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Dearフェイ

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Dearフェイ

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「君たちは僕に幸せをくれる女神だね。ありがとう、お嬢さんたち」

 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が情報を提供してくれた女性に一輪の花をプレゼントしてその姿を見送った。
 そんな様子を見てメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)は少し呆れた顔で溜息をつく。

「知りませんよ。デルフィニウムなんて渡して、うっかり誤解でもされてしまったら」
「大丈夫だって。ちゃんと説明はしたしね。それに仕方ないだろう? 今近くのフラワーショップで薔薇も百合も、誰も気味悪がって受け取らないんだって。君も側で聞いていたろうに」

 情報のお礼にとフラワーショップに花を買いに行った際に、エースとメシエは店員からそんな話を聞いた。
 今は幽霊騒ぎのせいで、赤い花がすべて次の日には白くなってしまう。お屋敷では白い花が赤くなったというし、気味悪がって赤と白の花は誰も受け取りたがらないのだと。その証拠に花屋からは赤と白の花が姿を消し、黄色や橙、青に紫といった花が並んでいる。それは花屋だけではなく、カフェテラスや雑貨屋も同じだ。

「俺だって本当は情熱的な赤い花を贈りたいのにさー」
「だからってなぜそれをチョイスしたんだね」

 エースが選んだもは、つぼみの形がイルカに似ていることからその名がついたとされるデルフィニウムだ。淡い青色のそれは澄んだ空のようでとても優雅だ。

「君も好きだろ?」
「まぁね」

 人にあげようとはあまり思わないけど、という言葉を飲み込む。
 デルフィニウムの花言葉にはエースが使っていた「あなたは幸福をふりまく」というだけでなく、「高貴」や「軽やかさ」「清明」などだけでなく、「傲慢」や「変わりやすい」といった意味も持ち合わせている。だからこそ下手に女性に送って問題になったらどうするのかとメシエは止めたのだが、エースは問題ないよとそれを選んだのだった。

「それよりも早く事件を解決しないと。俺の好きな情熱の赤がこともあろうに気味悪がられているなんて嘆かわしいことだよ」

 相方の愚痴を右から左へとスルーさせ適当に相槌を打ちながら、メシエは周囲をぐるりと見回す。
 ツェツィというレディのために動いたということもあるのだろうが、猫と植物が好きなエースにとっては一刻も早く解決したい案件だったのだろう。好きな植物がその色を失い、大好きな猫が行方不明になってしまったと聞いてからはずっとそわそわしっぱなしだ。本当は猫と遊んだり、その毛を撫でてもふもふ感を味わいたいのだろうが、今となっては事件を解決する他にどうしようもない。だからこそこうして猫を探しに来たのだが、猫の目撃情報もほとんど得られずにただ時間だけが過ぎていった。

「う〜ん、植物たちも分からないのか……」

 エースは能力で騎士の橋周辺の草たちから幽霊が猫をさらっていった件について話を聞こうとしたのだが、それについても何も分からず仕舞いだった。

「ふむ。本当にここに幽霊が出るのかね」

 メシエも騎士の橋で気配を探ってはみるが、魔力などは一切感じられず、異界の住人でもないようだ。他にも目撃されたという場所を証言を頼りに回ってみたが結果は同じだった。

「そういえば、最近ウチでも物がなくなったのよ」
「あら、お宅も? いやぁねぇ。あの幽霊騒ぎでしょ? ネコちゃんと一緒に必ず何かがなくなってるらしいじゃない」
「ウチでもこの間やられたのよ。もう主人ったらネコちゃんがいなくなってすっかりしょげちゃって。私の大事なアンティーク時計が無くなったっていうのに、それよりもネコちゃんのほうが大事だっていうのよ。せっかく貴族のお屋敷から結婚祝いにっていただいた貴重なものだってのに」
「そういえばネコちゃんも血統書付だって自慢してらしたものね、ご主人」
「そうなのよ。たまたま子ネコがいっぱい生まれたからって一匹分けてもらっただけなんだけどね」

 夕飯の買い物帰りに、主婦たちが集まって噂話をしているようだ。
 その話を聞いて、メシエの頭に何か自分たちは重要な思い違いをしているのではないかという考えがふと過ぎった。

