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【すちゃらか代王漫遊記】任侠少女とアガルタの秘密

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【すちゃらか代王漫遊記】任侠少女とアガルタの秘密

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第一話「雨も風もない嵐」

「それでさー。あの店でコレげっとしたんだけどー超かわいくねー?」
「よってらっしゃい、みてらっしゃい! 新鮮な食材揃ってるよ!」
「あんだこのやろー! 今わざとぶつかっただろ!」
 話し声。呼び子の声。怒声。野次馬の声に笑い声。
 そこには様々な声があふれていた。

 ただそれだけならば以前とあまり変わりないが、{SNM9998851#セレスティアーナ・アジュア}は変化を頭ではなく身体で、心で感じ取る。
 ……いや別に。セレスティアーナが馬鹿だとか言いたいわけではなくて。いや、ほんとに他意はなくて。
「うむ! なんか、だいぶ街っぽいな」
 その変化をうまく言葉にできないセレスティアーナの横では、木之本 瑠璃(きのもと・るり)も大きく頷いていた。感性が近いのかもしれない。……他意はありません。
「ほんとなのだ! だいぶ街っぽいのだ!」
 同じ内容を繰り返しているだけのようだったが、きっと2人の考えていることは同じに違いない。目の輝き具合が一緒だ。
「いや瑠璃。意味分からないから」
 そんな瑠璃にツッコミいれるのは、相方の相田 なぶら(あいだ・なぶら)だ。とはいえ、彼も街の変化は理解している。
 現在彼らがいるのはA地区なのだが、前来た時よりも高層ビルが増え、近未来的な街へと発展してきているようだった。つまりは、特色がさらに出てきている。セレスティアーナと瑠璃はそこが言いたいのだろう。
 今2人は、護衛としてセレスティアーナに付き従い、街を歩いていた。

「なぶら殿なぶら殿!代王がまたやってきて、しかも治安の悪いC地区を視察するらしいのだ!」
「へぇ、また代王視察来るのか。彼女も懲りない人だねぇ」
「毎回怖い目にあってるのに、それでも自ら治安の悪い地区の視察を行うなんて、代王はとても立派な人なのだ!」
「……で。瑠璃は何が言いたいんだい?(予想はつくけど)」
「つまり、そんな立派な代王をしっかり守る事こそ正義の味方! 勇者! な吾輩たちの役割だとそうは思わないのだ!?」

 ああやっぱり。
 などと思いつつ、でも言っている内容は確かにそのとおりなので特に反論せず、なぶらも護衛として向かうことになったのだ。
「レッツ視察なのだ! C地区行ったことないから楽しみなのだ〜♪」
「私もだ! 楽しく視察するぞ!」
「あ、出店でお買い物するためにお小遣い欲しいのだなぶら殿!」
「(それって視察っていうの?)ちょ、瑠璃! もう少し護衛と言う立場を理解して……無駄遣いはするなよ?」
 注意をしつつ、お小遣いを渡すなぶら。……お母さん?
 そんな光景を、セレスティアーナがどこか羨ましげに見ていた。酒杜 陽一(さかもり・よういち)は苦笑しつつ、そんなセレスティアーナに駆け寄り、禁猟区を施した虹のタリスマンを手渡し、いつものごとくペンタを紹介した。
「ペンタ! 貴様もきておったのか」
 とたん元気になってペンタ(ペンギンアヴァターラ・ヘルム)を抱きしめるセレスティアーナ。ペンタもどこか嬉しそうにセレスティアーナに答える。陽一がほうっと息を吐き出した。
 機嫌がよくなったようだ。
「ふふふ。よかったですね。セレスティアーナさん」
「うむ!」
 同行者の1人、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が微笑む。その横からひょこっと顔を出す少女がいた。
「セレちゃん、セレちゃん! 土星君も一緒に連れて行かない? きっと街のどこかにいるはずだよ!」
 虫取り網片手にそうセレスティアーナをそう誘うのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。ツインテールがゆれる。

 つかぬ事をお伺いしますが、その虫取り網は何につかうのでしょうか?

