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第二章 機晶石の研究所 3

 玖純 飛都(くすみ・ひさと)は、眠っているみたいだ、と思った。
 遺跡の内部を見てのことである。遺跡は、おおよそ飛都が思っていた以上に朽ち果てていて、ジャングルのように生い茂った黒い植物たちに覆われていた。その様相があまりにも悲惨にも関わらず、無人の遺跡はなにも抵抗しない。出来るわけではない。だから飛都はつい――そう思ってしまった。
「まあ、いい……」
 自分に言い聞かせるように飛都はつぶやいた。
 遺跡なんてどこもそんなものだ。それよりもいまの自分に大切なのは、この遺跡がどれだけの情報を残しているかである。実験室になっていたであろう部屋や、研究員の仮眠室などを調べ、地下になにか装置があることを掴んだ飛都は、さっそくそちらに向かうことにした。
 出来れば――戦闘用機晶姫も調べてみたいところだ。
「機晶石に心を形作る為の情報が内包されている可能性……あるいは、機晶石が結晶化し鉱物になった古代の知的生物という可能性……どれも、否めないな」
 つい癖なのか、ぼそぼそと囁いてしまう。
 とはいえ――誰も聞いているわけでもなく、飛都自身も、自分が思考を口に出してしまっていることに気づいてはいなかった。
 地下へ向かおう。飛都はそう考えた。とにかく地下へ行けば、なにかわかるかもしれない。
 飛都はまるで徘徊する幽鬼のように、静かに地下への階段へと足を進めた。

 それは、生きることをやめた亡霊かもしれなかった。
 いや――あるいは、亡霊のほうが幸せだったかもしれない。
 彼女たちには、終わりがない。ただひたすらに、自己の宿命を全うするだけ。たとえそれが永遠という長い時間がであったとしても、彼女たちは厭わないし、そもそも疑問にすら感じないだろう。それが、遺跡を守ることをプログラミングされた、彼女たちの存在意義なのだから。
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、それを理解したとしても、引き金を引くことを止めなかった。
「悪いな……」
 と、呟く。
「だけど、お前らに同情してる余裕はない――!」
 無情――と言えばそれまでだった。
 しかし、彼女たちが自分を全うするのと同じように、宵一もまた、自分らしくあろうと生きている。
 彼はバウンティハンター。風のように生きる、しがない賞金稼ぎだ。倒すべき相手に同情して、引き金を止めるような真似はしない。
 『?禁じられた森?を救う』――それが、今回の彼の任務なのだから。
「リ、リーダー! こっちにも来るでふ!」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)が慌てた声で宵一を呼んだ。
 リイムも宵一と同様に、龍覇剣イラプションを使って戦闘用機晶姫と戦っていた。
 気合いの声とともに地面に剣を突き立てると――もの凄い熱量の業火が辺りを包みこむ。火柱が立ち、機晶姫たちを寄せつけなかった。と――宵一が、その隙を逃さない。
「いくぞ、ラビドリーハウンド……っ!」
 呼びかけられた従者のアイアンハンターは、うぉん、と光学レンズの瞳を輝かせた。
 次の瞬間――暗く蒼い青灰色の装甲が、機晶姫へと迫っていた。
 が――
「――!?」
 機晶姫も素早い。瞬時にラビドリーハウンドの動きを察知して、その体躯を飛び越えるように避けた。
 しかしラビドリーハウンドにとって、それは予想の範疇。むしろ、こちらの作戦通りのようだった。突貫を避けた機晶姫に対して、両腕のダブルヘヴィーマシンガンの銃砲を向ける。照準、――発砲。雨のような銃弾の嵐が、機晶姫に降り注いだ。
 だが、機晶姫もそう簡単にやられてはくれなかった。瞬時に装備した外装シールドが、マシンガンの銃弾を受け止める。無数に撃ち込まれる弾の重さに機晶姫は壁際に押し込まれていった。
 刹那、宵一が銃口を向ける。
「――終わりだ」
 機晶姫の驚愕に満ちた目が見開かれたのを最後に――
 銃弾が、その頭部を貫いた。
「むぅ……リーダー……」
 外装が破け、銃痕から火花を散らす機晶姫を見下ろしながら、リイムが哀しげな顔を向けた。
 宵一は、そんなリイムの頭にぽんと手を置きながら、
「仕方ないさ。これも仕事のうちだ」
 と、自分にも言い聞かせるように言った。
「それに、さすがに機晶石まで破壊しちゃいない。すべて終わったら、腕の良い機晶技師のところに持って行こう。メティスさんとかな。そうすれば、きっと直るさ」
「リーダー……!」
 リイムが感動で涙を流しながら抱きついてきた。
「さすがでふ〜! それでこそ、僕のリーダーでふ〜!」
「わっ、ばか、くっつくな! あつくるしいだろ!」
 とはいうものの、宵一もどこかそれを邪険にはしない。
 二人がそうやって戦いの余韻に浸っていたとき――
「宵一さん!」
 調査員仲間の真人たちが、二人のもとに駆け寄ってきた。
「真人! それに……朝斗たちまで……。どうしたんだ……?」
 地下通路の調査は自分たちに一任されていたはずだ。
 宵一たちは訝しんだ表情で真人たちを見た。それに、傍にいる見慣れない面子は……。
「実は――」
 真人は要点だけをつまんで、これまでのことを簡単に宵一に説明した。
 宵一は話を聞き終えると、納得したような顔で、
「そういえば……確かに“月の蜜”みたいな名前の花があるらしいって、噂があったな」
 と、呟いた。
「いずれにしても、森を元に戻すには暴走する装置を止めなくてはならないようですし……。こちらに来たというわけです」
 真人が言う。宵一はうなずいた。
「事情はわかった。まあ、装置を守ろうと通路にいた戦闘用機晶姫はあらかた片づけたし、俺も一緒にいくよ。他に、どんな敵がいるかもわからないしな」
 そう言って、宵一は道案内をするために、一行の先頭に立った。