校長室
物語を紡ぐものたちへ
リアクション公開中!
三話 舞台、初日 そして、舞台初日。 客が入ってくるのは夕方からだが、会場には多くの人が集まっていた。 今回のテロ騒ぎの、当日の警備のメンバーたちが、会場の警備と、最終チェックのために訪れていたのだ。 集まって状況の確認と、それぞれの役割分担を決めてから、皆はおのおの、自分たちの割り当てられた場所へと向かってゆく。 「この無線機を使ってください」 龍ヶ崎 灯(りゅうがさき・あかり)がスキル【用意は整っております】で用意したイヤホンマイクを配る。 「隠しカメラまでついているのか。なんとも豪華な装備だ」 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)はイヤホンを耳に入れながら言う。イヤホンの上部には小型カメラがついていて、映像も逐一、武神 雅(たけがみ・みやび)が用意した通信網に送られるようになっていた。 「こんなに人の集まる劇場でテロを起これば、大勢の犠牲者が出ますからね。それだけはなんとしてでも防がないと」 ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)が同じくイヤホンをつけ、言う。 「当然だ。客の大勢いる劇場でテロなんて起こさせるわけにはいかない」 竜斗は言って鋭い視線をウィルに向ける。ウィルもこくりと頷いた。 「よし、じゃあ俺はユリナと一緒に搬入口の調査だ。ミリーネとシェスカは、こっち側の調査を頼む」 「ああ。任せたまえよ」 「わかってるわよぉ」 ミリーネ・セレスティア(みりーね・せれすてぃあ)、シェスカ・エルリア(しぇすか・えるりあ)は頷き、並んで歩いてゆく。 「ユリナ、シェスカ、今日はずいぶんやる気だな?」 竜斗が隣の黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)に尋ねると、 「前に飛行艇レース場で起こったテロで、真一さんが怪我したそうなんですよ。きっと、それで怒り心頭なんだと思います」 ユリナはイヤホンをしながら答えた。 「それで、仇討ちというわけじゃな。勇ましいことよの」 ウィルの隣、ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)が尋ねる。 「そうだな。黒幕はまだ捕まってないそうだし、絶対に、俺たちで犯人を見つけてみせようぜ」 「もちろんですよ」 竜斗の言葉にウィルが答えた。四人は歩き出す。 「劇場は最新設備で、防犯体制は万全じゃ。ということは搬入口から劇場へ運ぶ荷物の中に、爆弾を紛れ込ませておくことも考えられる。紛れ込ませて持ち込むのは難しくなかろう」 歩きながら、ファラはそのように推理する。 「正面から持ち込むのは不可能に近い、ってことは言ってましたからね。ファラさんの言うとおり、やはりその線でしょう」 ユリナも言った。 「そうだな……ただ、目的がわからないからなあ。目的があるなら、その目的を達成するための手段があるだろ。たとえば、誰か、抹殺したい相手がいるなら、その人を狙うだろうし」 竜斗が歩きながら答えた。 「前回のように、話題のため、という可能性もありますよね?」 ウィルが言うと、 「だとしたら被害の大きな場所を狙うはずですからね。搬入口は少し離れてますし」 ユリナがそう答えた。 「どちらにしろ、搬入口の監視はそれだけ重要だってことだ。気合を入れてかかろう」 竜斗の言葉に、最後は全員が頷いた。 一方、客席のほうへと向かったミリーネ、シェスカの二人も、 「主殿はかつてご兄妹をテロで失っている。テロには関わりたくないはずなのに……それでも防ぐために自ら行動するとは、やはり主殿の正義感はすばらしい!」 「ええ、そうねぇ」 「主殿のためでもある。私たちも全力を尽くして犯人を見つけ出そう」 「そうねぇ」 「シェスカ殿も珍しくやる気であるな。まずは客席を見て回ろう」 「そうねぇ」 「……シェスカ殿、聞いているであろうな?」 「そうねぇ」 「………………」 シェスカはどこか上の空だ。ぎらぎらとした目線で、どこか遠くを見ている。 「それほど怪我をした真一殿とやらが気になるか」 「ききき気になってないわよ!」 が、その一言にシェスカは大きく反応する。 「ただ、竜斗は兄妹をテロで失っているのに、わざわざこんな事件に首を突っ込んで、その正義感にあきれてるだけよぉ」 「ふふふ、そうであるな」 「……なによぉ」 「いやあ、別に」 ミリーネは言って笑う。 「シェスカ殿の意外な一面を見れて、嬉しいのだよ」 そして小さくそう口にする。ほんの少し赤い顔になったシェスカを横目に見ていると、シェスカはなにかを見つけたのか、駆け出した。 「エロ!」 「?」 その先にいたのは、土井竜平――またの名を、バーストエロスだった。 「呼び方が違うぞ。俺の名は土井竜平。またの名をバー「あなたも来てたのね。ちょうどいいわぁ」いやだから、とりあえず名乗らせて「聞きたいことがあるのよ」……」 竜平は名乗れなかったことに落ち込んでいるのか、難しい顔をした。 「まあ待て、こちらのほうが先だ」 見ると武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)、武神 雅(たけがみ・みやび)が竜平の近くにいた。 「彼が外でウロウロしていたのを愚弟が見つけてな。無理やり連れてきたのだ。悪いが質問はこちらからさせてもらうぞ」 雅が言う。 「聞きたいのは……胸の小さい女の子を上手く撮影する方法だったな?」 が、続けて口にした言葉に牙竜は倒れこんだ。 「ま、今の愚弟の称号は【ちっぱい教一日教祖】だからな。正義の味方でございますと暑苦しいよりかはマシだろう」 「……マシなわけあるか!」 立ち上がる。 「そんなアホなことを聞きたいんじゃない。こっちはいたって真面目に……「角度が重要だ。