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行方不明になった少女達と森の化け物達

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行方不明になった少女達と森の化け物達

リアクション


■ 呪いが徘徊する森 ■



 太陽が沈んでどのくらいの時間が経っただろうか。
 ツァンダの森は夜の闇色に塗り込められて、足を踏み出すことすら躊躇わせるが、月の明かりはその不安を払拭せんばかりに輝かしく、少女達の捜索に乗り出した契約者達は天候に恵まれたことを密やかに感謝した。
 リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は最初に指定されていた茂みをそっと片手で掻き分ける。
「隆元さん、み、見張りお疲れ様です」
 傍らに赤川、元相を従わせ茂みに潜み、半日ほど張り込んでいた桐条 隆元(きりじょう・たかもと)は労うリースに難しい顔のまま頷いた。
「せ、成果無し……みたいですね」
「アンデッドやらどころか獣一匹見当たらん」
 出没するアンデッドを発見し近場にいるだろう術者を探し出そうと情報を厳選しポイントを絞ったたというのに、現実は上手く行かないものだ。
 それ以上に獣の気配すら無いことに隆元の眉間の皺は深くなっていく。姿が現れないだけで物事はすぐそこまで迫ってきている。その事実だけでただえさえ後手に回っているのに苛立ちは募る一方だ。
「は、早く見つけないと」
 以前大切な書物を盗み出した輩が追跡者を排除しようとアンデッドを呼び出したという事件に遭遇したことのあるリースはこれと似た事かと最初は予想していた。が、情報を集めるごとにそれとは根本的に何かが違う違和感に胸騒ぎを覚えていた。
 と、リースの元にマーガレット・アップルリング(まーがれっと・あっぷるりんぐ)から連絡が入った。
 夜の森の上空を空飛ぶ箒スパロウで急行すると、マーガレットが大きく手を振っていた。生い茂る木々で空からでは見つけづらいが、彼女の足元には二本のタイヤ痕がくっきりと獣道に刻まれていた。
「ね、ね、凄いでしょ。色々聞き回ってたら、なんか結構昔に使われなくなった古い道があるって教えてもらったの。んで来てみれば、これ。ね、使われなくなったっていうにはどう見てもおかしいよね」
「小娘にしては上出来だ」
 大発見に得意顔のマーガレットが二人に意見を求め、リースと隆元は互いに目を合わせ、その顔を曇らせる。
 まさかこんな道を見落としていたとはと隆元は唸った。
 木こり小屋へと続く道だったと聞く。必要なくなり捨てられた道だったと聞く。既にもう木々に埋め尽くされ花草に消え去っただろうと言われた道である。
 それが、どうだ。車一台通る空間を有して道がそこにあるではないか。
 周囲を見渡してリースは上を見上げた。
「め、目立ち難いところですね」
 上手い具合に伸びた枝がトンネル状に天井を作り道を隠している。
「真新しいな」
 刻まれているタイヤの跡は。
「ツァンダがあっちだからこっちが森の奥に続いてるのね」
 現在位置を確認するマーガレットにリースはタイヤ痕から奥へと続いていく道の先に視線を移した。
「い、行きましょう!」
 掛け声にマーガレットと隆元は促されるように道の先へと目を向けた。
「で、でもまずは皆さんにお知らせしましょう」
 助けの手は多いに越したことはない。



 ザンスカールとツァンダの街を繋ぐ道上で、それは繰り広げられていた。
 随分と身なりの良い小柄なミイラ――という表現しかできない見るからにアンデッドらしきモンスターから逃げ切ろうと非不未予異無亡病 近遠(ひふみよいむなや・このとお)は全速で街道を走り抜けていた。
 ――しかし、
 街道を駆け抜けていたはずが、逃げる先は森奥へと追い詰められていく。
 それがわかっていても、全速で走らなければいけなかった。
 ミイラなのに、足が速いッ――!
「こ、のままでは、拉致があかないです」
 最初に息が上がった近遠が、先導するユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ)に声を掛ける。殿を務めるイグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)は無言のまま熾天使の焔を握り直した。
 ミイラに知能があるとは思えないが、巧みに森の奥へ奥へと誘われている様で薄気味悪さに近遠は周囲に視線を走らせる。
 近遠のディテクトエビルに複数の反応が返って来ているし、イグナの殺気看破は先程から彼女に警告しっぱなしだった。
 これ以上奥に行くのはどう考えても危険である。
「本当に一体何でございましょう。ツァンダの森近くとは言え、ザンスカールとツァンダを繋ぐ街道はこんなにも危険な道でしたでしょうか」
 アルティアの言葉にツァンダへ行こうとしていた一行の代表するかのようにユーリカが同意と大きく頷く。とりあえず走って逃げて獲物としての認識を薄めてしまえば良いかと思えたが諦める気配は欠片も感じない。執拗に追いかけられて、縋られる執念深さにストーカーという文字が連想されて肌が粟立っていく様だ。
 ミイラに、知識以上に、意志があるように思えて仕方がない。
 近遠の脳裏にこのままではいけないと警告音が鳴り響く。
「イグナさんお願いできますか?」
 問いかけにイグナが足を止めた。止めた勢いのまま体を反転させミイラと対峙する。
 遅れて立ち止まったアルティアに四人乗せる無茶をしてしまうがわかった上で空飛ぶ箒ファルケを頼み、ユーリカに視線を流すと彼女はわかっていると頷きを近遠に返した。近遠と二人、神降ろしを展開する。
「はぁああッ」
 ソードプレイを乗せイグナが熾天使の焔を左斜め上から袈裟懸けに走る勢いのまま襲いかかろうとするミイラを受け止めるように切りかかった。捲り上がるように昇った焔にミイラが一瞬怯み、追い打ちを狙ったアルティアの神降ろしが重ねられている稲妻の札の雷撃が打ち下ろされた。
 焔に怯み雷槌をものともしないミイラの追撃を剣で受け止めたイグナに近遠は大声を張った。刹那、神降ろしの効果に包まれたユーリカのワルプルギスの夜がミイラの足元から吹き上がる。
 その様子を見る暇もなく空飛ぶ箒ファルケにて逃走を図った四人は妖精の領土の真上を通過した。
 黒炎を後方に残し近遠は思案に暮れる。
 安全圏に到達したら今起こった状況をツァンダ家に連絡するために状況を思い出していた。



