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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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一会→十会――絆を断たれた契約者――

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【ヒラニプラ採石場: 数の暴力】


「うわ、すごい数……みんなあんなに頑張ってるのに全然減ってないよ」
 フラルに乗り、上空から契約者と亜人の交戦模様を見たティエン・シア(てぃえん・しあ)が、蠢く大量の亜人に引きつった表情を浮かべる。一人一人の強さは契約者と比べるまでもないが、とにかく数が多い。契約者も無限の体力というわけではないので、このままだといつかは押し潰されてしまうのではないだろうか、そんな光景が頭をよぎる。
(ううん、ダメダメ! お兄ちゃん達を助けないと!
 それにこいつらは、みんなの記憶を弄ってメチャクチャにしたんだ。そんなこと、絶対に許せない!)
 首を左右に振って、気合を入れ直す。今は少しでも多くの亜人を行動不能にさせるため、ティエンは魔力を込めると空に放つ。
「あのね、僕は今本気で怒ってるんだよ!
 ごめんなさいって言うまで絶対に許してあげないからね!」
 放った魔力は空にヒビを入れ、そこから色とりどりのピヨ――ひよこの姿をしているが、一羽が十数メートルほどととにかくデカい――が落ちてくる。ピヨは地面を何度かバウンドして消えるが、その間に多くの亜人を押し潰していった。

「な、何だあれは!? おいお前たち、何とかしろぉ!」
 戦場を飛び交う黄色や黒、ピンクの玉のようなもの――ピヨたち――に吹っ飛ばされていく自分の軍勢を目の当たりにして、ゴズの顔に動揺が走る。
「そんな事言われても、あんなの無理ですよぅ」
「無理でもどうにかしろぉ!」
 その間にも数十メートルの玉は戦場を転がり回り、その全てが消えた時にはゴズの軍勢はおおよそ半分以下にまで減っていた。
「ぐぬぬ……一旦逃げ出しておきながら生意気な奴らめ……!
 こうなれば役立たず者共、土砂に飲み込んでくれるわ!」
 椅子を蹴っ飛ばして立ち上がり、杖を取ったゴズが魔力を込め、杖で地面を叩く。
「『荒れ狂う土波』!!」
 すると大地が割れ、まるで波のようにうねりながら契約者に迫る。個々の防御では抗えない波の力に契約者は逃れるのが精一杯であり、ゴズに迫りかけていたのも押し戻されてしまった。
「はっはっは! どうだ、俺の魔法は!」
 機嫌を良くするゴズ、しかし彼は気付いていない、今の魔法の行使で空間に揺らぎが生じ始めたことに。
 それは異世界の方でも囚われていた契約者が脱出に動き出したことも影響していた。空間の揺らぎは異世界の方で、採石場の方で戦う契約者に、それぞれのパートナーの姿をほんの僅かながら見せる効果をもたらしていた――。

「……おい、かつみ。今、見えたか?」
 敵の攻撃から逃れ、態勢を整えていた所に一瞬入ってきた光景に、ノーンがフードの中からかつみに尋ねる。
「見えた、って言うのかな……今俺達が戦ってるのと多分おんなじ奴らから逃げてるのって……」
「……ナオ、ですよね。どうして私は忘れていたんだ……」
 見えたのは一瞬だったが、三人は見えた人物が今ここに居ないナオであると気付いた。絆を縛り上げていた鎖が緩み、仮初めの記憶を本来持っていた記憶が押し飛ばしていくと、かつみが過去に約束した『あいつ』がナオであったと思い出すことが出来た。
「こいつら……ナオを襲いやがって、許さねぇ――」
 表情を険しくしてかつみが目前の、土波に巻き込まれた事で混乱している亜人の軍勢を睨みつける。
「今回の件、さすがに温厚な私でも怒ったぞ」
「ナオをここまで傷つけた人たちを、許すつもりはないよ」
 ……だが、かつみより先に反撃の手を下したのはノーンとエドゥアルトだった。珍しくノーンはフードの中から飛び出し武器を持った状態で、エドゥアルトは落ち着いている風に見えて漂わせる気はバチバチと弾けていた。
(……うわ、ノーンもエドゥもすっごい怒ってる。なんだろう、二人を見てたら冷静になってきた。
 お、落ち着けって! 今の攻撃で怪我した奴らの治療しないとだろ?)
 かつみは心でそう思うが、当然二人には聞こえていない。かつみも口に出すことは憚られた。それだけ二人の雰囲気がそうすることを許さなかったのである。
(……ナオにも後で言っておこう。二人をこれから、絶対怒らせないようにしようなって)
 目の前で繰り広げられる一方的な戦いから目を逸らしながら、かつみは決意を胸に抱いた。

(今見えたのは、色花!? ちくしょう、なんで俺、あいつのこと忘れてたんだよ!)
 頭に浮かんだ光景に、色花の姿があったのを思い出した唐がまだ混乱を来す敵陣を駆け抜ける。土波が来る直前、敵陣の奥に居た巨人が杖を振るったのを確認した唐は、奴から杖を奪えばここの戦いを終わらせられる――色花を助けに行けると判断した。
(俺の盗みのテクで、必ず――!)
 ざわめく集団の中を駆ける唐、もしこの場が亜人の軍団だけであったなら、ゴズの所までは辿り着いたかもしれない。だが実際は――。
「!」
 自分を薙ぎ払わんと向かってきた蔦のようなものを、唐は直撃を避けるので精一杯だった。足を刈り取られ吹き飛ばされる、そのままだと地面に強く打ち付けられ大損害は必至だったろうが、そうなる前に彼を引き寄せる力が働き、後方の安全な場所まで運ばれていった。