「つまり土星君捕獲作戦ね! 楽しそうじゃない!」
「ちょっとセレン! 何を言い出すの――いつのまにそんなものを用意したの?」
 その案乗った! と声を上げたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)の手には、一体いつの間に用意したのか網がある。セレンフィリティは「こういうこともあろうかと、用意していたのよ」と少ない布で覆われた胸を張った。揺れたそれにセレスティアーナら一部が羨ましそうな顔をしたとかしないとか。
 まあ、そんな話はさておき。

「セレアナ! さっき土星君見たって言ってたでしょ? 今どこにいると思う?」
「えっ? そうね。向かっていた方角からすると、B地区辺りにいるんじゃないかしら」
「よし! じゃあまずはB地区に行くぞ!」
「おーー! なのだ!」
 セレスティアーナまでがノリノリで、美羽からもらった虫取り網を片手にずんずんと歩き出す。
 うっかり口を滑らせたセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)はしまったと、視察予定を頭に浮かべて順路を元に戻そうとするが
「セレアナー、人生は楽しんでなんぼよ? カリカリするだけじゃつまんない一生で終わっちゃうよ」
「……セレン。それをあなたが言うの?」
 あっけらかんと言い切られて、肩を落とす。いつものことといえばいつもなのだが、今回は特に治安の悪い場所へと行こうとしているのに、いつもと同じ軽装過ぎるほどの軽装で、暢気すぎやしないかと思う。だがそう言った所で、「返り討ちにできるだけの実力があるからこそ、こんな格好で来られるんじゃない」などといわれるに違いない。
「まあまあ、一応かん……視察の予定は余裕を持って組んであるし」
「ええ。ですからそう気になさらずに」
「そうだよ。……元から予定通りとか、無理だろうと思ってたし」
 常識組――陽一とベアトリーチェ、なぶらがそんなセレアナをなぐさめる。
 最後、なぶらが付け足した言葉に、誰も反論はしなかった。内心思っていたことなのだろう。

「なぶら殿! あれ! あれ欲しいのだ!」
「えっ高! っていうか、お小遣いならさっきあげただろ。その小遣い以内で買いなさい」
「ペンタ。そっちじゃないぞ。B地区はこっちの方が近い」
「すっかりアガルタに詳しくなりましたね。セレスティアーナ様」
「土星君捕まえたら、猫カフェの猫ちゃんたちもきっと喜ぶよね! 前のときもすごく楽しそうだったし」
「美羽さん……程々にしてあげてくださいね」
「時間はたっぷりあるんだし、思いっきり遊ばないと損ね!」
「分かってるの? 私たちは遊びに来たんじゃないのよ」

 がやがやと楽しげな視察団。
 彼らの姿を後ろから見ている者がいた。

「輪っか様は私のものよ! キン○マちゃんは別にどうでもいいけど」

 土星君をキン○マと呼び、彼についている輪を輪っか様と敬い(?)、狙い続けている女性。
 レオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)である。
 前回は一度輪っかを手に入れたものの、失敗。今度こそはと気合を入れなおし、目撃情報を聞きながら街を歩いていた。そうすればセレスティアーナ一行にかちあい、土星君の名を聞いて彼女たちを利用して輪っかを手に入れようとその跡をつけることにしたのだった。
「輪っか様は誰にも渡さない!
 でもでも。遺跡にもあるみたいだし、キン◯マちゃんの使用済みの汚された輪っか様じゃなくて、遺跡にある純潔な輪っか様でも良いかな。
 まあどっちでもいいんだけど、せっかくだから処女の輪っか様を入手してみたいわね!」
 うふふ、と妄想するレオーナ。彼女の目には輪っかしか見えていない。
「レ……レオーナ様……き、きん……」
 そんなパートナーを止めるため、追いかけてきていたクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)は、あまりにも卑猥なレオーナの言葉に意識を飛ばしてしまった。
 もちろん、レオーナはその隙にセレスティアーナたちを追って姿を消していた。
「……ハッ! いけません。あまりに卑猥な言動に意識を失ってしまってましたわ!
 これ以上、土星君・壱号様にレオーナ様が絡むと、放送禁止コードに引っ掛かったり、雑音や伏字の乱発で文章が意味不明になったりと、リアクション公開が危ぶまれる事態となりますわ!」
 クレアが立ち上がる。その顔は、守るべきものを守ろうという強い決意にあふれていた。

 ……そんなところまで気にしていただいてありがとうございます!(敬礼)

 と、クレアが走り出したころ。

「土星君、覚悟するのだ!」
「そうだ! 覚悟しろ」
『はっ? 覚悟って何言っとるんや』
「それー! 今だよ! みんな、かかれー!」
『おいおい、ちょ、何』
「あたしたちから逃げられると思ってるの?」

