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リアクション
■ 死者達の宴 【3】 ■
公園の一角。
子供が遊ぶ広場に設置されている簡易迷路の中で、壁を背にしたエドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)は、ちらりと自分より更に後ろに居る二人に視線を走らせた。
子供の悲鳴に驚いて駆けつけたものの逃げるより先に死者に囲まれて、仕方なく逃げ込んだ遊具としての迷路はコンクリート製で厚さも高さもあり、壁と壁の間も杖一本振り回せるだけの広さはあった。
子供用の簡単な迷路だからか袋小路が無く、二方向を注意しないといけないのが難点かと思われたが、逃げ道を確保という意味ではこれも利点になりそうだ。
爆発的に増えた死者に肝を冷やしたが、ゾンビもスケルトンも高々とジャンプはしないし、知脳が低いのか迷路に入って人間を探すより目の前で逃げていく人を追いかけていって、実際に相対する死者の数は少なかった。
これだけの騒ぎなら誰かが必ず駆けつけてくれるはずだ。
それまで凌げれば良い。
「そばを離れないようにね」
千返 ナオ(ちがえ・なお)の腰にしがみつく不安そうにしている獣人の男の子にエドゥアルトは微笑んでみせる。
微笑んで、上手く笑えているのかと気落ちしそうになる自分に唇を引き結んで気合を入れ直した。
パートナーである千返 かつみ(ちがえ・かつみ)がいない状況で戦うのは初めてだった。正直不安がないと言ったら嘘になる。けれど、自分の背に庇う不安にさせてはいけない非力な子供に安心してと笑いかけなければと自分を律する。
戦い慣れていないという言い訳が、今、通用するだろうか。と考えが脳裏に過るからだ。
「どうにか……しないと……」
パートナーが居ないだけで揺れたら駄目だと心を引き締める。対等で在ろうと願う自分に、ならば踏ん張れと奮起を促した。
いつか再び彼の隣に立って肩を並べるには、状況が不安だからと言って膝を折るわけないはいかないのだ。
宙に十字を描いた賢人の杖の先を死者に向けバニッシュを放ったエドゥアルトは息を吸い込むと、続け様に円陣を描き、よろけたゾンビを炎術で燃やした。
肉が焼ける匂いにナオは顔を顰める。腐臭とは違った臭気に頭の後ろが鈍く痛んだ。そして、それ以上に、自分が守られている事に胸が痛んだ。
ナオは、共に死者達に挑む勇気を持てなかった。
またいつぞやの日の様に、敵ではなく味方や関係のない人にまで害を成すのではないかという危惧に開いたままの掌を握ることができなかった。
ぎゅっと服を掴まれて、ナオは体を捻るように子供に振り返る。
「大丈夫ですよ。怖いのはすぐに終わりますから」
ナオの言葉に子供はふるふると頭を左右に振った。涙の浮かぶ目で見上げてくる。
「こわく、ないよ」
恐く、無い。
「ぼく、こわく……ないよ!」
一滴の涙を流しながらそれでも、恐く無いと強がっている子供に、ナオはゆっくりと茶色い目を見開いた。
「恐くないんですか?」
「こわくないよ!」
思わずと聞いた質問に返ってきたのは精一杯の笑顔だった。それは、子供らしい保護してくれる者への絶対的な信頼の形だった。
守りたい相手まで傷つけてしまうのではないかという恐怖感に、答えを貰ったような気がした。
この絶対の信頼を、ただ不安だから傷つけるのが怖いからと逃げて裏切る気には、ナオはなれなかった。
何よりも誰かを守りたいと思った自分から逃げたくなかった。
恐怖に打ち勝てると自分を信じたかった。
自分は、何が出来るだろう。
「最古の銃に向けてならサイコキネシスは大丈夫ですし……火属性があるのでダメージを与えるのは可脳でしょう……」
自分が守る立場になってわかったことがある。
(かつみさんは、俺を足手まといとか思ったりしてないんだ。それよりも、ただ俺が怖い思いをさせたくなかっただけだったんだ)
今自分がそう感じているのと同じように、パートナーはいつも前に立っていてくれたのか。
守らなければならない人が居て初めて得ることの出来る感情に、ナオは両の掌を胸の高さで握った。
(それなのに、「俺の力なんか必要ないってことですよね」なんて酷いことを言っちゃった。謝らなきゃ……)
一度子供を見て、その頭をそっと撫でた。
「そばに居てくださいね」
安心してくださいねと笑ったナオはエドゥアルトと同じことを伝えた。
「エドゥさん」
一歩前に出て頷いたナオに、名前を呼ばれたエドゥアルトは頷き返した。
先ずは生き残らなければならない。
蒸すように唸る血煙爪を振り回す九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)は、切断されただの肉の塊となったゾンビ達の四肢が無造作にバラ撒かれている状態になった自分の周囲に、工具を持つ両腕をだらしなく垂れ下げた。
