天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

壊獣へ至る系譜:共鳴竜が祈り歌う子守唄

リアクション公開中!

壊獣へ至る系譜:共鳴竜が祈り歌う子守唄

リアクション


■ 祈り ただいつまでも願う ■

 誘導されて共鳴竜の索敵範囲からはずれた現場を見渡し、リース・エンデルフィア(りーす・えんでるふぃあ)は胸の前で両手を組んだ。
「ぶ、無事に距離があきましたね」
「では小糸に偵察を頼むとしよう」
 桐条 隆元(きりじょう・たかもと)は他者が覗き見している可能性を潰す為、吉兆の鷹・小糸【吉兆の鷹】に上空からの偵察を頼み、自分は地上の警戒と殺気看破を展開させた。
「そ、それでは周囲の警戒をお願いします。わ、私は隆元さんの言う罠の所在をさ、探ってきます」
 周囲と違って掘った穴を石で埋めたような現場が安全に救出作業ができる場所か確かめる為に歩き出した。
 他の人間が考えているのと同じく魔女か悪魔の介入を想定しているリース達はこの場所そのものが一種のトラップになっているかもしれないと危惧している。人の手が加わっている形跡を探そうとするがその痕跡すら粉砕されたのではと思われる程共鳴竜が座していた現場はしっちゃかめっちゃかだった。
 まるで地中からあの竜が力づくで出てきたかのような、陥没ぎみの地形と様々な大きさに砕かれた大量の岩。
 掘り返すことは共鳴竜を誘導することより容易そうではある。
 リースは、ちらり、とナディム・ガーランド(なでぃむ・がーらんど)を見た。
 安全が確保された場所から掘削しようとドラゴンアーツの加減を試しているパートナーは元気そうに見えたが、彼がドラゴニュートである以上油断はできない。



「しかし……なんだってこんなところで埋もれたのかしらね?」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が持っていた銃型HC弐式をサーモグラフィ機能を弄りながらセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は疑問を口にする。近場で任務があったのか二人とも制服を着用していた。荒野の景色に良く馴染んでいる。
「様々な可能性があるわ」
「そうね……と、反応有り。深いわね」
 二人で画面を覗きこみ、唸る。
 場所が悪い。自分達の足元には地表からでは想像もできない巨大な空洞が広がっていた。それが陥没崩落してこの場所だけへこんだような地形になっている。
 共鳴竜が暴れても平気だからと言って下手に刺激しようものなら更なる崩壊を招く恐れがある。また、共鳴竜だからこの場所を保っていたという考えもできるので、余計に手段は慎重に選ぶ必要があった。
 トラップの危険が取り払われた周囲を土木建築の知識があるセレアナは丹念に検分する。
「無線が繋がるといいのだけど」
 救難信号を発信できるアイテムを所持しているのなら、もしかしたら安否の確認が可能かもとセレンフィリティは周波数を合わせながら、要救助者の正体について考える自分を自覚した。同じ考えだったのかセレアナと目が合う。出てきた人物が知っている相手だったら、容赦は要らないだろうと、指を軽く雷術の印に握り、セレンフィリティは作業に戻った。



 ノイズ混じりの場面。
 外。暗くて、よく見えない。
「ん。いや、逃げたいなら逃げてもいいんじゃないか? ドラゴニュートは他もいるし、足りなければ連れてくるだけだ」
 鮮明な音声、残念な程疲労に枯れた声。声だけなら最早別人だ。
 逃亡を手引きしたと咎を受けるかもしれないのに、笑ってさえいる。
「それに逃げるとしたら制御が施される前がいい。まず俺に発見されない。俺の精度は高いからな、すっ飛んでくるぞ」
 皮肉なことに、と破名は肩を竦めた。
 話し相手であると同時に彼は見張り役だった。逃げ出せば得意の転移で即回収される。
 腕を引かれる。そうだった。時間が無かった。
「最後にもう一度念を押させろ。絶対に起動させるな。成体になったら余計だ。でないと制御されていないから確実に精神が吹っ飛ぶ」
 力を入れられて、握られた腕が痛い。
「でも、まぁ、起動したら俺が停止させにすっ飛んでくるか」
 居場所もわからないと言った舌の根も乾かぬ内にそんなことを言う。
「流石に起動したら繋がるからわかる」
 今更、彼らが何をしようとしているのか疑問が浮かんだ。その目的に意味はあるのだろうか。と理解ができない。
 そう言えば手引きの理由を聞いていない。
 聞いておけばよかった。
 別れが、近い。

 それは、ドラゴニュートだった彼の、視点なのだろう。



「だ、大丈夫ですか?」
 顔を覗きこまれてハッとしたナディムはいつもの様に彼らしく笑った。
「大丈夫、さっき空が光って驚いたけど、一寸気分悪いだけで今ン所支障無いぜ?」
「そ、そうですか?」
 目をこするナディムにリースは心配そうに聞き返した。
 偵察から戻ってきた小糸を隆元は呼び寄せる。収穫は無かった。小糸の探索範囲から余程離れた場所にいるのか、事が大きくなって慎重になっているのか害意がないのか、そもそも様子を伺っている人間なんて初めからいなかったのか。つい先程光と共に消えた厄災を除けば共鳴竜以外に自分たちに危害を加えるような存在はいないらしい。
「セレン」
 サーモグラフィで所在を確認したセレアナにセレンフィリティは任せてと頷く。除けてはいけない岩を氷術で固め、博識の慎重さを含みながら破壊工作でもって最後の岩を取り除く。
 最初に見えたのは手だった。



