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リアクション
死者が死を繰り返すたびに、数え切れぬほど現れる獣の影。
水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はその足止めを目的として、その場に留まり銃を構える。
「正直言って、豆鉄砲二挺でどこまで持ちこたえられるか……でも」
本来ならば元凶に一撃加えようと考えていたのだが、おびただしい影の群れに対して時間を稼ぐ必要があると判断した。
すぐさま周囲の地形を確認し、可能な限り防衛と陽動に都合のいい位置を選んで立ち回る。
帯電した銃弾が放たれ、それは獣の形をした影の、本来ならば急所となる位置に吸い込まれる。
無傷という訳ではないのだろう、獣の影は怯むが、生命を持たないそれを一撃で斃しきることはできない。
追撃し、確実に一体ずつ削り――しかしそれを上回る速度で新たな影が生成される。
「……まるでバグをおこしたシューティングゲームね」
ゆかりの隣でマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が愚痴をこぼす。
その形容は適切だろう。どれだけ倒しても数が減らないなど、なにかの設定を間違えたとしか思えない。
機関銃を乱射し、念力によって吹き飛ばし、光術による閃光を叩き込む。
それでも眼を持たない影は動きを止めることなく、少しでも数を減らして時間を稼ぐのが限界であった。
「クリアできない仕様です、って? そういうの、クソゲーって言うのよ」
「全滅が勝利条件ではありません。可能な限り時間を稼いだ後、限度を見計らって撤退します」
「わかってるわ。流石にここで玉砕するつもりはないもの」
増え続ける影は、少しずつだが確実に、ゆかりたちをも食い漁ろうと迫り来る。
退路を確保しつつ、『匣』の本体へと向かう者たちのために時間を稼ぐとなれば、街の中を全力で駆けることとなった。
佐野 和輝(さの・かずき)は獣の顎を強化された脚力によって蹴り上げ、流れるような動きで蹴り飛ばす。
弾くように距離をとり、獣の群れを一瞥して舌打ちする。
「俺の専門は情報戦だから、こういう陽動は畑違いなんだが」
悪態をつきながらも研ぎ澄まされた感覚によって周囲の状況を把握し、一体ずつ確実に撃破していく。
叩きつけられる凶爪を寸前の跳躍によって回避。
宙を舞いながら拳銃による連撃で周囲の獣を牽制し、歪曲させた重力場によって建造物の壁面へと“着地”する。
獣たちにとっても真っ当な物理法則などさほど意味を持たないのだろう、追い立てるように壁を這い上がってくる。
和輝は近寄る獣を踏み潰し、叩き落とし、地上に残る大群に射光する弾丸をバラ撒いた。
何体もの獣が撃滅されていくが、さらに尽きず湧き出し続ける影が和輝の周囲に殺到する。
「――っ!」
足場に使っていた重力場を攻撃に転換、周囲に集まる影を吹き飛ばし、屋根の上まで駆け抜けた。
見下ろし、見渡せば、一面が黒く、黒く、黒く。
「ち、キリがないな」
あくまで油断なく周囲を警戒しながら、和輝は精神感応によってアニス・パラス(あにす・ぱらす)に合図を送った。
「にひひ、お任せ〜っ!」
頭上から箒に跨って空を飛ぶアニスの声が響く。
その周囲の大気が震えたかと思うと、稲妻を纏う大鳥が顕現する。
サンダーバード。雷色の翼を持ち、巨大な鷲の姿をした召喚獣である。
「おっきいの、いっくよ〜♪」
一際大きな羽撃きと共に炸裂する対地放電。それに合わせ、和輝も周囲へと電撃を放射する。
呪いの如く咆吼し、渦を巻くように殺到し、泥山のように積み上がる黒い獣。
――閃光と黒濁が、激突した。
混沌の中心点、『夢を見る匣』の結晶が待つ丘へと駆ける契約者たち。
「俺が道を拓く! 皆は先に進んで、リーナさんの救出を!」
酒杜 陽一(さかもり・よういち)が叫び、巨大光剣を抱えて黒翼を広げる。
往く道の先には獣の影の群れが、まるで壁のようにひしめいていた。
「はぁッ――!」
天にも届くほどの斬光がそれを薙ぎ払い、その先に突破口が見えた。
「今だ!」
駆ける、駆ける、駆ける。
陽一はその後に続き、周囲の警戒に当たる。
海を割る神話のような、あるいは地獄より蜘蛛の糸を手繰るような光景。
どちらにせよ、迫り来るのは死の象徴だ。
走りながら側面よりの敵を切り散らす。
しかし尽きぬ。どれほど斃そうと、どれほど削ろうと、無限の死を喰らい続けた獣たちは溢れ出す。
道に落ちた黒い淀み。
背後より近付き一瞬にて形を成した新たな影が、その爪先が駆け抜ける背に届く。
一閃。
陽一は、振り返ることなくその影を寸断していた。
背を向けたまま、その姿を捉える眼光。『大帝の目』は背後の脅威すら余すところなく捉えていた。
――丘が見える。
「さて、リーナさんが無事だといいんだが」
足を止め、陽一は執拗に迫る影に向けて光剣を構えるのだった。