「エース……この話もう少し詳しく調べる必要がありそうですよ」

 不思議そうな顔をしているエースを引っ張って、メシエは主婦たちのもとへとツカツカと向かっていった。



「ねこちゃーん、どこにいるのー?」
「……さすがにそんなところにはいないと思うわよ。セレン……」

 マンホールを覗いてみたり、飲食店の裏手のゴミ箱を開けてみたりしたものの、どこにも猫の姿は見当たらない。そもそも先ほどからそこにはいないだろうという場所ばかりを探している気がして、セレアナはついにセレンをたしなめた。

「えー? でもよく漫画とかの中ではふたを開けたら猫がにゃーって」
「それは漫画だけよ……」

 少し呆れ顔でセレンを見れば、じゃあどこにいるのよと不満そうな顔だ。
 もちろんセレンにも闇雲に走り回っても見つからないことくらいわかっているのだ。それで見つかるのなら、もうとっくの昔に見つかっているだろう。それでもセレン曰く『何となく猫がいそうな場所』を探して回ってみたものの未だに一匹も出会えていない。

「もー罠とか仕掛けたほうが早いかなぁ……」
「おやめなさい」

 橋の欄干で二人、運河の流れを見ながら溜息をつく。大きな運河を見ていると小さなことなどどうでもよくなってくる。何を小さなことで悩んでいるのだと。
 よし、とセレンは自分に気合を入れるように声を出して、パンっと自分の頬を叩いた。

「じゃあ今度は向こう側を探しに行こう! なんとなく猫がいそうな気がする!」

 走り出したセレンをセレアナもすぐに追いかける。やはり彼女には自分がついていてあげなければ。そう思いながらさっそく元来た道を進もうとしているセレンに道を示すのだった。


 二日目の夕食会。
 昨日よりも人数が増え、広間ではわいわいと賑やかな声が響いている。立食パーティ形式で、それぞれが話しながら楽しく会話を交わしている。
 広間の端の方では迷子になっていた玲亜が夕食会の時間間際になってようやく見つかったことにミアはご立腹のようで、玲亜は正座させられて説教をされていた。

「まったく、今までどこほっつき歩いてたのよ!」
「ええぇ、ミアちゃんとお姉ちゃんが迷子になっちゃったから探してたんだよぅ」
「あんたでしょうがっ! しかもせっかくつけておいた発信機までどこかに落としてくるし……」

 見ると玲亜の服の裾の一部が破れてしまっている。リボンに隠れるようにこっそりと詩亜とミアは発信機を取り付けていたのだが、それを引っ掛けて落としてしまったらしく、発信機は途中から反応しなくなっていた。

「発信機? あ、そっか。今度からお姉ちゃんたちに付けておけば安心だね」
「あんたによあんたに!」

「ありがとうねツェツィ。毎日夕食会まで催してもらって、とてもありがたいですわ」

 広間を一通り回ってきて、イングリットがツェツィへ改めてお礼を言えば、ツェツィは静かに首を振った。

「こちらこそ、皆さんに手伝ってもらってとても嬉しいです。それに――」

 ツェツィは嬉しそうに広間に集まった面々を見つめる。推理研のメンバー、NDC、他にも協力してくれたメンバーがたくさん集まって楽しそうに会話をしている。
 両親が二人とも屋敷から離れて仕事に行っているため、屋敷がこんなに賑やかになることなど滅多にない。祖母がなくなってからは客人が訪れることも滅多になかったという。病弱なこともあってツェツィはあまり外に出られなかったので、友だちや知り合いも少ない。それが今、こんなにも多くの人が自分のため、そして街のために動いてくれているのだ。

「それに……私、嬉しいから。フェイがいなくなって悲しいけれど、きっと見つかる。皆さんを見てると不思議とそう思えるんです」

 心からそう思っているように穏やかな笑顔のツェツィにイングリットも微笑み返した後、広間の全員に向かって声をかけ二日目の報告会が始まった。
 ここ二日、まだ幽霊は現れていない。だが、明日こそきっと現れるだろう。
 明日は満月。
 幽霊との決戦は、明日――。