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―アリスインゲート2―Re:

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―アリスインゲート2―Re:

リアクション

 暗殺者の勘かそれとも《殺気看破》の虫の声か。刹那は自分に向いている殺意に気がついた。遠くから迫る殺意を咄嗟にかわして、立ち止まった。振り返ると地面に銃痕が穿たれていた。
「狙撃手じゃ!」
 ファンドに注意を換気させつつ《毒虫の群れ》を放って予測される狙撃ポイントからの視界を遮る。暗いアングラの奥からかすかに瞬いたマズルフラッシュの残光へ虫達を飛ばす。
 数瞬後、闇の奥から「ぎゃぁぁぁぁぁ……」と情けない声が聞こえてきた。虫に喰まれて情けなく落ちた吹雪の断末魔だった。
 結局、あまり役に立っていない用に思えるスナイパーの最後に思えるが、足止め役としては十分にその役目を果たしていた。
 ペタペタと近づく異様な足音に、ファンドが気づく。
 それは巨体に似合わないあまりにも馬鹿げた速度で迫り、緑色の光子をまき散らす爪を振りぬいた。
 ファンドの肩を掠めて爪は空を切り裂いた。
 首をもたげて巨体の愛らしい瞳が眼光を湛えた。
 それはESC製サロゲートベア――『(・(ェ)・)くまさん』だった。
「あの会社の兵器じゃな……!」
 厄介な相手に捕まったと刹那は歯噛みする。
 こいつはかなり足が速いと聞く。逃げてもすぐに追いつかれるだろう。交戦するにもこちらは荷物持ち。届け先まで荷物を守らないといけない。さらに言えば、もし荷物が目を覚ませばより面倒なことになりかねない。間違いなく自分たちを“悪”と認識するだろうから。
 と、その時、『くまさん』のつぶらな瞳が破裂した。一発の銃弾が眼窩装甲を砕いたのだ。
 【シュバルツ】【ヴァイス】の白のほうから立ち昇る硝煙に息を吹き、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)がその姿を路地影から表した。得意げになる相方の隣にはセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が「あぁ」と肩をすくめていた。
「ご苦労ご苦労“運び屋さん”お客様がお待ちしておりますので、急ぎ運び下さい」
「いや、どう見ても泥棒でしょう。私たちもその片棒を担ぐんだけど」
 刹那が現れた二人に尋ねる。
「シャーレット……おぬしら作戦中じゃろう?」
「ええそうよ? あれは敵で、あなた達はラビットフットを回収している。何か問題でもある?」
 刹那は立場上裏切り者に属するが、その役回りは彼女と役回りを押し付けた唯斗しか知らないはずだ。刹那に回っている情報ではだ。なのに、セレンフィリティは刹那を“運び屋”と呼び、セレアナは“泥棒”と呼んだ。二人は刹那たちが誰に荷物(スティレット)を届けるか知っているということだ。
 裏切りを知りつつ任務に則って作戦に賛同している。
――誰かが裏で手回しをしている。
「さ、ここは任せて先に行くのよ」
「セレン、それ、死亡フラグ」
 不安げなやりとりをしている傍ら、眼窩からむき出しになった眼球(カメラ)をぐるりと回してピントを絞る『くまさん』。こちらを狙っている。
「はやく!」
「恩に着る――」
 刹那、ファンドラは担いだ荷物をもって先へと駆けた。
 二人が逃げて、二人が残る。退治するあれは一匹と言えばいいのだろうか。
 刹那たちが行った道とは別の道から敵の応援が来る。重武装ではないものの、スーツ姿の中身は強化サイボーグだ。胸にはESCのマークと“Acting War”戦争代行の文字。あからさまな企業宣伝。
 数名の代行業者が押し寄せる。代行兵器を携えて。狙うは敵国の特殊戦術兵器。
「多勢に無勢ってとこね」
 セレンフィリティが迫る敵を静観する。

