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リアクション
◆おにいちゃんとおねえちゃん◆
怖くて、怖くて、逃げ出した。
今考えれば、その脱走すら父の思惑通りだったのだろう。
「たすけて、お兄ちゃん」
もうすぐ。もうすぐ自分は自分じゃない何かに作りかえられる。
『大丈夫だ。兄ちゃんが助けてやる』
助けて、助けて。
走って走って走って……大好きな金色の髪が見えて、走る速度を……緩めた。
「おい、あんま走ると転ぶぞ」
聞き覚えのある声。よく言われた台詞。
しかしそれは――自分に向けられた言葉はなかった。
「おにいちゃーん、はやくー」
おにいちゃん?
なんだ、アレは。誰のことを言っている。その人は、私の
「後ろ向いてると……ほら、いわんこっちゃねー」
「こ、こけてないもん」
「はいはい……あーあ。真っ赤になってるな……親父さんに殺されるかもな、俺」
なんで?
私のこと助けてくれるって言ってたのに、なんでそんなところにいるの? なんで笑ってるの? なんでおにいちゃんって呼ばれてるの?
こわい。
よく分からなくて、怖くなって、逆方向に走る。
『大丈夫だ。兄ちゃんが助けてやる』
「これで分かっただろう」
どれだけ走ったのか分からない。気づけば全く知らない場所で座り込んでいて、そして父がそこにいた。
「お前が慕っているあの男は、死んだ自分の妹の代わりを求めているだけだ。それはお前じゃなくていい」
「ち、ちが。だって、約束」
「ならどうしてあいつは笑っている? 妹がここまで助けをもとめて苦しんでいるというのに」
「でも、だって」
「……あいつはお前のことを妹と思っていないということだ。まあ、当然だろう。
何せお前に関わったせいで、あいつは両親を私に殺されたのだからな」
「ぁああ」
崩れていく。
血にまみれながら、それでも「もう少し待て。絶対助ける」と息も絶え絶えに言ってくれていた姿が。
そして全部崩れた後、気づく。
そうか。私は最初から独りなのか。
ならもう何も、怖くない。
* * * * * * * * * *
「……悪世?」
ふと感じた視線に振り返れば、走り去る姿が見えた。その姿が、久しく見ることの叶わなかった妹に見えて、思わず走り出しかけた。
「悪世!」
だが右手に抵抗感があり、美咲と手を繋いでいたことを思い出せば、一歩は踏み出せなかった。
しかしそうして冷静になれば、悪世のはずはないのだと気づく。今の彼女が自由に外を出歩けるはずがない。
美咲は傷の痛みも忘れたのか。きょとんとしていた。
「おにいちゃん、わるよってだあれ?」
幼い純粋な質問に、ズキリと胸痛んだ。
「俺の、妹だよ」
「いもうと?」
「ああ。お前よりは大分年上だけどな」
目線を合わせて答えると、美咲はなにやら真剣に考え始めた。そんなおかしなことを言ったかと、こちらまで真剣に考えてしまう。
だがすぐに、美咲はにぱっと笑った。
「おにいちゃんのいもうとだから……みさきのおねえちゃんだ!」
つい泣きそうになった。それが嬉しさなのか悲しさなのかは未だによく分からない。
「そ、うだな。……もうすぐそうなる、な」
「楽しみー! みさきね、おねえちゃんほしかったの。でね、いっしょにおかいものいくの!」
ああ。
「……楽しみだな」
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