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3.それぞれの誕生日

「いつもの不幸属性のせいで破れたり汚れたりして使えなくなった服もが、結構あるんじゃない?」
 ショッピングモールを散策する二人の少女。
「だから、誕生日のプレゼントに服を贈ってあげる」
 白波 理沙(しらなみ・りさ)は、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)は仲良くショッピング中だった。
「あ、コレ可愛い……っと。でもね、サイズもあるし、女の服は好みがあるから、本人に選んでもらった方が趣味が合うものになるんじゃないかなって思ったの」
 ひとつひとつを手に取りながら、理沙はそう説明する。
 しかし雅羅はそんな理沙の手元を覗き込みながら、微笑んでみせる。
「そんなの気にしなくっても、理沙が選んでくれた服なら何でも嬉しいわよ」
「雅羅……」
 笑いながらそう答える雅羅に、理沙は頬を染める。
「そ、そうそう、服だけじゃなくて、コレもあったんだ」
 慌てて理沙が取り出したのは、機晶石のペンダント。
「雅羅、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう。大切にするわ」
 笑顔の理沙に、雅羅も満面の笑顔で応えた。

   ◇◇◇

「るるる〜ん☆」
 今日はミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)の誕生日。
 大切な人の到着を待つミーナは幸せいっぱい、その準備に余念がない。
 何しろ今日は、お泊りの予定。
 お揃いのふりふりパジャマまで買ったし、準備万端だ! 
 パートナーの立木 胡桃(たつき・くるみ)たちは気を利かせてくれたので、大切な人とふたりっきり。
「くふ、くふふふふ」
 ついつい幸せな想像が湧きあがってくる。
(お料理は、手料理かなぁ……きっと美味しいだろうなぁ)
(プレゼントは、何かなぁ。お揃いだったらいいにゃー)
「はぁあ、待ちきれないよ……」
 ピンポーン☆
 そんな、幸福の只中にいたミーナに、待ち望んでいたチャイムの音が聞こえてきた。
「あ、はーい!」
 ぱたぱたと玄関に走っていく。
 そして、扉が開く……

   ◇◇◇

 手に持つお洒落な小箱の中身は、イチゴのデコレーションケーキ。
(あいつももう6歳になるのか……精神的には6歳児からかけ離れているけどな)
 ケーキを持って岐路を急ぐのは、酒杜 陽一(さかもり・よういち)
(まあ、折角だし、祝ってやるかな)
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)の誕生日を祝うための、ささやかなプレゼントだった。

 一方、帰りを待つ美由子の方も。
「よーし、お兄ちゃんの誕生日の為よ!」
 美由子と4日違いの誕生日の陽一のお祝いのため、何やら怪しげな作業を行っているところだった。

 それがまさか、あんな事になろうとは……

「ただいまー」
 そして陽一はドアを開けた。
「……テ」
「ん?」
「タ ス ケ テ……」
 ぐももももももももも……
「え……あ、うわぁああああ……!」
 部屋全体を覆い尽くし蠢く無数のドス黒い蛭の様な物体。
 その中央で蛭の海にうずもれる様に佇む人間らしき存在、あれは……
「ブラックアリスのアーガマーハ?」
 そう、生み出された新たな可能性のかけら。
 決して鍋にいれたり活け造りにして食用にするのに適したものではないそれを、美由子は陽一のために料理しようとしていたのだ。
「なんで、あえてそれを選ぶのさ……」
 ため息をつきながら、陽一はなんとか美由子を救い出す。
 部屋中を覆い尽くしたアーガマーハも、なんとか追い出し片付けた。
「ほら、改めて……お祝いだ」
「わ、あ……」
 そして、イチゴのデコレーションケーキを取り出す。
「誕生日、おめでとう」
「こ、こちらこそ! お兄ちゃん、お誕生日おめでとう!」

   ◇◇◇

「……っ、そんなっ」
「分かったろ、火藍。俺には欲しいものがある。けれどそれは、誰にも叶えられないものなんだ……」
「そんな、そんなこと言わないでください……」
「無理なんだ……これは……無理だ……!」
「侘助さんっ……!」
 久途 侘助(くず・わびすけ)の絶望に、香住 火藍(かすみ・からん)はそれを否定しきれずくっと下を向く。

