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●会合前(2)

「おやあ?」
 カーネリアンの姿を認めて、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)が足を止めた。
「あらお久しぶりカーネちゃん。お姉さんのこと覚えてる?」
「胡散臭い男子専門の……」
「どういう覚えかたよ! 私は雷霆リナリエッタって言うんだからね」
 などと言いながらリナリエッタは、ごく自然にカーネリアンに近づいた。
「カーネちゃんもホテルでデートかしら? 空京を一望できるレストランで食事なんてロマンチックよね〜?」
「この状況がそんな風に見えるのか!」
 明らかにムッとした口調のカーネである。ルーシェリアがまあまあ、と彼女をなだめていた。
「やだなもう、冗談に決まってるじゃない。任務っていうなら私も、あなたとご一緒のみんなと同じよ。知らなかったかな? 私も百合園女学院所属なんだって」
 人生の経験値という意味では、リナリエッタとカーネリアンには相当の開きがあるようだ。カーネリアンは渋い顔をして黙ってしまった。
 そういうわけでね、事前調査、済ませてきたから……とリナリエッタは明かす。
「会場設営の業者はシロ、怪しいところはないわね。会合に使われる部屋の窓が最近、急に取り替えられたけどガラスに細工はないわ。単に古くなったから見栄えを変えたのかも。……それと、浜皆子ちゃん」
「誰だ?」
「知らなくても仕方ないか……フロントの子よ。今日は会合の受付なんかもするみたい。一応、そういうわけで疑わしい人物だから調べてみたってわけ。彼女は二ヶ月ほど前に入った新人らしいけど、特に不審なところはなかったわ。まあ、ちょっとボンヤリしているところがあるような気がしたけど、同僚の評判はおおむねいいみたい。仕事ぶりも真面目なようね」
「わかった」
「あら、それだけ?」
「……助かった」
「そうそう、そういう素直なのが一番よ。さて、ここからは私も同行させてもらっちゃおうかしら? ラズィーヤさんはあなたを舞台のヒロインに立たせたいみたいだし、引き立て役として頑張ってあげるわ」
 と言いながらリナリエッタは、カーネリアンの耳に口を寄せた。
「大丈夫、何かあったら私が貴方の脳天吹き飛ばして犯人にしてあげるから……仕事、真面目にやってね、ふふ」

****************

 ――重婚、ですか。
 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の脳裏をよぎった言葉だ。
 お互いの意思を尊重しているなら、結婚に性別は関係ないとザカコは思う。
 ――けれど、一人しか愛せない器量の自分にとっては、重婚は確かに好ましくないですね。
 そんなときザカコの頭をよぎるのは、たった一人の愛する女性、その横顔……。
 カチッ、と音がしてキーが外れた。
 同時に、ザカコの頭のなかの光景は霧消する。今は、彼女に想いを寄せている場合ではない。
 カードキーといっても鍵は鍵、工夫とテクニックがあれば外せないことはなかった。ザカコはドアを開け、ホテルの一室に忍び込もうとしていた。
 リュシュトマ少佐から、ホテル内での調査許可は得ている。
 だが、非合法な行動については許可を取ることはできない。言い換えれば『ホテルの公共空間やバックスペースをを自由に調査していい』というに過ぎず、『疑わしいというだけの理由で他人の部屋に勝手に立ち入ることも認める』という許可までは軍であっても下せないのだ。そのためには合理的な理由と正式の礼状が必要となるだろう。
 だからここから、ザカコの行動は非合法となる。
 敵が潜入するなら、素性を偽って堂々と入ってきている可能性が高い。
 だとすれば、イーシャ・ワレノフというチェロ演奏家が怪しいのは自明の理だ。あのように多数のチェロを持参している理由は、そこに武器を隠しているからかもしれない。
 イーシャの経歴はあまり明らかになっていない。たしかにチェリストとしては一流のようだが、プライベートについてはまったく不明なのだ。ブラッディ・ディバイン残党の一人であってもおかしくはなかった。
「いささかベタな推理ではありますがね」
 呟いて、ザカコはドアの内に滑り込んだ。
 今ごろ彼のパートナー強盗 ヘル(ごうとう・へる)は、屋上で狙撃について警戒しているはずだ。本当なら部屋の外の見張りを頼みたかったが、ウルフフェイスのヘルの外見では、逆に目立って仕方がないだろう。
 目的は情報収集の一点のみ。なにかあればダリル・ガイザックに情報を集約していく流れだ。万が一のときはすぐに退場するつもりである。
 スウィートルームは静かだった。無人ゆえ当然とはいえるが……。
 続きの間に踏み入ろうとしてザカコは凍り付いた。
「おや、おや」
 籐の椅子に深く腰掛け、そこにいたのだ。イーシャ・ワレノフその人が。
 部屋の主の不在を確認していなかったのはザカコの抜かりであろう。しかしそれにしても……なぜこのチェリストは落ち着き払っているのか。
 イーシャはつややかな長いプラチナの髪を背でくくり、縁なしの眼鏡をかけていた。 
 そして手に、黒光りする短銃を握ってザカコに突きつけていた。
 イーシャの唇が斜め上方に吊り上がる。
「学習:開始」
 不思議な言葉を呟いた。
「どういう意味……!?」
 なんであれ撃たれるわけにはいかない。ザカコは光学迷彩を発動して姿を消す。
 あの落ち着きぶり、そして銃。限りなくこの人物は怪しい。だが一対一で戦うは危険だ。逃れるべきだろう。
「ははあ、そういうことができるのかい」
 ざらついた質感のあるハスキーな声だった。そして、
「学習:終了」
 言うなりたちどころに、イーシャは姿を消したのである。
 ――なんだ? スキルをコピーした?
 だがザカコには行動予測がある。機先を制すれば、イーシャより先に部屋を出て行ける……。
「先読みだけどね、僕もできるんだよ」
 ザカコの前に何か気配があった。
 気配……言うまでもない、それはイーシャだ。
 見えない銃が火を噴いた。サイレンサー付きだ。ビュッ、と小さな音がたったに過ぎない。
 しかし正確にザカコは足を撃ち抜かれている。
「……!」
 血が溢れだした。ショックのためか光学迷彩が解ける。
 膝をつくザカコを見下ろしながら、イーシャは呟いていた。
「おや、おや、意外とあっけなかったねえ。殺したいくらいだけど、どうせ君にもパートナーというのがいるんだろう? 君が死んだら、そいつに気づかれてしまうはずだ」
 生かしておいてあげよう、と奇怪な麗人は薄笑みを浮かべた。
「ただ、少し眠っておいてもらうけどねえ」

