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リアクション
・進路相談 その1
12月上旬。
海を吹く潮風も冷たく、海京の街はすっかり冬の様相を呈している。
「……もうすぐ、2022年も終わりか」
月谷 要(つきたに・かなめ)は進路希望調査票を片手に、面談室へと向かっていた。
天御柱学院のパイロット科から超能力科に転科。超能力科の代表に選出されるというのは要にとって予想外だったが、こうして無事に……といっていいのかは分からないが、年の瀬を迎えることになった。
「失礼します」
室内に入ってすぐ、担任の教員と目が合う。超能力の三系統のうち、念動力を専門としている人だ。科目名は『精神エネルギー物理学』だが、講義では『よく分かる超能力の仕組み』としていた。……分かりやすさの欠片もなかったが。
「ふむ、第一希望は超能力科の教官か」
「色々とやりたいことを突き詰めていったら、それかなぁって……」
「いいんじゃないか。代表生徒を務めたんだし、実力もある。転科して一年の割には、成績もそこまで悪くない。よっぽどのことがなければ希望通りになるはずだ」
去年の代表たちは――超能力科は諸事情により不在だったが、今年度から教官として学院で働いている。
教官の言葉を聞き、要はほっとした。
漠然とではあるが、前々から教官に対する憧れはあった。今は亡きパイロット科のデイヴィッド・ハーディン教官の影響は大きい。普段は気さくで今の教官長のような厳格さはなかったが、やる時はやる。メリハリがある人だった。今の要には、彼に近いものがある。
しかし、それはあくまできっかけだ。
海京クーデター――6月事件のことはすっかり過去のこととなっている感があるが、ここにきて、また雲行きが怪しくなってきている。先日の騒動なんかが、まさにその兆候だ。風紀委員長をはじめ、この学院には化物染みた人が何人かいるが、彼女たちには手出しができない力を“敵”は持っていた。
一体この仮初の平穏の中で、どれだけの人々がパラミタの――世界の危機を真剣に捉えているのだろうか。
来年度も契約者はやってくる。おそらく、今のパラミタ情勢を知らない者は少なくない。教員の多くもまた、知識こそあれ最前線に立った経験のある者は少ない。
それに対し、要自身は数々の死線を潜り抜けてきた実績を持つ。というより、一度死んだわけだが。だからこそ自身の経験から、教官として教えられることは多いと思う。
(……教えるっていっても、俺の場合は反面教師かなぁ?)
心の中で呟く。
「まあ、月谷の場合は説得力があるからな。『契約者でも、無茶をし過ぎればどうなるか』ってことに対しては特に」
教官が冗談めかして言った。
「いやあ、ははは……」
「それはともかく、若いながらも経験豊富な教官がいればというのは事実だ。特に、超能力科は他の二科に比べて人手が足りないこともあるからな」
知識を持ち、講義を行える者は多いが、実戦形式で生徒を指導できる者はごくわずかだ。もっともその数少ない教官たちは、揃いも揃って変人ばかり。学院内で『人外』と囁かれる要でさえ、最初は「こんな人たちがいたとは……」と面食らったほどだ。教育実習で魔法少女(実年齢不詳)が来たこともある。とはいえ、講義の方も変身ヒーローについて講義で熱く語る人がいるくらいなので、それが新体制における超能力科の色ということで納得するしかなかった。
「よし、面談は以上だ。この進路調査票は科長にも渡すから、後で彼女から連絡があるかもしれない。端末はちゃんと学内サーバーに繋いでおけよ?」
席を立ち、要は面談室を後にした。
(……あ。超能力科の科長って、元生徒会長の五艘さんなんだよなぁ。そうか、教官になったらあの人の下に就くことになるのか)
超能力科代表になったこともあり話す機会は多いが、あの人も、その妹も少し苦手だ。「超能力科長としての五艘 あやめ」の時は美人で気立てがいいが、「五艘一族の長女としての五艘 あやめ」の時は何を考えているのかまったく分からない。当人曰く、公私を混同しないよう使い分けているということだが、どちらが素の彼女に近いのかを知る者はほとんどいないだろう。どこか得体が知れないからこそ、怖いものがある。
