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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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仇討ちの仕方、教えます。(後編)

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第二幕


 その頃、健吾は劇場の前に立っていた。この辺で立花 十内の目撃情報を聞いてから、既に日が経っている。まだいるかどうかは分からないが、手掛かりは他にない。故に健吾は、いくつかの劇場を見て回っていた。ここは三つ目だ。
 グルルルル……。
 唸り声が聞こえ、振り返るより速く、それは健吾の脇をすり抜けた。
「あっ!」
 それは真黒な狼だった。周囲の人々も気づき、悲鳴を上げている。
「き、貴様!」
 言葉が通じるとは思えなかったが、健吾は怒鳴った。狼の口には、健吾の印籠が咥えられていた。
「ま、待て!」

 ――「オイデ」

 狼はまるで、そう言ってるかのように走り出し、健吾は後を追った。


 舞台では、耀助が茜小僧の正体を知ったちょうどその時、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)キルティス・フェリーノ(きるてぃす・ふぇりーの)は、小屋の裏で左源太(さげんた)の手伝いをしていた。
「うわあ、これ全部?」
 山と積まれた足袋を前に、秋日子の口があんぐり開く。
 左源太は笑いながら、「これでも少ない方ですよ」と笑った。「何しろ、『妖怪の山』のせいで人数が減ってしまいましたからね」
「それはもしや、ゆる族や仙人や幽霊が住んでいるという、あの?」
「あの、です」
 葦原島には、その名の通り、妖怪の住む山がある。妖怪どころか宇宙人まで住んでいて仲良く喧嘩しつつ暮らしているそうだが、はっきりしたことは分からない。山の正式名称すら、誰も知らないほどだ。
「最近あの山に、神様が現れたって話、知りませんか?」
「神様?」
 秋日子は両目をぱちくりと瞬かせた。左源太の冗談かと思ったが、彼は至って真面目である。ただほんの少し、秋日子の反応を面白がっている風でもあった。
「何でも願いを叶えてくれるって噂の神様です。あ、その顔、疑ってますね?」
「だって……ねえ?」
 秋日子とキルティスは顔を見合わせた。
「本当ですよ。うちの一座の人間もそれを聞いて我先にと登ったんです。――あ、これ、太夫には内緒です」
 染之助(そめのすけ)が二日ほど一座から離れている時期の出来事だったという。
「それで? 願いは叶ったの?」
「一人だけね」
 恋に恋焦がれていた娘が、まんまと玉の輿に乗ったのである。が、「それ以外は全員、えらい目に遭ってます。ま、それもあるんで太夫には内緒にしてるんですけどね」
 一攫千金を狙ったり、女を手に入れようとした挙句に舞台に上がれないとあっては、染之助の怒りは相当なものだろう。もっとも、それが「神様の祟り」と考える辺り、葦原島の人間は、相当信心深いのかもしれない。
 足袋を洗う左源太の手が止まった。
「いい曲ですね。どこかの小屋かな?」
「いえ、これは……」
 キルティスがすっと目を細めた。心が浮き立つような調べと歌声――【幸せの歌】だ。周囲に殺気がないことから敵とは思えないが、キルティスは用心のため、いつでも動ける体勢を取った。
「どうも」
 裏口から、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)セルマ・アリス(せるま・ありす)が入ってくると、秋日子たちに目を留めた。寸の間、怪訝そうに眉を寄せるが、すぐにああと頷く。
 四人は同じ目的でここにいた。
 耀助とベルクは、立花 十内の似顔絵を見たときに、それが左源太に瓜二つであることに気付いた。
 匡壱に探索を頼まれた耀助は、稽古の合間を縫ってはしょっちゅう出かけていたのだが、それを怪しんだ秋日子に問い詰められ、あっさり白状した。
 一方のベルクは、仇討ちに関わっているセルマに連絡を取り、こうしてやってきたのである。
 外では中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう)が演奏を続けていた。そのおかげか、左源太は存外落ち着いたものであった。
 一瞬呆気に取られ、彼は静かに目を伏せた。
「――正体が、知られたのですね」
「落ち着いたもんだな」
 ベルクは感心していた。
「いつか、こういう日が来ると思っていましたから」
「じゃあやっぱり、あなたが立花十内さんなんですね?」
 左源太――いや、十内は顔を上げ、頷いた。
「あなたは?」
「初めまして、セルマと言います。あなたを探していました」
「そうですか。――どうしてここにいると分かったかなあ?」
 やけに間延びした声で、十内は言った。首を傾げ、
「それにあなた方、契約者でしょう? どうして契約者が私を探すんです?」
 セルマたちは顔を見合わせた。左源太が十内である確認は取れた。後は野木坂 琢磨(のぎさか・たくま)殺害の真相と、千夏誘拐の黒幕が彼であるかどうかだ。
 ベルクとキルティスは素早く視線を交わし、キルティスがまずこう言った。
「別の町で、あなたを見かけた久利生(くりう)藩の人がいたんだそうですよ」
「で、久利生藩から葦原藩へ調査の協力要請が。契約者なんてのは、まあ、何でも屋みたいなもんだからな」
 明倫館についてよく知らないのか、十内はなるほどねえと納得したようだった。
「でも、まず真相を知りたいんです。あなたは、本当に野木坂琢磨さんを殺したのですか?」
 セルマの真っ直ぐな問いに、十内は彼を正面から見返して答えた。
「――ええ、間違いなく私が殺しました」