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ニルヴァーナへ



「やれやれ、まだこんなに書類があるのか……」
 ニルヴァーナ創世学園近く、アディティラーヤにある湊川造船所の社長室で、湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)が天井を仰ぎました。
 デスクの上には、高嶋 梓(たかしま・あずさ)が整理してくれた書類が、うずたかく積みあげられています。
 ぺったん、ぺったん。
「まあ、デスクワークに没頭しなくちゃならないというのは、平和の印なんだろうなあ」
 社長室から見えるドックに横たわる土佐加賀を見下ろして、湊川亮一がつぶやきました。
 数々の事件で忙しく活躍した二隻の機動要塞も、今は静かに入渠しています。とはいえ、メンテナンスは欠かせませんし、物が巨大なだけに、チェック項目も、維持に必要なパーツ数も膨大です。当然、それに関係する書類も半端なく数量が多いのでした。
 ぺったん、ぺったん。
「こう、単純作業だと、だんだん感覚が麻痺してくるな……」
 ぺったん、ぺったん。
 書類に社長の認め印を捺していきながら、湊川亮一が朦朧とした様子でつぶやきました。
 さすがに千枚二千枚となってきますと、単純な入出庫程度だと条件反射的にハンコを捺してすませてしまいます。まあ、ここへ来るまでに何人かの責任者のチェックがありますから、社長のハンコなど、ほとんど儀礼的な物にすぎません。問題のある書類が社長の所まで上がってくるような会社こそ問題だと言えます。
 ぺったん、ぺったん。
「社長、お疲れ様です」
 なんだか荷物をかかえてきた高嶋梓が、湊川亮一に声をかけました。
「よいしょっと。これ、追加の書類ですので、お願いします」
 そう言うと、今ある書類と同じぐらいの量の書類をドンとデスクの上におきます。
「そ、それもなのかあ!?」
「はい、もちろん」
 げんなりする湊川亮一に、高嶋梓がニッコリと微笑みました。こちらは、今後の土佐近代化改修計画の書類です。
「お茶でも淹れましょうか?」
「ああ、ありがたい、頼むよ」
 高嶋梓の言葉に、湊川亮一が心底ホッとしたように言いました。
「じゃあ、きりのいいところで、こちらの書類にも判を捺しちゃってください。ええと、ここの所です」
「ここだな」
 ぺったん。
 確かに、ハンコを捺しました。
「じゃあ、お茶淹れてきますね♪」
 もの凄くうきうきしながら、高嶋梓が社長室を出ていきました。その手には、たった今判を捺されたばかりの、高嶋梓と湊川亮一名義の婚姻届がしっかりと握られていました。

    ★    ★    ★

「スキャナー移動開始してください」
 湊川造船所のドックでは、ソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)が土佐の外装を入念にチェックしていました。
 3Dスキャナーで船体表面をレーザー走査し、以前のデータと比べて致命的な歪みが発生していないかをチェックしていきます。
 入力された大量のデータは、すぐそばのプリンタから大量の書類となって吐き出されていました。
 それらを素早くチェックしていくと、右手の人差し指の先をパカッと開いて認め印を捺すと、左手首から射出した紐でくくって束にしていきます。なんだか変なことに機晶技術の無駄遣いをしているような気もしますが、それはそれで平和なのでしょう。
 だいたいにして、このような処理はペーパーレスにして電子化すればいいわけなのですが、なぜか湊川造船所では古式豊かなな手書き書類にハンコという形式をとっています。
「あっ、梓様、この書類を社長様の所へ……」
 ちょうど通りかかった高嶋梓に、ソフィア・グロリアが、できあがったばかりの書類の山を渡そうとします。
「ごめんなさいね。私これから役所に行かなくてはならないので。じゃあ」
 珍しくソフィア・グロリアに断ると、高嶋梓は軽くスキップしながらニルヴァーナ創世学園の方へとでかけてしまいました。
「ねえ、梓様、何かあったのでしょうか?」
 不思議に思って、ソフィア・グロリアが、土佐の機関室にいるアルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)に内線で訊ねました。
「さあ、たまには、梓殿ものんびりしたいんじゃないですか? まあ、その分、こちらも徹底的にメンテができるというわけですが」
 土佐の機関室の部品を徹底的に分解していきながらアルバート・ハウゼンが答えました。高嶋梓が暇なら、しばらくは土佐の出動はないでしょう。この機会に、徹底的に消耗部品をチェック交換するつもりです。
「まだまだ、これが終わっても雪風もあるんですからねえ。のんびりしてはいられませんよ。作業、急いでください」
 周囲でせわしなく働く湊川造船所の者たちに、アルバート・ハウゼンが声をかけていきました。

