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【蒼空・三千合同】鍋会にいらっしゃい

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【蒼空・三千合同】鍋会にいらっしゃい

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3.鍋食べよう

「愛ちゃん、色々な鍋があるねー」
「そうだねー!」
「どの鍋から食べようか」
「ねーねーおとうさん、愛ちゃん、あれがいい!」
 連れだって鍋会を行く仲睦まじい親子は鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)鬼龍 愛(きりゅう・あい)
 愛が指差したのはルカルカたちが作るチョコレートフォンデュ。
 やはりチョコレートは子供のハートをわし掴む。
「はーい、いらっしゃーい!」
 ルカルカの声と同時にダリルが串に刺した果物とマシュマロを愛たちに渡す。
「自分でやった方がいいだろう?」
「わーい」
 とろける薫り高いチョコレートの中に、いちごとマシュマロが沈む。
 チョコレートでコーティングされたマシュマロを、愛の小さな口がかじる。
「……おいしい!」
「ああ、美味しいな」
「あいちゃん、おなべだいすきー!」
「ああ、ああ。奇抜なものがないか心配していたが、どれも美味しいじゃないか」
 上機嫌の愛をにこやかに見守る貴仁。
(そういえば、房内の姿が見えないな。闇鍋を気にしていたようだが、そっちに行ったかな?)
 周囲を見渡すが、すぐ探すのを諦め鍋に専念する。
 貴仁たちと共にやって来た医心方 房内(いしんぼう・ぼうない)の姿が見えなくなっていたのだ。
 ちなみに房内は、暗い洞窟の中にいた。
「ここは……何処じゃ」
 闇鍋に参加しようとした彼女は道を間違え、うっかり洞窟の中に入って彷徨っていた。
「てっきりここが鍋会の会場だと思ったのじゃが……何の気配もないのう」
 箸を持ちながら、暗闇と格闘する房内だった。
「――しかし、どれも美味しいですねえ。このトマト鍋も絶品だし」
 物珍しそうに歩き回っていた貴仁が、ふと足を止めた。
「これは……珍しい鍋ですね」
「…………」
 返事がない。
 見上げてみれば、話しかけたそれはロボット……自走型の砲台のようで。
「あの……」
「ああ、すいません。それは話せないので」
 貴仁の声に応えたのは、鍋を作っていた青柳 桐乃だった。
「代わりに、何か聞きたいことがあればパートナーの私が答えさせてもらうわよ。如何かしら?」
 何故相方があんな自走砲台なのか。
 何故イルミンスールの制服なのか。
 聞きたいことがいろいろありすぎて、貴仁は一瞬言葉を失う。
 一方、桐乃は悠然と質問を待っている。
(異文化コミュニケーション、ってやつね)
「ええと……それじゃあ、いいかな?」
「はい」
 暫し考え込んでいた貴仁が、口を開く。
「この鍋は……何なの?」
 鍋の中でぐつぐつと煮えているのは、ナス。
「ナス入り水炊き。神多品……とある地域の家庭料理よ」
「ふーん、珍しい鍋もあるもんだな……ねえ、愛ちゃん」
 感心した様子で傍らの愛に話しかける。
「……」
「あれ?」
 返事がない。
 ふと見ると、隣でもらったトマト鍋を食べていたはずの愛の姿がいなくなっていた。
「愛ちゃん? 愛ちゃーん!」
 泡を食って貴仁は愛を探し始めた。

   ※※※

「鍔姫ちゃん、こっちも美味しそうですよー」
 紫月 幸人は星川 鍔姫を誘って鍋会を回っていた。
 トマト鍋、しゃぶしゃぶ、石狩鍋……
 勝手が分からず最初はおどおどしていた幸人だったが、どこに行っても皆快く鍋から取り分けた椀を差し出してくれ、鍔姫と共に舌鼓を打っていた。
「そうね。夏場に鍋会なんてどうなのかしらって思ってたけど、中々楽しいわね。暑いから、さっぱりした鍋も多いしね」
 鍔姫も満足そうに鍋会を見回す。
「でしょでしょ!? 来て良かったでしょー? せっかくだからもっと食べて行こうねぇ。さっきすごい行列を作ってたすき焼きに、もう一度行ってみようか?」
 調子づいた幸人は鍔姫に手を差し出す。
(しかし、本当にどれも美味しすぎますねえ。たまには、ハズレを引いてうわーっていうのもネタ的に楽しいと思ったんですけどねぇ)
 そして鍔姫の手をぐい、と引っ張った時だった。
「――あれ?」
 やけにその手は小さかった。
「にゃー」
 本体も小さかった。
「きみは……誰?」
「あいちゃーん」
 そこにいたのは、迷子の鬼龍 愛だった。
「あなた……こんな小さな女の子をかどわかすなんて」
「へ!? ち、違いますよ鍔姫ちゃん!?」
「おとうさん、どこー?」
 冷たい視線を送る鍔姫と、駄目押しのように父親を探す愛。
「……どうやら、迷子みたいですね。俺達でお父さんを探してあげましょう」

