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【特別シナリオ】あの人と過ごす日

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【特別シナリオ】あの人と過ごす日
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リアクション


さぁ…、殺しあいましょう♪

 芦原の一角に設けられたリングの外で、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は愛しい恋人を待つかのように、ポールによりかかりながら待ちわびていた。
 今日という日は、彼女にとって特別なものだった。
 ある待ち人を辛抱強く、何分も何十分も待っていた。
 もちろん相手は恋人などではなく、どこかへ遊びにいくための待ち合わせ場所でもない。
 どんな興味深い話や、大切な人に呼び出されても、全てキャンセルするほど大事な約束をしていた。
 それは、過去に開催された全学最強決定戦のことが関係しているのだが…。
 透乃はその予選を見事勝ち抜き、葦原明倫館代表の座にまで昇りつめた。
 もちろん透乃としては、容易に勝ち進んだわけではない。
 参加者は実力者揃いであり、同じ学校に通う者たちが相手だったのだ。
 そこには、互いに手の内を知り尽くした者だっていた。
 だからこそ、やるかやられるか。
 その瀬戸際の快感を存分に味わうことができた。
 とても楽しい楽しい、素晴らしい戦いであった。
 しかし、満足しきるにはどこか物足りない感じがした。
 ある人物が、それに参加していなかったからだ。

 “葦原明倫館総奉行のハイナ・ウィルソン”

 ハイナを倒さない限り、この葦原明倫館で本当の一番になることはできない。
 『代表』と『総奉行』。
 いったいどちらが強いのか。
 ゆえに、透乃はハイナに1対1の戦いを挑むことにした。
 今日、透乃がリングで待っている特別な相手。
 …それがハイナなのだ。
 ようやく姿を見せた総奉行は、薙刀を手に堂々と透乃の前に立った。
「あいすまぬ。どうしても職務のほうを、先に片付けねばならかったのでありんす。だいぶ待たせてしまったか?」
「ううん、気にしてないよ。お仕事なら仕方ないもん♪」
 彼女とやりあえるなら、いくらでも待てる。
 透乃はにっこりと待ち人へ笑みを向けた。
「リングがあるようだが…、外に出てしまったらアウトと考えてよいのか?」
「まっさかー、そんなつまらないルールなんてないよ。強いていえば雰囲気かな♪」
 ルールは単純“やるか、やられるか”これしか決めていない。
 葦原明倫館の校舎の外に設けたリングは、障害物のない平らな平地。
 ここなら、何も気にせず誰にも邪魔されない。
 思う存分ハイナと戦える。
「ハイナちゃん。ここから先は、何か呼び出しがあっても途中退場しない。そういう認識でいいんだよね?」
「あいもちろんでありんす。皆には、わっちが戻るまでいっさい声をかけるなと…」
「ありがとう♪…じゃあ、やろうか!」
 止める者はいない、観客などもいない。
 邪魔者はする者は誰もいない、リングアウトなしの2人きりの試合。
 ここから先は互いの立場なども無関係。
 思う存分やりあえる試合を開始したのだった。

 “さぁやろう!
 例え、試合が死合いになったとしても…。”



