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リアクション
東條 カガチ(とうじょう・かがち)のパートナー、剣の花嫁柳尾 なぎこ(やなお・なぎこ)は、一晩で少女から女性へ成長した。
本人すら驚いたが、事実である。
「いきなりこんなおっぱいおっきくなっちゃって」
茶化すように言われても、カガチには笑い飛ばす事が出来ない。
今なぎ子は水着で、彼T状態で…………。もう直視すらままならない。
友人の椎名 真(しいな・まこと)と双葉 京子(ふたば・きょうこ)と原田 左之助(はらだ・さのすけ)と遊びたいと言うなぎ子の要望をかなえる為にやってきたのだが、ビーチでバーベキューをしているのに最早何を食べているのか味が分からないくらいの混乱振りである。
正直なところ、何をしているのかも分からなかった。
なぎこがただ大人になっただけならば、わーパラミタってふっしぎーと何時ものように流せたかも知れないが、カガチにはそう出来ない理由があった。
少し前の事、カガチとなぎこは魔法世界での戦いに身を投じた。
敵は強く、更にパラミタ各地で戦いが行われていた為戦力も少なかった事から、誰もが死を覚悟する瞬間があった。
そんな時、カガチはなぎこから結婚を申し込まれたのだ。
余りに唐突である。
なにせなぎこの見た目は10歳の少女だ。そのような事は意識すらした事は無かった筈だ。……多分。
(いやだってそもそも付き合ってないし一緒に居たいとは思うけどこれがそういう感情なのかもわかんねえし)
冷静になれ! と念じても考えと感情は怒濤のように溢れて止まらない。こんな状態で『答え』を出しても良いのだろうか――。
文字通りに頭を抱える彼に、左之助は何も言わずに肩をぱんっと叩いて『あおぞら』へ歩いて行った。
そんな様子をなぎこは湖からそっと見守っている。
「なぎ子ちゃん、どうかした?」
ぼんやりした横顔に京子が声をかけると、なぎ子はすまなさそうな笑顔で首を横に振った。
「ちょっとカガチのところにいってくるね」
その言葉に、京子ははっとしてコクコクと頷いた。カガチとなぎ子の経緯は真から聞いていたから、いよいよなのかという気分で緊張してしまう。
「いってらっしゃい!」
それ以上には声をかけない。京子もまた何となくでぼんやりしてしまうと、顔に水がぱちゃんと跳ねた。
「きゃっ!」
瞬きから目を開くと、見下ろす先に居るのは、京子が連れて来た双子のティーカップパンダだ。京子がきせつけた水着姿でまったりと浮いている様子から、今イタズラしたのはこの二匹ではないのだと分かるが……。
「ヒヒヒこっちだよ!」
後ろからまた水鉄砲のように水をかけられて、京子は犯人を察して驚きつつも笑ってしまう。彼女の周りで潜ったり跳ね回ったりして遊びを仕掛けていたのは、トゥリン・ユンサル(とぅりん・ゆんさる)、兄タロウ、スヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)とヴォロスだ。
「こらーっ、やったわね!」
冗談めかして拳を振り上げると、「きゃーっ!!」と甲高い声を上げながら散開していく。スヴァローグとヴォロスはすぐに水上へ飛び上がった。
「あ、ずるい!」
「めめめーっ!」「めっ」
彼等を捕まえるのは無理そうだと思っていると――
「トゥリン、こっちだ!」
「早くしないと京子ちゃんに追いつかれちゃうわよ!」
紫月 唯斗(しづき・ゆいと)とトーヴァ・スヴェンソン(とーゔぁ・すゔぇんそん)が手招きするのに、トゥリンはバタ足でそちらへ逃げて行く。
「あれは追いつきそうにないなー。じゃあ……」
京子は素早く反転し、兄タロウを捕まえて胸と腕の間にぎゅっと抱き込んだ。元々軍事目的で作られたから装備品としてあったのか、それともジゼルの手作りなのか定かではないが、小さなウェットスーツとスヴェトラーナに貰ったという星形のピアス――元々タグがつけられていたイヤーパンチの穴だ――が玩具の人形のようだ。