『え、まっ……アッーーーーーーーー!』

 ティラリタッタター! セレスティアーナたちは土星君を手に入れた。


***   ***


 土星君が虫取り網の中に入っているころ、C地区では。

「お前の親父さんに、以前世話になったことがあってな。ぜひ協力させてくれ」
 そう弁天屋 菊(べんてんや・きく)が協力を申し出たとき、美咲は胸の奥が熱くなる気がした。
 菊はパラ実分校で浄水場、養魚場、バイオエタノール精製施設の運営に関わっているのだが、その際にパラ実分校で消費しきれない余剰魚介類を、観光地の食堂に卸す口利きをして貰ったそうだ。
 こうして窮地にかけつけてくれる人がいる父のことを誇らしく思えて、美咲はこそばゆい気持ちになった。やはり仕事が仕事なだけに――しかも今までこうした裏にかかわったことがない――誇っていいのか、少し悩んいたから余計に。
 もちろん今は恥ずかしく思っている場合ではなく、組の長として恥ずかしくない態度をとらなくてはいけない。美咲は感謝を述べた後、ありがたくその申し出を受ける。
 協力を名乗り出てくれたのは、菊だけではない。

「あなたが巡屋さんね? 私はリネン、B地区『アガルタ冒険者の宿』のオーナー……裏なら【天空騎士】って方が有名かしら?」
「は、はい。巡屋美咲です。あの」
「C地区で一旗あげようって話、聞いたわ。ぜひ私たちにも協力させてくれないかしら」
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)もその1人。ただ、彼女の場合は菊と違い、恩義ではなく互いの利益のための協力だ。
「こちらから出せるのは戦力と装備。その代わりに欲しいのは裏の情報。どう?」
 アガルタに店を構えるものとしての、【『シャーウッドの森』空賊団】としての提携の申し出だ。
 彼女たちが後見についたとなれば巡屋に箔がつく。リネンたちも情報を得られる。あくまでも対等な立場での協力。悪い話ではない。
 美咲がその話を受けたのが数日前。今は協力者として、リネンではなくヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)が拠点となっている武流渦にやってきていた。
「ヘリワードよ。リネンから話は聞いてるわ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
 手を差し出すと、少し声を震わせながら握り返す美咲。ヘリワードはその様子をじっと見つめる。

(巡屋美咲、ね。かなり緊張してるみたい。これくらいで緊張するようじゃまだまだだけど、でも磨けば光りそうね)
 気弱ながらも、目の奥にある硬い決意を読み取る。リネンが直接交渉に向かって結んだ協定なのでただの少女ではないと思っていたが、コレなら大丈夫そうだと息を吐く。
 提携とは諸刃の剣でもある。なんとしても、巡屋にはC地区を統べてもらわなければ。
 ちなみにリネンは、アガルタでは店主としての顔が主なため、ここにはいない。
 だが今頃、
『あの【『シャーウッドの森』空賊団】が巡屋の後見に付いた』
『巡屋という極道はできるヤツらしい』
 などという噂を流したり、武器や防具などを集めての後方支援をしてくれているだろう。
「紹介するわね。こっちはフェ」
「おぉっ、こりゃ話に聞いたとおりの東洋美人!」
 ヘリワードがフェイミィを紹介しようとし、その本人に言葉をさえぎられて額の上に青筋が浮かぶ。
 だがフェイミィはそんなヘリワードに気づいていないのか。美咲へと駆け寄って、その手をつかみ。
「ふぇ? あ、あの?」
 驚く美咲に向かって、清清しい笑顔を向けた。
「もう提携なんていわず礼は身体ででも、ぐはぁっ」
「このエロカラスはフェイミィ。エロカラスでいいわよ」
「ちょ、おまえ、いっ」
 肘がフェイミィの腹に突き刺さったのは、ほんの一瞬。誰の肘とは言わない。
 文句を言おうとしたフェイミィの足にかかとが振り下ろされたのも一瞬。誰のかかととは言わない。
 そんな、ある意味すばらしいコンビネーションで行われたやり取りに、美咲は最初ぽかんとしていたが

