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血星石は藍へ還る

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血星石は藍へ還る

リアクション

【7】


「我は、アレクさんに会ったら言いたい事があったのだ。
 この間の、無礼をお詫びしたかったのだ…………」
 天禰 薫(あまね・かおる)は戦いながらも心は何処か上の空で、ついさっきの出来事を思い出していた。

「――一月で随分成長したなちびっ子。縦の比率くらいしかあんま変わってないけど」
 薫の頭の上で手を上下させていたあれは皮肉を言われていたのだろうか。
「あ、あの……アレクさん、この間は……」
 懸命に伝えようとした言葉は、熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)の上ずった声に遮られてしまった。
「天禰! 展開がまずくなってきた、逃げるぞ!」
 考高が八雲 尊(やぐも・たける)を担いで走ってくる。
「よ、考高!? 我は今アレクさんに――」
 薫をもう片方に担いで信じ難い早さで考高は麒麟の如くその場から走り去ってしまった。
 ビキニアーマーと女装の危機だったから仕方ないのだが、それでもあれはチャンスだったのに、つい出たため息に、分身から一つの身体に戻った考高までため息をついた。
「ぶっちゃけ気まずいんだよな……
 あんな事やらかした後に顔合わせるなんて」
「……まあ確かに、この間の作戦は色んな意味でまずかったな……
 面白かったと言えば面白かった気もするけど」
 クレイモアで目の前の敵を薙ぎ払いながら、尊は実はちょっと笑っていた。
 謝りたいとか気持ちは分かるがとか、二人はここぞとばかりに真面目になっているが、ちょっとばかし精神的に余裕のある自分からすれば正直あの時のあれはバカバカしいやり取りだったとも思う。
 多分あの男もちっとも怒っちゃいないだろう。
「兎に角。ここに居ればそのうちあいつも来るだろう。
 それでお前がどうしてもやりたいんなら、俺はついて行くだけだ」
「……あと……もし出来るなら、仲良くなれたらいいな……」
 薫の言葉に考高は心臓を跳ねさせた。
 考高の悩みはもう一つ、別の所にある。
 つまりそう――

「……本当にあいつはロリなのか、そうじゃないのか……不安だ」

 リジェネーションで無駄に胃痛を回復している考高に今度は尊がため息をついた。
「ロリ……か。
 そうだな……。
 おい薫。
 試しに『助けておにーちゃん!』とか叫んでみろよ?」
「たすけておにいちゃん?」
「ああ、マジでロリだったらもしかしたら来るかもな」ケラケラと笑う尊だったが、薫にその手の冗談は通じなかったらしい。
「我、やってみる!」と小さな両手を前に組んだ。