「小さくてかわいい……!」
感じたままに吐き出すと、兄タロウはふふんと鼻をならして得意そうだ。
「だろー、おれかわいいだろー」
「うんっ、かわいいかわいい」
「アレクそっくりだしなー」
「それは……ちょっと複雑だけど、でもかわいい!」
「じつはこっそりふっきんわれてるんだぜ!」
「…………うん、かわいい」
「きょうこはめげないな」
競り負けた兄タロウは、岸の方を眺めて小さな腕を懸命に伸ばした。
「マコトー! こっちだよ!!」
京子に誘われた真が、水着に着替えて戻って来たのだ。
「そもそもなんでこんな場所に執事服着てきたんスか……」
とキアラ達に呆れられつつ見立てて貰った水着は、ターコイズブルーのウェストベルトに大きめの柄が入ったものだ。童顔だが筋肉質な彼によく似合っている。そう素直に感じた京子はにっこり微笑んで彼を出迎える。
「真くんすごいよこの湖! 本当に浮かんじゃうんだもん!」
「うん、本物みたいだ。いや、本物は直接見た事ないけどさ……」
浮遊しかける足を踏みしめながらやってきた真は、細かい柄が入ったビキニ姿の京子にうっかり目を奪われかける。こちらもあおぞらで貸し出ししていたもので、キアラが選んだようだが――
(なんだかペアルックみたいだな……)
デザインこそ違うもののあのターコイズブルーは意図して選んだのだろうか、少し気恥ずかしくなって目を反らすと、兄タロウが京子の腕から身を乗り出して来た。
「うらやましいだろー。おまえもきょうこにぎゅ〜ってされたいんだろー」
「…………う」思わず詰まってしまいつつも、真はなんとか話題をそらした。
「そういえば、カガチ達……あれからどうなったんだろう
返事したのかな? 気になる」
「ね。気になるよね。今はあおぞらの前に座ってるけど……」
「いやでも恋愛は当人同士の物だしでも祝うべきだよな」
そう言いつつも、気になってしまうのが人の情だ。まして彼等は大事な友人なのだから。そわそわとする二人に、兄タロウは首を傾げて口を開いた。
「なーなー、ジゼルはずっとあそんでていいっていってたけど、おれやっぱりもうちょっとしたらおてつだいしにいくな?
マコトたちもいこーぜ。さっきソウタがきてたし。おまえたちなかよしなんだろ」
提案されれば、頷くしかない。これは不可抗力だ。
「うん、後で様子を見に行ってみよう!」
*
「良いですか?
今回はロリ様達と遊びに来ました!
嫁達には内緒で、バレたら超怒られるし!
良いですね? 内緒だからな? 絶対だかんな?」
ビーチに辿り着く直前、唯斗から改めて念を押された注意事項はこんなものだった。
「そこまで言われると前フリな気がするんだけど……」
苦笑するトーヴァに、唯斗は「いやまじで!」と首をぶんぶん振っている。
「バレたら超怒られるっていうか死ぬんで。
あ、死ぬといえばトーヴァおねーさん、魔法世界ではありがとうございました。
アレクのからやつ「トーヴァいなかったら回復出来なくて全滅してたんじゃね?」とか聞きました。
おかげで今日も元気です!! 良ければ、今度食事でもどうです?」
「いいわねー。二人っきりはちょっとまずいけど」
「まずいんですか」
唯斗がぽかんと繰り返すと、トーヴァはケラケラ笑ったまま答える。
「超でかいスライム状の獣に追い掛けられて良いなら、是非ご一緒したいわ」
それはちょっとご勘弁願いたい。
「まぁ、今日は遊ぼう……という事で……
遊ぶぞロリ様ー!」
腕を掴み、湖に向かって駆け出した唯斗。二人の話しを静かに聞いていたトゥリンは、余りに唐突な出来事に目を丸くする。
「ぎゃあああ! 腕ひっぱんな、まだ着替えてないっつーの!!」
そんなこんなで、唯斗のテンションはひたすら高かった。魔法世界の戦いなどでこのところ緊張の連続だったから致し方ないかもしれないが、異様なしゃぎぶりである。
更衣室から出て来たピンクのドット柄のワンピースタイプの水着になったトゥリンを見るにつけ
「つか誰だコラアアァァァ!!
