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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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【逢魔ヶ丘】結界地脈と機晶呪樹

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第8章 記録の断章


 寂びれて、朽ちかけた家屋は、どこからともなく生えて蔓延る大型の草むらと一体化しかけているかに見える。
 そんな旧集落である。
 当然、人気は全くない。
 人がいた頃には、家々を結ぶ大きな通路であったかと思われる路地には、幾つか鳥の死骸が落ちている。「何も知らずこの辺りを飛んでいて、蔦に打ち殺されたのだろう」と、マティオン・ルマは言った。
 すぐ近くで、まだ蔦と戦う人たちの剣戟の音声が、やけに遠くに聞こえるような錯覚。
 旧集落は、不気味な静寂に支配されている。



 この中で、最も大きな建物。マティオンは、「かつての長老の棲み家だろう」と言った。
 当然ながら埃臭い廃墟と化しているここに、北都とクナイが入って、書棚と思われる棚から、辛うじて今も形態を保っている冊子や書類の束を幾つかサルベージした。
「この中に何か、役立つ情報があるといいんだけど」
 【資料検索】を使い、特に選んで持ち出したつもりだが……と古びた手帖をめくっていた北都は、「あ、これは読める」と呟いた。
「何かの記録ですか? 北都」
「うん……島の警備記録みたいだね」
 【博識】を使って難解な言葉も読み解きながら、北都は重要そうな箇所をところどころ拾い上げて読んでいった。





『…月…日
 昨日のメッセスの言葉は嘘ではなかったようだ。見張りがマーシオスに代わっても、同じことが報告されたからだ。
 島の上空にある不安定な雲の渦の奥には、時空の歪みがあるらしい。
 いつから歪みは起こっていたのか。原因は何か。全く分からない。
 そして、例の黒い石版は、やはりこの歪みを通ってこの島に落下してきたものだと考えるのが妥当だろう。
 これに書かれた文字が解読できたなら、どこからやってきたものか、ひいては時空が歪んだ理由も分かるだろうが……』



 そういえば、いつかのコクビャクの小型要塞襲来時も、その要塞は時空の歪みから出現していた。




『…月…日
 時空の歪みが消えて3日。上空に異常はなし。

 例の石版は術師団による2回目の調査実験を施されたが、今回も文字の解読には至らず。恐らく文字そのものの異質さに加えて暗号も施されている。
 術師連中はしかし、石版の正体よりもむしろ、石版が不断に放つ高いエネルギーに興味を持っているようだ。
 何かに転用するような計画を持っている口ぶりだった。
 術師という人種の考えることは分からない。そんな正体のわからないシロモノを何に使うというのか』

『…月…日
 術師団による、土壌結界施行の最終計画書が提出された。
 奴らは本気だった。
 本当に石版を地脈に組み込んでエネルギー源にするつもりらしい。
 奴らは自信満々で呪術エネルギーテストの結果をも提出してきた。完全に使いこなす自信を得たらしい。
 これで島の安全が保障されるというのなら、責任者の自分はゴーサインを出さざるを得ない。
 しかし未だ、石版の正体も出自も分からないことに不安をぬぐえない。
 確かに、石版がこの島に落ちてきてからすでに3年が経過しており、その間に石版を捜しに来た者はいない。
 しかし、本当にこれを我々が我々のものとして利用してもいいものだろうか?』

『…月…日
 土壌結界の効果は上々らしい。我々には実感がないから何とも言えないが。
 もうこうなってしまったからには、あの石版のことは、部外者には口外厳禁の秘密で通すしかないだろう。
 あれはこの島の安全の礎となる運命だったのだ』



 それ以降、この手帖にはその『石版』の話は出てこない。
 再び北都とクナイがその言葉を目にしたのは、別の手帖でだった。
 書かれた文字は、先に見た手帖のものよりも乱れていた。――苦悩する書き手の心情を象徴するかのように。