    ★    ★    ★

 そのころ、土佐の隣にドック入りしている加賀のブリッジでも、大田川 龍一(おおたがわ・りゅういち)が湊川亮一のように書類処理に追われていました。作業全体を把握できるように、情報が集中するブリッジで事務仕事を進めています。
「艦首甲板に仮設していた粒子砲の撤去は完了……、甲板の修復と再塗装も終了と。後、空母機能特化のための大規模改修計画か……。これは湊川先輩と相談する必要があるな」
 最終決戦用に仮設した擬装の撤去と同時に、空母としての加賀の機能強化と、やることは山積みです。それに必要な資材や人材の手配も、発注書という形で湊川造船所に提出しなければなりません。ここでも、湊川亮一用の書類が量産されていたわけです。
「お茶が入りました」
「すまないな、そこにおいてくれ」
 お茶を持ってきたエドガー・パークス(えどがー・ぱーくす)に、大田川龍一が言いました。たとえ倒れて中のお茶が零れても書類が安全な場所に、エドガー・パークスがカップをおきます。
 続いて、エドガー・パークスは、情報解析席にいる天城 千歳(あまぎ・ちとせ)にコーヒーを運んでいきました。
「お茶でございます、お嬢様」
「ありがとう」
 目の前のモニタから目を離さずに、天城千歳がコンソールを操作しながら言いました。
「何をしておられるのですか?」
 加賀内のデータではなく、外部のデータを参照している画面を見て、エドガー・パークスが天城千歳に訊ねました。
「ああ、これは、ちょっと株をですね」
 天城千歳が、モニタに映し出されている数字を指さして答えました。どうやら、ミルキー・ヘミングウェイ(みるきー・へみんぐうぇい)が新たに開設した株取引所のサイトのようです。
「まだ、この先何度も湊川造船所にはお世話になるでしょう。ですから、一応、株主になっておこうと」
 そう言いつつ、天城千歳が購入ボタンを押しました。これで、ニルヴァーナ市場に出回っている湊川造船所の株を手に入れる手配をしたことになります。筆頭株主と言うほどの量ではありませんが、経営に口を出せる程度の量ではあります。
「配当ってあるのでございましょうか?」
「さあ」
 そこまでは考えていなかったと、天城千歳はエドガー・パークスと軽く顔を見合わせました。

    ★    ★    ★

「お掃除お掃除、キュッキュッキュッ♪」
 デッキブラシを構えたまま、加賀の格納庫内を走り回りながら、ジュリア・グロリア(じゅりあ・ぐろりあ)が楽しそうに鼻歌を歌っていました。
「ふう。ほんとに広い艦ね。お姉ちゃん、こんな場所で仕事してるんだ。私も頑張って仕事しないと」
 土佐の内勤である姉のソフィア・グロリアと同じように、加賀内での仕事に就職できた喜びからか、ジュリア・グロリアはちょっとうきうきです。
 広い格納庫内の清掃を終えると、今度は機材整理です。
「ようし、もう一頑張りです」

    ★    ★    ★

 湊川造船所の中で様々な人が働いているころ、その上空では雪風に乗った坂本 竜馬がすべてを見下ろし、はるかニルヴァーナの大地を見渡していました。
 アディティラーヤの残骸もずいぶんと形を変えたものです。昔の面影はどんどん削り取られ、そして、新しい姿へと生まれ変わっていっていました。
「ふむ、これが時代の夜明けというものか。悪くないのう」
 今度は、これから変わっていく時代を見届けることができるのかと、坂本龍馬は感慨深い思いに浸りました。