胸を強調させるポーズよりも、スポーティな」だから真面目に話したいの! エロ談義なんてしないからな!」 牙竜はもう一度「しないからな!」と叫び、雅があははは、と声を出して笑う。シェスカがふう、と息を吐き、 「前回の黒幕って言われている、例の女について聞きたいのよぉ」 そのように尋ねた。場の空気が、少し変わる。 「それは、俺たちも聞きたい話だね」 そんな場所に、ハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)たち三人も現れた。 「前回あれだけの騒ぎを起こしてくれた上、みすみす逃げたとなりゃあ、さすがに放ってはおけないからな。バーストエロス、できれば詳細を教えてほしい」 「ええ、特に、私が知りたいのは、」 ハイコドの言葉にソラン・ジーバルス(そらん・じーばるす)が続ける。 「その女の胸が大きいかどうか、そして、美人かどうかよ」 その場の全員が倒れこんだ。 なぜ胸の話ばかり……と牙竜が頭を抱える。 「胸はそこそこでかい。美人かどうかで聞かれると……まあ、美人だな」 「うっしゃ! やる気200%!」 竜平が答えると、ソランは拳を握った。 「なんのやる気だよ……」 藍華 信(あいか・しん)が起き上がって言う。 「そりゃもちろん口にはできないことよ! 相手が女ならエロい意味で容赦しない。陰術の陰は淫術の淫! 私の美人センサーが唸りをあげるわ!」 ソランは晴れやかな顔で言う。なぜか竜平はカメラを構えてぱしゃぱしゃとその様子を撮影していた。 「……本名かどうかはわからない。が、彼女が長く使っていた名前は、アーシャル・ハンターズだ」 しばらくソランを撮影していた竜平が手を休め、牙竜に背を向けたまま答えた。 「前にも少し話したが、金持ち一家の乗っ取り、メイドたちの殺害、事故に見せかけた、発掘現場の作業員を殺害、それと、確認は取れてないのだが……前回の騒ぎで、いろいろなテロ組織が近づいてきたとか」 竜平は牙竜のほうを見て言う。 「それは完全なる悪人ではないか。そこまで極悪非道な人間が世を闊歩しているとは……」 ミリーネは口にする。 「……今回の件、関係していると思うか?」 牙竜は静かなトーンで聞いた。 「関係している。俺はそう思う。だから来た」 竜平は言い切った。 「……ゆかりたちには私が伝えよう。今回の調査、彼も加わってくれたほうがいいだろう」 「そうだな……みやねぇ、頼む」 牙竜と雅は頷きあい、雅が竜平を連れて行く。 「ひとつだけ、聞かせてくれ」 竜平が牙竜のほうを向いた。 「なんだ」 「さっき言っていたちっぱいというのは、セイニィ・アルギエバのことか」 「もういいからさっさと行ってくれ」 牙竜は頭を抑えて手をひらひらと振った。 「俺たちも行くか。まずは客席に異常がないかの確認だ。ミリーネさんたちも来るか?」 ハイコドがミリーネたちに尋ねる。 「ああ。こちらもそのつもりだったからな」 ミリーネは頷いて、シェスカとともにハイコドたちに続く。 「例の女が現れるとなれば、蜃気楼とやらと戦う可能性も高い。信、準備は万全にしとこう」 「わかってるよ。前回は良いとこなかったからな……今回はしっかり働くさ」 ハイコドと信がそう言い合う。 「なにせ、ソランが役に立つかわからんからな」 「そうだな」 ソランは「センサーが唸っている! 誰よりも早く女を見つけてやるわぐへへ」と笑っていた。 「……唯斗は、行かないのか?」 「おっと、気づいてたみたいですねぇ」 牙竜は少し離れた場所の影にいる人物に声をかけていた。物陰から、紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が顔を出す。 「監視体制は完璧ですよ。だったら、俺は黒幕を確保するのを優先してもいいかと思ってね」 「出てくると思うか?」 「さあねえ。でも、こうも立て続けにことが起きると、またアイツ等の仕業かと思っちまう。謎の女、謎の敵、カイザーとかいうやつも行方不明だ。連中が何もしないとは思えねぇしなー」 言いながら、唯斗は歩いて牙竜の横に並ぶ。 「あの女、本当の目的は何だ? 何か違和感がある」 「……そうだな」 唯斗の少し低い声に、牙竜は静かに頷く。 「特にアイツ、蜃気楼とか呼ばれていたか。あいつとはまたやり合いたいって思ってたんでね。ま、上手く立ち回って見せますよ」 「唯斗、気をつけろよ」 誰に言ってるんすか、という言葉が聞こえた。牙竜が振り返ると、そこにはもう、唯斗の姿はなかった。 牙竜も静かに息を吐き、歩き出す。 謎の女――アーシャル・ハンターズ。 彼女の、本当の目的は――なんだ? そう、心の中に問い続けながら。 ハイコドたちが入っていった客席には、数匹の犬が走っていた。 何事かと思うと、酒杜 陽一(さかもり・よういち)、そして酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が客席を見回っていた。 走り回っているのは美由子の連れてきた犬たちのようだ。爆弾を探してもらっているのだろう。 「陽一さん。どうです、爆弾のほうは」 ハイコドが話しかける。 「やあ、ハイコドさん。ゆかりさんたちの推理の通りかな。あらかじめなにかが仕掛けられている感じはないみたいだよ」 陽一も座席の下を覗き込んだりしているが、特に問題はなさそうだった。 「となると、俺たちのやることって、実はないんじゃないのか?」 信も言う。 「とはいえ、なにかを見逃しているという可能性もある。もう一度、私たちで見て回ろう」 ミリーネはそう言って、陽一たちとは反対側の席へ。シェスカもミリーネと同じく、歩き出した。 「どちらにしても広い客席だからね。人手がいてくれたほうが助かるよ」 陽一も言った。 「本当に、すっごく広い客席だよね。こんなに広いとは思わなかったよ」 美由子が立ち上がって言う。 