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ジゼルちゃんのお料理教室

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ジゼルちゃんのお料理教室
ジゼルちゃんのお料理教室 ジゼルちゃんのお料理教室

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「みんなー、準備は出来ましたか?」
 此処は空京某所にある義勇軍『プラヴダ』の食堂。
 その一角をぐるりと見回して、ジゼル・パルテノペー(じぜる・ぱるてのぺー)はテーブルの前に立つ友人達へ確認する。
 こういう場合「できましたー」と返すのが常だったが、此処は軍隊。
 反射的なのかネタなのか、「イエスマァム!!」と勇ましい返しが飛んできて、ジゼルは小さな笑いを漏らしてしまった。

 三月に入り、もう間もなくホワイトデーという日だ。
 バレンタインデーの返礼をすべくお菓子作りをする兵士達を手伝う為、また先生役のジゼルにお菓子作りを教わる為に、契約者達も集まってきていた。
「それじゃあ今日最初に作るのは、皆の要望が多かったクッキー!
 私が説明する間に、手伝いにきてくれた友達が各テーブルも回ってくれます。慌てずゆっくり、頑張ろうね」
 ジゼルがにこっと微笑むのに、料理を教わりにきていた者達は、息を吐き出してテーブルの上を見た。
 計量カップやスプーンにボウルに泡立て器など料理の為の道具の一風変わった形状は、料理をしない者達には見慣れないもので、彼等の緊張を誘っているらしい。
 平行世界の未来で所属していた軍隊所属時代はレーションをパッケージから取り出すという極めて困難な作業を、その後は『その辺で狩った肉にそ木の実山菜薬草類を詰めて焼く』という華麗かつ原始的な料理経験が豊富なウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)も例に漏れず、厳めしい目つきで横並びの白い袋に踊る文字を読んでいた。
「強力粉、薄力粉、ベーキングパウダー……
 全部粉じゃないか一体何が違うんだ? 『キョウリョク』。文字から察するに効果の程に関係が――」
「違うウルディカ。それは『きょうりきこ』と読むんだ。
 それからジゼルの話をきちんと聞いていた方が良い。付いていけなくなる」
 グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の珍しい嗜める言葉に、ウルディカは慌ててジゼルの居るテーブルへ視線を戻す。
 数日前。ジゼルからの誘いを受けたグラキエスは、パートナー達に貰ったバレンタインデーのお返しを作るのに丁度いいと思い了承した。
 が、どういう訳だろう。話を聞いた際、ウルディカがやけに乗り気だったように見えたのだ。彼が料理――その上お菓子作りに興味があったとは到底思えない。
(それに『他の皆に言わずに』とはどういうことだろう……)
 グラキエスは首をひねる。大体彼は今もパートナーの一人、魔鎧アウレウス・アルゲンテウス(あうれうす・あるげんてうす)を着込んでいるのだ。仲間全てに秘密にする事等、出来よう筈も無い。
 しかしどうやら気付いていないようだしと、グラキエスはアウレウスに極力黙っていてくれるよう頼んでいた。
お前にもらったバレンタイン料理のお返し先に作るからな」という秘密の約束に、アウレウスは大歓喜し――
「あ、あるじいいいいいいいいい! 俺なぞのために主が料理を!
 分かりました、なるべく喋りません!」と言う具合に暑苦しく答え、大人しく『服』で居る事に務めているものの、先程のウルディカの怪しい発言だ。
(ウルディカめ、基本からしてなっていないではないか
 先程から主の御手を煩わせおって!
 ぐぬぬぬ主が出るなと仰られなかったら今すぐでも出て行きたい!)
 アウレウスは今は外側には存在しない唇を噛み締めて、様子を見守っていた。
 
 こうして作業が開始と同時にわいわい騒がしくなってきた一角から少し離れたテーブルで、ハインリヒ・ディーツゲン(はいんりひ・でぃーつげん)は、端末の画面を見ていた首をがくりと落とす。
「……数字ってどうして見てるだけでこんな眠くなるんだろうなぁ」
 欠伸混じりに呟いていると、背中がトントン叩かれた。
「ハインツさん、ちょっと買い物付き合って貰える?」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)のお願いに、ハインリヒは視線だけ上げて「喜んで」と微笑んで返した。

