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リアクション
【西暦 2030年】
「久し振りだな、相棒――」
三船 敬一(みふね・けいいち)は、6年振りに目にするかつての愛機、『アーコントポウライ』に、そう語りかけた。
半年ぶりに取れた、まとまった休日。
しかし、そこは日頃の忙しさにすっかり慣れて切ってしまった敬一の事。
いざ休日と言われても、1日2日ならいざしらず、3日目を過ぎた頃にはすっかり持て余してしまった。
仕方無く溜まっていた報告書でも書こうかと、日頃滅多に使わないデスクに座ってはみたが、これもまるで筆が進まない。
さてどうしたものかと懊悩していた敬一の目に、本棚に飾ってある1枚の写真が止まった。
それは、まだ敬一が一介の中尉だった頃、アーコントポウライの前で仲間たちと共に撮ったものだ。
「あれから、6年経ったのか……」
右も左も分からず、ただがむしゃらに突っ走っていた日々。
それが今では大尉に昇進し、何人もの部下を抱える立場だ。
(そういや……、コイツは今どうなったんだ?)
敬一の目が、アーコントポウライの上で止まる。
昇進し、中隊長になったタイミングで新型のパワードスーツが支給され、敬一はそちらに乗り換えた。
その際「アーコントポウライは訓練生用の練習機となる」とは聞いていたが、具体的にドコの基地の何小隊に配備されたとか、そういう話はついぞ聞いたコトが無い。
「ふむ――……」
敬一は、デスク備え付けの電話を手に取ると、知り合いの訓練教官に電話を掛けた。
パワードスーツの訓練教官は、教導団内でも何人もいない。彼なら、何か知っているのでは無いかと思ったのだ。
一度気になってしまうと、何事も自分の目で確かめなくては気が済まないのが敬一である。
そして敬一の予想通り、教官は元愛機の行き先を知っていた。それで取るものも取り敢えず、こうして様子を観に来た、という訳だ。
ついさっき訓練から帰ってきたばかりらしく、アーコントポウライの周りでは整備員が忙しそうに動き回っている。
その様子を見ている内に、敬一はどうしてもじっとしていられなくなって、整備員に声を掛けた。
「なあ君。オレは昔この機体に乗ってた者なんだが……もし良かったら、オレに整備をやらせてくれないか?」
「――変わらないな、お前は」
一通りの整備を終えた敬一は、アーコントポウライのコックピットに陣取っていた。
久し振りに姿を見た時、すっかり変わってしまったように見えたアーコントポウライだったが、それはあくまで表面上のコトだけだった。
敬一のトレードマークだったノーズアートが消え、機体色が訓練機特有のオレンジ色に塗り替えられているものの、機体の随所に、敬一が乗っていた時の痕跡が残っている。
敬一は、コックピットのコンソールパネルに刻まれた撃墜マークを、懐かしげに指でなぞった。
(それに比べて、世界は変わった……。このシャンバラって国も、教導団も……。だけど、いやだからこそ、俺は俺のままでいよう。こいつや仲間達と共に、あの激動の時代を駆け抜けた時のままで――)
『持てる力の全てを使って、人の助けとなれ。敵がどれほど強大であっても、決して諦めるな』
それが、彼が仲間達と交わした誓いだ。
「そういやこんなコト、アイツらにも言ったコト無かったな……」
思わず敬一の顔に、笑みが浮かぶ。
確かにこんなコト恥ずかしくて、仲間達には聞かせられない。
(でもコイツになら言える……。誰よりも長く俺と共にいた、戦友のお前になら……)
敬一は、仲間の肩を叩くように、コンソールをポンッと叩いた。
「それじゃあな、相棒」
敬一は、最後に一言そう言うと、アーコントポウライに背を向けた。
懐かしい相棒と共に過ごした楽しい一時と、彼と交わした新たな誓いを胸に、今の相棒の元へと帰っていく。
ハンガーを出て行く敬一と入れ違いに、手に手にバケツやモップを手にした若者のグループが、ハンガーに入っていく。
整備員と同じツナギを着ているが、彼等は明らかに訓練生だ。
何気なく、その背中を目で追う敬一。
すると彼等は、てんでにアーコントポウライに取り付くと、手分けして掃除を始めた。
(そうか、彼等が――)
どうやらあの訓練生達は、アーコントポウライで訓練を行っているようだった。
(そうか。お前にも、新しい相棒が出来たんだな。しかもあんなに沢山……。良かったな、相棒……)
和気あいあいとアーコントポウライを掃除する訓練生達の姿を、もう一度満足気に見やると、敬一は改めて歩き出す。
今度はもう、二度と振り返る事は無かった。
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