 呪いと交わった黒炎は波動となって森全体に裂くように突き抜けていった。
 波動と表現したが、その感触はきっと呪いの生みの親である彼女しか受け取ることはなかっただろう。
 魔女はおもむろに立ち上がると男を押しのけて窓を開け放った。
「どうした?」
「んーん、何でもなぁい」
 館はそれほど大きくない。窓を開けても森ばかりで、波動の元を視認しようにも無駄な行為だった。窓を閉める魔女に男は溜息を吐く。
「逃げる心の準備はついたか?」
 問いかけると魔女は答えず、代わりにただ笑っただけだった。
「発見されたみたいだ」
 男と魔女のなんとも言えない沈黙を破るように、そう呟いたのは佐野 和輝(さの・かずき)だ。
 自分の私的好奇心から協力者を名乗り上げた禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)の手伝いをするべく、同じく魔女の協力者となった和輝にアニス・パラス(あにす・ぱらす)は殺気看破とディテクトエビルとで二重に張った警戒網に契約者が引っかかった事を伝えた。
「バレたのかなぁ」
「バレバレだろうな」
 行方不明とモンスターの発生。それが同時期となれば疑わない者は少なくないだろう。例えその間に接点がなくとも。
 甘い見識でいる魔女に男は肩を竦めた。
 偵察も兼ねてイコプラ:モスキートを飛ばしていた和輝はここらが潮時かと背中を預けていた壁から体を離した。
「そうだなここらが逃げ時だろう」
 初めから逃亡を勧めていた男が動いた和輝に賢明な判断だと頷いた。
「何、逃げる? もう少し待――」
 逃げると聞いて『ダンタリオンの書』は、手に持っていた魔女の研究資料をテーブルに置いた。
「居たいのか?」
 和輝の問いかけに『ダンタリオンの書』は一瞬言葉に詰まった。
「なぁに? リオンちゃんはこのままあたしと一緒にぃ研究続けてくれるの?」
「そうだな。知識に善悪は無いからな。しかし、己が知的好奇心を満たすという動機で、自分が提供した知識で可憐で麗しい少女達がアンデッド化したという事実を果たしてどの程度理解しているんだか。所詮はこちらが破滅しかないだろうと甘く見られて切り捨てる考えか」
「えぇー。あたし使い捨てぇ?」
 黒く笑んだ魔女と、口元しか見えない男の悪魔的な言葉にアニスが和輝に視線を配る。
「リオン」
 アニスに促されたわけではない。和輝は多少強い響きで『ダンタリオンの書』の名前を呼んだ。
「いや――わかった。撤退しよう」
 応じた『ダンタリオンの書』の元に男が歩み寄った。幾枚かまとめた資料をその手に渡す。
「今なら証拠を隠滅する時間も許されているだろう」
 館に滞在しているという痕跡すら消すこともできる。
「随分余裕で構えてるんだな」
 和輝の素朴な質問に男は両肩を軽く竦めただけだった。
 扉まで歩き進めた男は優雅な所作で扉を開け、三人にさぁどうぞ、と退出を促した。
「無事逃げおおせたら次の実験の時も協力よろしくねぇ」
 軽い感じで魔女が別れの言葉を投げかける。
「あの小さな子には意地悪を言った。あとでフォローしておいてくれ」
 所詮は魔女の遊びなのだ。彼女の中で、最初から他者の手など必要としていない。魔女の遊びに付き合わせてしまったなと、和輝にだけ聞こえる声で男は囁き、協力者達を見送るのだった。



「あら小脇に抱えられてる。かぁわいい」
 閉めた窓を再び開けて、超人的肉体を使って木々の奥へと消える和輝達を見送った魔女は小さく笑った。
「あの子ならあれよね、うろうろしてる相手を尻目に、無駄な追跡ご苦労な事だ、とか言いそぉ」
 機嫌良くコロコロと笑う魔女は男に視線だけを寄越した。
「それにしてもぉ、あんたでしょ。アニスちゃんの警戒網にぃわざと触れたの」
「俺が? 此処にいるのにどうやって?」
「しらばっくれちゃってぇ〜やぁな性格ぅ」
 それよりも逃げないのかと何度目かの問いを繰り返す男に魔女は辟易と口を曲げるも、すぐに笑った。
「だぁってぇ知りたいものぉ」
「何を?」
「あたしの元に来るまで何人化け物ちゃんを退治したか」
 あんたは知りたくないの? と魔女は男に疑問を投げかけたのだった。