「ここは多目的ホールだから。演劇だけじゃなく、ライブとか、演奏会とかもやる場所なんだよ」 陽一がそう解説した。 「なるほどね。今回は演劇で使う、って、そういうことか」 「そういうこと」 うんうんと頷く美由子に、陽一は言う。 「あ、そうだ、お兄ちゃん。一応と思って持ってきたんだよね」 美由子はぽん、と拳を叩いて陽一にぴょこぴょこと近づいてきた。 「【三上山の大百足】。なんか、すっごい敵が出てくるんでしょ?」 美由子はそういい、装備されたものを陽一に渡す。 「美由子」 「うん?」 「今お前が渡したのは、【荒野のお菓子の家】なんだが俺は突っ込みを入れればいいのか?」 「あ、ごめん間違えた」 「間違うな……危うく客席にお菓子の家を置くところだったぞ」 「お客さんへのサービス?」 「いやなんで俺たちがサービスするんだよ」 そんなコントのようなやり取りをしてから、美由子は陽一に【商人の切り札】によって装備された、【三上山の大百足】を渡した。 「ありがとな。これは、切り札になりそうだ」 陽一がそのように例を言っていると、 「どうしてステージに犬がいるの!?」 声が響く。見ると、ステージの横からリーナが姿を現していた。 「えっと、すいません、爆弾らしきものがあるかどうか、探し回っていたんです」 「いいけど、ちゃんとリールくらいつけてくれないかしら。小道具とかもあるのよ」 「ごめんなさーい。みんなー、集まって」 声をかけると、【シャンバラ国軍軍用犬】たちは素直に言うことを聞き、美由子の元へと戻ってゆく。 が、ステージにいた【ケルベロスジュニア】だけが言うことを聞かなかった。お座りの姿勢のまま、じっとリーナを見つめている。 美由子が慌てて呼ぼうとしたが、 「ほら、ご主人様が呼んでるわよ。行きなさい」 リーナがしゃがみこんで、ケルベロスの首元を撫でる。ケルベロスジュニアはしばらく尻尾をパタパタと揺らしていたが、やがて「わんっ!」と大きく声を上げ、美由子の元まで戻ってきた。 「子供とはいえ、ケルベロスだぞ……よく撫でられるな」 陽一が驚きの声を上げる。 「きっと、とっても優しい人なんだよ」 美由子がケルベロスを撫でながら言う。ケルベロスは頷くようにふんふんと首を振った。 「最初は怖い人かと思ったんですけどね」 「ええ。認識を改める必要があるようです」 ステージの影から、泉 美緒(いずみ・みお)、そしてラナ・リゼット(らな・りぜっと)が顔を出した。 「ステージの裏は見てきた」 「異常なーし!」 続いて、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)、ヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)も顔を出す。 「こっちも、なにもなさそうねぇ」 「こっちのほうも、問題なしだ!」 シェスカ、ハイコドからも声が上がった。 「VIP席のほうも、異常なしだね」 二階の中心部、招待客が座る特等席の部分には、九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)――ロゼがいた。立ちあがって言うと、陽一も手を振る。 「客席は大丈夫そうだ」 陽一が言うと、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がちょうど客席に顔を出したところだった。全員で一度集まる。 「ちょっと、招待客について洗いなおしてみたの。さっきの会議で話した、レース場の事件以降で利益を得た会社についてなんだけど、」 セレンがそこまで言ってセレアナを見た。 「レースで爆弾騒ぎを起こして、ライバル社を蹴落とし、不正に利益を得た連中が、今日この場所にいるかもしれない、ってこと。それで、話がこじれて、抹殺しようと考えている線もあるかな、って」 セレアナが言葉を続けた。 「なるほどねえ」 陽一があごに手をやり言う。 「可能性はあるでしょ」 セレアナが言った。確かにそうだな、と、陽一も同意する。 「だとしたら、だ。ちょっと、いいアイデアがあるよ」 ロゼが口を開く。皆の視線が、ロゼのほうを向いた。 「前回の事件を模倣するんだ。爆発事件があったという嘘をつく。そうすればなにか、動きがあるかもしれない」 ロゼは言う。 「なるほど。それはいいアイデアであるな!」 ミリーネもそのように声を上げた。 「しかし、どうやってそれをVIPの連中だけに伝えるんだ? 下手したらパニックもんだぞ」 ハイコドがそう尋ねると、 「幸いにも、VIP席には多少の空きがあるのよ。爆弾騒ぎを聞いてキャンセルした人たちもいるから」 セレンは座席表を取り出し、数箇所を指差した。 「ここに誰かが座ってもらって、開演前にVIP席だけにそういう話を流せばいいわ。それで動きがあればマークすればいい」 「問題はそのあとだね。犯人を誘き出して、上手くいけば、交渉したいところだけど」 ロゼは言う。 「交渉の通じる相手かしらぁ。前回は、目撃者ですら消そうとしたのよぉ?」 シェスカが口を開いた。 「ロゼさん、交渉にこれ、使えないかな」 涼介は【エリクシル原石】を取り出して言った。ロゼはそれを手に取る。 「『賢者の石』の材料か……なるほど、エサにはなるかもしれないね」 「研究所での事件と関係あるかは、まだ不透明だけどね」 アリアクルスイドは言うが、 「見せるだけでも効果があるよ。関係あるなら食いつくだろうし、関係がなくても、高価な宝石ということで交渉すればいい。目的が騒ぎを起こすためとかいう理由でなければ、効果はあるはずだ」 ロゼは言う。 「その線で動く価値はありそうだね」 美由子が言って、その場の全員が頷いた。 「よし。そうと決まれば動こう」 ロゼはそうのように口にし、セレン、涼介たちと共に歩き出した。 「俺たちは一応、この周囲の偵察を続けるよ。客が入ってくるまでは、時間もあるから」 「そうですね。