 事の発端は、火藍が侘助に告げた台詞だった。
「明日、あんたの誕生日ですよ」
 明日、8月14日は侘助の誕生日。
「……あー、忘れてた」
「そうだと思ってました。プレゼント、何がいいですか?」
「え、祝ってくれるのか?」
「祝わないとでも思ってるんですか?」
 毎年もう4、5回ほども繰り返したこの遣り取りを、今年もまた繰り返す。
 その後の侘助の台詞も、火藍には分かっていた。
「火藍がくれるなら何でもいいぞ」
「……もうちょっと気合い入れて願い事言ってくださいよ」
「願い事ってそんなに力むもんなのか?」
 毎年、こうして侘助のプレゼントの決定に時間がかかるのだ。
 だが、今年は少し違っていた。
 侘助には、ある欲しいモノがあったのだ。
 だが、それは誰にもあげることが叶わぬもので……
「分かっただろう? 俺の、願いが……」
「わ、侘助さん……」
「く……はは。叶えられるものなら、叶えてくれよ。さあ!」
 侘助はやや芝居が勝った様子で両手を広げて見せた。
「身長を! 俺の欲しいもの、それは身長! さあ、俺に、くれ!」
 成長期が止まってしまったらしい侘助の、それは切実なる願いだった。
「全く……」
 侘助は、改めて火藍を見上げる。
 侘助よりほんの4センチほど高い。
「俺が火藍を見上げる日がくるなんて思ってなかったぞ」
「これが成長期ってものです」
 侘助に軽く小突かれながら、火藍は腕を組む。
(結局、欲しい物は分かりませんでした……)
 何をあげても喜ぶのは分かっている。しかし……
「明日を、楽しみにしていてください」
 今年は自分で考えてみましょうと、火藍は思考を巡らせた。

   ◇◇◇

 ぽたり。
 引き締まった肢体を濡らしながら風呂から上がった影月 銀(かげつき・しろがね)は、脱衣所に置いてあった筈の服がなくなっているのを見て首を傾げる。
「……ん?」
 代わりに置いてあるのは、ワンピースと、レースのついた上下揃いの女物の下着。
「これを……着ろと?」
 犯人は分かっている。
 ミシェル・ジェレシード(みしぇる・じぇれしーど)だ。
 先程まで、何やらゴソゴソと動いていたことに銀は気づいていた。
 銀が身に着けるのは、男物ばかり。
 たまには女物の服も来てみろ、ということなのだろうか。
「う……んっ」
 下着に苦戦しつつ、銀は服を身に着けていく。
(しかし……この、ブラジャーというものはつけるのが難しいな……)

「……んん?」
 脱衣所から出た銀は、再び首を傾げる。
 何故なら、部屋が真っ暗だったからだ。
 しかし部屋の中にはミシェルの気配。
 ぱっ。
 不意に、部屋の明かりがついた。
「ミシェル、これは一体……」
「誕生日おめでとう、銀!」
 そう言って抱き付いて来た柔らかい塊は、ミシェルだった。
「そういえば、今日は俺の誕生日だったか……」
 すっかり忘れていた銀は、嬉しそうに頬を緩ませる。
 祝ってもらったことよりも、ミシェルが自分の為に色々と準備してくれたのが、嬉しい。

「実は、もう一つプレゼントがあるんだよ」
 誕生会も佳境に入った時、ミシェルが銀に告げる。
「何だ?」
「なんと『今日一日私が何でもしてあげる』よ! いつも銀は私のお願い聞いてくれるから、そのお礼だよ」
 ……はぁ。
「銀?」
 銀の溜息に、ミシェルは不安そうに首を傾げる。
「ミシェルよ、誰彼構わず『何でもしてあげる』とか言ってはいかんぞ」
「……そうなの?」
「ああ。一度ちゃんと教えたほうがいいかもしれんな」
「はぅ……っ」
 プレゼントの時間が、始まった。

