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【若社長奮闘記・番外編】初めての○○

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リアクション


★平和な街(笑)★

「うぉおっでっけー看板だなぁ」
「旅人が迷わずにたどり着けるようにと、どこからも見える巨大な看板を作ったそうだ。これもアガルタ名物の1つだな」
 ぽかんと巨大な看板を見上げているジヴォート・ノスキーダ(じぼーと・のすきーだ)に、イキモ・ノスキーダが街の創設者から聞いた話を教える。話を聞いた周囲の社員たちも「ほへー」と口を開けながら、【アガルタ】の文字を眺める。

 アガルタに来るまでもたくさんの驚きがあったが、まだまだ未知との遭遇がありそうだ。

(……全員揃ってますね)
 看板の傍に立てられた建物――旅人や観光客が休憩したり、入街手続きをしたり、警備隊や職員が寝食をとったりするところ――で思い思いに話をし始めたメンバーを数えていたプレジ・クオーレ(ぷれじ・くおーれ)は、そう息を吐き出す。
 アガルタは今でこそ観光客が大勢やってくる街となっているが、道中の危険はやはりある。
 このまま何事もなくいけばいいが。
 思案しながらプレジが街に下りるための手続きを済ませていると、出入り口から1人の女性が出てきた。そしてプレジやジヴォートを見て、頬が妙に引きつった笑みを浮かべて会釈する。

「い、いらっしゃいませ、ご主人様……お待ちしておりました」

 ひらひらのスカートをなんとも着心地悪そうにしているのはフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)であり、なぜか彼女はメイド服を着ていた。社員たちと談笑していたジヴォートがフェイミィに気づいて駆け寄ってくる。
「フェイミィ、か? 久しぶりだな」
「え、ええ。お久しぶりです」
 明らかに無理していると分かる口調に表情。ジヴォートは「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」と心配する。同じく駆け寄ってきたイキモも「ご無理はなさらないでください」と言う。それに対して「大丈夫」と答えていたフェイミィだが、あまりにも心配そうなジヴォートたちに、やけくそ気味に答えた。
「お、オレだって好きでやってるんじゃねぇんだよチキショウ!」
「え? じゃあなんで」
「う」
 なぜメイド服で迎えに着たかと言うと、至って簡単な理由からだ。
 実は以前、アガルタの『全暗街』の裏を取り仕切る少女、巡屋 美咲に、フェイミィが……不貞を働いた。そのことがパートナーのリネン・エルフト(りねん・えるふと)にばれた。怒ったリネンにより、ジヴォートたちの案内をメイド服メイド調? さらにただ働きですることになったのだ。
(これならただ単にこき使われてるほうがマシだ。どんな羞恥プレイだよこれ)
 まあ……肌の露出度で言うと普段より少ないはずなのだが、フェイミィには何よりの拷問だろう。

「なんでもいいから、さっさと行くぞ! じゃなかった。行きますよ」
「お、おうっ?」
「よく分かりませんが……分かりました……っと、すみません。電話が」
 会話を無理やり切り上げ、フェイミィは宿へと向かう。宿は、ジヴォートたちの旅行を聞きつけたリネンの

『ふーん。社員旅行に、ね。
 宿は大丈夫? アガルタには私も店を出してるから、よければ格安で提供するわよ?』
 という好意にあやかり、彼女が営む『冒険者の宿』だ。

「あー、楽しみだな!」
 道中、なんとも明るいジヴォートに対し、これからずっとこの格好でこの口調かと考えたフェイミィは酷く沈んでいたと言う。


***


「……ドウやラ宿に向カウようデスネ。ソコデ荷物ヲ置キ、休憩シタ後、電波塔へ行カレルとのコトデス」
「そうか」
 ジヴォートたちの後方を歩いているドブーツ・ライキに、護衛&付き人として従っているイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)がそう報告する。それらの情報は、身を隠して先行している辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)からもたらされたものだ。今は戻ってきて近くにいるはずだが、ドブーツには刹那の姿はおろか、気配も感じられない。
 ドブーツは刹那の姿を探すように目を動かしたが途中で諦め、頷いた。彼が言うには、今回アガルタへやってきた理由は