行きましょうか、陽一さん」 陽一、美由子、ハイコドに信は別の方向へと、 「では、私たちは入場口を。いこう、シェスカ殿」 「ええ」 そして、ミリーネたち、美緒たちも歩いていった。 「そういえば……さっき、ソラン様もいませんでしたか?」 「話の最中にふらふらとどこかへ行きましたわ」 美緒とラナがそんなことを話す。 ソランは行方不明になっていた。 夕方近くになり、客の入場が始まる。 その様子を少し遠巻きに眺めながら、リネン・エルフト(りねん・えるふと)は会場の外……入り口近くを見られる、向かいの建物の屋上にいた。 「フェイミィ、ミュート、ここはお願い。私はなにか起きたときのために、客席に入っているから。怪しい人物がいたら知らせて」 そう言って、リネンは建物から飛び降りた。なに食わぬ顔で一般の客を装い、会場へと入ってゆく。 「……『アレ』とコンビか……なんかねぇ」 フェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は息を吐いた。 少し離れた位置では、ミュート・エルゥ(みゅーと・えるぅ)が【ソーラーフレア】の整備を行っている。 リネンとミュートの契約がフェイミィの知らない間に行われていたため、なんとなく、フェイミィのミュートに対する不信感が拭えていない。体の至る所を機械化されている異形の姿、のんびりとした口調などなど、どうも、苦手な感じがいろいろと存在していた。 「なんですかぁ?」 そんなフェイミィの視線に気づいたのか、ミュートがこちらを向く。 「なんでもない」 フェイミィは素っ気なくそれだけを答え、視線を逸らす。少ししてから見てみると、ミュートは銃の整備に戻っている。 マイペース。そういうところも、なんというか苦手だ。 「ワタシは、」 しかし声が聞こえ、フェイミィは声のしたほうを向く。ミュートが銃をいじったまま、視線だけ動かして、 「ワタシはフェイミィさんの視線、好きですよぉ?」 いきなりそんなことを言う。 「ねっとりしていて、じっとりしていて、それでいて、つんつんしていて。たまらないです。ふふ」 そう言って、怪しげな笑みを浮かべる。 「いきなりなんだ、よくわからない奴だな……」 フェイミィはそう言って、息を吐いて劇場の入り口を見つめた。 着飾った貴婦人、スーツの男たち。ラフな格好のものたちもいれば、学制服も見える。会場に向かう人たちは、さまざまだ。 それゆえ変装しやすいともいえる。進入するだけならたやすそうだ。 だが、予告状に書いてあったように、爆弾を持ち込むとすれば、それなりに手は限られる。大きな鞄、リュック等々。体に巻き付けている場合が一番やっかいだが…… 「爆弾を探すのは、少々骨でありますね」 「そうだな……ってうおっ!」 フェイミィは突然現れた人影に驚く。気づけば、自分たちのいる場所よりも少し高いところにある煙突に腰かけている葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がいた。 「吹雪……なにをしているんだ」 「外の偵察でありますよ。会場外の見回りは終わったので、次にどうしようか考えているところであります」 言って、手でひさしを作って会場入り口をのぞき込む。 「大盛況でありますねぇ」 「ああ。この中から怪しい奴を見つけろって言っても、難しいぞ?」 テロ騒ぎのため、会場に入るにはそれなりのセキリティを通る必要がある。おかげで入場口は狭くなり、会場の外は軽く列になっていた。 「みゅんみゅんはどうでありますか」 吹雪のおそらくミュートに言ったのであろう言葉にフェイミィが視線を向けると、 「爆弾らしきものを持っている人はいないですねぇ」 列をじっと見つめてミュートは言う。 『聞こえてるわね二人とも。今、会場に入ったわ』 リネンの声がする。二人は軽く耳に手を当てた。二人が装備しているのも灯が用意したカメラつきのイヤホンマイクだ。 「了解。今のところ、爆弾を持ってそうなやつはいないな」 フェイミィは言う。 「危なそうな人もいないですが、変装している可能性も否定できませんわぁ。怪しい人物はマークしてますけどぉ」 ミュートはカメラを操作しているのか、イヤホンを握り締めて言う。 『十分よ。ほかになにかあったら、教えて』 リネンはそう言い、通信は途切れた。 またしても沈黙。二人の間に、気まずい空気が走る。 「そういえば、吹雪ちゃんはどうしたんですかぁ?」 その沈黙をミュートが破った。言われて、フェイミィも吹雪がいつもなにかいなくなっていることに気づく。 「……おそらく、あれだな」 「あれですねぇ」 会場近くに、のそのそと動くひとつのダンボールがあった。よく見ると足が生えている。 「逆に怪しいっての。捕まらないようにしろよな」 フェイミィは息を吐いて言う。見るとミュートがこちらを向いて、ふふ、と笑みを浮かべている。 なにを考えていることやら……本当によくわからないやつだ。 フェイミィはそう思って、その視線から逃れるように目を逸らした。 会場の中に入ったリネンは、客席へを向かう人たちを眺めていた。 すごい人数だ。それでいて、今回は出口が狭い。爆弾騒ぎが本当に起きるようなら下手をすれば大惨事である。 なんとか未然に防ぎたいし、ゆかりたちも言っていた、爆弾テロ自体がフェイクという予想が当たっていたらと思う。 そう思って列を見ていると、並んでいる人たちとは別に、奥のほうへと案内されている人たちがいた。おそらくは、VIP席の人たちだろう。いかにも高そうなドレスに、高級そうなスーツ。なるほど案内されているのは、やはりちょっとだけ違う人たちのようだ。 「あれ、」 そんな中、見知った顔を見つけてリネンは歩き出した。 厳重な警備と、ものものしい雰囲気、そして、重い空気になんとなく違和感を感じているのか、きょろきょろと周りを見回しながら歩くその二人と目が合う。 