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リアクション
●アデットの手紙
数カ所から一気に突入したレジスタンスは、勢いを衰えさせることなく市街を突き進んだ。
だが敵戦力はこちらを上回り、かつまた空京は広大だ。レジスタンス単独での都市全面占領は到底無理な相談であり、一時的に優勢に立ったとしても、総督府側が本格的に反撃に入ればやがて鎮圧されてしまうだろう。
作戦を立案したダリル・ガイザックも当然、そのことは理解していた。
「電撃作戦を第一とする。陽動部隊は行動を継続。本隊は特定拠点のみを速やかに占領し、空京住民の蜂起を促せ」
空京の心臓部たる拠点だけを陥落させ、勝利宣言を流すことで都市に暮らす者たちを動かそうというのだ。
「我々の行動は革命の発端にすぎない、というわけか」
ダリルのかたわらでアイビス・グラスが言った。彼女は鮮やかな緑の髪を編んで頭のサイドに留め、ダリルと揃いの迷彩服に身を包んでいる。アイビスは続けた。
「空京住民に現体制への不満は高まっているのは疑いがない。それに、レジスタンスに呼応するように行動に出た住民も確かに一部存在する。しかし大半の住民は様子見の構えだ……形勢がレジスタンスに傾けば武器を取って立ち上がりもしようが、勝ち目がないようなら現状を守って動くまい」
アイビスの言を聞いてもダリルの、ゴーグルの下の目に動いた様子がない。ただ、聞いている、と言うかのようにダリルは小さく首を動かした。
「ダリル、私は住民を日和見などと呼んで非難する気にはなれない。彼らにも人生がある。大義に殉じるのはレジスタンスだけでいい。……だから最悪、突入部隊は捨て石になることも覚悟しておくべきだろうな」
ここでようやく、ダリル・ガイザックは口を開いた。両手で広げた手描きの戦略地図から眼を上げずに、
「理解が早いな。頭のいい娘は好きだ」
「なんだ? もう一度言ってくれ」
「理解が早いな、アイビス」
「違う。そっちじゃない」
するとダリルはアイビスに顔を向けると、
黙って、アイビスの唇に自身の唇を重ねた。
ややあって、
「同じことを何度も言わせるな。俺にも、照れくさいという感情はある」
「……あ、ああ」
アイビスの頬は紅い。燃えるようだ。平然としているダリルの横顔を見ていると、憎らしいような想いが彼女の旨を焦がした。仕返ししてやりたい。たとえば今ここで押し倒して、キスの雨を降らせるような……。
――あのダリル・ガイザックとこんな関係になるなどと、夢にも思わなかった。
まったく、信じがたいことだ。
とはいえレジスタンス拠点の一つで目覚め、プリントアウトした手紙をダリルに見せられた後の今なら、アイビスもこの現状を肯定するのにやぶさかではなかった。
手紙は、アイビスの母アデットが彼女に宛てたものだった。
「アイビスへ
もしこのメッセージを読んでいるのであれば、私はきっと生きてはいないでしょう。
だけど、これは罰なんだと受け入れています。
塵殺寺院に与したこと……人として許されない技術に手を染めた罰。後世に悪名のみが残ったとしても仕方がありません。
それでも…………私はあなたを救いたかった。
私にとって唯一の肉親、大事な娘ですもの。
あなたが長く生きられないと知ったとき、悲しみと絶望に落とされた思いでした。
それでも何としてでも助けたかった。日に日に弱っていく娘を見るのがとても辛かった。
それなのにあなたは笑ってくれた。
クリスマスの日も、正月の神社に連れて行ったあのときも。
歌を一緒に歌ったときも、
あなたは笑顔で私を見てくれた。
だからこそ助けたかった。
あなたが機晶姫へと生まれ変わったとき、すでに私は悟っていました。
いずれ私が殺され、あなたが連れていかれるということを。
それでも私はあなたを助けたかった。
少しでもあなたに生きてもらいたかった。
少しでもあなたと一緒に過ごしたかった。
私が死んだとしてもあなただけは長く生きて、そして誰かと一緒に幸せに生きてください。
最後に、生まれてきてありがとう、そして、一緒にいてあげられなくてごめんなさい。
どうか明るく幸せに生きてね。
アデット・グラス」
この手紙は、アイビスを激しく揺さぶった。
復讐と憎悪と血で染まったその身から、涙を呼び覚ました。
手紙から顔を上げたとき、アイビスは『クランジσ(シグマ)』の名を捨て去っていた。
彼女は言ったのである。
「協力してやる」
と。
しばし回想にひたっていたアイビスだが、背後から声をかけられて振り返った。
「おふたりさん、邪魔するようで悪いけどね♪」
ルカルカ・ルーだ。彼女の声は、薄暗い地下トンネル内であっても明るく響いた。
「そろそろ、蓋を吹っ飛ばして突入だよ。目指す『塔』までわずか100メートル、スタートダッシュで突っ走ろう!」