****************

 いま一組、カーネリアンのもとに百合園生が姿を見せた。
「カーネリアンさん」
 緊張気味に挨拶するのは藤崎 凛(ふじさき・りん)だった。手短に名乗って、
「今日はよろしくお願いしますわね」
 にっこりと笑顔を見せた。
 凜はカーネリアンに親近感を抱いている。
 年頃も背丈もほぼ同じ、加えて誕生日も近い。不思議なものだが人と人というのは、違う点よりも共通点に惹かれやすいものだ。
「ああ」
 短く返答したがカーネリアンの口調は、心ここにあらずといった様相だった。
 彼女の目は凜を一時的にとらえたものの、すぐに彼女の隣……シェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)に止まったのである。
「よろしくね」
 シェリルは笑顔こそ見せたが、胃の腑に冷たいものを感じている。
 シェリルは予想した。おそらくカーネリアンも、似た感情を抱いていることだろう――と。
 ――この雰囲気……ただ者じゃないね。随分と死線を越えてきたのかな?
 鋭利な視線でカーネリアンはシェリルを凝視している。その輝きはまるで、外科医の使うメスのよう。
 来るなら来い、そう言っているように思えた。
 けれどシェリルはそんな挑発に乗るつもりはなかった。むしろ哀れんだ。カーネリアン・パークスは、コミュニケーションの取り方が実に下手なのだと。対立したり対決したり、味方以外はすべて敵……そういった人間関係こそが人と人との基本だと思っているのだろう。
 シェリルは無言で目を動かした。
 カーネリアンの目から視線をそらせたのではない。無意識のうちに凜を案じたのだ。
 シェリルからすれば、凜は人を疑うには純粋すぎる。カーネリアンの殺伐さとはほとんど正反対の位置にいるのではないかとすら思える。
 劇薬のようなカーネリアンから凜を護らなくては――というシェリルの思惑からわざわざ逸脱するように、
「答えにくいのであればいいんです。けれど」
 凜が口を開いたのである。
「教えて下さい。『イオタ』という暗殺者さん、カーネリアンさんのお知り合いなんでしょうか?」
 これにはカーネリアンのみならず、リナリエッタや佐野ルーシェリアも身をすくめた。
 壊滅状態となりただの残党勢力となったブラッディ・ディバインだが、今なお、中核をになう暗殺者がいると言われている。
 名は、イオタであると。
 おそらくそれはカーネリアンと似た技術で作られた機晶姫クランジΙ(イオタ)のことだと考えられている。クランジΙは、過去魍魎島で行われた決戦ののちブラッディ・ディバインに身を投じたという情報もあるので、まず間違いはないだろう。
 イオタについての情報はそれほど多くない。かつて契約者たちと敵対したが、撃退され姿を隠したと記録があるだけ、射撃の名手と言われているが、その姿形についてすら不明点が多い。
 そういうった事情もある上、そのイオタはカーネリアンと近い関係にあるというので、カーネリアンに対してイオタのことを訊くのは、何となく切り出しにくい雰囲気があった。
 だがその質問に、あえて凜は踏み込んだのだ。
「自分は……」
 あの凶暴な目をしたカーネが顔を伏せるのを、シェリルは興味深く見守った。
 凛の成長には目覚ましいものがある――シェリルは思う。いつまでも自分の背に、隠れているばかりの乙女ではないのだ。
「よく……知らない」
 カーネリアンはようやく、それだけ言った。
「自分があまり、他の連中と交流がなかったせいもあるが、イオタは……イプシロン以外にはほとんど心を開かなかった」
「イプシロン?」
「……同族だ。すでに亡い」
 それ以上カーネリアンは話したくないようだった。
「あの……思い出したくないことだったとしたら、申し訳ありません」
「いや、いい」
 カーネリアンは首を振った。
「言い忘れていたな。よろしく頼むと」