 救出されたのが遠目に見ても悪魔だった事に光学迷彩で身を潜めていた柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は地面を蹴った。
 頭の中は思考で占められていた。
 状況があまりに似ていて、あの時の少女をどうしても思い出してしまう。
 恭也は魔女の下卑た笑い声も知っているし、少女を粗雑に扱った悪魔を知っている、そしてそれは嫌悪を生み出しただけだった。
 救出作業が始まる最初こそ「埋まっているのは何処の阿呆だ?」と考える余裕があったのに、いざ助けだされ自力で立てずふらつき地面に手を付いた姿を目にし、感情が抑えられなかった。
 光学迷彩が解除され、レックレイジが発動した。
 鮮明に思い出せる。あの、少女を操っていた手を。少女を泥の地面に投げ捨てた手を、どうして忘れることができようか。
 再度立ち上がった男に恭也は肉薄する。
「クロフォード!」
 驚きで紫色の目を大きく見開いた男の顔面に、今まさにアトラスの拳気を叩きこもうとした恭也の手が寸でで止まった。恭也は眉間に深い皺を刻む。
「クロ、フォード?」
 それは確信していた名前ではない。
 岩陰から大鋸が駆けてきた。
「やっぱりクロフォードじゃねぇか」
「知り合い、なのか?」
 尻餅をついた悪魔に警戒したまま恭也は問うた。頷く大鋸。
「こいつも孤児院を運営しててその繋がり。にしてもどうしてこんなところで埋まってたんだ?」
 全員の視線がクロフォードと呼ばれた男に集まった。
 白い髪も古びた白衣も砂塗れにさせ、悪魔というには華の無い地味な相貌の男に、様々な思惑が孕んだ視線が集中した。
「この辺りに古くから竜が棲んでいると聞いて、その調査。ついでに鱗を手に入れようと思って接触したら、逆に怒らせてしまったらしい」
 幸い大きな空間にすっぽりと埋まった形になったのか骨折もどこか潰すこともなく少々の血と砂に汚れ、憔悴し切った顔でクロフォードは言う。
「ドラゴン相手に鱗が欲しいって、なんでまたぁそんな危険な事?」
「俺、流れの生物調査員やってんの。大陸中飛び回るから先々で手に入れたサンプルとか検体を研究機関に買い取ってもらって金稼いでいるんだ。養う奴も増えたし大金が欲しくて。大鋸だって自分の得意な分野で稼いでるだろ?」
 それと同じ事をしたらこのザマになったと説明し、苦しげに息を吐いて、
「それにしてもさっきから周りの視線が痛いんだけど、状況を教えてくれないか。どうして俺は今こんなに疑わしい目で見られないといけない?」
実に居心地悪そうに問いかけた。
 近くで、 ――共鳴竜の咆哮が響き渡った。



 引き離しに成功したと思った矢先に頭を向きを変えられ、暴走の衝撃が届かない距離ギリギリに共鳴竜を留めるのが精一杯だった。竜の翼をもってすれば一羽ばたきで戻れてしまう短い距離だ。飛ぶ気配は今の所無いが、いつ飛び立つかわからず油断できない。
「やっぱり戻ろうとするね」
 なんとも言えない表情でエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)はパートナーのメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)に視線を向けた。
 何度となく戻ろうとする共鳴竜の行動に手加減を強いられているエースは唸った。
「本当に子守唄を歌っていると聞いてるし、あの場所には何かあるのかな」
 とても巣があるようには見えないし、卵や幼竜の守る様な存在も見当たらない。
 既にヒプノシスは失敗していた。アイテムもそうだが直接ステータス異常を与えるスキルも効きにくくなっている。
 荒野の乾いた風の中、群青の覆い手で体表を濡らしホワイトアウトで凍らせて足止めさせるのが今一番効率が良い方法になってきた。
 もう何度目かの阻みを蹴散らされて、メシエは風術の指印を打ち切った。鱗病が大気を介してないことがわかったからだ。竜の子守唄は空気を振動させ伝えるものではなく、本当にドラゴニュートに直接届くものらしい。
 直接届いて鱗を蝕む厄介な病だ。
「子守唄を歌って、その歌が子供を病気にさせるなんて」
 それはなんて皮肉だろう。思わず顔を曇らせるエースにメシエも同じく唸った。
「ひとつ、気になっていることがある。私達は思い違いをしているのかもしれない。あの竜は本当に竜なのかな?」
「え?」
「私達も多分本人も竜だと思っている。だけど状況は今まで聞いたことのない事態になっている。本当にドラゴンとして見ていいのか、その本質が竜で無ければどうだろうかとその考えが私は捨てきれない。竜性を失ったら、無害だったものはどう変質するだろうねぇ」
「……つまり、今俺達と対峙しているのは竜の皮を被った何かかもしれないと?」
 メシエは頷いた。鱗に浮き上がる見覚えのある古代文字。他者の介入を思えば、それはどうだろう。いくつかの疑問に答えが出てきそうだ。
 共鳴竜の束縛が切れた。
 その場に居た全員に緊張が走る。
 共鳴竜がついにその翼を広げたのだ。



 一際盛大な咆哮と共に翼を広げて、そのまま前のめりに共鳴竜は倒れた。