「助けておにーちゃん」
 肝心な言葉は小声だったが、返事は直後に帰ってきた。
「呼ばれた気がした」
 背後にアレクが立っていた。と、同時に薫の首根っこを持って引き寄せ前の敵を前蹴りで押すと、そのまま当たり前のように心臓、顔面心臓とコンバットシューティングの要領で銃弾をぶち込みながら話している。
「ちびっ子とか言って悪かった。名前覚えてた。ワレノナマエハアマネカオルチャンだ。
 で何? 何か用? 俺じゃないお兄ちゃん?」
「て、てめーは本当にロリコンなんだな!? てめー! このー!」
「あァ? ロリコン? ろーりんぐこんばっとぴっち? 俺エアフォースの所属歴無ぇよ?
 つーかあんた随分バランス悪い武器使ってんだな。ちいせー癖に俺のと刃渡り変わらないんじゃないか?」
 薫の持つ草那藝之大刀を覗き込んで、アレクは鼻で笑う。
「ちょっと一回振ってみな?」
「えと……は、はい!」
 薫の左目が白銀に輝いた瞬間、振り下ろした刃の衝撃で周囲の空気が割れた。
 手を叩いているところを見ると、反応は悪くは無いようだが何も言わないのが逆に怖いのだが、薫は今一体何を試されているというのだろう。 
「おーい、配置完了予定時刻迄時間無いっスよー」
 空から振ってくるキアラの声に返事もせず、尊の「てめーこのー」も無視して進もうとするアレクの赤い袖を薫は勢いで掴んでいた。
「待って!
 あの……あの……この間は変な真似してごめんなさい!」
 ペコリと音がしそうなおじぎの頭を掴まれて、薫は「ぴきゅう!?」と不思議な小動物の悲鳴を上げるが、別に殴られるわけでもなし、顔を上げさせられただけだった。
「好き勝手するのは子供の仕事。それであの時は実際に子供だった訳だからあれ位問題無い。気にするな」
「ひゃい」頭を掴まれたまま頷こうとしている薫に、アレクは手を離した。
「あと……もし出来るなら、今度こそ……
 我と仲良くして欲しいのだ」
「は……あ? なにそれ?」
 顔に分かり易く出ているがっかりしょんぼり具合に逡巡し、アレクは自分なりの笑えない冗談を言った。
「妹枠なら無限に空いてる」
 薫の話しの為に一人戦っていた考高が凍り付いている。本当に笑えない冗談だった。
「……お前……ロリ……つまりロリータコンプレックスじゃないってのか?」
「しつこい奴。
 俺はロリコンじゃねぇ、シスコンだ。
 全ての妹(属性)を愛するお兄ちゃんだ」
 たちの悪い事にこっちはさほど冗談ではない告白に、今度は尊が固まった。お得意の「てめーこのー」も言えない程ショックを受けたようだ。
「で、その妹の中でも特別なのが呼んでるから遊びなら後でな。
 あと冗談は置いといて、さっきのな、仲良くなりたいってのは正直良く分からん。上官と下官とバディと首取りたい奴と屑と妹位しか俺の区分に無いんだよ。分からんから保留にしててくれ。
 その間に薫ちゃんが俺を何と思おうと構わないから好きにしな」
 考高が取りこぼした敵が左右からくるのを感づいて無表情に一瞬眉を寄せたアレクは衝撃波を放つ。
「退け。こいつに触んな」
 薫の頭に赤いベレー帽を被せて有無を言わさずアレクは先へ進んで行ってしまった。
 考高は背中に流れた冷や汗を叩くように見せかけて隠れて拭い、薫へ向き直る。
「ま、まあ兎に角。ロリではなかったようだし、仲良くなれたようで良かったな」
 そして気づいた。
 薫の頭に乗る帽子の正体に。
 真姫の「普通に似合う筈だ」と言う意見にぼやーっと流されてまた着替えたそれの正体に。
「待て、待てコレまさか教導団の昔の女子制服の帽子……」

 考高の中に新たに、『薫が仲良くしたい相手はシスコンで女装の変態疑惑』が浮上した。



「ば……化け物…………!」
 耳の中にこびり付く兵士の断末魔は、今の自分の状況をさぞ的確に表しているのだろう。
 ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)は纏った焔の如きオーラを身体に収めながら、臓物が浮く醜悪な赤い海を変わり果てた身体を引き摺るように歩き出す。
「(お前の勝ちだよ、寄生してる蛇みたいな奴)」
 憤怒と憎しみに彩られた表情には、二つの意志が宿っている。
 何時からだろうか。ハイコドの中にもう一つの誰かが現れたのは。誰かに相談しようとすれば、病院に行こうとすれば腕を掻っ捌き激しく抵抗し、気づいた時にはそれはもう取り除けない程ハイコドと一体化していた。
 分岐点に立つ者の静かな狂気は誰に知られる事も無く、ハイコドは遂に『此処迄着てしまった』。
「(最後の情けか? 一週間振りにまともに意識を返してくれるというのは)」

 半月前、愛する妻には別れと再会を告げてきた。
『次に会えた時、どうなるか分からないから指輪と髪留めを預けておくね。
 決して離婚とかそういうのでは無いので勘違いしないこと

 お店の事を任せる
 次に会うのは僕じゃない筈
 絶対に戻ってみせる
 フレンディスさんからスマホ預かっておいて』
 絶え絶えに訪れるまともな瞬間に必死で殴り書いた文字は、彼女に届いただろうか。
『いつまでもあいしています』
 最後のメッセージは、ああ見えて実は寂しがりな妻ソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)と、生まれたばかりの子供達に届くのだろうか。
「(ソラン、怒ってるだろうな……)」
 頭の中で「訳がわからん、あの野郎帰ってきたらブッ殺してくれる」と般若の顔をしているソランを思い浮かべ、悲しい笑みを浮かべると、何処かへ行ってしまいそうな自我の中、ハイコドはそれこそ何処へ居るとも分からない『奴』を睨み据える。
「(だが最後に勝つのは絶対に僕だからな)」

 オーラを自在に変化させながら目の前に現れる兵士達を粉砕していく。
 一人でも多く、少しでも強く。
 奴の餌は強さ。腹を空かせた状態だと何をされるか分からない。骨が割れる音も、血の生暖かい感覚も無視してただひたすら、愛する者達の元へ帰る事だけを夢見てハイコドは戦い続けていた。
 限界を超える為の戦闘衣すらハイコドの酷使に極点を見て根を上げていたその刹那、ハイコドの目はそれを捉えてしまった。