『アガルタ支局設置をジヴォートらに先越されるわけには行かない! 視察して、作るならば自分達が先に!』

 とのことらしいが、やっているのはジヴォートらの尾行である。しかし、誰もそのことにはツッコミをいれない。……まあ思うのは、似たようなことかもしれないが。

 そんなドブーツたちから少し離れたところで、観光客と思われる女性と子供がペコリと頭を下げていた。
「楽しかったです! ありがとうございました」
「ありがとう! おにいちゃん」
「いえいえ〜。アガルタにはまだまだ見所あるので、楽しんで行ってね〜」
「気をつけて行くのだぞ」
「うん!」
 ばいばい、と2人に手を振っているのは黒崎 天音(くろさき・あまね)ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)。今日は『飯処・武流渦』の女将と板前ではなく、普通の――というと語弊があるかもしれないが――格好をしている。
 今日はボランティアで、涅槃イルカの背に乗ってガイドマップのルートをぐるっと回るイルカタクシーを行っているのだ。いつも行っていることではないので、今回遭遇できた観光客たちは幸運だろう。
 天音が頑張ってくれたイルカたちをねぎらう。ブルーズも褒めて褒めてと近寄ってくる彼らの頭を撫で、水やご飯を与える。
 自身たちも休憩しようと、適当な場所に腰掛けて水分補給していると、楽しげに談笑しながら歩く一団を見つける。ジヴォートたちだ。
 
「……あ、そういえば美咲ちゃんが今日はどこかの社員旅行の団体さんが来るって言ってたけど。もしかして彼らかな」
「ああ。たしかにそんなことを言っていたな。しかしすぐに『しまった』という顔をして口をつぐんだが」
「なんかあの時の美咲ちゃん顔色悪かったねぇ……おや? あれは」
 武流渦の常連客である少女の様子を思い出して首をかしげていると、見知った顔を見つけた。団体客の後方を隠れるようにして歩いているのは……。
 足音を殺して後ろから少年に近づく。イブと刹那が最初警戒したものの、天音に悪意がないことと、同じく気づいたドブーツの秘書が何も言わなかったため、すぐに警戒を解いた。
 トントン。
 天音が少年――ドブーツの肩を叩く。
「なんだ? 何かあっぷゅ」
 振り返ったドブーツの頬を、天音の指がぷにっと押す。ドブーツは何をされたか分からない顔をして天音を見上げ、その後ろで秘書とブルーズが「お久しぶりです」「元気にしていたか」そう和やかに挨拶しているを見て、数秒固まった後。顔を真っ赤にさせた。天音はそんなことは気にせずにっこりと笑う。
「こんにちは。久しぶりだねぇ、今日はアガルタに観光かい? それとも……おっかけ?」
「ばっち、違う! きょ、今日は電波塔の視察に来ただけだ」
「視察、ねぇ」
 先ほどまで彼が見つめていた方角を見て、天音は意味ありげに笑う。とっさに身構えるドブーツだが、
「僕たち観光ガイドやってたんだよ。よかったら案内しようか?」
「う、うむ。頼む」
 視察、といってしまった以上断る言い訳を咄嗟に思いつかず、ドブーツはそう頷いた。


***


 ドブーツたちがそんなやり取りをしているころ、ジヴォートたちは宿に到着していた。
「ここがお前た……ご主人様たちが泊まる『冒険者の宿』だ、です」
 やっぱり無理している様子のフェイミィの言葉で宿を見上げたジヴォートは、すぐに厩舎の存在に気づいた。機械が発展したとはいえ、動物に乗る旅人や冒険者も多い。あまり大きさはないようだが、この厩舎があるというだけで旅人たちには大助かりだろう。
 後で見せてもらおう。
 ジヴォートはそう考えてから、宿の中へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい……って、あら。思ったより早かったのね」
 からんからんと音がして、ついでリネンの声に出迎えられる。カウンターにいたリネンは、そこから出て笑顔を浮かべた。久しぶり、と握手を交わす。
「ああ。天候に恵まれて予定より早く着けたんだ。今日からしばらく世話になる」
「ソレは何より。ええ、ゆっくりしていってね。フェイミィ、みなさんを部屋に案内して」
「へいへい……はい! かしこまりました」
 気が抜けた返事をしたフェイミィだが、にっこりと微笑んだリネンを見て背筋を伸ばした。てきぱきと案内を始めた背中を見送り、リネンは数日前を思い出す。