「ここからは私、マジカル・サクヤの時間よ!
 さあ、私の真の姿を見るのですっ!」


 契約者の前に現れた咲耶が隣に控えるハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)と合体し、『戦闘魔法少女マジカル・バーストサクヤ』となって挑みかかる。
「そこの彼は炎を操ると聞きました。ですが今の私も同じように炎を操れます!」
 アッシュを指差し、不敵な笑みを浮かべた咲耶が両手に炎を呼び出すと、それを前に突き出して放つ。炎はハデスの発明品が備えている触手の動きをトレースしてうねりながら契約者に迫る。
「なるほど、確かに炎を自在に動かしているようだ。……でも、それは『操る』の中の一面に過ぎない」
 近付く炎に契約者は身構えるが、アッシュは泰然として待ち構える。そして炎がアッシュを焼く前に反応を限定化させ、傍目にはまるで犬のように炎がアッシュにじゃれついているような状態としてしまう。
「ええっ!? そ、そんなのってないわよ!」
 抗議の声をあげる咲耶に、アッシュは余裕の笑みすら浮かべて返す。
「これが操るということだ、君もこのくらい出来るように頑張れ!」
「出来るわけ無いでしょー!?」
 自分で放った炎を返され、咲耶が逃げ惑う。炎がまさに犬のごとく咲耶を追い掛け回し、ようやく消えた時には服のあちこちが焦げて剥がれ落ちていた。
「よ、よくもこの私をここまでバカにしてくれたわね! こうなったら――」
「止めるんだ! 君がこれ以上傷つくのを、僕はもう見たくない!」
 両手を掲げ、魔力を集め始めた咲耶の前に御雷が立ち、呼びかける。
「ひと目見ただけで思い出したよ。君こそが、僕がこれまで生きてきた理由。
 これからも、自分の全てを捧げたい相手だっ!」
「誰だ、お前は――うっ、頭が……。
 何なの、これ……あの人、私の大切な人……?」
 御雷の言葉に、咲耶の魔力が拡散して消え、頭を押さえて苦しがる仕草を見せる。
「僕は絶対に、君を取り戻してみせる!
 僕の力だけでは君を取り戻せないかもしれない……だけど、僕達の絆があれば、どんな障害があろうとも関係ないんだ!」
「何を、言って……うああああ!」
 もがき苦しむ咲耶、腕に巻かれるように浮き上がっていた鎖がカタカタと揺れ出すと、やがて弾け飛ぶように消えていった。
「…………兄さん?」
 荒く息を吐きながら、目の前の青年をそう呼んだ咲耶は次の瞬間、波のようにうねる土に飲み込まれていった。
「! 失わせるものかあぁぁ!」
 御雷が飛び出し、咲耶を救出するべく土波に飛び込む。
「ダリル、二人の救出をお願い!」
 ルカルカの指示に応え、ダリルが揉まれようとしている御雷と咲耶を物質を吸引するビームで回収する。唐を窮地から救ったのも彼の的確な位置取りと冷静な行動によるものであった。
「だーっはっはっは! 身の程を知れ、お前達は俺に跪くのだ!」
 咲耶が注意を引き付けている間に魔法を、経緯はともかく自分の味方であった者までも巻き込みながら放ったゴズがその姿を現し――自分を守っていた者たちも巻き込んだため、結果として――、契約者を見下した振る舞いを見せる。
「その傲慢な態度……『君臨する者』の中でも飛び抜けているな。
 味方を巻き込むことすら厭わない魔法の使い方は、間違っている」
 険しい顔つきで、アッシュがゴズを睨む。ゴズは舐めた態度を崩さず、続けて魔法の詠唱に入った。
「アッシュ、この炎を使って! 私の炎も貴方に託すわ」
 ルカルカが両手に炎を作り出し、それを地面に撃ち込めばその炎が起爆剤となったかのように、両脇を炎が吹き出していく。ゴズの近くまで炎は吹き出し、向かいのアッシュと一時的な一騎打ち状態を作り上げた。
「ありがとう! ゴズは僕が食い止める、その間に中に捕らわれている契約者の救出を! 今なら彼らを閉じ込めている魔法も弱っているはずだから」
 力を貸してくれたルカルカと仲間たちにそう告げて、アッシュは両脇の炎を従えながらゴズへ歩み寄る。ゴズは詠唱を終え、杖に魔力を湛えておりいつでも発動できる状態にあった。
「名前を取り戻したくらいで、いい気になるなよ小僧。お前ではヴァルデマール様はもちろん、俺にすら敵わん」
「お前のように己の力を測り間違える愚を犯すつもりはない。僕が今ここに在るのは、僕を助けてくれた皆のおかげだ。
 ……が、今はあえて言わせてもらう、ここは僕が、お前を食い止める!」
 ゴズが杖で地面を叩くのと、アッシュが両脇の炎と自らの炎を合わせて放つのはほぼ同時。荒れ狂う土波と燃え盛る炎波はゴズに近い側で交錯し、弾ける波のごとく合わさったものを空高く吹き上がらせながら消えていった。