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【ですわ!】Sympathy~伝えたい気持ち~

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【ですわ!】Sympathy~伝えたい気持ち~

リアクション


〜第1部〜

 正面大通りに劇の開始を祝す紙ふぶきが舞いあがり、軽快なトランペットの音色に続いて華やかな音楽隊が行進していく。
 至る所でモニターに映し出されたその光景は、街全体を興奮で包みこみ、人々は屋台で購入した飲食物を手にこれから始まる劇を楽しみにしていた。
『タシガン空峡沿岸部に位置する街、≪ヴィ・デ・クル≫。この街にとても元気な女の子がいました。それがヴィちゃんでした』
 大通りに清泉 北都(いずみ・ほくと)の声がスピーカーを通して聞こえてくる。
『ヴィちゃんはお父さんとお母さんに頼まれて、親友の子猫のクルちゃんと一緒にお婆さんの家に届け物に向かいます。お揃いのリボンをつけた二人は本当に仲良しで、ヴィちゃんはクルちゃんの言葉はわかるのでした。』
 通行規制の張られた通りの真ん中を、街の女の子が扮したヴィちゃんと子猫のクルちゃんが、両脇の来場者に手を振りながら正面広場へと歩いていく。
 すると、クルちゃんがヴィちゃんの足にすり寄り話しかけてくる。
『ねぇねぇ、ヴィちゃん。寄り道しないでさっさといくにゃん。今日はボク、おばあさんのおやつが楽しみで腹八分で食事を終わらせてきたにゃん』
 ゆるふわもこもこぬいぐるみで出来たクルちゃんは、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)が遠くから巧みに操り、声優を担当した北都の音声は首元の黄色いリボンの裏に仕掛けたマイクと、通りのスピーカーからは聞こえてきていた。
 【式神の術】で本物の猫のように動くクルちゃんは、伸ばされたヴィちゃんの手から肩へと飛び乗り、一緒に通りを進んでいく。
 目指すおばあさんの家は街を出てすぐの所で、ちょっとしたお使いのはずだった。
『二人が歩いていると、突然可愛らしい白い兎さんが路地から飛び出してきました。』

「ど、どいて! どいてください、うさ〜!?!?」

 細い路地から飛び出してきた慌てんぼうの白うさぎさん役のティー・ティー(てぃー・てぃー)は、急には止まれずヴィちゃんにぶつかってしまいます。
 勢いよく尻餅をつくヴィちゃんとティー。その衝撃でお互いの荷物が道端に散らばってしまった。
「いたたです……あ、そうです。時間は――あわわ!?」
 懐中時計を見たバニーガール衣装のティーの頭の上で、可愛らしいうさぎの耳がぴょこんと跳ね上がる。
「急がないといけません! 信義にかけてお届けせねばならない物があるのです……うさ!」
 ティーは散らばった荷物をかき集めると、急いで反対側の路地へと走り去ってしまいました。
 そこで、ヴィちゃんは赤い騎士の人形を拾います。
『きっと、さっきのうさぎの忘れ物だにゃん! ヴィちゃんすぐに追いかければ間に合うにゃん!』
 ヴィちゃんとクルちゃんは急いでティーの後を追いかけました。

