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種もみ学院~迷子は瑞兆?

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種もみ学院~迷子は瑞兆?

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食欲の秋だから


 激しい攻防を繰り広げる董卓とアルミラージが、契約の泉入口から確認できた。
「来た、董卓様!」
 董卓の足止めのために準備をしていた親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)が喜びの声をあげる。
 その横で弁天屋 菊(べんてんや・きく)も土煙を巻き起こしながら接近してくる一人と一匹を見て、おや、と思う。
「董卓に何かくっついてないかい? ……死体?」
 いいえ、吹雪です。
 彼女は意識を飛ばしそうになりながらも、何とか振り落とされずにここまで来ていた。
 しかし、卑弥呼にとっては気にするほどのことではなく、彼女は董卓へと大きく手を振った。
「董卓様、こちらです! おいしいポップコーンを召し上がってくださーい!」
「おいしいポップコ〜ン!?」
 戦いの中でも董卓の耳は食べ物の名前を聞き逃さなかった。
 進路から外れたところの卑弥呼を見つけると、ふらりとそちら体が傾く。
 アルミラージを食べてみたい吹雪が素早く修正をかけた。
「董卓さん、本命を忘れてはいけないであります! ポップコーンよりアルミラージのほうが絶対ぜーったいおいしいであります!」
「ん〜、それもそうだなぁ〜」
 董卓の目が卑弥呼からアルミラージへ戻る。
 しかし、卑弥呼もあっさり引いたりはしない。
「董卓様ー! いろんな味のポップコーンがあるんだよー! 定番の塩味にキャラメル味にチーズ味でしょ、チョコ味でしょー」
「ドリンクもあるよ! 早く来ないと誰かにやっちまうよ!」
 菊の後ろにはドリンクタンクが三つある。
「そいつは俺様のもんだぁ〜!」
 食べ物を目の前にして董卓が我慢できるわけがなかった。
 大皿に山盛りにされたポップコーンに突進した董卓は、急停止するなりポップコーンを鷲掴みにして口に運んだ。
 アルミラージは当然駆け去っている。
 董卓の相手は卑弥呼に任せ、菊は追加のポップコーン作りをすることにした。
 董卓には言っていないが、このポップコーンはパラミタトウモロコシのポップ種からできている。
 ゆる族のみがおいしいと言うらしいパラミタトウモロコシだが、董卓も何故かうまいうまいと貪り食っていた。
「この塩味、甘い匂いがするなぁ〜」
「バニラビーンズを入れてみたんだ。喉が渇くから飲み物もどうぞ」
 と、卑弥呼が差し出したのは炭酸飲料。ドリンクタンクに入っていたものだ。タンクごとに味が違う。
「カレー味もいい辛さだぁ〜。お前も食え、お前も」
 董卓が卑弥呼と吹雪にも大皿を勧めた。
 原材料を知っている卑弥呼は、味見でお腹いっぱいだからと断った。
 実は、味見はしていない。
 卑弥呼の勘と愛からできている。
 原材料を知らない吹雪は、小さいのを試しに食べてみた。
「自分にはドリンクをいただけますか?」
 作り笑顔でそう言った。
 そんな吹雪の前に、菊が追加を持ってくる。
「お待ちどう!」
 香りからしてイチゴ味のようだ。
 新しい匂いに敏感に気づき、すぐに伸びてくる董卓の手。
 菊はポップコーンに夢中な董卓の姿に安堵した。
 ポップコーンはスカスカだが量があるから食べきるのに時間がかかる。
 卑弥呼の案で様々な味付けにしたのも良かったようだ。
 もう一組、董卓足止めのために料理を用意している者達がいる。
 もうじき出来上がるはずだ。
 その間にアルミラージをどうにかしてくれればいい、と菊は思っていた。
 契約の泉の整備した土地を戦いで荒らされたくはない。
 すると、ようやく肉の焼ける芳ばしい香りが漂ってきた。
 見ると、遠野 歌菜(とおの・かな)が手を振って合図を送ってきている。
 そろそろ材料が尽きる頃合いだった。
「董卓、ポップコーンの次は鉄板焼きなんてどうだい? まだまだ足りないだろう?」
「い〜い匂いだぁ〜。待ってくれ、最後のチーズ味を……」
 董卓は食い意地の悪さをめいっぱい発揮していた。
 鉄板焼きをやっているのは歌菜と月崎 羽純(つきざき・はすみ)の夫婦だ。
 羽純が肉や野菜を切ったり下味をつけたりし、歌菜が焼いている。なかなか息の合ったコンビプレーをしていた。
 菊と合図を交わした少し後、のしのしと巨体を揺らして董卓がやって来た。
「ちょうどいいところに来ましたね! おいしく焼けましたよ〜」
 バーベキューに使うような鉄板の上で、肉がじゅうじゅうと焼けている。
 歌菜はそれを一枚箸で取ると、特製のタレをつけて董卓に差し出した。
「はい、あーん☆ してください♪」
「あ〜ん」
 董卓は何の警戒もせず大きく口をあけた。
 それを羽純がじーっと見ていた。
 それから夫婦と董卓の熾烈な戦いが始まった。
 山ほどポップコーンを食べたにも関わらず、董卓の食欲はいっこうに静まらない。それどころか、おいしいものに巡り合いますます盛んになっている。
「野菜も食べましょうね! 採れたての新鮮野菜だよ☆」
「ん〜このタレと食うといい具合だぁ〜」
「羽純くん、特製のタレを追加ね」
「野菜、切ったぞ」
 ボウルいっぱいに、ピーマンやニンジン、キャベツ、ネギ、タマネギなどが寄越された。
 歌菜はそれらを豪快に鉄板に広げ、手早く焼き始める。
「鶏肉も一緒に焼いたらどうだ?」
「あ、そうだね。羽純くん、さすが! これはこっちで味噌ダレつけて焼こうかな」
「ジャガイモの下準備も終わったし……後は何だ?」
「えっと……おにぎり! 焼きおにぎり作るって言ってたよね」
「そういえば、米炊いてたんだった」
 羽純が振り向いた先には、何台もの炊飯器。
「お酒も用意してたんだった。これできたら注いでくるね」
 と、歌菜が言った時にはもう大量の野菜炒めができあがっていた。
 てきぱきと盛り付け、それを董卓の前にどーんと置いた。
 その間に羽純が鉄板を簡単に拭き取る。
「こ……これはっ」
 鶏肉の味噌焼きには吹雪も反応した。
「お酒もあるよ〜」
 アルコール度数が強い清酒を選んできた。潰れてくれればいいなと期待を込めて。
「ぷはぁ〜! こりゃいい酒だぁ〜。お前らも飲め飲めぇ〜!」
 董卓は近くにあった紙コップにお酒を注ぎ、吹雪と歌菜にも勧める。
「いただくであります!」
 すっかり料理の虜になっていた吹雪は、受け取った紙コップの中身をグッとあおった。
 喉がカッと熱くなる。
 しかし、その感覚が気持ちいい。
「わ、私は……ほら、まだ料理しなくちゃだから」
 歌菜は慌てて辞退し、羽純のところへ戻った。
 そこに火口 敦(ひぐち・あつし)がやって来た。
「董卓、おとなしく食ってる?」
「今のところはな」
 羽純が応じる。
「力ずくで董卓を止めるのは面倒だから嫌だけど、それじゃアレだから食材持ってきたよ」
 みんなー、と羽純ではない誰かに向けて呼びかけた敦の視線を追うと、パラ実生達が三台の荷車を引いていた。
「あいつ、ホント際限ないから。肉類と野菜類と米を運んできた。──あ、おにぎり手伝うよ」
「焼きおにぎりするんだ」
「おっけー」
 二人はせっせとおにぎりを作り、歌菜はじゃがバター作りと焼きおにぎり作りを平行で進めていった。