   ※※※

(水着で鍋っていうのは、新しいな……)
 九曜 すばるは一人、鍋会の会場を歩いていた。
「そこのおにーさん、チョコフォンデュ食べる?」
「じゅんさい鍋だよー」
「しゃぶしゃぶ、どうぞ!」
「美味しい鮭が手に入ったんだ!」
 そんなすばるに次々と声がかけられる。
 気付けばお腹はかなり満ち満ちていた。
「トマト鍋だ、どうだ?」
「よかったらこちらも味見してみないかい?」
 ジョンとエース、双方から差し出されたのはトマト鍋。
「ふうん。トマト鍋はあまり食べたことがないが、健康的で良さそうだな」
 それぞれの鍋を食べ比べる。
 一方はさっぱりと素材を生かした味付け、もう一方は力強いトマトの味が全体を包み込み、仕上げのチーズがコクを出した玄妙な味付け。
「どちらもそれぞれ美味いな」
「お口にあったようなら良かったよ。バーベキューもあるけど、食べて行くかい?」
「ああ」
 誘われるまま腹いっぱいに食べ、再び鍋会に戻ったすばるの足が止まった。
 和泉 北都たちが作るキノコ鍋の前で。
「田舎の素朴な味わいの鍋だよ。良かったら食べてね」
「……ああ」
(キノコ鍋か……)
 すばるの脳裏に、一時期世話になった田舎の祖父母の想い出が蘇る。
「……どうしたの?」
 心配そうにすばるを覗き込む北都。
「……あ、いや、何でもない」
 暫くの間、箸が止まっていたらしい。
 すばるは慌てて椀の中のキノコを口の中に放り込む。
「……ぅあちっ!?」
「わぁ、大変! モーちゃん、お水お水ー」
 猫舌のすばるは舌を火傷してしまったようだ。

   ※※※

「いやあ、食べることばかりに夢中になってしまいました。これではリポートになりませんな」
 鍋会をレポートして回っていたのは朔日 睦月。
 かなりの鍋の量に食べきれるか一瞬心配したが、それは鍋会参加者もよく考えていたようでさっぱりした鍋が多く、舌に優しく配慮されていた。
 冷しゃぶ、じゅんさい鍋、しゃぶしゃぶ夏野菜鍋。
「……そして最後に俺の鍋は如何かな?」
 睦月の前に椀を差し出したのは、彼の友人の刃架 芯だった。
 椀の中身は、豚バラ肉とほうれん草の水炊き。
 厳選された材料をさっと煮込み、さっぱりしたポン酢を添える。
 締めに食べるに丁度良い一品だ。
「うーん、あっさりして、あれだけ食べた後なのにいくらでも入りそうな味ですねー」
 芯の醸し出す寛げる雰囲気も相まって、最後の最後まで鍋を心地よく味わうことができた。
 芯もそんな睦月をはじめとした彼の鍋を味わう人々の顔を見て満足そうに微笑む。
(俺はわいわい騒ぐより、こうやって皆の喜ぶ顔が見られればいい……)
(それが、今の俺に出来る事、だから)
「さてと、最後に雑炊でも作るかな……」
 もう一仕事、と腕捲りをする。

   ※※※

「あの、すいません! 小さな女の子を見ませんでしたか?」
「小さな女の子?」
「……君よりは、多少大きかったりするのですが……」
 息せきって愛を探していた貴仁が声をかけたのはノーン・クリスタリア。
「迷子なの?」
「どうやら、そのようで……」
 目を伏せる貴仁の前で、ノーンは自分の鍋の蓋を締める。
「一緒に探してあげる!」
「え?」
「おにーちゃんと環菜おねーちゃんにも小っちゃい子供がいるの。赤ちゃんの陽菜ちゃん。もし、迷子になったらとっても悲しいと思うから……!」
「あ、ありがとうございます」
 貴仁はノーンと連れだって探し始める。

 そして、二人はアーサーの作る鍋の前で目を輝かせていた愛を発見する。
「愛ちゃん!」
「いたー!」
「ああ、保護者の方ですか。ああ良かった……ここから離れようとしなかったので」
 貴仁の姿を確認した幸人と鍔姫はほっとしたように溜息をもらす。
 アーサーは、愛に飴細工を作って見せているところだった。
「熱いからあんま近付き過ぎんなよ。今からすげーの作ってやるから見てな!」
 アーサーは飴を練ると、あっとゆう間に神多品のマスコット、カタシナッスーを作り上げた。
「ほら」
「くれるの!? ありがとー!」
 カタシナッスー飴を手渡され、愛は顔を輝かせる。
「あ、おとうさん、これもらったよー」
「あ、うん、良かったねえ……」
 元気な愛の顔を見てほっと溜息をつく貴仁。
「あ、どうも愛ちゃんがお世話になったようで……ありがとうございます」
「いえいえ、無事見つかって良かったですね」
「今度は気をつけなさいよ」
 幸人と鍔姫に何度も頭を下げる。
 そしてノーンにも。
「それに、君も……一緒に探してくれたありがとうございます」
「いいよいいよ。それより、探しまわってお腹空いてない? みんなでまたお鍋食べよっ!」
 ノーンはそう言うと、自分の鍋に何故か締めとしてソーメンを入れたものを持ってくる。
「こいつもどうだ? 持ち運びできるようになってるからな」
 アーサーは食べられる飴の容器に、自身の飴鍋を入れて手渡してくれた。
「おなべ、たのしいねー」
 この日、愛は終始ご機嫌で笑顔を振りまいていた。