 互いの睨みあいは、ほんの一瞬のみ。
 踏み込んでこないハイナの間合いに透乃が先手として飛び込んでいく。
「(こっちの手の内は、ほとんど読まれちゃうはず…。なら、腰から下を狙うしかない!)」
 今すぐにでも奥の手をくらわせたい…が、そのパターンは読まれているはず。
 ならば確実に崩すために、手の届きやすい服の部位を集中的に狙おう。
 静かなる闘気を全身に纏った透乃は、薙刀の下を潜りハイナの袴へ手を伸ばす。
「(動きが大きくなると、それだけヒラヒラ揺れちゃうもんね♪)」
 “やった!これで掴めば…っ”
 指先が袴に触れた瞬間、僅かに微笑む。
 ―…が、それを見たハイナは口の端を持ち上げ、にぃ…と笑う。
「ぇ……何?」
 投げ飛ばして崩しさえすれば、手足のどこかはへし折ってやれる。
 なのに勝ち誇ったような顔をされ、わけがわからず声を上げる。
 ふと薙刀が入ると、それを握る片手が見当たらない。
 袈裟懸けに振られた時は、確かに両手で握られていたのだ。
 まさか…と思い、ちらりとそこへ目をやった瞬間。
 右の脇の下骨から鈍い音が響いたかと思うと、僅かな痛みが走る。
 身に纏った闘気のおかげで、たいした痛みなかった。
 しかし、ハイナの拳は彼女が踏み留まるを許さず、“代表”の体をポールへすっ飛ばす。
 これもたいして痛みは感じられない。
 だが、肉を容易く裂くような刃が相手では別だ。
 両腕を盾代わりに、1メール以上もありそうな柄を頭部の真上で防ぐ。
 ヘタに避けようとすれば確実に頭をカチ割られるから、腕を盾にしてでも止めるしかなかった。
 この命のやりとりのギリギリ感。
 透乃にとってはたまらない快楽だった。
「さすがハイナちゃんだね。先に一発くらっちゃったよ♪」
「フフッ、透乃のほうは準備程度でありんしょう?」
「いつもの使ってくれるなら、すぐにでも全力でいっちゃうよ」
 今、手にしているものは“総奉行”の普段の得物ではない。
 “使い慣れていそうだけど、普段使いじゃなさそう…”
 ハイナらしいセンスが感じられず、“『それ』は絶対違う”と見抜いたのだ。
「その腰のヤツさ、“飾り”じゃないんだよね?」
「僅か数分で見抜かれてしまうとは、わっちもまだまだのようでござんしょうね」
「本気出してくれないとつまらない。じゃないとやっちゃうよ?」
「なんとまぁ、それは失礼を…。あい、承知」
 “代表”の真剣な要求に、ハイナは薙刀を放り投げた。
  二刀の柄に手をかけ、静かなる闘気をたぎらせる透乃に接近する。
 抜き放たれた刃が交差しながら地面に突き刺さる。
 一見有利に思えないものだったが、透乃には次の手が予測できた。
 それは先程のように、しくじったと見せかけて仕掛ける手段。
 予想通り迎え撃とうとした瞬間、突き立った刃が地面をはじき土煙を巻き起こす。
 避けようとすれば視界を封じられた隙をつかれ確実にとられる。
 透乃には耐えるしか選択の余地はなかく、両腕で致命傷を庇いながらハイナの懐へ潜る。
「やぁあああぁああっ!!!」
 がら空きになった足を狙い、つま先で蹴り崩す。
 ハイナのバランスが僅かに崩れ、今度こそ袴を掴んだ。
 自転車殴りの怪力で振り回し、力いっぱいたたきつける。
「ぐっ…」
 一筋の血がハイナの唇を濡らし、化粧のように彩った。
「まだ休ませないよ、ハイナちゃん」
「―……無論でありんす、透乃ーーっ!」
 やらなければやられる。
 そう身に感じたハイナは片手刀を投擲し、透乃の片足を貫く。
「うっ、刺さるのはちょっと…。耐え切れなかったみたいだね♪でも、まだやれる!」
 刺さった刀をズブリと抜き、彼女のほうへ投げ返す。
 この状況で手元から離れてしまった得物は失ったのも同然。
 けれど、どうしても100%の相手を倒したい。
 ただそれだけのために、得物を使わせるのだ。
「あぁ??、楽しいなぁ♪」
 静かなる闘気の影響もあってか、足の痛覚などはすっかり忘れ去り気分が昂揚していく。
「―…ねぇ、ハイナちゃんもそう思わない?」
 ニィ…と狂気に満ちた面持ちで、ハイナに挑みかかる。
 彼女の足首をギリギリと握り、ゴキンという音が響く。
 確かな手ごたえにうっとりとした顔になるが、今度はハイナの抜刀術により鞘で片腕を砕かれる。
 とった、とられた。
 互いに血を血で洗う死合いとなり、止める者は誰もおらず2匹の獣が食い合う。
 もはや互いに立っているのが、やっとな状態にまでになってしまった。
 次の一手が本当に最後。
 確実にやりたいが透乃としては待ってはいられない。
 やるのに我慢はいやだ。
「ほう、最初の手でありんすか?原点に戻ったどころで、今度は本当に…っ!」
「いいよ?腕の1本くらいあ・げ・る♪」
 刀で薙がれながらも皮一枚を残し、本当の狙いである肋骨を左手に宿らせた訃焼の重桃気で砕く。
 裏拳でバラバラに砕かれた肋骨が体の外へ突き出た。
 常人ならこの一撃で即死だろう。
 ―…が、ハイナだからこそまだ息はあった。
「楽しかったよ、ハイナちゃん♪」
「―……好きに…しなんせぇ……」
「いいんだね?じゃあ、もらっちゃうよ」
 息も絶え絶えな彼女へ手を伸ばし…。
「これでハイナちゃんは、私が殺しちゃった♪」
 ブチィイッと千切り捨てた。
 しかし不思議なことに、目下の敗者の息はまだ僅かにあった。
 そう、透乃がとった“命”は、ハイナの長く伸びた“髪の毛”のことだった。
 細い緑色の髪が、ふわりと空へと舞い散っていく。
「う?ん、短い髪のハイナちゃんもなかなかいいね」
「そ、…そんなもので…」
「息の根を止めるとかが殺すってわけじゃないもん。髪ってさ女の命だよね?だから、その長い髪をもらったの♪」
 これから先、『透乃が千切ったままのスタイル』で歩く度に、校内の生徒たちに『“代表”に負けたんだ!』と目撃される。
 “代表”がついに“総奉行”に勝った。
 この事実さえ認識されればいいし、まさしく女の命を無残に千切られては死んだも同然だ。
「あっ全部はやってないから、細かいところだけ切れば大丈夫だと思う!」
「せめてもの…情けというわけで、…ありんすか?」
「ん?どうかな。ハイナちゃんをいじめたいわけじゃないし。楽しくやれて、そんで倒せればいいかなって♪」
「―…ふっ、まったく面白い娘だこと…」
「へっ?」
「いや、…何でも。ただ、透乃とはまた闘ってみたいでありんすなぁ」
「うん!今度も絶対勝つ気でやるけどね。それと…ありがとう、今日は私の宝のもの日になったよ。またやろうね」
 ハイナを抱き起こし、この日を絶対忘れない…記憶という宝箱にしまっておいたのだった。