「董卓のやつ、少しペースが落ちたな」
「じゃあ、そろそろ詩穂の出番だね☆」
 追加の米でおにぎりを作っていた敦の横に、突然ひょこっと現れた騎沙良 詩穂(きさら・しほ)
 びっくりした敦は思わずおにぎりを放り投げそうになった。
「あ〜驚いた。それで、出番ていうのは?」
「詩穂が董卓を倒せば、虹キリンから始まる一連の食物連鎖の頂点に立つとこにも等しいんじゃないかな」
 よくわからないと首を傾げる敦へ、詩穂は地面に図を描いて説明した。

騎沙良詩穂ちゃん☆

董卓

黄金のアルミラージ

虹キリン

種もみ

種もみじいさん

「こうなるんだよ」
「種もみじいさん、種もみ以下かよ」
「何か間違ってるかな?」
「うーん、否定しきれないな……」
 そうでしょう、と頷くと詩穂は両手に焼きおにぎりを持って食べている董卓の前に立った。
「董卓ちゃん、腹ごなしに詩穂と勝負よ!」
「お前とぉ〜? 勝負になるかぁ〜?」
「董卓ちゃんこそ、食べ過ぎて動けないんじゃないの?」
「よぉ〜し、やってやるぞぉ〜!」
 立ち上がった董卓の腹は、さんざん食べ続けていたせいでポコッとふくらんでいた。もともと腹は出ているが、いっそう丸くなった感じだ。
「やるんなら離れてやれよ」
 敦が指したほうへ二人は移動した。
「さぁ、どこからでもかかってこぉ〜い!」
「それじゃ、遠慮なく!」
 詩穂の姿が掻き消えたかと思うと董卓の正面に現れ、目にも止まらぬ速さで八発の重い突きが正中線に打ち込まれた。
 董卓は腹を押さえ、背を丸くした。
「まさか、あいつが膝を着くなんてなぁ」
 目を丸くする敦。
 詩穂はいつもかけている伊達眼鏡を外すと前髪をかき上げ、敦と同じように目をまん丸にしているパラ実生達を睥睨して宣言した。
「これからは、私が天に立つ」
「……んなわけないぞぉ〜」
 うずくまっていたと思っていた董卓が、詩穂の足を掴んで放り投げた。
 受け身を取って立ち上がった詩穂に、董卓も言った。
「天に立つのは敦だぁ〜」
「巻き込むな!」
 すかさず本人から抗議の声があがるが、董卓は聞いていない。しかも待ったをかけた。
 焼きおにぎりの横に焼き鳥が山盛りになっているのを見つけ、それぞれ片手にいくつも掴んでまた戻ってくる。
「勝負はこれからだぁ〜」
 大食い勝負なのか、天の座を賭けた勝負なのか。
 董卓がどちらのつもりでいるのか、詩穂にも敦にも他の誰にもわからなかった。