トゥリンの水着見立てた奴はグッジョォブ!!」と謎のテンションで天へ向かって叫ぶも
「だが、今回はクールに決めるぜ!」
鞄から引っ張り出したのだは、水色のフリルバンドゥビキニだ。そしてトゥリンを慈愛の目で見つめ、熱く説得する。
「さぁロリ様! 着てくれ!」
「別にいーけど最初から言えし。着替えた後に言われたらまた着替えなきゃなんなくてめんどいじゃん!」
「そしたら二着見れないじゃん! 色んなファッション楽しめないじゃん!」
「めんどくせー!!」
当たり前のように言う唯斗から水着をひったくり、しかしトゥリンは素直に着替えて戻ってくれた。
「ああああああ! 可愛いわあぁぁぁぁっ!!
おいスヴェータ! 天国のアレク! みてるかあぁぁぁっ!」
トゥリンを撮影しまくり、頭にさくっとナイフを刺されても小さな身体を抱きしめブンブン振り回す彼に、トーヴァは微笑む――しかない。
「唯斗くん、テンションたっかいわね! 脳の血管ぶちぎれるわよ」
「もートーヴァおねーさんは心配性だなー!
だいじょぶだいじょぶ、ほぅらロリ様ダーイヴ!」
抱き上げたままトゥリンを湖に放り込む。
「ッあっぶねーアホ! バカ!!」
「うおおおお俺も今いくぞー!!」
罵りの声を無視しているのか、頭に入っていてもそれすら嬉しいのか知らないが、唯斗は死海にはおおよそ相応しく無いガチなクロールで、トゥリンへ向かって行く。
その血走った目に捕らえられ、トゥリンは「ひいいっ! くんな変態ッ!!」と必死に逃げる。
「……完全に事案発生してるわよ、ライフセーバーとか飛んでくるわよ」
トーヴァの突っ込みは的確で、その数十秒後、唯斗は本当に飛んで来たミルディアと託に左右を挟まれながら小一時間説教を喰らった。
が、それで落込む彼ではなかった。
今はトゥリンを肩車しながら水上を猛スピードで走る――『人力ジェットスキー』の最中である。
普段は後継人のアレクよろしく無表情というかジト目なトゥリンも、これにはテンションが上がっているようだ。
目をくりくりと開いて小さく笑みを浮かべている。それは唯斗から見えないが、彼女が楽しんで暮れている事は肌で感じていた。――とか言うと、また事案が発生しそうであるのが怖いところなのだが――。
「唯斗さーん、あんまり危ない遊び方事してるとまた怒られますからねー」
スヴェトラーナの声が飛んでくるが、彼女は双眼鏡で女性客の『監視』で忙しいらしい。それ以上声はかけてこない。
「おーいトゥリン、唯斗くん! お腹減らない? そろそろ休憩にしてなんか食べよー」
「はーい今いきまーす!」
離れた位置からトーヴァが手を振ってくる。控えめな色使いのビキニに包まれた肢体、そして穏やかで明るい笑顔はまるで女神のように美しい。それが向けられているのは今この世に、トゥリンと唯斗たった二人だ。
「トゥリンは可愛いし、トーヴァおねーさんは綺麗だし、スヴェータは元気だし」
幸せを噛み締めながら唯斗は溜め息を漏らす。
水の上を、猛然とダッシュしながら。
「いつも通りで素晴らしい!!」
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