に詰まらせたリゼルヴィアに慌ててハルカが水を差し出している。

「まったく、ルヴィは相変わらずだな」
「そ、そうですね」
「ん、どうかしたか、ユリナ?」
「い、いえ、何でもありませんよ」

 そう言ってそっぽを向くユリナに、竜斗は首を傾げる。


 こうしてると子供を見守ってる夫婦みたい、だなんて。恥ずかしくて言えるはずもなかった。





「偶にはこーやってのんびりするのも良いもんだな」

 紫月 唯斗(しづき・ゆいと)はゆったりと屋台を巡っていた。エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)も一緒である。

「にしてもすごい数の屋台であるな。見たことの無いものも結構混ざっておる」
「お土産屋まであるのね。これだけ多いとついつい買い過ぎちゃいそうだわ」

 三人は時折目ぼしい屋台に寄っては、食べ物や小物を買っていった。
 そうしてしばらく歩いた時である。

「おっと」
 前方から走ってきた子供が唯斗にぶつかる。直後、子供を追うように走ってくる何人もの人影が視界に入ってきた。
 衝突した少女は唯斗の背中に隠れる。

「やっと追いついた。まったく、逃げ足速いんだから……」
 セルマが息を切らしながらそう呟く。

「これは一体……何かあったのか?」
 唯斗が首を傾げる。その時、リーズが気づいた。
「あ、なるほどね。唯斗、この子多分噂の妖狐よ。狐の臭いがするもの。ごめんね? 幻術だと匂いまでは消せないのよねー」
 その言葉を聞き、唯斗にしがみついていた少女は慌てて逃げ出す。

「おっと、そこまでだ」
 エクスが少女の進行方向に回り込み、立ち塞がった。

「あぁ、こいつが噂の化け狐か。そういやさっき狐に化かされたって話を何度か聞いたな」
「何度も姿を変えて逃げるものだから、追いかけるのに苦労したわ」
 那由他がそう言って溜息をつく。

 その後、狐は那由他達によって祭本部へと連れて行かれた。
 狐の少女は騙した客らに謝罪をし、騙し取ったお金を全て返した。
 その後は本部テントでの手伝いを命じられ、日が沈む頃になって、彼女はようやく解放された。

 テントから離れ、木陰に座って肩を落とす狐の少女に、唯斗が声を掛ける。

「大変だったな。自業自得といえばそれまでだが……なんであんな悪戯を?」
 その問いに少女は視線を落とすと、「退屈だったんだもん……」と小さな声で呟いた。

 唯斗はその言葉にやれやれと肩を竦めると、言った。

「今から夕食代わりに屋台を回るんだが、お前も来るか? 少しくらいなら奢ってやるさ。二人もいいだろ?」
「まあ、異論はない」
「別にいいわよ?」

 エクスとリーズが笑顔で答える。唯斗は驚いた顔で自分を見つめる化け狐の少女に手を差し出す。

「さ、行こうぜ」
「……! うんっ!」
 少女は唯斗の手を取り、満面の笑みで立ち上がる。

 四人は屋台を巡り、色々な物を食べた。

「焼き鳥食べるか? 狐は鶏肉食うよな?」

「お、栗饅頭か。美味そうだのー」

「この寒い時期にカキ氷って、商売する気あるのかしらね……」

 狐の少女は終始笑顔で、唯斗達の後を楽しそうについていった。
 
 そして日が沈み空が真っ暗になると、少女は唯斗達にお礼を言って、山へと帰っていったのだった。