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第四章


 桐生 理知(きりゅう・りち)は初めて着る着物に浮かれつつ、辻永 翔(つじなが・しょう)と歩いていた。
「こういうのも楽しいね」
「でも、また勝手に出歩いて、後で怒られるんじゃないのか?」
「そういうのは気にしないの。で、どう?」
「どうって……ああ、ちょっと情報が入ったよ」
「情報?」
「あれ? 事件の事じゃないのか?」
 話が噛み合っていない理知と翔。
「もうっ、褒めて欲しいのに……」
「あ、ごめん。着物、似合ってるよ」
「もう遅いもんっ!」
 プイッとそっぽを向く。だが、その顔は嬉しそうだ。
「いや、普通事件の事だと思うだろ」
「女の子は一筋縄じゃいかないんだよ」一応は褒められ満足した理知。「それで、入った情報は何だったの?」
「前、討ち入られた屋敷があっただろ? そこに新しく入った奴が実は宣教師殺しの犯人らしいぜ」
「それ、凄い情報じゃない?」
「相手が未知数だからな。まだ情報としては不確定だと思う」
 慎重な翔。だが、
「よしっ、それじゃ乗り込もう」
「今からか!? それはいくらなんでも」
「鉄は熱いうちに打てって言うじゃない」
「止めても……聞かないんだろうな」嘆息する翔。「でも、すぐには危険だ。時間を変えよう」
「それじゃ今夜、集合ね」
 ちょっとだけ、いけない約束に聞こえた。


 アジト。
 この酒場は彼ら傭兵集団『黒竜団』にはそう呼ばれていた。
 リーダーを務める黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は、席を囲む一同を見渡す。
「仕事の依頼だ」
 簡潔な言葉に息を飲む。
「誰を狙うんですか?」
 進言したのはユリナ・エメリー(ゆりな・えめりー)
「それはセレンから話してもらう」
 言われたセレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)は情報を開示。
「一時、空き家になった屋敷があっただろ? そこに住み着いた奴がなにやら胡散臭いんだと」
「殺人の犯人でしょうか?」
「だろうな。俺たちの仕事はそいつの捕獲だ。各自、武装も辞さない」
「……争い、嫌」
 ロザリエッタ・ディル・リオグリア(ろざりえった・りおぐりあ)は難色を示すも、
「でも……皆のため、頑張る」
「おう、頑張れ頑張れ」
「セレンはどうする?」
「オレはもう一軒、伝えなきゃいけない場所があんだよ」
「俺たちだけじゃ不服ってことか」
「あの、私、竜斗さんのため、頑張ります! つ、妻、ですから!」
「ああ、頼んだ」
 ユリナの肩に手を置く。役柄とはいえ、それだけでユリナは嬉しそうだった。
「行くぞ!」
 立ち上がる三人。最後にセレンが一言。
「あのさ、お酒って経費にならね?」


 割烹着姿のフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が店の前を掃除している。
 その隣で通り過ぎる人たちに愛想を振りまいていた忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は、突如唸り声を上げた。
「エロ吸血……祈祷師! 性懲りもなく来ましたね!」
「客が茶屋に来て、何が悪い?」
 悪びれずに答える、祈祷衣を着流した常連のベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)。別に悪いことをしていないので当然と言えば当然だ。ただ、見た目がどうしても悪党に見えるだけで。
「あ、マス……ベルクさん、いらっしゃい」
「お前ら……」
 揃いも揃って間違えるなよと思いつつも、ベルクは嘆息だけで済ます。
「とりあえず、団子をくれ」
「はい、すぐにお持ちしますね」
 中に駆けて行くフレン。そして何もないところで躓くのはお約束。それを支えるのもまた。
「きゃっ!?」
「おっと」
「あ、ありがとうございます……」
「こ、このエロ祈祷師! さっさとご主人様を放せ!」
 ベルクの足に噛みつくポチ。
「くっ、マジで痛ぇぞ、おいっ!」
「ポチ、止めなさい!」
「……ご主人様の命令なら」
「うちの犬が申し訳ございません」
「動物のやったことだ、気にするな」
 口ではそう言うが、未だガルルルルゥと唸るポチを睨む。
「すぐに手当をしないと――」
「お前がフレンディスか?」突然の来客者はセレンだった。「話があるんだが」
「えっと、今は……」
「何か入用だな。団子はもういい。治療くらい自分で何とかするさ」
「すいません。このお詫びは必ず」
「ま、期待しておくぜ」
 ベルクが去ったのを見送ると、フレイは話し出す。
「それで、お話とは?」
「あまり人に聞かれたくない話だ。中で話そう」
 促すよう先に店内へ入っていく。そして、席に着くとこう切り出した。
「闇の仕事の依頼だ。それと、酒をくれ」

 帰宅途中のベルク。
「あの駄犬……覚えてろよ……」
 痛む足を気にしつつ歩いていると、妖艶な女に声を掛けられる。
「あなたがベルクね」
「お前は?」
「誰でもいいわ。それより、仕事の依頼よ」


「お金持ちの相手も疲れるわ」
 自宅の長屋に帰った桜月 舞香(さくらづき・まいか)はそうぼやいた。料亭の芸者として働いているが、最近客層が悪くなった気がする。
「それでお給金貰ってるわけだし、文句を言っても仕方ないわね」
 諦めつつ家の扉を開けると、違和感に気付く。少し調べればすぐにわかった。土間の隅に隠されていた封書だ。その中身を見ると、それは城からの密書。
「……うふふ、女の子の怖さ、教えてあげるわ」