「ま、“無勢”ってわけじゃないけどね」

 迫るサイボーグたちを遮るように壁の側面からヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)の《アブソリュート・ゼロ》の氷壁が突出し、先頭の一人を串刺しにした。
 目の前の道を塞がれて、一瞬の減速を取る彼らを背後からフレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)の【極斬甲【ティアマト】】の斬撃が襲う。肘関節に刃が食い込み腕橈骨筋の人工筋肉を断裂させた。ティアマトがバットのように振りぬかれる。壁に一人弾ける。
「ナイスホームら〜ん」
<<壁ではファールじゃろう>>
 アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)が通信にてつっこむ。
<<どうじゃ、予想はカンペキじゃったろう?>>
 装甲車から通信するアレーティアの問いに柊 真司(ひいらぎ・しんじ)/裏切り者が答える。
「ああ、良いタイミングだった」
【M9/Av(魔銃ケルベロス)】を2丁抜いて氷壁を撃つ。銃弾が氷を穿ち、向こう側で立ち止まる彼らにめり込む。氷が崩壊する。
 崩壊した氷を縫って、『くまさん』が飛び出してくる。崩壊は銃弾による破損からではなく、『くまさん』のぶちかましによって粉砕されたのだった。突進の勢いそのままに真司に巨体が襲い来る。
 真司がその場を後ろへと飛び退く。
「1名様、あの世にご案内――」
 セレンフィリティが【機晶爆弾】の起爆スイッチを押す。真司のいた手前の地面が破裂する。セレンフィリティのトラップ/《破壊工作》+セレアナの《防衛計画》×《秘めたる可能性》にはまり、『くまさん』は爆発の烈火に飲み込まれた。迫る爆風はセレアナの《女王の加護》が緩和する。
 炎に包まれた巨体が外装皮膚を焼かれながらも緩慢にならずに動く。
「なにあのターミネーター……」
「元カリフォルニア州知事もびっくりね……」
 ヴェルリアとフレリアが訳の分からない掛け合いをする。『くまさん』可愛い顔立ちが台無しになったのを見て慄いている。鉄の肌とまばらに焼け残る毛皮がグロテスクなパンダ
に見える。
「ふざけたことを言ってる場合か、さがれ!」
 真司が銃を握りこむ。破壊する対象を『くまさん』を睨む。
 前に相手したサロゲートの性能は身を持ってわかっている。近接で戦闘を挑みたくはない。CNT筋繊維から出力される破壊力は生身の人間が代償なしに受け止められるものではない。
「まあまあ、そう力むなよ」
 セレンフィリティが真司の肩を叩く。そしてこう告げる。
「あれ、あたしが貰っていいか?」
 あのサロゲートを“ヤる”と彼女は言っている。
「構わないが……勝算はあるのか?」
「ないなら言わないわ。他の雑魚は任せるから、あたしがターミクーマーやったら一気にここから離れるのよ。いい?」
 負けるとは思ってもいない。予想もしていない。しないと確信している。
 力でどうにかなる相手でもない。火も効かない。恐らく電気ショートさせるなどという旧世代的な方法も無駄だろう。長期戦に持ち込めばAIに動きを学習され、更には応援を呼ばれ不利になる。
 狙うは短期戦。一瞬の隙を突いた勝負になる。
 真司は《ポイントシフト》で『くまさん』から離れた。後ろへと回り込むが狙う相手はサイボーグ。
「体は変わっても脳は人間と変わらない」
 真司は《サンダークラップ》を頭に叩き込む。《行動予測》右腕が相手の相手を捉える。
 電流が金属の体組織をめぐり、脳へショックを与える。身体機能が麻痺する。
「『くまさん』はこっちよ!」
 セレンフィリティの【シュヴァルツ】【ヴァイス】が『くまさん』を狙う。銃弾が金属装甲の上で弾ける。
 『くまさん』は狙いをセレンフィリティに絞る。剥き出しの爪が伸びて粒子を噴出する。
 セレンフィリティが《行動予測》で躱すのと同時にセレアナが側面からの《弾幕援護》。【ソーラーフレア】が残った皮膚を更に焼く。徐々に装甲を溶かしていくが、それでも一瞬の足止めにしかならない。
 だが、それで十分だった。
「もらったわ!」
 勝利宣言と同時に《破壊工作》を発動する。
 頭上で爆発が起こる。都市構造の支柱が壊れる。動けない『くまさん』の頭に一本の鉄骨が落ちてくる。
 『くまさん』はその鉄の塊を縦に受け止めた。肩に金属質量の落下衝撃を受けコンクリートに足が埋まる。それでも尚立ち続けている。押しのけようとする。
「それで終わりだと思う?」
 セレンフィリティは《疾風迅雷》の速度でその場から“逃げた”。そのほかの皆もその場から一斉に逃げた。逃げ遅れたのは『くまさん』と負傷と麻痺で動けないサイボーグたち。
 支柱が落ちてきた。支柱が支えていたのは都市の高層。プレートの一画。この場の上にあるのは小さな廃ビル。プレートごと廃ビルが崩落し彼らを押し潰す。
「本来は足止め用の仕掛けだったんだけど――、潰れてしまいなさい」
 崩落はアングラの小さな通路を完全に塞いだ。
 アングラからの雑兵は味方の墓標によって標的を追うことはできなくなった。