リアクション
空京の休日 「お月見おめでとー」 シャンバラ宮殿にあるレストランで、酒杜 陽一(さかもり・よういち)がグラスを片手に言いました。 「それって、おめでたいことなの?」 よく分からないと、同席したセレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)が首をかしげました。一緒にいる皇 彼方(はなぶさ・かなた)の方を見ますが、彼もテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)と顔を見合わせています。 「まあまあ、理由なんていろいろでいいじゃない。大義名分さえあれば、がっつり食えるんだから」 身も蓋もないことを高根沢 理子(たかねざわ・りこ)が言います。が、まあ、正論ではありました。みんなで楽しく食卓を囲むことに、本当は理由などいらないのです。 「まあ、こうしてのんびりお月見できるのも、みんなが頑張ったからではあるけれど」 ここに至るまでの、波瀾万丈の自分たちの冒険を思い出して、セレスティアーナ・アジュアが言います。 「うんうん。いろいろあったよなあ」 過去の自分の行いを思い起こしながら、酒杜陽一が言いました。 二年前には、高根沢理子の宮殿からの脱走を成功させました。けれども、その次の脱走には失敗。クリスマスには、また高根沢理子を脱走させようとして撃ち落とされています。去年の夏には、エリュシオンの大使が宮殿を訪れたこともありました。クリスマスには、高根沢理子とキャッキャウフフして過ごしました。今年のバレンタインには、高根沢理子とキャッキャウフフしました。春には、高根沢理子とお花見しながらキャッキャウフフしました。普段からお世話をかけているお礼にと、セレスティアーナ・アジュアと皇彼方とテティス・レジャをレストランでもてなすようにもなりました。六月には高根沢理子とウェディングドレスを選びながらキャッキャウフフしました。つい先日は、皆でサマーバレンタインを楽しんだ……。 「ちょっと、待って。何、そのキャッキャウフフ率の高さは!」 「ええっと、そのまあ、ねえ」 「うん、ねえ」 セレスティアーナ・アジュアに突っ込まれて、高根沢理子と酒杜陽一がちょっと照れたように顔を見合わせて、頬を染めます。 「まったく、やってられないわよねえ」 同意を求めようとして皇彼方とテティス・レジャの方を見ますが、こちらも似たようなものです。 「いいかげん、あなたたちの関係も謎なんだけど。いったい、いつくっついた?」 セレスティアーナ・アジュアが、八つ当たり気味に二人に突っ込みました。 一応、友達以上恋人未満だと皇彼方が説明します。ちょっとだけ、テティス・レジャの方は不満気です。 「仲良きことは良きかなよ。若いんだからいいじゃない」 高根沢理子がそう言いましたが、なんだかそれではセレスティアーナ・アジュアが若くないみたいです。 「だいたい、あなたたちもはっきりさせなさい!」 セレスティアーナ・アジュアが皇彼方とテティス・レジャをいじっている間に、酒杜陽一がそっと高根沢理子に小箱を渡しました。 「誕生日おめでとう」 箱に入っていたのは、蒼水晶のイヤリングです。 「ありがとう」 さっそくそれを耳許につけると、高根沢理子がちょっとセレスティアーナ・アジュアの方を気にして、酒杜陽一の額に口づけしました。 ★ ★ ★ 「お届け物でーす」 神戸紗千の痛飛空艇が、シャンバラ宮殿前広場のお月見会場にたくさんの餅米を運んできました。 「どうも。さあ、さっさとふかしてつくわよ」 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が、部下の特戦隊やパラミタペンギンたちに命じました。 空には、スーパームーン。お月見には最適な夜です。 きっと、こんな夜には、あっちこっちで、バカップルがキャッキャウフフをしているのでしょう。 それを思うと、杵を持つ手にも自然と力がこもるものです。 「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 雄叫びをあげながら、酒杜美由子は餅をついていきました。もうほとんどやけくそです。側では、パラミタペンギンたちが、くるくると団子に丸めていきます。 実際、月の下では、酒杜陽一がキャッキャウフフしていたわけではありますが。それを知ってか知らずか、月に吠える酒杜美由子でした。 ★ ★ ★ 「あー! もうここがどこだか分からない。私ってこんなにバカだったのかしら?」 