ジェライザ・ローズは今自分に課したルールに則り行動していた。
激しく動く前に軽く準備運動すること。必ず止めを刺すこと。弾をケチらないこと。等をひとつずつクリアしていき、今最重要項目を実行している最中である。
曰く、「ヒーローになるな」。これをクリアして、この惨状からの生還を果たそうとしていた。
生き残る事を最優先と選んだジェライザ・ローズは、ゾンビの返り血だか体液だかを浴びている自分の顔を手の甲で乱雑に拭う。
「何を基準にして、選んでいるんだ?」
手の甲に付着した粘度の高く凝固さえ確認できる血を見て、死者故に機能しない脳では考える知脳すらあるかどうかで、ジェライザ・ローズの関心は自然とそちらを向いた。
生者と認識されなければ生存率は上がる。
「魔法か何か、かけられているのは間違いなさそうだから、私の持つ知識と比較しづらいけど。 ――人の見分けに嗅覚か視覚を使っているんだろうか……」
彼女は迷わなかった。必要と判断したジェライザ・ローズの行動は迅速でありその行為に躊躇いは一切と無かった。
ゾンビの胴を血煙爪でこじ開け、中身を掴み溢れた血液を掌で受け止めたジェライザ・ローズは息を止めると自分の服や帽子に押し付けて塗りたくった。
同じ色を纏い、同じ匂いを漂わせ、果たして死者達の捜索対象からジェライザ・ローズは自分を除外させることに成功したのか失敗したのか。
「ふぅん?」
明らかに減った襲撃回数に生存への確かな糸口を見つけたジェライザ・ローズは白い小型回転式拳銃キラークイーンの引き金に固定した指先に力を入れる。
連絡を受けて公園に立ち入ったグラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は想像以上の死者の多さに思わず唸った。
「街中にこれだけのアンデッドを召喚するとは」
と、関心しそうになる。
ばらばらに散開する襲撃の様子に統率が取れていなさそうに見えて、その実、単純な命令を実行しようとする動きに無駄が無い。それだけでも、ただ気紛れに復活召喚された類のとは一線を記している。
ゾンビが人を攫い、スケルトンがそれを守る。妨害者が現れたらスケルトンが応戦し、ゾンビは逃げる。その連携はとても綺麗だ。術者との縦の繋がりより、死者同士横の繋がりを強く持っている。
連携が取れているということは能率が上がっているということだ。
効率的に物事を運び短時間で目的を達しようという術者の意図を野放しにできないし、悠長に構えている時間も無さそうだ。
「いいリハビリになりそうだ」
少しの手応えを得られそうだと不自由な体をゆっくりと伸ばしたグラキエスに、控えていたエルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が一歩前に出た。
「グラキエス様、お分かりでしょうがグラキエス様の体力は万全とは言えません」
真隣りで進言するエルデネストにグラキエスはわかっていると頷いた。
「私の方でこれ以上の戦闘は危険と判断したら、即戦場から離れて頂きます。それまではいつも通り貴方の側に控えております。ご安心を」
幾分顔色の良いパートナーの素直な返しに、更に言い添えて、エルデネストはゼリー状の攻撃をやんわりと和らげる粘体のフラワシと頑健で物理攻撃に耐性を持つ鉄のフラワシとの二つ相反する守備の能力を持つフラワシを呼び寄せグラキエスに伴わした。
例えグラキエスが夢中になっても、自制が効かなくなる前に常に寄り添う自分が制止すればいいだけ話だ。心配し過ぎての過干渉は避けるに越したことがないが、支えが必要な者に差し出す手を惜しむ事もないだろう。飛行の為、グラキエスは自分の魔力を具現化させ背にネロアンジェロの翼を生やした。同じく共に空を行くのを決めているエルデネストも血に濡れた暗黒比翼を背中に出現させる。
二人のやり取りを聞きながら、ゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)は自分の両手を見下ろした。鳩尾付近まで掌を上に持ち上げていた手を、ぐっと握りこむ。戦意に全身が熱く漲り高まっていく感覚は逆に精神を落ち着かせてくれた。グラキエスから放たれ自身の側に寄り添う巨狼に似た影に潜むものスカーに凶悪にも見て取られる強面の顔を更に引き締めて、ゴルガイスはこちらに気づき始めたスケルトン達へ赤色の眼を向ける。
「長引けば長引くほどこちらの不利だ」
三人の視線が同時に交差した。
「行こう」
グラキエスの言葉に二人は了承と頷きで応える。
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