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君と妖精とおやつ時

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君と妖精とおやつ時

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「カイさん、手が空いているなら机運ぶの手伝ってね」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)に笑顔でそう言われて、カイは事情が良く分からないまま運搬作業に駆り出されていた。
 両手で机を持ち上げながら廊下を歩いていると、大教室からとても良い香りがしてくる。
 その時、教室の中から猛烈な勢いで駆け寄って来る人物がいた。
「うわ、リト? どうしたんだよ」
「カイ! 何でここに居るの!!」
 リトは何とも迫力のある顔をして、パートナーに詰め寄った。
「いや、何でって……これを運んでるんだけど」
 目線で机を示してから、カイは助け舟を求めるようにリリアの方を見た。しかし直後に運んでいた机がぐいっと引っ張られて、バランスを崩しかける。
「私が運ぶから! 絶対、絶対教室に入って来ないでね!!」
 ひったくるようにカイの両手から机を奪うと、リトはそう念を押して大教室の中に消える。
 その様子を見て、リリアは微笑を浮かべた。もし二人の仲が悪かったらと心配もしていたが、どうやら杞憂だったようだ。
「はぁ……何なんだよあの態度……」
「女の子を苛めちゃ駄目よ。女の子には優しくしてあげなくちゃ。ふふ」
「えっ。今の、俺が悪いんですか?」
 リリアとカイがそんなやり取りをしているうちに、奪った机を運び終えたらしいリトが戻って来る。
「カイ、まだ居る……」
 ジト目でそう言われて、カイはやれやれといった風な溜息を一つ。
「いいから、向こう行って!」
「ちょ、分かった! 分かったから、押すなって」
 リトがカイの背中をぐいぐいと押して、大教室から遠ざけようとしている。
 その様子を微笑交じりに見守りながら、リリアは机を綺麗に拭くためのクロスを持って教室内に入って行った。


「もう……せっかく隠してるのに、何で来るんだろ」
 カイを追い立てて、リトは結局廊下の端までやって来てしまった。幸いにも彼はどこかへ去って行ったようだから、しばらくはサプライズパーティがバレる心配をしなくても良さそうだ。
「ん……あれ? 甘い匂い……」
 大教室に戻ろうとしていたリトだったが、ふとある部屋の前で足を止める。
それは、保健室だった。そうっと扉を開けると、中には数人の妖精と九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)の姿がある。リトに気付くと、彼らは喜んで招き入れた。
 ローズは「超正確なお菓子作りがしたい」妖精のための、少し風変わりな料理教室を開いていた。それがどうしても上手く作れないという者のためのレッスンだというので、リトも参加してみることに決めた。
「お菓子作りはきっちりとした計量と下準備が必要です。それを疎かにしてしまうと効率が悪く、素材の味が落ちる――つまり不味くなっちゃうんですね〜」
 そう言ってローズが示したのは、薬の調合に使う道具ばかり。これらをもとに科学的なお菓子作りをすると言う。
 妖精たちは少し不安げな顔をしたが、ローズは緊張を解きほぐすように笑って続ける。
「大丈夫だよ、洗ったばっかりだから。これで変な薬は作ってないしね。――料理は適量とかでも分かる通り、大体のさじ加減でなんとかなるものだけど、お菓子は何と言っても分量が命なんです。だから、これを使うと本当に正確にお菓子が作れるんだ。」
 確かに薬の調合には正確な計量が必要なわけで、その用途に適した道具類なら超正確なお菓子作りも可能かも知れない。
「地球ではねぇ…理科の授業でカルメラ焼きを作るんだよ。アルコールランプなんかを使ってね。今なんか面倒くさ……いや、ゴホン、時間無いときはビーカー使ってインスタントラーメン作って食べてるしね」
ローズは「ま、パートナー達からはまるで錬金術みたいなんて言われるんだけど〜」と付け足して笑う。
 リトと妖精たちは、こうしてローズの菓子教室で計量とした準備の大切さを学んだのだった。


 所変わって、こちらは学校の隣に建つこども園である。
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の発案により、ここではチョコのデコレーション作業が行われていた。これなら幼い子どもたちでも火傷の危険なく、お菓子作りを楽しめる。ベースに使用するのは、大教室で理沙たちが作った無地の型抜きチョコレートである。
 ネージュの「信頼できるせんせいさん」・高天原 水穂(たかまがはら・みずほ)が鍋をストーブの火にかけている。水穂はこども園に何度も来ているうちに我が家のような感じがしてきた、と思いながら、子どもたちが火の傍に近づかないよう注意している。そうこうしているうちに固まったチューブ入りチョコペンも湯煎で温められて、丁度良い柔らかさになった。
 そうして用意された何色ものチョコペンと、丸や四角、ハート型などの形をした土台のチョコレートが子どもたちに配られる。
 料理上手なネージュは、率先してその使い方を示した。彼女はチョコの上に好きな模様や文字を描くことを、子どもたちの前で丁寧に実践してみせている。
 そこには、ネージュのパートナーである樹乃守 桃音(きのもり・ももん)颯天・オネスティア(はやて・おねすてぃあ)の姿もあった。
 颯天は初めて訪れた場所に緊張していたが、ネージュや水穂、それに桃音が傍に居ることでそれも解れてきているようだった。頑張って皆の手本になるように描こうと、まずは緑色のチョコペンに手を伸ばす――はずが、目的の者はその場から忽然と姿を消していた。
「あ、ももんちゃん、その緑色のチョコペン、ぼくが使うつもりだから、返してってばぁ!!」
 桃音の手に握られているそれを見つけて、颯天はそう声を上げる。
「ボクは森のドングリや葉っぱやリスさんなんかを書こうかなっておもうんだもん!」
 しかし結局交代でペンを使うことにして、颯天と桃音は仲良くチョコの上にお絵かきを始める。
そして水穂が保護者の役割を担っている安心感からか、二人は緊張など忘れて心行くまでそのデコレーションを楽しんだのだった。