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夏の風物詩 花火大会開催

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夏の風物詩 花火大会開催
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リアクション

本番! 打ち上げ花火が舞う!


 時間は少し遡る。
 花火大会当日の昼間。親方を先導とした職人たちが水辺に集まっていた。
 形物が多い今回の花火。できるだけ多くの人に楽しんでもらうには、扇の要で打ち上げるのが一番いい。
 しかしその位置となる場所は水上。落とせば今までの苦労が水の泡となる。
「水上には土台が組んである。お前ら、そこまで絶対に落とすんじゃねぇぞ!」
『へい!』
 船に積まれた花火筒と花火玉を運ぶ集団の中には酒杜 陽一(さかもり・よういち)の姿も混ざっている。
「新入りも気を抜くんじゃねぇぞ?」
「了解だ」
 打ち上げ台に着けば直ぐに筒を立てる。一番真ん中には特大のものを。その周りには一回り小さい物。後は演出に合わせた配置を確認して設置。安全のため固定させるので、間違えないようキッチリ距離を測る。
 そんな筒たちが立ち並ぶ絵図は、大都市の縮図みたいで壮観だ。
「よし、筒の準備は終わりだ。後は尺玉を運ぶだけだな。新入りも時間まで休め」
「ああ、わかった」
 後は本番を待つだけ。
 打ち上げが始まればまた、神経を研ぎ澄まさなければいけない。
 安全第一。
 最重要な事柄だが、全員の緊張感が花火に向かいすぎていたのか、
(きっと誰かが期待している人がいるはずであります!)
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の姿が無いことに誰も気付かないまま時を迎える。

―――――

 テレビカメラは『シニフィアン・メイデン』を映し出す。
「さぁ、時間がやってきたよ! 皆、準備はいいかな?」
 さゆみは三の指を突き出し一つずつ折る。
「カウントダウンを始めるよ! 3! 2! 1!」

ヒュー ドンッ!

 0のタイミングで一番花火が花開く。カメラも合わせて視点移動。
 どでかい一発目を皮切りに、連打連打連打。広い空が狭くなるほどの数。
「始まりましたわね」
「ようやくって感じだけど、最初から派手で待った甲斐があるわね」
「さゆみさんは最初の花火の名前知ってます?」
「確か『菊先』っていうのよ。割物と言われる中の一種で最後に先が光るのが特徴ね」
「その後に上がって、今も続いているのがスターマイン。連射花火ですわね」
 夜空を見上げながら解説。
「私たちもライブで花火はよく見るけれど、こうしてみると全然違うわね」
「情緒が感じられますわね。きっと主役が私たちか花火かで違うからですわね」
「それじゃ、今日の主役は譲らないといけないわね」
「あら、最初からそうでしたわよ?」
 冗談交じりの感想を述べていると、静寂が訪れた。
 一拍の呼吸を置き、煙が流れるのを待つ。
「おや? どうやらすごいのが来そうです」
 前哨の目玉。巨大柳。
「おおー!」
「綺麗ですわ!」
 これには流石の二人も単純な感想しか口を出ない。
 ただ――
「あれ? あの真ん中、おかしくない?」
 目を凝らすアデリーヌ。光りが消えてもまだ光る点。
「……本当ですわね。何なのかしら?」
 その答えは数秒後。
 点が徐々に大きくなり、火だるまと化して飛来してくる。
 二人の目に映ったのは、【麗茶牧場のピヨぐるみ】を着込んだ吹雪だった。


 花火が消えても残る空の星。
「おい、誰かあのポカに何か入れたか?」
 親方の問いに首を振る弟子たち。確かに玉詰する時に、異様に重いなと思った。けれど、それも大きさ故なのだと割り切り、落とさないように注意を払っていた。一体何が……?
 打ち上げ班で一番初めに気付いたのは陽一だった。
「あれは……ピヨぐるみが燃えているのか?」
 常人より優る視力がそれを捉えた。そして、一つ思い当たる節。
「もしかして、葛城さん……か?」
 そういえば、準備をすると言っていたのに現場では見かけなかった。もし花火の中に入っていたのであれば、所在不明だったことにも説明がつく。
 しかし、今は考えを巡らしている場合ではない。火だるまはもう下降線に乗っている。
「このままだとやばいぞ」
 その到着先を視線で追えば、人が密集した会場のど真ん中。もう少し高度が下がれば、接近に気付いた観客たちは大混乱に陥るだろう。それだけは避けなければならない。
 陽一は咄嗟に【空飛ぶ魔法↑↑】を掛ける。対象に飛行効果が付与されるスキル。
 下降線を辿っていた吹雪の速度が緩まった。だが、コースは変わらない。
「どうすれば……」
 不意に目に留まったのはスターマインで使った花火筒。
「そうだ、これを使えば」急いで玉を詰め点火。「間に合えっ!」
 陽一の放った花火は徐々に落下している吹雪の傍で爆発する。爆風が吹雪を揺らした。
「よしっ!」
 軌道を変える事に成功しゆらりと着水。最悪の事態は免れた。
 その後は《アブソリュート・ゼロ》で氷床を作り出し、【ペンギンアヴァターラ・ヘルム】のペンタと【パラミタペンギン】に引き上げを命じるのだが、どうしたことか吹雪は自然と氷床の上に横たわっていた。
「おい、大丈夫か?」
 すぐさまピヨぐるみから吹雪を取り出し助け起こす陽一。
 吹雪が意識を失う前に発した言葉は、
「ここでも打ち上げられたであります……がくっ」
 だった。


 人が打ち上がるという事件。しかし、それに気付いていたのは特異者たちだけ。
「あれはポカ物っていう花火かしら」
「その中のパラシュート等が有名な吊り物ね。でも、その後の連射で消えるなんて、イリュージョンみたいよね」
『シニフィアン・メイデン』の機転の利いたフォローが入り、大きな混乱に発展することはなかった。

――――――

 次々と咲く夜の花。
 カメラは自然と夜空に固定される。
 一瞬で咲き、一瞬で散る、短き輝き。それはまるでアデリーヌとさゆみの縮図に思える。
 人間は吸血鬼の十分の一さえ生きられない。その事実はどんなに願っても変わらない。
 だからこそ、今を、一緒に居られる時間を大切にしたい。
 フォーカスから外れたのを狙って、アデリーヌはさゆみの手を握りマイクに入らないようこっそり囁く。
「また来ましょう。今度は二人で、ですわ」
「アデリーヌ……」
 二人の肩がゆっくり触れ合った。

 夏は彩られていく。