天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

梅雨の宴『夏雫』

リアクション公開中!

梅雨の宴『夏雫』

リアクション

1 前日

 稽古場の熱気は最高潮だ。明日の舞台進行を確認し、衣装を確認し、開幕時間を確認する。最後は舞い人全員が意識を集中させ、目を鋭くし鏡を見つめてそれぞれの動きの確認をとる。その視線は最早自分の姿ではなく、明日を見つめるもののようだ。
 囃子方との打ち合わせも完璧だ。舞いは舞い人だけでは務まらない。謡いを紡ぐのはもちろんのこと、囃子がなければ「舞い」として成り立つはずがないのだ。
 梅雨の宴『夏雫』。雨の祝福を表す舞い、それを披露する最高の舞台。
 それぞれがそれぞれの想いを抱き、舞う。羽を広げる時間は、すぐそこに。

2 梅雨の宴『夏雫』を見に行こう

「『夏雫』が始まるまでまだ時間があるわね。少し屋台を見て回りましょう」
「見て見て、りんご飴だよ! お祭りって言ったらやっぱこれだよね〜」
「もう……ちょっと目を離した隙に、弥狐ったら」
 奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)はパートナーの雲入 弥狐(くもいり・みこ)を見て苦笑する。りんご飴を持って頬を緩ませる弥狐を見て、自分も何か買おうかと悩んだ。
 様々な屋台が並んでおり、見るだけでも楽しめる。りんご飴、綿あめ、焼そば。さすがに舞いの席での飲食は禁止だろう。食事をするなら今の内。
 その時目に色鮮やかな赤が入り、驚く。
「和傘に赤い長椅子もあるのね。お団子が食べたくなるわね」
 お団子を売っている屋台をすぐ横に見つけて首を傾げたが、瞬間視線は左へと動いた。射的をやっている屋台があったからだ。興味をそそられ、足が自然と屋台の方へと吸い寄せられるよう。沙夢は振り返って弥狐を見た。
「射的……。ちょっと遊んでみようかしら。弥狐はどうするの?」
「はーにぃー?」
「……りんご飴、食べてから聞くわ。けどちょっと寄ってみようかしら。面白そうだわ」
 沙夢は微笑むと、ゆったりと射的の屋台へと近寄って行った。

 『夏雫』が開催されるまで、屋台を見て回る者は結構いるようだ。樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)もその1人で、息子の白継の玩具になるようなものを探していた。射的の屋台を通り過ぎ、つと足が止まる。駄菓子屋においてあるような、昔懐かしいおもちゃを売っている屋台を見つけたからだ。
「まぁ……素敵。ここで何かお土産を買っていきましょうか。どれにしましょう……?」
 折り紙、ベーゴマ、シャボン玉。悩んでいると、傍で明るい声がした。
「和の雰囲気、素敵だネ。『夏雫』も楽しみだけど、屋台を見るのも楽しいネ」
 声の主はロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)だった。白姫はロレンツォの方を見上げて微笑む。
「ええ、白姫も同じ気持ちでございます。ですが、屋台は『夏雫』が始まる前に閉まってしまうとか。見るなら今の内、でございますね」
「その通りだネ。これまでにもいくつか舞台は見たことあるけど「夏雫」なる演目は初めてだヨ。しっかりと心に刻みたいネ」
 白姫とロレンツォが微笑んでおもちゃを選びつつ、『夏雫』への思いを語り合う。
「舞は技術云々よりは舞で演出される雰囲気などを楽しむのも1つでございます。舞も覚えられると嬉しいのですが……パンフレット等はございましたでしょうか?」
「確か、舞台に設置されている観客席へ行こうとすると係の人が配ってくれるって言ってたヨ」
「そうだったのですね。まだパンフレットは頂いておりませんが……とても楽しみでございます」
『夏雫』。この舞いは過去に一度きり、それも百年以上も昔のことだと、屋台の売り子をしているおじさんが教えてくれた。ロレンツォは感慨深く目を潤ませる。
「その伝説の舞いを見ることが出来るなんてとても光栄だヨ。ジャパニーズ文化は奥が深い。白姫も共に楽しもう」
「はい。この白姫、素晴らしい舞いを見せてくれた暁には、惜しみない賞賛を送らせて頂きます」
 見る者は、相当に舞いを楽しみにしている。

「綿菓子の甘い匂いがする……林檎飴もあるみたいだね」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は楽しげに屋台を見回しながら呟いた。パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)も頷く。
「どうやら、舞台が始まると屋台は閉められるようだ。欲しいのなら先に林檎飴を買っておくか?」
「そうだね。ブルーズも買っておくかい?」
「ああ。5つあれば問題ないだろう」
 天音とブルーズは午前中に仕事を片づけてきた為、少し遅れて会場入りしたが、それでも屋台は賑わいを見せている。いつもとは違った葦原明倫館の姿は新鮮だ。色とりどりの装束を身に付けた女もいれば、はっぴを着て既に祭りの雰囲気に酔っている男もいる。こういう騒がしさも、たまには悪くない。
 天音達の友人が舞い人として『夏雫』に出演すると聞いた。これは見に行くしかない……。そう思い、駆けつけてきたのだ。しかし観客席に着くまでには距離がある。おまけにずらりと並んだ屋台ときたものだ。寄るしかないだろう。
その時天音とブルーズは、中でも一際人の視線を引き付ける屋台があることに気付いた。
「売り子の衣装が他の屋台と違う……。何なんだ、あの屋台は」
「さあ? 行ってみるか?」
「そうだね……気になるし、ちょっと覗いてみようか」