   ◇◇◇

「ただいま帰りました……あら」
「ただいま……えっ」
 ヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)フレリア・アルカトル(ふれりあ・あるかとる)が家に帰ってみると、そこは暗闇だった。
 息を飲んだのは一瞬。
 次の瞬間、ぱっと明かりがついたかと思うと――
「ハッピーバースデー!」
 歌声と共に現れたのは、柊 真司(ひいらぎ・しんじ)だった。
「さあ、二人の誕生会を始めよう」
 真司は、大切な妻とその妹の為に誕生会を企画していたのだ。
「これは、プレゼントだ。受け取ってくれ」
 未だ驚き冷めやらぬヴェルリアとフレリアは、震える手で包みを開ける。
 そこには。
「これは……」
「わぁ……」
 お揃いのデザインの、色違いの腕時計。
「……今まで、色々と紆余曲折あったかもしれないが、これからも姉妹仲良くして欲しいという意味を込めて」
「嬉しいです。ありがとうございます、真司」
「い、言われなくても分かってるわよ」
 ヴェルリアは素直に礼を言い、フレリアはふいと横を向く。
 しかし、2人ともその顔は同じ様に真っ赤に染まっていて。
「料理も用意してある。是非食べてくれ」
「はい……びっくりしましたが、こんなに嬉しいことはありません」
「……ま、食べてあげないこともないわ」
 3人の楽しい会食が始まった。
 食事を楽しみ、ほどよくお酒も進み、宴もたけなわ。
 フレリアはじいっと真司とヴェルリアを見ていた。
(……真司はヴェルリアが本当に欲しい物が分かって無いみたいね)
 そっと、フレリアは席を立つ。
「どうしたんですか、お姉ちゃん」
(……後は、夫婦水入らずで仲良くやんなさい)
「え……っ」
 囁くように伝えられたその言葉に、ヴェルリアの心臓が躍り上がる。
 それは、どういう意味……いや、分かってる。
 フレリアが後押ししてくれた、せっかくのチャンス……ここは勇気を振り絞らなくては。
「真司……実は私、欲しいものがあるんです」
「欲しいもの?」
 真っ赤になりながら告げるヴェルリアに、真司は首を傾げながら、しかし請け負った。
「俺が用意できるものなら何だっていいぞ、言ってみな」
「私が欲しいもの、それは……」
「……」
 真司の耳に囁いたその言葉。
 真司は、目を見開くと真っ赤になったヴェルリアの顔を真正面から見た。

 ――外を歩いていたフレリアは、真司とヴェルリアの家の明かりが消えたのを見て、満足そうに頷いた。

   ◇◇◇

「オリュンポスの諸君!この3年間よく働いてくれた! あとしばらく、よろしく頼むぞ!」
 悪の幹部よろしく大きなワイングラスを傾けるドクター・ハデス(どくたー・はです)の言葉に、高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)ハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)は大きく頷いた。
 こちらも、ある意味誕生会?
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! ククク、我らオリュンポスも、パラミタで活動を開始して、早3年! 今日は我らのアジトで、この3年のオリュンポスの活動を祝すイベントを行おうではないか!」
 ということで、ハデスたちは悪の秘密結社オリュンポスの3周年を祝っていた。
 テーブルに並ぶは、ハデス自ら割烹着を着て作った料理の数々。
 オードブルに揚げ物等々、その料理は普段の言動からは思いもよらぬほどまともなものだった。

「パラミタ征服活動を開始してから3年間…… 我々は数々の艱難辛苦を乗り越えてきた!」
 居並ぶ戦闘員たちの前で、ハデスのスピーチは続く。
「だが、我らの世界征服活動も、あとわずかで終わりを告げることだろう! 具体的には、あと2ヶ月弱くらいだろう、たぶん、きっと!」
 ややメタな視点も取り入れたハデスのスピーチを、ハデスの妹、咲耶は睨まんばかりに見つめながら、聞き入っていた。
「くっ、3年かかっても、兄さんのハートをゲットできなかったのは不覚です……!」
 兄ハデスの(ある意味)病気を治すはずが、いつの間にかすっかり度を超えたブラコンとなってしまった咲耶。
 彼女の目的は、ハデスを落とすことへと変貌していた。
「残る戦い、我らは全力を尽くし、世界征服の完了を目指すと誓おう! というわけで、今日は無礼講だ!  戦闘員たちも、ゆっくりと楽しんでくれ!」
 乾杯、と響き渡るハデスの声を聴きながら、咲耶は手に持ったグラスに入っている琥珀色の液体……ジュースをぐいと飲み干す。
「パラミタに来た頃は16歳でしたが、今はもう私も19歳! あんな展開やこんな展開で強引に兄さんに迫っても問題ないのです!」
 問題ありありの決意に燃えた咲耶は、その夜、行動を開始した。
 ハデスの寝室に、こそりと忍び込んだのだ!
 ちなみに当のハデスは酔いつぶれてパーティー会場で寝ているのだが、そんな事は知る由もない。
「ふ。ふふふふふ……」
 よからぬ妄想をしつつ、一歩足を踏み入れたその時だった。
「研究室ヘノ入室者ヲ感知。
 はです様ノ生体認証ト不一致。
 不法侵入者ト認識。排除シマス」
「はっ!?」
 猛烈に嫌な予感が駆け抜ける。
 お掃除ロボット兼警備ロボットのハデスの発明品が、警備モードの触手を伸ばし咲耶に迫ってくる。
「あ……いやぁああああ!」
「侵入者ヲ捕獲シマシタ。 武装ヲ所持シテイナイカ、隅々マデ検査シマス」
「ええ嘘っ、やだ、そこ、違……っ、無理っ、あぁあっ」
 検査は、翌朝二日酔いのハデスが部屋に戻るまで続いた。