天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

怪魚に飲み込まれた生徒を救え!

リアクション公開中!

怪魚に飲み込まれた生徒を救え!

リアクション


■ 魚釣り!! ■



 ぎゃいのぎゃいのやってるのはなにも船の上ばかりではない。
 既に垂らされたワイヤーの先で夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)が渋い顔をしていた。
 甚五郎だけではない。横に等間隔にオリバー・ホフマン(おりばー・ほふまん)阿部 勇(あべ・いさむ)と二人ほど同じ格好で並んで吊り下げられている。
 三人で、ぷらーん。ぷらーん。としている。
 甚五郎は目を閉じる。
 脳裏には、何故儂がデカイ針持って雲海に垂らされているだ? の疑問が巡っていた。
 しかも、海釣りに来たはずなのに浜についたあたりからの記憶も無い。
「おい、羽純!? どーなってるのか説明を要求するぞッ」
 考えるのを止めて、双龍箒――炎烈翼に乗り楽しそうに各所を点検している草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)の名前を呼んだ。
「どうなっていると言われても正真正銘の釣りをするんじゃよ」
「釣り?」
「一応、高円寺 海の救出とか蒼空学園の学食用の食材確保とかの名目もあるがやる事は釣りじゃよ。ソレ以上でもソレ以下でもないのじゃ。ただ、ターゲットの魚が特殊な奴でな、人間の若い良い男を喰うらしい。良い男なら何人でもいけるらしいし、高円寺を食べた奴も来るかもしれんしのぅ」
「策士か!」
 事情を全て知っている羽純にまんまとやられたと知って三人が思わず声を張った。
 安心せいと羽純が続ける。
「仕掛けがばれた時の為に一応、発信機も仕込んであるからの」
 複数おればどれか当たるじゃろう、恐らく。そして、パラミタワカヒトズマとかくれば儲けものじゃ。うんうん。
 完璧な計画に羽純は自分に酔いしれる。
「そんな! 魚がかからなかったら男としてダメってことにならないか、オイ!」
 オリバーが言う。
 いや、そんな。この物語の本質を突かないでほしい。
「そんな辱めはオイラは御免だ。このワイヤー解いて釣る側にしてくれねぇか? 聞いてんのかっ!?」
 叫ぶオリバーの隣で勇も羽純の計画を聞いて色を無した。
「ちょ、その何メートルもあるような魚に丸呑みにされろっていうんですか!?」
 実際海は丸呑みにされている。同じ目には遭いたくないと勇は必死だ。
「オリバーの言う事(男として云々)も解りますが、丸呑みは勘弁ですよ! 僕は生きて帰ってみせます!」
 両肩を動かしなんとか拘束から逃れようと抗った。が、羽純の手筈に隙など無く、三人はただ、ぷらーん。ぷらーん。を、ぶらーん。ぶらーん。に変えること以外にできることがなかった。
「大人しくしておれとは言わん。精々、活きの良さを魅せつけるのじゃ」
 気合じゃ、と言い放ち準備は万端と羽純は船の上に戻る。



 捕食対象は男性。その事前情報を無碍にする理由は無く、佐野 和輝(さの・かずき)スノー・クライム(すのー・くらいむ)にその指先を向ける。スノーが恭しくその手を両手で掬うように持ち上げた瞬間後には和輝の外見性別は反転した。片手で喉を擦る。
「んんっ……あっ、あっ、てすとてすと……こんなものね」
 声は歳相応の女性のものに変質していた。
「男が好きな魚の調査って話だけど……男好きの魚かぁ、うん。変な魚だ♪」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が和輝に預っていた電子ゴーグルを「はい♪」と渡す。受け取った和輝も同意と頷く。
 魔鎧化したスノーを纏う和輝はどこからどう見ても女性だった。
「頼まれたのだから仕方ないでしょう。幸か不幸か高円寺海が捕食されて騒ぎになっていて、これに乗じない手はないわ」
 女性口調もどもらずなんと慣れたことか。
 お得意の水面下活動の一環である。勿論、依頼者は口が裂けても言えない。
 スノーが持ち込んだイコプラ:モスキートを他の人間が見えない位置から飛ばし、アニスに周囲の警戒を頼んだ。
 準備に念には念を入れるが、あくまでもただの生態調査である。
「さぁて、自分好みの餌があればどんなに遠くても嗅ぎつけてくる魚はどんなものかとくと拝見しましょう」
 この事件で入手できる情報は多ければ多いほど良い。準備が整った和輝は協力を名乗り出る為に雅羅の方へ歩み寄った。



「さよなら、高円寺海。きみのことは忘れない……」
 悲しい呟きとともに花束が船上から落ちた。
「って勝手に殺さないで!」
 切なげに瞼を伏せるレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)に雅羅が全力否定する。
「えぇっ?! やっぱ助けるの?」
「当たり前じゃないッ!」
「……っち」
「ン?」
「あ、いや、何でも!」
 ぎろりと擬音付きで睨まれてレオーナは両手を上げて首を左右に振った。
「って言ってもね、パラミタワカヅマの生命も守ってあげたいのよねぇ」
 魚類ながら愛を求める姿に強い共感を覚えてしまったレオーナはちょっと渋々だ。というかむしろ男のことはどうでもよかった。
「でもですねレオーナ様。お気持ちはわかりますが救助隊についていかないと、雅羅様が危険な目にあうのではないでしょうか……」
 なんといっても愛を知っている魚類。捕食対象に入らないからと言って安心はできない。下手をすればライバル視されて抹殺を図られるかもしれない。
 愛に障害は無いと考えているのはつまりそういうことだ。
 こそっとお耳に入れてくるクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)にそれもそうねとレオーナは納得した。男は知らないが女性は大切だ。うん。
「とりあえず、こう私が雅羅ちゃんの背後を護るわ」
「って、ちがーう!」
 背後に回って抱きつこうとするレオーナに雅羅の絶叫が空に響き渡った。
 何度も説明するがこれは海の救出を目的としている。
 女衆が残る船の上は思いの外楽しそうであった。
 呼び寄せる体質の雅羅が乗る飛空艇に集まり来る魚の影。
 その数の多さを最初に知ったのは、餌役の男衆だろう。
 ぎらぎらと猛る欲望と品定めの視線に舐められて、ああ、声は上がるだろうか。