アイドルユニット<シニフィアン・メイデン>として招待されていた、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)、アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)がそこにいた。 「リネンさん?」 リネンの姿を確認すると、こちらに駆け寄ってくる。【ディーヴァの夜会服】を着ている二人は、少し動きづらそうだ。 「なんなんですか、この重苦しい感じは」 「聞いてないの?」 アデリーヌの言葉にリネンは軽く息を吐き、 「爆弾テロの予告状が、この会場に届いているのよ。結構な数が集まって、警備に当たってるわ」 「そういうことなの……そういえば、なんかそんな話を聞いたような」 「最近はいろいろと忙しかったので、確認をしておりませんでした」 二人は言う。いいのよ、とリネンは言い、軽く状況を説明した。 「でもこの警備で、爆弾なんて持ち込めるの?」 「そうなのよね。だから、爆弾テロ自体がフェイクじゃないか、というのも考慮に入れてるの」 さゆみの言葉に、リネンはそう答える。 「VIP席にはそれなりに有名な方が多数いらしています。彼らが目的という可能性は?」 アデリーヌがVIP席のほうに案内されるドレスの女性を見て言う。 「それも考慮しているわ。それと、VIP席のほうにテロと関係している人がいるかも、っていう線もね」 「なるほど」 そう言ってから、さゆみは軽くあごに手を当てる。 「私たちもVIP席に案内されるはずだから、いざというときは動けるようにしておく。観客の避難誘導とか、そういうのは任せて」 「客席の様子も見ておきます。なにかあれば、連絡しますわ」 二人は続けて言った。リネンは「頼もしいわ」と言い、灯が用意したイヤホンマイクを二人に渡す。 「演劇を見るには、ちょっと邪魔かもしれないけど」 少し笑みを浮かべ、リネンは言った。 「盛り上がってきたら外すから、大丈夫」 さゆみは言って笑い返した。そうして、手を振り合って分かれる。 「……前回のテロと関わりがあるのなら、例の女も、姿を現すかもしれないのね」 リネンが見えなくなってから、さゆみは小さく口にした。 さゆみたちは蜃気楼と対峙していた。女――アーシャルのことも、もちろん目にしている。 「その件に関しては、詳しそうな人がいました」 アデリーヌがどこかを見ていた。さゆみがイヤホンをつけながら視線を動かすと、客席に向かう列の中に、皆口虎之助……ハイパーエロスの姿があった。虎之助は視線に気づいて、顔を上げた。 「虎子、おひさ」 「ととと虎子とか呼ばないでください!」 虎之助は走ってきた。 「僕の名は皆口虎之助(みなぐち とらのすけ)。またの名を絶大なる性的欲求(ハイパー・エロス)です!」 「はいはい、わかったわよ虎子」 さゆみは軽く流して言う。「だから虎子はやめてください」と叫んだ。 「なんですかその格好は。もうちょっと、性別を考えた衣装にしたらどうです」 虎之助が着ているのはブルーのスーツだ。「余計なお世話ですっ」と虎之助は膨れる。 皆口虎之助という男のような名前だが、彼は実は女だったりする。その事実は現在、さゆみたちのみが知っているはずだ。 「虎子、あなた、蜃気楼とやらと一緒にいた女の件について、詳しかったりしない?」 「あのときの……僕は調べているわけではないので、詳しくないですよ。先輩に聞いてください」 ぶすっとした表情で答える。 『ん? 今SAYUMINの声がしなかったか?』 イヤホンマイクから声が聞こえた。この声は間違えようがない。土井竜平の声だ。ほかにも通信越しに、いろいろな人物から声が聞こえた。 「……あんたも来てたのね。つくづく縁があるわね」 一通り皆に挨拶を済ませてから、最後に竜平に話しかける。 『やはりSAYUMINか。アデリーヌもいるのか?』 竜平の声に、アデリーヌも「ええ」と答える。 「せせせ先輩も来てるんですか!?」 虎之助が驚きのポーズで口にした。「みたいよ」とさゆみが答えると、 『今の声、虎之助か? 近くにいるみたいだな』 竜平がそう言うので、アデリーヌはイヤホンマイクを虎之助に渡し、さゆみのつけているイヤホンマイクに耳を寄せた。 「お久しぶりです……先輩」 『虎之助か。久しぶりだな』 「久しぶりって、なに、しばらく会ってないの?」 さゆみが息を吐くように言うと、 「レース以降は、全然」 虎之助が搾り出すように言った。 『一体どうしたんだ? 水泳大会も運動会もコスプレサミット春も欠席して。カメラマンが足りなくて大変だったんだぞ』 「ん? ちょっと待ってなにそれ」 『あ』ブツっ さゆみが口を開くと交信が途絶えた。 「コスプレサミット春……この前、わたくしたちも参加したイベントじゃないですか」 「カメラマンが足りない……? ちょっと、虎子」 こそこそと逃げようとしていた虎之助の腕を二人が同時に掴む。 「詳細を説明しなさいっ」 「ことと次第によっては、武力行使も辞しません」 二人が虎之助に迫る。 「こ、この時期はそういうイベントが多くなるから、集まって撮影会を開くんですよ!」 虎之助は逃げようとしながら叫ぶ。 「こらー、竜平! 盗撮して回ってんじゃないわよ!」 「全くなんど言えば気が済むのですか」 二人してマイクに話しかけるが、竜平からの返事はない。 やがて、いろいろな人の笑い声や、「こら、通信を私用で使わない」とゆかりの声が聞こえ、二人はマイクに向かって謝った。 そんな、ちょっとした騒ぎの中。 会場に、ひとりの人物が入っていったところだった。 客席へとつながる扉の前に立つ数人たちとわずかに列を外れ、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた場所の扉を開ける。 そこで警備員が数人やってきて、彼らを止めようとする。