『慌てんぼうの白いうさぎさんを追いかけたヴィちゃんとクルちゃん。しかし、二人はこの先に不思議な冒険が待っていることを知りませんでした』

 ティーを追いかけたヴィちゃん達は、路地を抜けてヴィちゃん達の銅像が飾られている正門前広場に辿りつく。
 そこは、劇のために華やかな食事会の会場となっていた。
『ヴィちゃん! ヴィちゃん! すごく美味しそうな匂いがするにゃん!?』
 白いテーブルクロスの上に並べられた古今東西の料理。見た目も色鮮やかに飾られたそれらの料理は、一流のデザイナーによって仕立てあげられた衣装に身を包んだ紳士淑女たちの談笑のお供となっていた。
『制服姿のヴィちゃんは唖然としました。なぜなら、自分達の住んでいる街にこのような華やかな恰好をした人達は、祭りの時くらいにしか見かけないからです。そう……』
 北都が溜めたのを合図に、流れていたBGMがピタッと止まる。
『なんとヴィちゃんは、白いうさぎさんを追いかけているうちに違う世界に紛れ込んでしまったのです!』
 代わりに、準備をしていた音楽隊が演奏を始める。
 紳士は魅力的な笑顔で客席の女性の手を引き一緒に踊り、淑女は籠に持って手に子供達にお菓子を配りだした。
「どれでも好きなお菓子とっていいわよ」
「焦らなくても大丈夫よ。ちゃんと、みんなの分もあるから」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)も広場を回りながら、子供達に笑顔とお菓子を振りまく。
 カメラのフラッシュがたかれ、子供達の呼ぶ声が熱気になって広場を満たしていく。
 そんな中でセレアナは、誰かに呼ばれた気がして周囲を見渡した。
「いま誰か……」
 すると、広場に面した住宅の屋根から小さな子供がお菓子を要求しているのが見えた。
 届けてあげたいが、広場を囲む観客の間を抜けていくのは大変困難なことだ。ましてや、投げて確実に届く保証はない。
 頭を捻るセレアナ。
「どうかした?」
「ちょっとね……あ」
 セレンフィリティの顔を見たセレアナはふと閃いた。
「セレン、その帽子少し貸してくれないかしら?」 
「うん。別にいいけど……」
 セレンフィリティから大きく派手な帽子を借り受けたセレアナは、その中にお菓子を複数詰め込んだ。
 そして、お菓子の入った帽子を空中に放り投げると、【サイコキネシス】で窓から手を伸ばす子供達の所に飛ばしたのである。
 贈り物を受け取った子供達は笑顔で手を振り、セレアナも微笑みながら振り返した。
 二人は流れる音楽が変わったのに気付き、広間の中央に戻って食事に手を付け始める。
 劇は次の段階に進もうとしている。
「このサーモン・マリネー、最高の美味しいわ。舌の上で蕩けるような脂身のなったサーモン。甘酸っぱくて濃厚な特製ソース。それでいて、後味を残さないよう絡めるように添えられた野菜とレモン」
 皿からフォークを使い、サーモンと野菜をソースに絡めながら口へと運ぶセレンフィリティ。
 ゆっくりと噛みしめ、舌で上品な味を堪能するセレンフィリティの頬は幸せで今にも頬が零れ落ちそうになっていた。
「そういえば、このピンク色の玉ねぎが独特の風味をしているけど、どこかで食べた気がするわ」
「≪スプリングカラー・オニオン≫。春を運ぶ玉ねぎでしょ」
「そっか。もうそんな季節なのね……」
 二人は運ばれてくる食事に舌鼓しながら感傷にふける。
 ふいに、セレンフィリティが「料理してみようかな」と呟いた。
 セレアナは本人に聞こえぬように、小さな声で答える。
「人の迷惑にならない所でお願いね」

 いつのまにか食事会に参加させられてしまったヴィちゃん。
 鳳凰の装飾が掘り込まれた黒檀の椅子に座り、運ばれてきた熱々のゴマ団子に息を吹きかけていた。
『まったくボク達は急いでいるのににゃん! いったいあのうさぎはどこにいったにゃん!』
 そう言いながらエサに食べているような動きを見せるクルちゃんのぬいぐるみ。
 まるで実際にヴィちゃんと会話をしているように、首や尻尾を動かして反応を示していた。
 そんな時、聞き覚えのある声が聞えてくる。
「急ぎませんと、急ぎませんと……もぐもぐもぐ」
 クルミを詰めたリスのように、頬に食べ物を詰め込みながらティーが走っていく。
『ヴィちゃん! 例のうさぎだにゃん! 急いで追いかけるにゃん!』
 ヴィちゃんとクルちゃんは紳士淑女たちに感謝しつつ、ティーの後を追いかけた。

 広場の隅っこの一段と豪華に飾られた縦長のテーブル。
 そのテーブルで特別な席につき、歩けるのかどうかさえ不安になる重厚な装飾品を多々身につけるイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)
「おそい、おそいですわ! 『例の物』を運んでくるはずの、ウスノロ白うさぎはどこで何をしていますの!?」
 ハートの女王の娘役となったイコナは、苛立ちというよりは駄々をこねるように、グラスが倒れそうな勢いでテーブルを叩いていた。
 そんなイコナを普段のメイド服姿とは打って変わって、綺麗なドレスに身を包んだ≪猫耳メイドの機晶姫≫あゆむが優しくなだめる。
「落ち着きましょう。きっと、もうすぐ到着するにちがいありません。それまで『てぃーたいむ』を楽しみましょう」
 あゆむの説得に、イコナはテーブルクロスを掴みながら、ムスッとした態度で差し出されたクッキーを口にしていた。
 すると、給仕役の早見 騨(はやみ・だん)が優しい香りを漂わせる淹れたての紅茶を、そっとイコナの前に置いた。
「こちら遠方より取り寄せた茶葉を使用しました。本日のハーブティーになります、お姫様」
 軽く説明すると、ナプキンを手にした騨が深々とお辞儀をする。
 いつも喫茶店で行っている仕事とは似ているが、細まい所で全然違う。それに多くの視線を浴びながら、この中継を店長(マスター)も見ているのかと思うと、騨はミスがないか心配になってきた。
「うむ。ご苦労ですわ。ではさっそく……あちちっ、ですわ」
 お姫様という言葉に機嫌を良くしたイコナは、調子に乗っていきなり熱々の紅茶に口をつけた。思わず落としそうになったテーカップをどうにかテーブルに置き、「み、水を……」と半べそ状態でせがむ。
 その光景を見て、あゆむとは反対側の席でイコナの脇を固めていたキリエは、クスクスと笑いだす。
「執事ともあろう者が姫様の舌を火傷させるなんて、失礼きわまりありませんこと……ちょよ!!」
「……ちょよ?」
「うぅ」
 必死に堪えたはずなのに、体の不都合のせいで変な語尾が付いて台詞が決まらなかった。
「ひ、姫様お待たせしました!」
 そこへ、ティーが転びそうな勢いで駆けてくる。
「ま、まひぃらびましたは……」
 イコナは舌の痺れでうまくしゃべれないながら、テーブルに頼んでいた物を置くように指示する。
 口元を抑えながら、イコナは期待に満ちた眼差しで『例の物』を待ち望んだ。
「はい。姫様どうぞ!」
 ティーはすぐに風呂敷に包んでいた物を取り出すと、イコナの目の前においた。
 それは白い騎士の人形。体は髪の毛一本一本から細部の関節まで、身軽そうな軽装の鎧服や剣も含めて、職人が丹精込めてつくりあげた申し分ない逸品だ。
 それをイコナは様々な角度からじっくりと見つめ、そっとテーブルに立たせると――天に向かって叫んだ。