 ストレスの原因。完全なる敗北を教えてくれた相手。宿敵、仇敵。
「――アレクサンダル・ミロシェヴィッチ!!」

 それは『奴』の完全なる覚醒の合図だった。



 隣に立つアレクが何かに目をしぱたかせたと思った瞬間、フレンディスのその理由も考えず反射で跳び退いていた。目を見開くと、フレンディスとは逆に跳んだらしいアレクとの間に出来た数十センチにも満たない隙間に鱗のような四本の『触手』が伸びてきていた。
「ッ!?」
 振り向いた先には、獣が立っている。
 長い黒髪、狼の耳と尾。わずかな情報量からフレンディスは行方不明に成っていた友人を連想した。
「……ハイコド……さん!?」
「Ko je to? (誰?)」
 突進と跳躍で猛り狂う身体をカガチの刃が受け止めると、空かさずジーナ・フロイライン(じいな・ふろいらいん)のハリセンが横殴りに炸裂する。
「何で戦闘を仕掛けやがるかは存知上げませんがっ
 このマッチョを殺したらパルテノペー様も死んでしまうかもしれませんのですよ!」
戦闘能力に特化していない筈のピンク色の蛇腹に折られた紙? を振り回すジーナに一先ず状況をお任せして、アレクとカガチ、フレンディスらは顔をつき合わせた。
「私の友人のハイコド・ジーバルスさん――の、筈です」
「蒼空(うち)の生徒?」
「はい。えぇ、と……先日の作戦の際に参加為さっていたのですが、アレクサンドリアさんはご存知無いのですか? 多分剣を交えたと思うのですが」
「あ。あれだアレク、お前の事説得してたうちの一人――」
「Ne znam.(いや知らん)
 ……説得ってあれか? なんかチョロチョロ集まってたやつ?
 俺あの時彼女を逃がす迄の時間計るのと、カガチと戦る事しか考えて無かったしなぁ」
「戦った相手を覚えてないのですかこの脳筋人間!」
 何故か頭の上でキャンキャン吠えるミニサイズな柴犬を片手で支えながら、アレクは首を捻りジーナが蛸殴りにしている相手へ目を凝らしてみる。
「Japanac,Amber i plave,vicina...170.....mnogo?