イヤホンマイクに話しかけようとするが、 「私たちは、爆弾テロ対策のためにやってきた契約者です。外の偵察が終わって戻ってきました」 そう言うと、「ご苦労様です」と言って通した。 「ふふ」 わずかに笑みを浮かべ、警備員たちが去ったのを見計らい、ばさりと、変装に使っていたマントを脱ぎ捨てる。 それはサソリと融合した怪人の姿――怪人 デスストーカー(かいじん・ですすとーかー)だった。 「さあ、戦闘員たちよっ! ハデス師匠の作戦通り、爆弾処理のふりをして会場の警備室、放送室、電源室、コンピュータ室などの主要施設を武力制圧するのだっ!」 「「フィーッ!」」 数人の【戦闘員】たちは声を上げた。 「今のは誰だ?」 そこを、警備に当たっていたミリーネが通りがかっていた。警備員に話を聞き、イヤホンマイクに手を当てる。 「今、関係者通路に入ったのはどなたかな?」 が、その通信に「自分だ」と答える声はない。 「警備室のもの、聞こえておりますか?」 ミリーネは念のため奥の部屋へと声をかける。雅が「どうしたのだ?」と通信に出た。 「開けるわよぉ」 シェスカが扉を開ける。すると、 「フィーッ!」 【戦闘員】が飛び出してきた! たちまちシェスカは回転、背中に忍ばせておいたライフルを取り出し戦闘員の顔を殴り飛ばす。続けざま、ミリーネがシェスカが殴った方向とは逆に足払いをする。 「ヒーッ!」 戦闘員は目を回してその場に倒れこんだ。 「これ、ドクター・ハデスの差し金よねぇ?」 「そのようだ。く、異常事態だ! ドクター・ハデスの戦闘員が潜伏!」 ミリーネはイヤホンマイクに向かって叫んだ。 その頃、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)はいろいろな場所を動き回っていた。 ダンボールを被って気配を消し、人目につきづらいところを確認している。 「フフフ、これほど厳重に警備してるとは思うまい。……む?」 人が来たら完全にダンボールに隠れ、物を装う。幸いにも通りがかった警備員は気づくことなく、そのまま通り過ぎた。 「段ボール箱は最強でありますよ」 言って、またかさかさと歩き出す。そうやって会場をもう少しで一回りするというところで、 「あ、あれは……」 誰かと出くわした。たちまち吹雪はダンボールに完全に隠れる。 「ダ、ダンボールだと……」 誰かと思えばジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)だった。ジェイコブはゆっくりと近づいてくる。 (嫌な予感がするであります) 「こちらジェイコブ。怪しいダンボールを発見。客席の西側、B通路の角だ」 なにやら通信をしている。というか、通信の内容もイヤホンマイクを通じて筒抜けなのだが。 『ダンボール? 誰かが置いただけじゃないのか?』 と返事をしたのはベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)だ。 「なにを言っている。ダンボールだぞ。潜入任務(スニーキング・ミッション)の必需品だ」 『いやなにを言ってるってこっちがそのまま返したいぞ』 ベルクは間髪いれずにそう返した。 「もしかしたら、いや、間違いなく賊だ。確保する」 吹雪は息を吐いて、マイクに向かって話そうとした。 が、いつの間に近づいたのか、すぐそばにジェイコブの影が迫っていた。マイクに言ったところで、間に合わない。 「でやーっ!」 ジェイコブが段ボール箱を持ち上げてからの動きは早かった。すぐ攻撃を受けないよう、まずは一歩後退。持ち上げた段ボール箱を相手にぶつけ、立ち上がったところに拳を伸ばす。 が、吹雪の動きも早い。拳を叩いて弾き、、逆の拳も払う。襟首を掴もうと伸ばされた手を逆に下から掬い上げて一撃を腹に入れようとするが、ジェイコブはひざでそれをガード。そのまま足先を伸ばして放たれた蹴りを吹雪は同じく足でガードする。 再び伸びてきたジェイコブの拳を、なんとか左手で握る。左手のボディは右手で叩き、頭突きをしようと近づいてきたジェイコブの顔に、 「ジェイ、」 軽くデコピンを入れた。 「自分でありますよ」 「ふ、吹雪さん!」 ジェイコブは思わず一歩後退した。 「吹雪さんでしたか! いや申し訳ない、ダンボールから、ただならぬ雰囲気を感じたもので」 「ただならぬ雰囲気を感じたのは褒めるところでありますが、せっかく真面目に任務を遂行していたのに、台無しでありますよ」 息を吐いて言う。 「真面目に? どうしてダンボールを被ってたんですか」 「犯人に悟られないようにに決まっているであります。……ああ、【歴戦のダンボール】が!」 吹雪たちの横にはぶつけた衝撃のせいか、多少折れ曲がってしまったダンボールが転がっていた。 「す、すんません」 「多少折れただけでありますよ……このくらいなら、なんの問題もないであります」 と言いつつ、吹雪は少し悲しそうだった。 そんなときだ。 「異常事態だ! ドクター・ハデスの戦闘員が潜伏!」 二人はすぐさま、近くにあった関係者通路へと飛び出した。 「どこにいる、場所は!?」 ジェイコブがイヤホンに聞くが、 「正面でありますよ!」 吹雪が先に答えた。 見ると、電源室の前に、ドクター・ハデス配下と思われる【戦闘員】が二人。 「ほいっと!」 吹雪は走る勢いそのままに、大きく跳んで足を前へ。吹雪の飛び蹴りが戦闘員のあごを貫いた。 「てやっ!」 もう片方の戦闘員はジェイコブが、突進をかまして壁に叩きつけ、そのあと、腕を取って背中から地面に叩きつける。戦闘員二人は「ヒーッ!」と叫んで意識を失った。 「こちら吹雪。電源室の前の戦闘員を排除したでありますよ」 そして、イヤホンマイクに吹雪がそう言い、電源室の中をジェイコブが確かめる。 「問題なしです」 ジェイコブが言うが、 「おそらく、ほかの部屋も狙われてるでありますね」 「だとしたら、モニタールームの連中が危ない!」 