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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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【逢魔ヶ丘】邂逅をさがして

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第3章 【丘】とは? 契約とは?


 契約者たちが借りている休憩室。

「それにしても……【丘】ってなんだと思う? がーちゃん。
 戻ってこられなくなりそうなところって……何か思いつく?」
 ネーブルは、せっせと寝床を整えている画太郎に問いかけた。
「……かぱかっぱ。かぱぱっ」
 ネーブルの言葉を受けて、画太郎は少し考えた。やがて手を止め、さらさらっと筆を紙に走らせた。
『そうですね……。【丘】がなんなのか判らないですが……死体の量が異質なような気がしますよね』
「……うん、そうだよね。
 何人もロストの症状が出てるのに、死体が出てこないって……凄く、変だよね」
 それが腑に落ちない。ネーブルは曇った表情で眉根を寄せ、首を傾げて考える。
『質量的にも埋めるだけの労力を考えるだけで相当ですし、埋めるという手段を取った場合、時間も考えると誰にも見られず埋めるのはかなり難しいように思いますね』
 筆談なので、筆に慣れてはいても、長く語ると作業がそれだけ中断する。ネーブルに伝える言葉を綴った後は、また「かぱかぱっっ」と作業に戻る。
「もし考えつくのだとしたら……死体が消えちゃう?
 ――ううん、違うね。
 ……何かの餌にされちゃってる?
 うん、そう考えると……しっくりくる…かも」
 相当な数の死体を隠すことは、画太郎の言う通り、大変な労力だし、数が数だけに「誰の目にも付かずに」処理をするのは難しいはずだ。
「だから……【丘】っていうのが戦場とかじゃなくて……
 何か研究施設や実験施設だったのだとしたら……」
 それなら、情報のリークが全くないという不思議が、普通に「戦場」であるというよりは説明がつきそうに思う。
「ねぇ、そういう施設って……誰か心当たりない…かなぁ?」
 しかし、あからさまに怪しげな施設なら警察もすでにあたりを付けていてもおかしくなく、仮に【丘】が戦場ではなく施設だったとしても、やはり簡単には探し出せない場所にあるのかもしれない。
『けど、施設に直接行っても駄目でしょう。そこに送られたら最後だと少女は言ってるのですから。
 今探すべきは、≪一時的に隠しておける≫ということに限定された場所
 ……とはいえ、これだけじゃ色々考えるのにも限界があります』
 筆談を終えると、枕をぽふ、と叩いて「かぱっ」と力強く(?)、画太郎は作業の終了を宣言した(?)。
『さぁ、寝床ができましたよ!』
 ガモさん、どうぞ寝てください! と誇らしげに画太郎はかぱかぱと鳴いた。


「夢の中で助けを訴える少女……その子は何故、逢った事もない地球人と契約をしたがったのでしょう?
 しかもそんなに『若い』とも言えない、従って『契約者として生きていられる時間』を考えれば不利な条件の相手と」
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)は魔道書のオッサンと騾馬を相手に、そんな推察を話す。
 今回の件で契約した魔道書達も、正直コクビャクというもの実態を噂以上には知らないので、契約者たちと話し、また意見を聞きたいという気になっているようだった。
 少し考えて、オッサンが答えた。
「詳しくは分かんねえが、女の子の希望で契約したってのは、そのコクビャクって連中の方の一方的な言い分ってことも考えられるんじゃねえかい。
 たとえ本当に契約を希望したとしても、地球人が適当な相手を押しつけられたのと同様、向こうにも誰と契約したのか分かってないかもな。
 もちろん、拘束されて脅されて無理矢理望みもしない契約をさせられてるって可能性はデカそうだが」
 横で聞いていた大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、その「可能性」の内容に不快そうに唸った。
「だとしたら連中、契約ゆうもんを何だと思ってんねん」
「同感です」
 レイチェルも静かな義憤の色を顔に湛えて、頷く。
「――契約、なぁ。しかし正直、俺もよく考えずに契約してしまったからなぁ」
 急にオッサンが、我に返ったようにそんなことを言いだした。
 ちなみに現在、彼と騾馬の契約相手となったロクさん、ムギさんは、買い物から帰ってきた呼雪とヘルによって「風呂に入って体を洗う」べくどこかに追い立てられていった。彼らとしては本当はガモさんも連れて行きたかったところだが、「今はガモさんには眠って夢の内容を復習してもらわなくてはならないから」と他の契約者たちに言われ、彼の身支度は後回しにすることにしたらしい。
「俺も分かっていないな。正直、分かっていないのに契約ができたことに自分で少し驚いていたりする。
 知らぬ同士が望みもしないのに結ばれることもあるのに、俺らみたいに、ちょっと心がその気になったらあっさり結ばれたり。
 それもこれも同じ『契約』ってことになるのか?
 なぁ、あんたらには分かるのか? 契約の本質ってもんが」
 急に饒舌に謎を語り、問いかけてきた騾馬に、泰輔はやや面喰い、それから「うーん」と考える眼差しになって天を仰いだ。
「どうなんやろなぁ」
 「契約」って、そもそもどーゆーことやろう?
 確実に分かることは、契約者となった自分の心や行動の軌跡だけ。
 ――自分とレイチェルはたまたま出会って、お互いが気に入って、それで「契約者」に何となくなってしまったわけで、特別に「力が欲しい」とか、その手の欲望はまったくなかった……といったら嘘になるかもしれないが、少なくとも打算や欲得ずくで求めたわけではない。
 新天地パラミタを自由に動き回れる相棒が、地球人の自分としては欲しかった。
 そして、それがレイチェルでよかった、と思っている。
(レイチェルも、僕と一緒の気持ち……やと思うけど)
 気ままに自由に動き回れる前提条件として、あとはその一種トラベル(彷徨)を続ける友として、「契約相手」と言われる相手が必要だった。
(独りぼっちは寂しいやろ?)
 そして泰輔はガモさんのことを思う。
(ガモさんも、人がええなぁ。頼まれたらそれに応えたい、と思う心のありかたは、ええねぇ)
 彼にとっての見知らぬ契約相手は、自分にとってのレイチェルのように、出会えたことを感謝できる相手となるだろうか。
 今はまだ分からないが、人のいい彼のためにも、何とか良い結果をもたらしたいと思うのだった。
(コクビャクという組織は、無理矢理に契約者を増やし、集めて何を行なおうとしているのかしら?)
 一方レイチェルは、そんな風に真剣に考えていた。
 恐らくは、「契約者でなければできない」様な仕事・労働をさせるつもりなのだろう。
 契約者にさえなってくれればよいのだから、相手などどんな地球人だろうとお構いなしなのかもしれない。
 無理にでも契約をなさしむるのは、そのようにパラミタ人を追い込んでの所業なのだろう。
 地球でもよく行なわれる、詐欺的行為の結果負債を負わせ、返済の為の一種の「人買い」で契約者候補を作り出して契約させてるとしたら……?
(確かに彼らの言う通り、契約にはいろいろな形がある)
 動機がいいものだろうと悪いものだろうと、一度してしまえば契約であるということに変わりはない、という事実は、ある面では正しいかもしれない。けど。
 それでも、誰の目にも明らかだ。こんな横暴がまかり通っていいはずがないのは。 
(事前に信のない契約は好ましくありません。止めさせないと!)