 A(あー)!!」
「思い出したのですか脳筋!」
「いや全然。作戦行動中の記憶なんて瞬間瞬間だろモフの助。覚えてたら『逆にヤバい』『俺が』。
 ――つーか本当に俺と交戦(やった)のか? じゃあ何で今生きてんだよ」
 アレクの質問にポチの助が答える前に、ハイコドの、否、『奴』の触手がジーナのハリセンを握りつぶす。
 屈もった悲鳴は喉から溢れる事なく、唐突に頭の上から降ってきた犬を反射的にしゃがんで両手でキャッチした所為で、ジーナは敵に掴まれた武器を握ったまま相対する危険から遠ざかった。
「どっち狙ってんだバーカ、アンタの敵は俺なんだろ」
 何処かから聞こえた声に振り向くと、ジーナがセネシャルとして全力で守ろうとしていた声の主が小さくなっている自分の上を越えて目の敵――ハイコドの顔面に前蹴りをしながら飛び出した。
 後ろへ下がったハイコドにアレクは鉄板が入った黒い利き足の甲で左右の横っ面を1・2で張り、間も入れずに3で顎に一発、おまけに4で時計回りに回転しながら右足を胴に減(め)り込ませた。
 秒単位で吹っ飛ばした相手に近付きながら、アレクは先ほどトーヴァから貰ったばかりのポーチに手を伸ばして中を弄る。
 自分だったら大体ここに何時も入れているものがあるのだが、果たして後ろでニヤニヤ笑っている相棒はそれを覚えていただろうか。
「Pitam se da li ima ... oh da!」
 お目当てのもの――結束バンドを見つけると、壁を背に昏倒しかけているハイコドの両手と両足を適当に縛り上げる。その間に後ろからベルク達がこちらへ近付いてきた。
「そんなもんで平気なのか?」
「『大体』はね。抜け出す方法が無い訳でも無い、が、まあ、さて、どうしよう」
「マスター、
 私先日、ハイコドさんから奥方様に渡して欲しいとスマートフォンを預かりました。
 その際『寄生、それを殺すには自分自身を殺さねばならぬ』、それには『仮死状態からの蘇生』、『一月後位に頼む』という言葉も受け取りました」
「込入ってるな」
「はい。正直私には意図が――意味掴めませぬ。
 ですから今はジゼルさんの救出を優先したく――、ハイコドさんには状況が整理出来る迄此処でお待ち頂くのが一番かと」
「Da.」
 フレンディスの提案を受けて、アレクは膝をついたまま引き絞った掌を昏倒から醒めかけているハイコドの顎に向かって突き出した。
「これで暫くものすんごく気持ちよく眠れる」
 地面に伏したハイコドの頭を無造作にポンポン叩いて、アレクはさっさと先に進んでしまう。
「行くぞー、何チンタラしてんだバーカ」
 軽口を叩きながら先行する事で、アレクは込み上げてきたものを身体で隠そうとする。
 眠い。異常に眠い。もう自分で何を、しかも何語で話しているのか、何をしているのかすらも分からない。
 瞬間揺れた身体に感覚を研ぎすませていたフレンディスだけは異変に気づいて、頭の上にある金の狼のような耳を足れ下げてアレクの顔を覗き込む。
「どうかなさいましたか?」
「何でも無い。俺の故郷海ないから海洋生物全般苦手なんだ。さっきのタコっぽくてキモいからちょっとゲロ吐くかと思っただけ」
「そのようなものなのでしょうか」
「そうそう、そんなも――」
 話しながら突如糸が切れる様に崩れ落ちたアレクを咄嗟に支えたフレンディスが壁に凭れさせているのを覗き込んで新谷 衛(しんたに・まもる)林田 樹(はやしだ・いつき)に振り返った。
「いっちー、眠ってるよこの男。
 あれっくさん完ッ璧無理してるじゃねぇか……」
 唐突にばちんと音がしそうな勢いで非対称の色を称えた目が開くと、アレクは慌てて首を左右に振りまくった。
「寝てない、全っ然寝てない!」「いきなりだな! 授業中に居眠りこいてたんじゃ無いんだぞ! 訳の分からん言い訳をするな!」「いや何言っちゃってんの? 寝てないしね! 元気だしね! 平気平気へ――」
 樹に張り合いながら途中で再びがくんと落ちた頭に向かってピンクのハリセンを振り抜いて、目覚めた瞬間に頭を抑えたアレクを前にジーナは仁王立ちする。
「真面目に吐きなさいこのデカブツマッチョ。
 一体全体何が起こっていやがるのですか?」
「…………否、正直こっちが聞きたいくらいだ。
 ただ、……何て言うんだ――……遠い。
 薄くて、今にも消えそうで………………うわごめんやっぱむりだねむる」
 怪しい呂律で一気に捲し立てた直後、アレクは壁に寄りかかった身体すら支えられず床へ倒れてしまう。
 寝息を立て始めた鼻を容赦なく摘んでみて、トーヴァは首を捻った。
「起きないね……。
 ありゃぁ、参った。何がどうしてんの?」
「多分単純な話っスよお姉様。この品性下劣男が契約した相手の意識っつーか存在がヤバいって事っス」
「はァん。――あのゲリグソ、くだらねぇ事ばっかしやがって。

 キアラ、アレクを頼むわ!!」
「お姉様!?」
「そっちの皆は私のラブリースイートな妹をおーねがーいねーん」
 軽い口調でウィンクすると、トーヴァは返事も聞かずに走り出す。皆が呆気に取られて見送ってしまったが、キアラだけはアレクに振り向いて眠ったままの頭に弱い拳を振り下ろし、服を掴んで振り続ける。
「何寝てるんスかインモラル軍人! お姉様が行っちゃったじゃないスか! 起きろ! 起きろ!!
 …………もう……リュシアンさんもハムザさん達も死んじゃうし、トゥリンちゃん先行っちゃって居ないし、あんたまでこんなになって私はどうしたらいいんスか!!
 起きろ! ばか……ばかぁあああ!!!」
 キアラの抑えきれない声は戦場に木霊している。
 皆『一月もたった』と思っていた。でもこの少女にとっては重体に迄追い込まれ、取り巻くものを幾つも喪失してから『一月しか経っていない』のだ。
 倒れたアレクの身体にしがみついて泣き叫ぶキアラを前に、フレンディスは背後に立っているベルクに向かって意志を伝えた。

「マスター、私は今度こそ許す事が『出来ません』。
 あの殿方……いえ、オスヴァルト・ゲーリングを!」
「ああ、許しちゃならねぇ。絶対に許しちゃならねぇぞフレイ!!」