ジェイコブの言葉に吹雪は頷き、走り出した。 そんな騒ぎが起こる少し前。 開演まで残り三十分ほどだ。VIP席のメンバーは、もうほとんど集まっていて、談笑をしていた。 「頃合かな」 「ええ」 そこに潜伏しているのは、ロゼ、ゆかり、マリエッタだ。少し離れた場所ではさゆみとアデリーヌも控えている。 「聞いたかい? どうも、爆弾が発見されたらしいんだ」 ロゼはVIP席に通る声で言った。 「あら本当? 爆発はしないの?」 ゆかりは口元に手をやって言う。 「うん、なんとか未然に防いだみたい。でも、それを爆発させようとした人が捕まったらしくて、なにか騒いでいるんだって」 「そうなんだー、なんて言ってるの?」 ロゼの言葉に、マリエッタが言う。その言葉に対して、 「レース場の黒幕がこの建物の近くにいるぞ、だって」 少しだけ低く抑えたロゼの声が響いた。 「なにそれ、こわーい」 「犯人は捕まったんですよね? 逃げるための嘘でしょうか」 それに、わざとらしく二人も反応する。いかにな演技だったが……効果はあった。 VIP席のひとりの男性が、席を立って歩き出したのだ。 「こちらアデリーヌ。ひとり動き出しました。少し髪の白みがかった男性です。黒のスーツ、赤いネクタイ」 アデリーヌがマイクに向かって話しかける。 『こちら酒杜陽一。確認した。これより尾行する』 陽一の声が聞こえ、アデリーヌは「お願いします」と声をかけた。 『こちら酒杜美由子、お兄ちゃんが男の後ろにつきました。ほかにもいるかもしれないから、ロゼさんたちは怪しまれないよう、差し障りのない会話を続けておいてください』 美由子がそのように話す。 ロゼたちはこくりと頷いた。そして、用意しておいたのか、次の言葉を出す。 「それにしても、今日は二人とも決まってるね。とても似合うよ、そのドレス」 「よりによってその話題!?」 マリエッタが過剰反応した。思わず小声で「ちょっと!」とゆかりが声を出す。 「ぐす……だって、前回は半ば無理やりレースクイーンにさせられて落ち込んで、今回は大丈夫だと思って安心していたのに」 二人は潜入捜査というか、VIP席に違和感なく入れるよう、ドレスに着替えていた。 劇団員から借りた予備の衣装なのだが、マリエッタだけ子供用である。 「気にすることないわよマリー。とっても可愛いわ」 「そりゃあまあ、子供用ですから」 いじけたように言う。 「っていうか、」 マリエッタはロゼ、そしてゆかりを見る。ゆかりは見た目年齢相応の実にバランスのよい体型、ロゼは背が高く、足が非常に長いためモデルのようにも見える。 「この二人と並んでいる時点でなんかメンバー選出の悪意を感じるわよ!」 「まあまあ、偶然だから……」 ロゼが軽く笑いながらなだめる。 『ええと……会話しているように見えますか?』 「大丈夫。内容はともかく、仲良くしゃべっているようには見えるから」 美由子の言葉に、さゆみが少し笑いながら言う。 「ですが、ほかのメンバーに動きはないようですね。噂話をしている程度です」 アデリーヌがイヤホンマイクに言う。 『一応、しばらく見ていてくださいね』 美由子が言う。「了解」と、さゆみ、アデリーヌが同時に口にした、そのときだった。 『異常事態だ! ドクター・ハデスの戦闘員が潜伏!』 ミリーネの声が皆の耳に届いた。 「ドクター・ハデス!?」 「どういうこと!?」 ロゼとゆかりが反応する。 「ハデスさん……この大変なときに!」 「行きましょう」 さゆみたちは客席を出た。 「まさか、彼らはテロリストと手と組んだということ?」 ゆかりは険しい顔で言う。 「どうかな……彼の場合は、単独行動も考えられる。とにかく、こっちにも動きがないか確認を」 言って、三人は客席に視線を巡らせた。 その視線から逃れるように、VIP席から影になるところで二人の人物が向き合っていた。サングラス姿のファンドラ・ヴァンデス(ふぁんどら・う゛ぁんです)と、【十二単】に身を包んだ辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)だ。 「ドクター・ハデス。動き出したようですね」 ファンドラはサングラスを指で持ち上げて言う。 「あの慌てっぷりはそういうことじゃろうな。あとは思い切り、彼らが暴れてくれるのを期待するだけじゃ」 それに刹那は笑みを浮かべて答えた。 「では、私は言ったとおり、ここで控えています。アーシャルさんが動きやすくなるよう、お願いしますよ」 「わかっておる」 刹那はファンドラに背を向けて歩き出した。 「謎の女、アーシャル・ハンターズか。大層な名前じゃが、果たしてファンドラ、利害が一致するかの」 「さあ? ですが、女性にエスコートされるのも悪くないですよ」 「ふ、思ってもないことを」 小さく笑い、客席から出る。 「女は怖いぞ」 そして、パチン、と、指を鳴らした。 搬入口は舞台の開演をお祝いする花がたくさん入れられていたが、それも落ち着くと、なんというか、暇なものだった。 爆弾が運ばれてくるかもしれないというのも、行き来するトラックやら業者やらがなくなると、特別に見張る必要もない。 運ばれたものになんの異常もないことが確認されてからと言うものの、搬入口は平和そのものだった。 「その代わり、暇ですねえ」 黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)ものどかにそんなことを口にしていた。 「一応警戒しておいてくれよ。いつなにが起こるかはわからないんだから」 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)は通信で状況を確認しているようだ。 「って言っても、爆弾を運び込むのはここからじゃないと無理だと思うんだけどなあ。