「対の人形がありませんわ!!」

 イコナの叫びに、ティーを含めた4人はきょとんとした表情をしていた。
 本来、騎士は『白』と『赤』の二つで一つの品物だった。しかし、ティーが持ってきたのは片方のみである。
「もう一つはどうしましたの!?」
「あ、えっと……」
「しかも、一緒に頼んでいたタルトはどこにいきましたの!?」
「それはですね。やんごとなき事情がありまして……」
 打ち首にされてはかなわないと、ティーは必死に言い訳を考える。
 その間にも、イコナは「つかえないうさぎですわ」と連呼して、大泣き寸前であった。
『ヴィちゃん、あそこだにゃん!?』
 そこへタイミングが悪いことに、ティーを追ってきたヴィちゃんとクルちゃんがやってきてしまう。
 しかも、ヴィちゃんの手の中には、ティーが落としていった赤い騎士の人形が抱えられていた。
「あ! わたくしの騎士ですわ! なぜ貴方がもっていますの!? いますぐ返すのですわ!」
 ぐいっと手を伸ばして人形を返すように訴えるイコナ。到着したばかりのヴィちゃんには状況がいまいち呑みこめない。
「姫様、一端落ち着きましょう」
 ヴィちゃん達が悪者には見えなかった騨たちは、状況を整理するためにイコナを落ち着かせようとする。
 とりあえず座って話そうと、あゆむがヴィちゃんに進めるとーー
「あ、姫様! 実はあの者に人形を奪われたのです!」
 ティーがいきなりそんなことを言い出した。
 見つかったとはいえ、姫様の大事な人形を落としたと知れたら、女王様はティーのことを打ち首にするだろう。それだけはなんとしても避けたかった。
 ティーの言葉を信じ込んだイコナは目を丸くして聞き返す。
「それはまことですの!?」
「はい!」
「ではわたくしのタルトも!?」
「……はい! タルトもです!」
「いまの『間』はなんですの?」
「気のせ――げぷっ!?」
 ティーの口の端に食べかすがついてた。
 イコナがジト目で睨みつけ、嫌な沈黙が流れた。
「まぁ、お仕置きは後でにして――」
 その一言にティーの口から小さな悲鳴が漏れた。
「奇妙な服ををしたあなた! わたくしの騎士さまに触れたことを後悔していただきますわ!」
 『騎士を盗んだ』という事実より、イコナは『自分の物を他人が触れている』という事実が嫌だったようだ。
「食らいなさい!」
 イコナは目の前に置かれていた(が気づかぬふりをしていた)サラダの入った皿を手にとると、(食べたくない野菜を)無き者にしようとヴィちゃんに投げつける。
「べじたぶるアタックぅぅうう――!?」
 しかし、大きく振りかぶったその手からサラダが駆けることはなかった。
 退路を遮るようにイコナの左右に、あゆむとキリエが仁王立ちする。
「『めっ』ですよ! 好き嫌いはいけません!」
「そうです。食べ物を粗末にしてはいけない、ちょよ!」
 キリエがイコナを素早く羽交い絞めにする。
「どうぞ、あゆむお嬢様」
「それじゃショータイムですよ」
 あゆむはとりあげた皿から、春の新鮮な野菜を鼻歌まじりにイコナの口に詰め込んだ。

 ……5分後

「おっ、お母様にいいつけてやるんですの! 行きますわ、白うさぎ!」
「あ、待ってください姫様!?」
 叫ぶこともできずに野菜を胃に放り込まれたイコナは、ついに涙を流しながら白うさぎのティーと一緒に逃げ出していく。
 唖然とするヴィちゃん。テーブルには白の騎士が残されたままだった。
『こうしてヴィちゃん達は仲間達の協力を得て、苦難を脱したのです』
 ほとんど無理やりで話はまとめられていく。
 読み上げる北都の方も苦笑いを浮かべてしまうほどだった。