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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

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【冥府の糸】記憶都市の脱出劇

リアクション


第三章

 沈みかけた街で巻き込まれた業者を探す清泉 北都(いずみ・ほくと)ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)
「反応はこの辺りなんだよねぇ?」
「どこかの家に隠れてるんだろう。呼びかけながら探すしかないな」
 髪にかかった砂を落としながら、ソーマは街を取り囲む壁を見上げた。突入直後より高くなった壁が精神的な圧迫を感じさせる。
「急がないとな」
 その時、近くの民家で物音が聞こえた。
「そこに誰かいるのか? 安心しろ。会社の方から依頼を受けて助けに来た」
 暫くの間沈黙が流れ、ようやくオズオズとした声が返ってくる。
「ほ、本当か? 本当に助けに来たんだな?」
「ああ、偽りはない。だから早く出てこい」
「ソーマ、もう少し言い方を……別に怒ってるとかそういうんじゅないからねぇ」
 北都の言葉を信じて男性一人が恐る恐る出てくる。
「一人だけぇ?」
「影みたいのに襲われて仲間とは逸れました。みんな無事だといいのですが……」
 男性は身体のあちこちに、転んで出来た擦り傷を作っていた。
 すると、ソーマが民家から椅子を持ってくる。
「座れ」
「は、はい」
 戸惑いながらも指示通り椅子に腰を下ろした男性に、ソーマは【命のうねり】で傷の手当てを行う。淡い光が触れると、傷口を徐々に塞がっていく。
「他にも痛い所があるならいっておけ」
「じゃあ、僕は今のうちに連絡を入れておくねぇ」
 ソーマの後ろ姿に笑みを送り、北都は国頭 武尊(くにがみ・たける)と【テレパシー】による交信を行う。
「もしもし、清泉 北都だけど〜」
『大丈夫。ちゃんと聞こえてるぜ。どうした?』
「救助者を一人見つけたよぉ〜」
『そうか! じゃあ、こっちに連れて来てくれるか?』
「は〜い。場所はどこ〜?」
『そこから見張り台が見えるか? 今はそのすぐ近くにある兵舎に身を隠している』
 見渡すとそれほど遠くない位置に、見張り台らしき都市で一番高い五角形の建物が見える。
「了解。すぐ行きますねぇ……ソーマ」
「移動するのか?」
 交信が終了したのとほぼ同時に、手当ての方も終わったようだ。
 内容を説明すると、男性の体調を確認してから移動を開始する。
「それほど距離があるわけじゃないから、すぐに皆に会えるよぉ」
 笑い掛けながら大通りを進む北都たち。見張り台が近づき、兵舎の赤い屋根が見えてきた。
「あそこが目的の場所だねぇ」
「そうだ、ん? 北都一端身を隠すぞ」
 突然ソーマに襟首を掴まれ、北都は男性と一緒に教会へ隠れた。
 訳が分からず尋ねると、ソーマはドアの隙間から通りに続々と現れる影たちを示した。
「すごい数だな。救助者を連れて突破は難し――ちぃ、目があったか!」
 無数の影がソーマたちの隠れている教会へ進行してくる。
 三人で急いで椅子や家具を集めて扉を固めて侵入を阻止する。
「心配ないよ、大丈夫だからねぇ」
 扉を叩く音や引っ掻く音が聞こえてくる。
 怯える男性を安心させようとする北都は、仲間に救援を求めた。その間に、ソーマは教会内を見渡し、この場を切り抜ける方法を思案する。
 だが、この空間にある物で、現状を打開する手段を見出すことはできなかった。
「裏口を見てくるか」
 影が群がってそうだと思いながらも、ソーマは教会の奥へ進もうとした。
 そんな時――
「な、なんだ!?」
 教会内に厚さ10センチほどの亀裂が走った。空間そのものを切り裂くように宙に突如現れた亀裂。亀裂内の漆黒に光を反射して生まれた虹が形を崩しながら呑み込まれていく。
 言いようのない悪寒を感じるソーマ。
 すると、亀裂内部から伸びてきた黒い手がソーマを襲う。
「危ない!」
「っ!?」
 北都に吹き飛ばされたソーマは、教会の柱が硫酸を浴びたように溶かされるのを目の当たりにする。
 ソーマは舌打ちをして立ち上がる。
「まずい。北都、そいつと一緒に離れてろ! あれには絶対に触れるなよ!」
 魔法で応戦しつつ、ソーマは黒い手を引きつける。手を粉砕しても亀裂から復活してくる。亀裂を攻撃しても閉じる気配はなかった。
「これは外に出るしかないか……」
 扉の向こうで未だに扉をあけようとする影たちの動きが聞き取れる。
 業者の男性を連れて抜け切ることはできない。それでも、北都だけは守れる。
「――っ」
 一瞬、浮かんだ嫌な思考に舌打ちし、ソーマは全員が助かる方法を模索する。無理だと安易な答えを求める思考を追いやり必至に考える。
 古代文字がどこからともなく入ってきたのはそんな時だった。
 聞こえてくる呪文に乗せて、まるで生き物のように空中を見たこともない文字の羅列が駆け抜けていた。
 文字たちは鎖のように亀裂へ巻き付くと、その漆黒の口を無理やり閉じていく。最後には数ミリ程度の細い亀裂が文字に縛られて残っているだけだった。
「なんだったんだ?」
 茫然とするソーマ。
 すると、扉の向こうから銃声とエンジン音が聞こえてくる。
「北都、ソーマ、二人とも無事!?」
「セレンフィリティか!?」
「移動するわよ。出てきて!」
 扉を開けると、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)の運転する装輪装甲通信車の上でセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)が二挺拳銃を乱射していた。
「乗って!」
 定員オーバーで窮屈なまま急発進する車。生徒たちは取り付こうとする影を迎撃しながら兵舎を目指す。
 途中、影同士が争っているのが目についた。
「よくわからないけど、亀裂から出てきた手が影を浸食したのよ」
 セレンフィリティが説明しながら、今まさに浸食されていく影を指さした。人型の頭を貫かれた影は目と口にぽっかりと空洞をつくり、元は同じだった影に襲い掛かる。
「苦しそうな声が聞こえる……」
「泣いてるみたいね」
フロントガラスにヒビが入った通信車が石造り兵舎へとたどり着く。
「早く中に!」
 入口まで出てきていた武尊がマシンガンで援護しながら誘導する。建物内の窓には内側から板が打ち付けられていた。扉の前に家具でバリケードを作ると、そこから向かってくる影へ攻撃をしかける。
「奥にシェルターもある。救助者はそこにいてもらえ」
 北都は業者の男性を連れて建物の奥へ急ごうとする。
「くそっ、またか……」
 武尊の声に振り返ると、街中にあの亀裂が次々と発生していた。黒い手は影を浸食し、より狂暴で危険な存在にしていた。