「あ、要さん。面談終わったんだ?」
考えているところに声がかかり、我にかえる。
声の主は、榊 朝斗(さかき・あさと)だ。彼の隣には、アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)の姿もある。
「今、ちょうどねー。そっちは今から?」
「うん。まあ、進路よりも単位の方が気になるんだけどね」
彼もまた、要同様今年度に超能力科に転科した身だ。その悩みも分かる。
「まあ、俺が大丈夫だったんだから、きっと大丈夫なはずだよ」
「そりゃ要さんは超能力科代表だしね。そういえば、代表だと卒業後はストレートで教官になれるって話を聞いたことがあるんだけど……」
少し間があった後、朝斗が苦笑した。
「……ごめん、想像できないや」
「そう言わないでくれよ、確かに柄じゃないかもしれないけどさー」
「あ、ってことは教官希望なんだ?」
別に隠すことでもないため、頷く。
「いや、海京警察とかも考えたよ? というか、悠美香ちゃんが今頃どんな雰囲気のところか見学しに行ってる。俺も一緒に行こうと思ったんだけど……まあ、こっちはこっちで面談がてら教官のことを聞けるし、分担した方が効率がいい時もあるからねー」
* * *
「こういう形でここに来たのは初めてだったわね」
霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)は海京警察の見学を終え、署を後にした。
天学旧体制時代の頃はまだ日本――警察庁の影響が強く、お役所体質が顕著であったが、今はそうでもない。かつては天学の生徒を見るだけで嫌な顔をする職員も多かったらしいが、「海京警察に入りたい」と素直に告げたところ、快く案内してくれた。
天学の新体制移行に合わせ、組織再編が行われていた。詳細を知ることはできなかったが、先日の事件を教訓に対クルセイダーに特化したチームも創設されたという。未だに非契約者の方が多いとはいえ、契約者の比率は随分と増えたという話だ。
(そういえば、うちの委員長はもう内定しているんだったわね。前々から忙しそうにしてたけど、最近は特にそうだし……)
風紀委員長ルージュ・ベルモントと補佐役の黄 鈴麗は大分前から海京警察を手伝い、風紀委員と密に連携できるよう取り計らっているらしい。その結果次第では、風紀委員を務めた生徒は、採用試験免除で海京警察に入れるようになるとのことである。
悠美香は風紀委員として活動をしていたため、もしそれが実現すれば恩恵を受けることになる。相応の力量が求められる組織だったため、腕にもそれなりに自信がある。少なくとも、教官になって人に何かを教えることに比べれば。
(要が誰かに教えるのが得意かと言われると、それはそれで凄く悩むけど……)
要には一緒に教官にならないかと誘われたが、彼とは異なる道を目指すことを決めた。
パートナーだからといって――彼女の場合は契約者としてだけではなく伴侶としてもだが――いつまでもくっついていられるわけではない。「夫婦だからってイチャつき過ぎ」って怒られたこともある。公私をもう少ししっかりと分け、少しは離れている状態に慣れることも必要だ。
「要も、そろそろ終わった頃かしら?」
面談はパートナーと一緒でも問題ないが、そういった理由からあえて別々の日にした。
今日はこの後、いつものロシアンカフェで落ち合うことになっている。
(そういえば、前にあそこで働かないかと言われたことがあったわね……。さすがに、ウェイトレスはちょっと、ね)
いい店だがそれは客として行くからであって、働くとなれば別だ。あのカウンセラー見習いの人はマスターと懇意の中らしく、目ぼしい人に声をかけているようだが……。
とりあえず卒業後の進路希望を海京警察に定め、悠美香は待ち合わせ場所に向けて歩き始めた。