『…月…日
 {bol}ユクシアの両親にはよく言い含め、彼女にもそのようなことを島内で口にしないよう釘を刺すよう念を押しておく。
 どうやら彼女は、あのオーブルとかいう悪魔に心を奪われてしまったようだ。
 奴の言葉を信用するなと今更言っても無駄なようだ。
 だが何ということだ……20年もたって今、あの石版の所有者が現れるとは!
 しかもそれが悪魔だったとは!!
 つまり……我らの島を守るため、この土壌に埋められ、結界に力を注ぎこんでいる物は……

 駄目だ。これ以上は書けない。書きたくはない』
 
『…月…日
 どうすればいいのか分からない。
 もう島民で、あの2人に訳知り顔で白い目を向けない者はいないだろう。
 ユクシアは、この島での生活が許されないなら悪魔と一緒に出ていくと言い張っている。
 両親の立場も考えろと諭してはみたが、納得したようには思えない。
 それより頭が痛いのはオーブルだ。もうあらかた傷も癒え、石版の行方を調べて島中をうろついている。
 もちろん箝口令は敷いているが、嫌な予感がする。
 重力結界が思ったほど奴に効いていないのは、やはりあれが奴の持ち物だからなのか……』

『…月…日
 あらゆる嫌悪感を渾身の気概で抑え、平常心を装ってオーブルと話をした。
 心が重いのは、奴が魔族にしては心根の悪くなさそうな人物だからか。いっそ女たらしのただの悪人であったなら。

 バルレヴェギエ家というのがザナドゥでどれほどの位置にある名家なのかはよく分からない。
 同様に、そのバルレヴェギエ学派というのの研究内容も、私にはピンとこなかった。
 しかし彼は、その研究に全身全霊で打ち込んでいるらしかった。
 だから、その研究内容すべてを石版に込めて厳重にセキュリティ封印を施し、時空転移装置によってザナドゥの外に転送したのだと。

 正直私はその研究内容とやらより、時空転移装置の性能の方が気になって仕方がない。
 封じられた世界であるザナドゥからこのパラミタ屈指の高空圏へ、物や人を転送することが可能だとは!

 オーブルの話では、この地を目的地としたわけではなく、半ば行き当たりばったりの結果だという。
 戦乱のザナドゥから石版を逃すことができれば、どこでも良かったのだと。
 しかしそれによって石版と彼がこの島に辿りついたというのなら、運命の悪戯と呼ぶには残酷すぎる偶然だ。

 ともあれ、かつて出現した島の上空の時空の歪みの原因がこれではっきりした。
 彼の生家バルレヴェギエ家とやらで所持する、その時空転移装置の仕業だったのだ。

 しかし彼がこの島に落下してきた時の酷い負傷のことを考えると、
 この装置は生きた者を転送するには不向きだろう(オーブル自身もそれは身を持って知ったと同意見だった)。
 ただちにザナドゥの悪魔がこの装置を使って島へと大挙して攻め寄せてくることはないだろう、そこだけは安堵して良さそうだ』

『…月…日
 恐れていたことがついに現実になった……
 オーブルが、島の地下の捜索をしたいと言い出した。
 石版が発する信号を受信する機器を、どうやら自力で修理したらしい。奴の言葉には確信があった。
 ユクシアは最近、実家に戻っているようだ。
 奴と切れたのか。それならいいが、まさか……』

『…月…日
 この決断を、一生後悔することになるかもしれない……

 自警団長のラベラトに、オーブルが石版発掘を目論んでいることを話した。
 それから、ユクシアが臨月であることも……

 ラベラトは、島の秘密は決して明かされてはならないと断言した。
 私は以前から彼が、ユクシアに好意を持っていたことも感付いていた。

 事態が想像通りに転がることを私は恐れているのか、それともどこかで望んでいるのか。私自身分からないのだ……』


 このページ以降、何ページも白紙が続いていた。
 そして最後のページに、小さな、線も途絶えがちの「力を振り絞ってやっと書いた」というような字体で、このような短い書き込みがあった。

『彼らがナラカにて憐れみと恵みを受けんことを』



「……悪い結果となって、しまったんですね」
 開いた本を手に、固まったように立ってそれを凝視している北都の横からクナイが手を伸ばし、静かにそう言ってぱたんとページを閉じた。