 ジヴォートたちを受け入れることが決まった後、リネンは美咲の元へと足を運んだ。
『リネンさん! 今日はどうされたんですか?』
『実はね。今度ノスキーダ商会の人たちがアガルタへ社員旅行に来るってことで、うちで泊まってもらうことになったの』
『ノスキーダって、すごい大物じゃないですか』
『ちょっと彼らとは縁があってね』
 純粋に尊敬を目を向けてくる美咲に少し苦笑した後、意識を切り替えて本題を切り出す。
『まあそれでね。ニルヴァーナは初めてなのと……あの人たちちょっと天然なのよね。商才はあるみたなんだけど』
 思わず息を吐き出す。美咲は「はぁ」と意図が分からず首をかしげる。
『あなたには、彼らに危害が加わらないように気をつけてほしいのよ』
『あ、なるほど』
 ようやく意図を理解した美咲に、リネンの目つきが鋭くなる。それは裏の顔。びくりっと美咲の肩が震える。

『ノスキーダ商会はシャンバラでの私たちの大事なパートナーよ。もし何かあったら……分かってるわね?』

 美咲は無言で首を縦に振った。

 そのときの美咲の表情を思い出して、「あの子もまだまだねぇ」とリネンが苦笑していると、案内を終えたフェイミィが戻ってくる。同時にカランと音がなり、来客を告げる。
「こんにちわー……あれ、ジヴォートたちはまだ?」
「先ほど着いたと連絡があったのだが」
 来客はルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。2人はこの後向かう電波塔への案内係だ。リネンが「今、部屋で休憩してるわ」と答えると、ルカルカは「ならちょうどいいや」とフェイミィとリネンを近くに呼ぶ。
 首をかしげながらも近くに寄ってきた2人に、内緒話をするように小声でルカルカが話し出す。

「もうイキモさんには話をしたんだけど……」

 話を聞き終えたリネンとフェイミィは、
「いいじゃない。ぜひ協力させてもらうわ」
「そうだな。俺も協力するぜ」
「ありがとう! フェイミィにはジヴォートをイキモさんから離してほしいんだけど」
「それならたぶん問題ないぜ。さっきデートに誘われてたし、そんときに行けばいいだろ。問題はプレジだな」
「え、デートっ? ジヴォートも中々やるわね」
「そうね。プレジさんはどうしようかしら」

 話し始めた3人を、少し離れた位置で見ていたダリルは「やれやれ」と苦笑しつつも、ソレが成功した時の彼らの顔が容易に想像できて、その瞳はどこか柔らかい光を帯びていた。


***


 一台のトラックが街を走っていた。運転席からは、時折鼻歌のようなものが聞こえる。
「ふんふふふ〜ん。今日はいい食材が手に入ったであります!」
 運転席に座っているのは、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)だ。変わったことで有名な『アガルタ食堂』の店主である。今日も今日とて『新鮮』な『活きが良すぎる』食材を捕らえに行っていたのだが、機嫌がいい。言葉通り、『良い』食材が手に入ったのだろう。

 誰にとって『良い』のかは、深く追求してはいけない。
 
 とにもかくにも、そうして機嫌よくトラックを走らせていた吹雪だったが、視界に子供の姿が映りこみ、一瞬で目つきを鋭く指せ、ブレーキを押しながらハンドルを切った。

 キキーっ!

 まるで悲鳴のような音が、平和な街に響き渡った。


***


「よしっ! アワビを売りにプールへ行くぞ」
 唐突にそんなことをマネキ・ング(まねき・んぐ)が言った時、セリス・ファーランド(せりす・ふぁーらんど)は『今度は何を企んでいるんだ』と思った。
「なるほど。プールを繁盛させるために師匠が一肌脱ぐんですね」
「ふふふ、そういうことだ」
 メビウス・クグサクスクルス(めびうす・くぐさくすくるす)の言葉に、マネキが笑って頷く。ますます持って怪しいのだが、
「では我はプールでの販売許可を取ってくる。2人は先にプールへ向かうのだ」
 許可を取った上でプールにアワビを売りに行くだけならば問題ないかと、セリスは仕方なく手伝うことにした。
 だからセリスは知らない。

「フフフ、電波塔か。いいモノがあるではないか。ハーリーよ、この電波塔を利用しきれないとは、やはり小商人……。
 全て、我に任せておくがよい! プールも我も儲かるように」

 マネキが、そんなことを呟いていたのを。


 事件起こしていないのにあれ? 勝手に騒動が起きているぞ。助かるぅ〜。
 と、大変ありがたく思いながら、今日も今日とてアガルタで何かが起きようとしていた。