こうもなにもないと、拍子抜けだ」 黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)も言う。 「ですがマスター、その、今回ポチが居ないので私のお力では爆弾発見しても対処に自信がありませぬ」 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)はベルクの袖をくいくい引っ張って言った。 「ウィルは確か、前の事件で爆弾の解体したんだっけ?」 竜斗がウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)に向かって言うと、 「ダメじゃ。前のような無茶は絶対にさせぬからの」 そのように答えたのはファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)だった。ウィルの腕を握ってそのように言う。ウィルは「ははは……」と、軽く笑った。 「すごかったよ。ウィルさんが爆弾を持って走ってって、それを羽純さんとかが協力して、爆発させないようにしたんだ。オレ、あんなに痺れる絵を見たの初めてだったよ」 ジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)が弾んだ声を出す。 「ウィルは無理をしすぎなのじゃ。自分だけが傷つけばいい、とか、そういう考えは人を傷つけるぞ」 ファラは少し膨れて言う。 「そうですよね。本当は信頼されてないんじゃないか、とか、そう思っちゃいますよね」 ユリナが合意する。 「その通りじゃ。戦友なのじゃから、命を分け合った仲なのじゃ。そういうときにそういう行動をされるのは、悲しいのじゃ」 「「ねーっ」」 ユリナとファラがそのように言い合った。 「俺たち、暗に批判されてる?」 「そうかもしれないですね」 竜斗とウィルも、笑いながら目を合わせた。 「でも、命までかけてほしくはありませぬが……身を挺して守ってくれるのは、嬉しいことです」 フレンディスは口にした。 「……そういうときは、心臓がどきどきして体が動かなくなるですよね。しばらく、目を合わせられないです」 「………………」 フレンディスの純粋無垢100%の台詞に、その場のみんなが無言になった。 「あれ? フレンディスさんとベルクさん、お付き合いなさってるんですよね?」 ユリナが聞く。 「えっと、あの、その、はい、そ、そういうことになっているです」 フレンディスは顔を赤くし、指をもじもじとしながら答えた。 「ふむ……その感じだと、付き合っていると言うだけで、進展はあまりないと見えるな」 ファラがじっとフレンディスを見つめて言った。 「ししし進展って! その、私は、マスターと一緒にいられるだけでも幸せであります。その、それ以上を求めるなんてその、まだ、私の身にはおこがましいと言うか……お二人は、違うのですか?」 「えっと、その、まあ、ほどほどにじゃ」 「いやその、私たちはその、夫婦ですから……」 逆に返された言葉に今度はファラたちが言葉に詰まる。 そんなちょっとだけ生々しい話に、ウィルと竜斗は居心地が悪そうに視線を逸らしていた。 「ダンボール? 誰かが置いただけじゃないのか? ……いやなにを言ってるってこっちがそのまま返したいぞ」 ベルクが通信機に向かってなにか話していた。イヤホンマイクからは、さまざまな報告が飛び交っている。 そんな、ちょうど皆が通信に耳を澄ませた、そのときだった。 『異常事態だ! ドクター・ハデスの戦闘員が潜伏!』 「またやらかしたかあの人は!」 「全く、騒ぐのが好きな人ですね!」 竜斗、ウィルが立ち上がる。 「ハデスさんを捕縛して、これ以上の狼藉を防げれば良いのですが……」 「そうだな……なにを考えてるかわかんねえから、厄介だしな」 フレンディスもベルクと並び、そう言いあう。 そのときが、ちょうど、客席を出た辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)が指を鳴らしたときだった。 彼女が【破壊工作】を使って仕掛けた【小型空中機雷】は、搬入口横、小さな扉の鍵部分に仕掛けられていた。 破裂音が響いて、扉が吹き飛ぶ。 「時間通りだな!」 そして、そこに現れたのはドクター・ハデス(どくたー・はです)だ。 「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! ククク、この賢者の石をテーマにした舞台の会場は、テロリストの協力者である、我ら秘密結社オリュンポスが乗っ取らせていただく!」 入ってきて早々、メガネを持ち上げてそう宣言する。 「ドクター・ハデス!」 竜斗が【緑竜殺し】を構えた。ハデスに接近しようとするが、 「行くのだ、ペルセポネ!」 「分かりました、ハデス先生っ! 機晶変身っ!」 ハデスの後ろから、ペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が飛び込んできた。 【ブレスレット】から【パワードスーツ】を装着したペルセポネは、ハデスの近くで剣を構える。 「ハデス先生の邪魔はさせませんっ!」 「そして、わが発明品よ、ゆけ!」 「敵性反応確認……排除ヲ開始シマス」 さらに、ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)が前に出た。 「くっ!」 ウィルが身を低くして構えた。 「こちらベルク! 搬入口からドクター・ハデスが侵入!」 ベルクも杖を手に、イヤホンマイクに叫んだ。 「我が部下たちよ、爆弾テロの犯行予告に踊らされ、警備の注意が爆弾への対応に追われている隙に、会場各所の武力制圧、および警備の無力化を図るぞ!」 「やーっ!」 「了解シマシタ」 ハデスの発言に、ペルセポネ、ハデスの発明品が飛び出した。竜斗たちも武器を構え、それを迎え撃った。