「足りない分の買い物は美羽とハインツに任せておけば大丈夫そうね。
 えーっとあとは……」
 料理上手な椎名 真(しいな・まこと)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)、和菓子作りが得意なフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に場を任せ、暫し手を止めていたジゼルは、スパーン!という豪快な音を耳にしてそちらへ小走りで向かった。
「ま、マスターぁ……痛いです……」
「痛いですじゃないよ生地をボールごと破壊する気ッ!?」
 一瀬 瑞樹(いちのせ・みずき)の後頭部を容赦なく叩くためのハリセンを片手に声を荒げる神崎 輝(かんざき・ひかる)の余りの勢いに、ジゼルは入るタイミングを見失い、横で縮こまっていた七瀬 紅葉(ななせ・くれは)へ何事かと向き直った。
「紅葉、これは……?」
「瑞樹さんが何時の間にか付いてきちゃってたんです……。
 やる気満々みたいだけど、なんかある意味怖いって思ってたらやっぱり…………」
 紅葉がおずおずと指差すのは、テーブルの上に無惨に転がったボウルとその中身だ。
「だって凄く固かったから、どうしても混ざらなくてどうしたらいいのか分かんなくなっちゃったんです……」
「だからって機晶姫がリミッター解放して混ぜ混ぜしたら、こうなるに決まってるでしょ!」
 単なる料理下手を超越し、破壊行為に近い状態になってしまう瑞樹のそれをバレンタインデーに再確認し、心配していた輝は案の定の事態に頭を抱え、そして彼女のマスターとしてこれ以上状況が悪化しないようにと愛の鞭を振っているようだった。
(けど瑞樹も悪気が有った訳じゃないし……。まずは原因のそれよね)
 考えながらジゼルはボウルの中にかろうじて残っていたものをゴムベラで一混ぜして、確認してみる。
「確かにちょっともったりしてるわね」と、ジゼルはテーブルの上をぐるりと見て気がついた。
「瑞樹、粉はきちんと計った?」
「……あ」
 思い当たったように口をぽかんと開いた彼女に、ジゼルは紅葉から「ちょっといいかしら」と作業中のボウルを借り、瑞樹に中身を見せる。
 紅葉のボウルはジゼルが説明をしたところまで、完璧に出来ていて、瑞樹は自分の惨状との落差に改めて肩を落とした。
「とっても綺麗に混ざってます……」
「そうね。でも――紅葉は料理は得意?」
 ジゼルのいきなりの質問に、紅葉は少し驚きながらぶんぶんと首を横に振った。
「お料理あまりわからないから、ジゼルさんのお話を聞きながら見よう見まねで……、それからメモしたりしながら」
「うん、それが大事なの」
 言ってジゼルはこれ以上瑞樹が落ち込まない様に、近くへやってきていた瀬島 壮太(せじま・そうた)へ悲惨な事になったボウルを託した。彼は今日洗い物等のサポートを請け負ってくれている。
「お菓子作りはね、ちゃんと決められた分量を計って、作るのが大事なの。
 瑞樹は彼氏さんにお料理を作ってあげたいのよね」
 見透かす言葉に赤くなって反応し、こくりと頷いた瑞樹にジゼルは微笑んだ。
「相手の事を考えて作ると、色々考えちゃうよね。お砂糖は少ない方が好きかしら、チョコレートはもっと多いほうがいいかしら……とかね。
 でもそれって基本がなっていないと、結局出来ないの。
 まずはきちんとレシピ通りに作って、慣れるまではそれで練習。
 繰り返してるうちにね、そこから足し算したり、引き算したり出来る様になるの。
 そうしたら瑞樹も一番美味しいと思える味を作れるようになれると思うわ」
「…………はい」
 下を向いたまま言う瑞樹の手を取って、ジゼルは新しいボウルを彼女の両手に収めた。
「最初から作り直そ? 大丈夫、材料はまだ沢山あるから」
「はい」
 少しだけ潤んだ瞳で見上げてくる瑞樹の鮮やかな緑の髪を、輝の吐いた息が撫ぜる。見上げたマスターの顔は、相変わらず眉が寄ったままだったが、先程までより少し和らいでいるようだ。
「ボクも手伝うから。
 今度こそ上手くなりたいんでしょ?」
 そんなに落ち込まないのと含んだ言葉に、瑞樹はボウルをぎゅっと抱いて元気よく返事をした。
「はいっ、マスター!」