校長室
腐り落ちる肉の宴
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■ エピローグ ■ 空京。 数日前、ゾンビが溢れた公園。 あの日と同じベンチに破名は腰掛けていた。 彼の目線の先には手引書キリハ・リセンの姿がある。先日のゾンビ騒ぎが子供達からマザーを経由して結局キリハの耳に入り、 「私は全部知ってますが、隠し事を白状するなら今ですよ」 と一喝された破名はキリハに全てを話し、 「それは私も気になりますので是非連れて行ってください」 という経緯で破名はキリハを此処に運び、 「私が満足するまで待っていてください」 ということでベンチに座っていた。 ふと気になり、キリハの姿から両手へと視線を落とす。 両手に持つのは魔女から渡された資料集キリト・リセンの写本数枚と、手引書キリハ・リセンの本体である、白衣のポケットに収まるサイズの透明なアクリル板のような外見をした魔導書。 壊獣研究施設『系譜』に唯一存在した二冊一対の魔導書。 破名の手の中で再会を果たした二冊の魔導書に、影が射した。 「空京に来てるなんて珍しいじゃねぇか、クロフォード」 「大鋸……。そういえば此処は空京だったな」 場所は違えど同じ荒野に孤児院を設立したという単純な理由からそれなりに交流がある王 大鋸(わん・だーじゅ)の姿に破名は眩しそうに軽く目を細めた。 「久しぶりだな」 「ああ」 「なんだ湿気た面してぇ。やべぇ事にでも首突っ込んだのか?」 「……」 顔を合わせる機会が多く破名の無言の種類について、いくつか判別できる大鋸は片眉を跳ね上げた。 「おい。それマジか? オメェが居なくなったら子供達はどうすんだよ?」 指摘されて、破名は緩く左右に首を振る。 「……わからない」 「わからねぇって、オイ」 「俺が犯罪者なり何なりになった時、あの子達の為にも手放さないといけないのはわかるんだが、なんだろうな、この気持ち。 ――ああ、くそ。厄介な女と関わった」 「女絡みかよ!」 らしくもなく悪態をつく破名に大鋸は仰天した。仰天もするだろう。大鋸は破名が秘密主義ということをよくわかっている。わかっているからこそ、まさか悪魔の口から「女と関わった」という台詞が聞けるとは全くもって驚倒ものであった。 「手、切れねぇのか?」 「――わからない」 破名は即答する。 選べという選択を突きつけられて、答えを知っているが故に、選ぶことができない。 魔女ルシェード・サファイスとはそういう関係にあるのだ。破名側に切り捨てられない理由がある。 「ちょっと、それ!」 突然に叫ばれて、写本に伸ばされた手を破名は反射的に掴み取った。 「って、痛い! 何をするんですか! それに、それは僕の研究資料ですよ! この前ゾンビを使役する魔女に奪われて、でも此処に来れば返してくれるというから来てみたら女の子じゃなくて男の人で――って、君?」 怒鳴った守護天使は破名を見て、声のトーンを落とした。心底、驚いたと両目を見開き、 「君!」 破名に襲いかかった。 「離せ!」 掴んだ腕を掴み直され、乱暴に髪を引っ張られ、首の後を確認された破名は守護天使を力いっぱい突き飛ばした。 突き飛ばされ地面に尻もちをついた守護天使はその格好のまま笑い声を上げ、呆然と成り行きを見守っていた大鋸を驚かせる。 「髪は白いけど、紫色の瞳に、首の焼き印。楔の設置にただ一人成功した生体。名前は確か――破名・クロフォード! もしかしたらと言われていたが、君は消されなかった! 遺されていたんだね!」 「なに、を?」 なぜそんなに詳しいのか。青くなる破名に守護天使は、大丈夫と頷き、立ち上がった。 「実験をしよう!」 「は?」 「大丈夫。被験者は居るよ。僕が居る。僕の祖先は君が逃してくれた被験者の一人だ。しかも僕は『壊獣』の研究を続けているし、今はもう実験検証を待つばかりなんだ。実験をしよう『破名』」 「それは無理だ。その系図は欠けている」 触れたことで彼が系図を持っていることを知った破名は即座に首を横に振った。 彼の系図は長い時間の中で変異して使えないと即断した。それに、存在しているだけで居場所すら把握してしまえる破名の被験者リストに彼は入っていない。 「実験をしよう。ね、しようよ。僕の体でいいから。使ってよ。 僕は理解しているよ。壊獣がいかに素晴らしいか、君達がどんなに理想高かったのか、僕は知っている! 実験をしよう、破名。僕を ――次代を担う神にしてくれ」 守護天使の目には、もうソレしか映っていないようで、ソレ以外の事が考えられないとその目が雄弁に語っている。長い月日に押し負け捻じ曲げられた壊獣への理想を突きつけられ、危機感に破名は全身が総毛立つのを感じた。 「無理だ」 「何故!」 「何度も言わせるな。お前のは欠けている。そんな無茶は出来ないッ!」 無茶と、悲鳴に近い声で断った。系図起動が失敗続きの今、どうしても自ら進んで行う気になれなかった。そして、それ以上に、恐怖した。 「無茶って……ああ、そう、出来るんだね。それでも『出来るんだ』ね。 ……自分では出来ない、か。うん。そうだったね。君は『道具』だ。道具は道具の使い方をしないと失礼だったね。『命令』しなきゃ自分じゃできないものね?」 「な、に?」 いきなり話の方向性が変わったことに、破名は警戒を強め、研究に憑かれた者はこの機会を逃すわけにはいかないと、悪魔に詰め寄る。 「僕は君の『使い方』も知っている」 その言葉に破名の判断が遅れた。反射的に魔導書の少女の姿を探す。 「キリ――」 「逃さないよ」 守護天使が破名の両肩を掴んで、『道具』に『命令』を下した。 衝撃に、破名の手から魔導書が弾き飛んで地面の上を転がり、写本は発生した暴風に空の向こうへと飛んで行った。
▼担当マスター
保坂紫子
▼マスターコメント
皆様初めまして、またおひさしぶりです。保坂紫子です。 今回のシナリオはいかがでしたでしょうか。皆様の素敵なアクションに、少しでもお返しできていれば幸いです。 できるだけ短期決戦の様子を描いたつもりですが、つもりで終わっている可能性が高いです。時間配分って難しいですね。 また、推敲を重ねておりますが、誤字脱字等がございましたらどうかご容赦願います。 では、ご縁がございましたらまた会いましょう。