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「未来体験薬を染み込ませた便箋とはね。今回は普通に手紙を書こうかな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)は便箋を見ながら前回被験者として参加した未来体験薬の事を思い出していた。
「そうですか。どうぞ」
 エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は淹れ立てのハーブティーをエースの手元にそっと置いた。
「あぁ、ありがとう。宛先は10年後でいいかな。エオリアも書くんだろう?」
 ハーブティーを楽しみつつ書く内容を考えるエース。
「えぇ、書きますよ。少しだけですが」
 作ってきたシフォンケーキをエースに振る舞ってからエオリアは手紙書きを始めた。
 発言通りエオリアが書いたのは少しのためすぐに終わった。
「……間違いはありませんね。受け取った後もこの手紙はきっと何度も読み直す事になりそうですからね」
 書き上げた手紙を確認した後、丁寧に封筒に収め、
「……(……何年後かの自分も今のようにエースと一緒にいてエースの植物愛に振り回されて)」
 未だ手紙書きに没頭するエースの横顔を見つめながらエオリアは胸中で笑みを洩らしていた。そこには呆れ混じりの幸せがあった。
「エース、僕は書き終わりましたので皆さんにお茶とお菓子を振る舞って来ますね」
 エオリアは手紙書きに没頭している参加者達に視線を向けた。
「……もう、書いたのかい。早いね」
 エースは声をかけられ、走らせるペンを止めた。
 その時、
「何か美味しそうな匂いがすると思ったら来てたのか」
「美味しそうなもんがあるな」
 手紙を書き終えぶらぶらと歩き回っていた双子がお菓子とお茶の匂いにつられてやって来た。双子の付き添いにはロズがいた。
「どうぞ」
 エオリアは双子分のお茶とシフォンケーキを用意。
「お、サンキュー」
「美味しいぞ」
 双子はすぐさま飲食を始めるなり美味しさに顔を綻ばせた。それも当然である料理が得意で『調理』を有するエオリアが作った物なのだから。
「ロズさんもどうですか?」
 エオリアは双子の背後にいるロズにも勧めた。
「あぁ、ありがとう」
 ロズは丁寧に礼を言い、巧みに正体がばれないように飲食を始めた。
「ロズ、食べたり飲んだりする時ぐらい、それ外せよ」
「いつもいつもその格好でさ。いい加減、顔を見せろよ」
 双子はもごもごしながらロズの不自然な食べ方にツッコミを入れた。
「そう追求するものではありませんよ。二人の事ですからロズさんに色々悪戯をしたりしたのでしょうが、誰にだって事情があるのですから」
 ロズの素性を知るエオリアは当然ロズの援護をする。
「……まぁ、そうかもだけど。俺達のやる事に口出して邪魔するし、手伝い頼んでも時々しかしてくれねぇし。悪戯じゃないなら手伝うっ言うし……悪い奴じゃねぇけど」
「……勘が良いししぶとかったよな」
 双子は親しみを込めた目でロズを見ていたが、特にヒスミ・ロズフェル(ひすみ・ろずふぇる)は親近感が強く感じられキスミ・ロズフェル(きすみ・ろずふぇる)はロズにちょっかいをかけるもことごとく上手くいなされた事を思い出していた。
「やはり、そうですか(この二人の性格からロズさんの格好を見過ごすはずはありませんし、懲りませんから正体を知る時が来るかもしれませんね)」
 双子を知るエオリアは予想通りの事に呆れて、双子とロズの顔を見比べていた。
「……」
 ロズは自分の正体云々については沈黙していた。
「それより歩き回るのはいいですが、お手紙書くのに没頭している人達にいたずらしては駄目ですよ。きっと皆さん幸せな未来を描いているのですから」
 聡いエオリアは双子が歩き回っていた事から何か悪戯をしようとしていたと読み、先回りして注意する。
「まだ何もしてないだろ」
「そうだぞ」
 双子は当然嫌な顔をして文句を垂れた。
「……お代わりはどうですか?」
 双子の垂れる文句なんぞ聞き慣れているエオリアは相手にせず、お菓子やお茶のお代わりを訊ねた。
「おう、食べる」
「本当、美味しいよな」
 美味しい物の前に不満顔は長続きはせず、あっさりとお代わりをする双子。

 お代わりしたお菓子やお茶を楽しむ最中。
「……ん、それ何だ?」
 ヒスミがエースの手元にある二つの小さな袋に興味を向けた。
「これかい? これは向日葵とカモミールの種だよ」
 エースはハーブティーを飲みながら双子に小さな袋の中身を説明した。さすが植物好きである。
「へぇ、手紙だけじゃなくて種も入れるのか。面白い事するな。俺達も何か入れるか?」
「そうだな。まだ間に合うし。いいサプライズになるな」
 エースがしている事から双子はろくでもない事を考え出す。
「それは誰にとってのサプライズだい? 君達か手紙を配達する者か……迷惑を掛けるのはいけないよ」
 すかさずエースは双子にツッコミを入れた。これまで関わった経験から双子の所業の大部分は迷惑事だと分かっているので。
「……それは当然、俺達だよな。な、キスミ」
「おう、当然だろ」
 双子はエースの言葉に軽く動揺を見せる。
「……手紙に細工をし、配達人かはたまたやり過ぎで自分達が被害に遭うのか」
 ロズがツッコミを入れた。すっかり双子の事を了解しているようであった。
「うるさいぞ」
「余計な事言うなよ」
 双子は口を尖らせ、ロズをにらみつけた。
「つまりロズさんの言う通りという事ですか」
 エオリアが笑顔と優しい口調で双子にとどめを刺した。
 これ以上いるととんでもない事になるとでも悟ったのか
「キスミ、行こうぜ」
「おう、ごちそうさん!!」
 双子は慌ててどこかに行ってしまった。
「御馳走になった。美味しかった」
 保護者役のロズも続いて去った。

「あの調子だと10年後も双子達は悪戯っ子かもしれないね」
「そうですね。それで説教をされても懲りないと……10年後も賑やかそうです」
 エースとエオリアは去って行く双子達の後ろ姿から彼らの10年後に思いを馳せて笑みを洩らしていた。
 この後、エオリアは他の参加者にお菓子やお茶を振る舞いに行き、エースは手紙書きに戻り無事に完成させた。

 エースが一生懸命に綴った手紙の内容は
『10年後の自分へ
花達との新たな出会いは増えたかな?
当主としての役目が色々と増えてきている頃だと思う。
色々な所を訪問して、人と植物との出会いを増やしていって欲しい。
そしてにゃんこ達の保護活動も。全ての猫を助ける事は無理だけど、手の届く範囲の子達だけでも、幸せに暮らせるようにしてあげたいよね。パラミタで初めて保護した仔もすっかり落ち着いた様子になっているのだろうね。みけねこかぼちゃんは皆のお母さん代わりかな』
 そして、
『向日葵の種を10年後に託すよ。他の子より少しお寝坊さんな向日葵だ。
植物達には10年なんて瞬きする程度の時間なのかもしれないね。大きく向日葵が育ちますように。カモミールの種も入れておくから、向日葵が終わったらカモミールの種を撒いてみて。春になって花が咲いたら、10年繰り返し育てた子とハーブティにして比較してみると面白いかもしれないよ』
 と同封する植物の種についても綴った。

 何度も読み直すだろうエオリアの手紙の内容は
『10年後の私へ。
10年後もエースは相変わらず植物達と楽しく過ごしていますか。
時々エースがパラミタに来れるよう巧くスケジュール調節して、エースに息抜きをさせてあげて下さい。思い切り植物達とお喋り出来るように』
 という物であった。