「っふふっふふふふふ」

 こらえ切れずに笑い出した。
 先ほどまであった美咲の緊張がほぐれ、店全体にあった重い空気が軽くなる。
 菊はそんな美咲を見て、ややほっとした顔をしてから口を開く。
「役者はそろったみてーだな。んじゃ、始めるか」
「ん。そだな。俺たちはあくまでも客分。方針は美咲ちゃんに任せるぜ」
 ほどよい緊張と明るい空気の中、話し合いが始まった。あまりこういった話し合いに慣れていない美咲のため、菊が最初に口を開く。
「大雑把な方針だと、堅気衆には知られない大通りから外れた奥の方から大通りへ向って順繰り片付けていって、堅気衆が付いたら大通りを外れても安全な状態にするか。
 逆に地回りとして大通りから無体な奴らを駆除して、堅気衆の信頼を得つつ奥の方へと安全な場所を広げていくか。
 って感じだな」
 とはいえ、あくまでも助言に近い。ヘイリーもフェイミィも美咲に求められれば口を開くつもりだったが、美咲はあごに手を当てて真剣に考えていた。まずは自分の頭で考えようとする姿勢に、両親の姿を思い浮かべためぐりやいっかき構成員が涙ぐむ。
 とりあえず人望はあるようだ。
「そうですね。無秩序に勢力を拡大しても、他勢力に狙われやすくなりますし」
 菊の言葉にエッツェル扮する掬宇が同意する。
「前者の案ですと、奥のほうが手ごわい相手が多いですから最初はなかなか難しいでしょうが、攻略すればあとが楽ですね。
 後者はその逆です」
「そうですね……えっと」
 迷うように目をさまよわせる美咲に、菊はただ目を向けるだけで何も言わない。それは菊だけではない。
 あくまでも彼女が決断して動かなければいけないからだ。
 美咲はしばらく悩んだが、やがて顔を上げた。真剣な顔で
「最近、堅気の方たちにも迷惑がかかっています。なので大通りから行こうと思います」
「わかった」
「かしこまりました」
 頼りないか細い声だったが、美咲ははっきりと告げた。皆に反論はない。――構成員は、「お嬢! こんなに立派に」と涙ぐみどころか号泣していた。
「ならばここら辺りから行くのが妥当か」
 夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)がそう言ってテーブル上に広げたのはC地区の地図だ。そこにはいろいろな書き込みがされている。
「小物を相手していてはきりがない。大通り付近の一番の勢力がここを根城にしておる」
 指を刺して説明しているのは草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)だ。甚五郎たちはハーリーから主だった組織の情報を聞き、さらにソレを元に地区を巡回し、ホリイ・パワーズ(ほりい・ぱわーず)ブリジット・コイル(ぶりじっと・こいる)が集めた情報を元に勢力図を作り上げていた。
「ちょっと覗いてきましたけど、結構人数いるようですよ」
「あと他の地区にも『商売』の手を伸ばしています。他地区とのいざこざを避けるためにも、ここをまず殲滅した方がよろしいと思います」
「なるほど」
 ホリイとブリジットの話に真剣に耳を傾ける美咲。その様子を見ながら、甚五郎らは表に出さずに考え込む。

『……普段の警備、ずさんすぎませんか?』
『そうですよ。放っておきすぎです』
 ハーリーにその疑問をぶつけた際、彼の目が細まった。詳しく聞いたところ、「大きな声では言えないが」そう前置きして
『基本、地区ごとにトップをおいて治めてる。C地区も順調に発展してたんだが、ある日唐突に荒れ始めてな』
 ため息をついた。
『調べたところ、ある組の奴らが街へやってきたのと重なる』
 御主組。
 すべての始まりと思われる組だが、調べても調べても動いている様子がないという。
 そんな御主組が、最近ようやく動きを見せている。それもあって、ハーリーはC地区の裏を取り仕切る者を早急に必要としていた。

「わしらはC地区の警備に回る。他のことはおぬしらに任せる」
 甚五郎はそう締めくくり、3人を伴って店を出て行く。
「あ、天さん竜さん、ごちそうさまでした。おいしかったですー」
「ありがとう。ぜひまたきてね」
「うむ。また来るといい」
 勘定を置いて警備へと向かう。そんな中、羽純が一度足を止めて店をちらと振り返る。
(あの目……)
「どうかしたか?)
「いや、少し気になっての」
 店を出てから小声で、呟くように彼女は言った。
「あの巡り屋の娘、少し気を付けた方が良いかもしれん」
「どういうことですかぁ?」
「何か……暗いモノを持っておる気がするのじゃ。
 自制できるなら良しじゃがC地区を仕切れた後、力に溺れねば良いがのぅ」
「奴らが制したとしても、気は抜けんと言うことか」
 羽純の言葉に甚五郎らが一瞬だけ後ろを見た。

「……まあ、ハーリーらも裏で仕切ってくれるように頼むって言ったって、街として丸投げする訳でも無いだろう。
 その後は、奴らの手腕しだい、だな」
「警戒はしておくように伝えておきましょうか?」
「そうだな。頼む」

 前へと向き直り足を動かす。街はいつもよりピリピリとした空気に包まれていた。歩きながら、地上で言うところの空を見上げると、人工的に映し出された青い空が重々しい空気なんざ知らないとばかりに存在した。

「なんだか雨でも降りそうな空気ですね」
「少なくとも、嵐はきそうじゃな」