「いろいろしてもらってありがとう」
 契約者たちに礼を言い、画太郎が用意した寝床に横になって、ガモさんは目を閉じた。
 少女は再び現れるだろうか。それで彼女がまだ無事であると確認できる。
 親切な人たちに助けられて、私は今、君に近付いている。どうか、もう少しだけ頑張ってほしい。
 皆の親切に答えるためにも、きっと君を助け出すよ。【丘】に連れて行かれる前に。

 祈るような気持ちとともに、ガモさんは眠りへと落ちていった。



 一方、部屋の隅では。
「なるほど、そんなことが」
 凛と共に姐さんと話をしていたシェリルが呟いた。
 凛とシェリルは、少女の事件もさることながら、魔道書達がイルミンスールを離れてこんなところにいたことが気になった。その理由を、姐さんから聞いていたのである。
 ――彼らの仲間でリーダー格である『パレット』が、最近どうも様子がおかしい、と。
(「あいつは、何も言わないけどね。全く、個人的な悩み事を仲間にも打ち明けない奴だから」)
 それでも、一緒にいた時間の長さは伊達ではない。「何か違う」という雰囲気だけは、皆気付いていた。それが、クリスマスにイルミンスールで鷹勢と会って話してからのことだと、全員がこっそり話し合った結果出た結論だった。
 あの時彼と何を話したのか、パレットは誰にも何も言わなかった。
「だから、パレットには内緒で鷹勢に会いに来たんだが、聞いてきた住所には不在でね。秘密で行動して結果が空振りなのは、なんともはや、締まらないもんだねぇ」
 姐さんは自嘲的に言って苦笑いする。
「そういえば、杠 鷹勢は、何か空京警察の捜索に協力していると聞いたような気がするが」
 シェリルは思い出したように呟くと、凛もハッと、
「そういえば……学校にも協力要請が来ていましたわね」
「もしかしたら、コクビャクがらみだったんじゃないかな」
「警察の捜査のことか? そうそう、コクビャクに対しておとり捜査をしているらしいな」
 すぐ横に座っていた大吾が、話に入ってきた。――パートナーも含めてこの辺の地理に詳しくなく、少女救出のため備えるにも場所の割り出しでは力になれそうにないので、やや隅に退いていたのだが、
「俺も、おとり捜査のことを思い出して、一度連絡してみたらどうかと考えてたんだ」
 そう、話してきた。シェリルも、そして凛も頷いた。
「そうだね。ガモさんの夢のことも、警察にとってはコクビャクの情報になると思うし」
「警察の方々の情報と照らし合われば、夢の中の女の子の居場所も、より早く割り出せるかもしれないですわね」
「そう、それが期待できると思うんだ」
 大吾の言葉に、姐さんも「そうだな…」と頷いた。