空京で道に迷いながら、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)が頭をかかえました。 空京大学の図書館でレポート用の資料を集めてきたのですが、新居への帰り道が分からなくなってしまったのです。 収入が増えた分、ちょっといいアパートに引っ越したのが徒となってしまいました。もっと、自分の方向音痴を考慮しておくべきだったのです。 だいたいにして、方向音痴が治るかもという安易な考えで地理学を専攻したわけではありますが、結局なんの効果もありませんでした。方向音痴は、学問以前の根本的な問題のようです。 「あー、いたいた。捜しましたわよ」 「助かったあ」 帰りが遅いので、もしかしたらと捜しに来てくれたアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)に、綾原さゆみは思わずだきつきました。よかった、これで家に帰れます。 さてさて、無事に家に帰り着いたからといって、それでレポートが一瞬で完成するわけではありません。 資料は集めたのですが、それを纏めるのが一苦労です。 うんうん唸りながら、綾原さゆみは最後の手段に出ることにしました。顔がすでに悪人です。 それは、資料の切り貼りでした。学生の常套手段ではありますが、当然その手は教授も熟知しています。文章比較ソフトを通せば、一瞬でバレるでしょう。それを分かっていて、その方法に頼らざるを得ない綾原さゆみでした。 「そんなのバレるでしょうが」 「ひっ」 いつの間にか背後で仁王立ちしているアデリーヌ・シャントルイユに気づいて、綾原さゆみが短い悲鳴をあげました。まるで、悪戯がバレてしまった子供のようでもありますが、実質そう違いはありません。 「そんなことをして、パートナーの私に恥をかかせる気ですか。まだ時間はあります。さっさと書きあげてください」 「ひーん」 厳重にアデリーヌ・シャントルイユに監視されて、綾原さゆみは半分泣きながらレポートを書き続けていきました。はたして、間にあうかどうかは、神のみぞ知るです。 ★ ★ ★ 「ふふふ、完璧な尾行だよね」 遊園地の中を歩くセリティア クリューネル(せりてぃあ・くりゅーねる)と空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん)の後を尾行していた吉木 詩歌(よしき・しいか)が、植え込みの陰でほくそ笑みました。 本人は完璧な尾行だと信じて疑わないのですが、実際には最初からセリティア・クリューネルたちにはバレバレです。そのおかげで、セリティア・クリューネルはなかなか空京たいむちゃんに本題を切り出せないでいました。 そのせいで、さっきからずっとなんだかぎこちない散歩が続いています。 いいかげん、吉木詩歌の方もじれてきました。 そのときです、小さな仔猫が吉木詩歌の前を横切りました。道端で立ち止まると、小さな後ろ足で首筋を掻きます。 「か、可愛い〜」 思わず、吉木詩歌が見とれました。その声に、にゃんと仔猫が小首をかしげます。 これはウォッチャーにとって究極の選択です。仔猫をとるか、セリティア・クリューネルのデートをとるか……。 「うーん、どうしたらいいの……」 けれども、吉木詩歌が迷っているうちに、セリティア・クリューネルたちは今のうちだとばかりに逃げだしていきました。 「やれやれ、これでやっと落ち着いて話せるのう」 ホッとしたように、セリティア・クリューネルが言いました。いきなり走りだしたので、ちょっと息を整えなおします。 「ラクシュミよ、わしはおぬしのことが好きじゃ。友達としてではない、一人の女性として好きなのじゃ、愛しておる。おぬしの隣でこの先の人生を歩ませてほしい。苦楽を共にさせてほしい……。ダメかの?」 意を決したように、セリティア・クリューネルが空京たいむちゃんの中の人に一気に告白しました。 以前手紙で告白したことへの回答は保留にしてもらいました。それを、今あらためて答えてもらおうというのです。パラミタとニルヴァーナの滅びの危機が去った今こそ、いつぞやの解答をもらうときだと思うのでした。 「それは……」 ちょっと、もじもじとしながら、ラクシュミが着ぐるみを脱いでその素顔を顕わにしました。 その唇が短い言葉を紡ぎ出します。 ラクシュミが、頬を染めて、ニッコリと微笑みました。 「ありがとう」 そう言うと、セリティア・クリューネルは思いっきりラクシュミをだきしめました。 |
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