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初めましてのクリスマス


 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)は、結城 霞(ゆうき・かすみ)を伴って、百合園のクリスマスパーティーに参加していた。
「思えば私、百合園にお伺いしたのは始めてです。貴族ご令嬢ばかりは緊張いたしますね」
「わたくしが、パーティーのご同伴相手でよろしかったのでしょうか」
 両目を鉢巻のような布で隠した霞は、フレンディスの緊張の様子を見て、困ったような顔になる。
「フレイ様、あまり緊張なさらないでくださいまし。何だかわたくしも伝染ってしまいそうですわ」
 両目を隠していても、霞には見えている。
 そして両目を隠した包帯のせいで表情が解り辛いが、こういった行事に参加できることに、内心で嬉しさを感じていた。
「そ、そうでございますね……」
 今日は、霞に楽しんで貰おうと、伝手でパーティーに招待して貰ったのだ。
 中々会えない忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)も来ているという情報があったので、会えればいいのだが、と思いながら歩いていて、はっ、と立ち止まった。
「わあ、霞さん見てくださいまし。
 美味しそうなお料理が沢山ございますよ?」
 瞳を輝かせて、はっ、と再び我に返る。
「いえその」
「そうですね、ダンスもしませんし、この辺に居ましょうか」
 霞は微笑んだ。



 ポチの助は、ペトラ・レーン(ぺとら・れーん)カスパール・ジェニアス(かすぱーる・じぇにあす)と共にパーティー会場に来ていた。
「今日は一緒に来てくれてありがとう、ペトラちゃん」
「ううん、誘ってくれてありがとう。マスターとシルフィアは今遠出できないけど……。
 クリスマスパーティーかぁ、華やか、だね」
 今年も色々あったけれど、残り一週間。こんな風に賑やかに過ごすのも、悪くないかな、と思う。
「へへ、今年はちょっと気分が違うかもね、ポチさん」
 お互いどこまで自覚があるのか周囲には全く不明だが、この秋から二人は、恋人同士なのだ。一応。

「おほしさま、きらきら、ツリー、きれい、ね」
 カスパールは、会場中央に飾られている、巨大なツリーを見て歓声を上げている。
「わたし、いいこにしてたかな? ぷれぜんと、もらえるかな、たのしみ」
 サンタは寝ている内に、靴下の中にプレゼントを入れてくれるという。
 そう教えられたことを思い出してわくわくしていたら、

「良い子はいねぇかぁ!」
「このオレがプレゼントをくれてやるぜぇ!」
と、スキンヘッドを先頭にした、サンタ服を着たヒャッハー一行が怒涛のように駆け抜けて、三人の手にクリスマスプレゼントを残して行く。
「び、びっくりしたね」
「……何が入ってるのかな、これ?」
 かと思えば
「良い子にプレゼントなのネ〜」
と言いながら現れた謎のサンタゆる族が、三人にキャンディケインを渡し、
「ろくりんピックもよろしくネ〜」
と、宣伝も忘れずに、立ち去って行ったりもした。


「三人とも、早かったわね」
 そんな子供三人に、エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)が歩み寄った。
「あっエメリー久しぶり! 元気だった? って言っても、まだ一月だね、旅はどう?」
 僕達は元気だよ! と、旅立っていたエメリアーヌとの再会に、ペトラは近況を報告する。
「そう、皆元気なのね、安心したわ。
 まあ私も、二人の子供が生まれるまではあまり遠くまでは行かないわよ」
 沢山のものを自分の目で見たい、と旅立ったエメリアーヌだが、近場にだって、まだ見ていないところは沢山あるのだし。
 そう、アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)の妻シルフィアは今身重で、体調を崩しやすくしている。
 アレクラントは妻に付きっ切りで、今日も此処へは来ていなかった。
「カスパールは大丈夫? こんなところに来るなんて、思い切ったわね」
 カスパールは、外見は大人だが、色々あって現在は、幼児退行してしまっている。
 少し前までは、歩くことも出来なかったのだ。
 折角歩けるようになったのだから、色々な場所に連れて行きたい、とペトラと一緒に来たけれど。
 カスパールはへいき、と笑った。
「こんなとおくまできたの、はじめて……かな?
 ちょっとつかれたけど、へいきへいき。むりしてないよ」
「なら良かったわ。
 それから、ポチ、空大合格、おめでとう」
「……はい」
 感慨深く、ポチは頷く。
 エメリアーヌはポチの助にとって、ナージャよりも先の、技術の師ではなく、人生の師、と言える存在だった。
「あんたが目標の為に、師と仰げる人を見つけたこと、私も嬉しく思うわ。
 さて、そんじゃ私も、ご挨拶しますかね、師匠仲間に」
「ご挨拶!」
 ペトラがピンと背筋を伸ばした。
「僕もご挨拶しないと! ポチさんがお世話になってるんだから!」



 ポチの助にパーティーに誘われたナージャ・カリーニン(なーじゃ・かりーにん)は、ビュッフェスペースで適当に盛った皿を片手に、喫茶スペースでヨシュアと歓談していた。
 ロングスカートのパーティードレスに、上着代わりにサンタ服を羽織っている。
 ちょっと肌寒いかな、と呟いたら、通りすがりのミニスカサンタの男性が、用意したものが更衣室に余っている、と渡してくれたのだった。
「いいね! クリスマスっぽい」
とナージャはその格好にご満悦だ。

「博士!」
 ナージャを探していたポチの助が、ようやく見つけて、手を振りながら歩み寄った。
 彼等を見つけて、二人も椅子から立ち上がる。
「やあ、メリークリスマス。招待ありがとう。楽しんでいるよ」
「よかったです。あの博士、この子が僕だけの機晶姫、ペトラちゃんなのです!」
 出会い頭、そう紹介を受けて、ナージャはぷっと吹き出した。
 ヨシュアが呆れ目でナージャを見る。
「……ナージャさん、失礼ですよ」
「ふふ、いや、ごめんごめん」
 無意識ノロケ紹介に気付かず、きょとんとしているポチの助にもう一度ごめんと謝って、ペトラを見た。
「そうか、君が暴走っ子かぁ」
「ペトラ・レーンって言います! 宜しくお願いしまーす!」
「暴走ってどうなの? 本人から見て」
 ペトラは、目深くフードを被っている。
 これを取り、目を晒した状態にすると暴走し、無差別に周囲を攻撃する状態となるという。
「暴走のこと?
 んー……例えば、今フードを取っても……何ともないよ。
 でも、僕に敵意のある人とか、皆に危害を加えるとか。そういう人がいると……大変、かな。
 あ、でもこの前そうなった時は、ボチさんのことを想って、戻って来れたんだ!
 だから必ずそういうこともなくなるよ!」
 無自覚はお互い様か。くすくす笑いながらナージャは
「どれ?」
と、ペトラのフードを後ろに捲る。
 流石に突然のことで、ペトラはびっくりと固まった。
 見開いている目をじっと正面から覗き込んで、「ふうん」と呟くと、元に戻す。
 呆気に取られているポチの助を見て笑った。
「綺麗な瞳じゃないか。独り占めとは隅に置けないね」
「…………ナージャさん……」
 唖然として、ヨシュアが突っ込む。
「何をやっているんですか、軽率ですよ、こんな所で」
「暴走しないって自己申告があったじゃないか」
「……でも、もしも、こんな人の多いところでそんなことになったら」
「ああ、その時は」
 ナージャは肩を竦めた。
「私が責任を持って、この子を『止める』よ」

 びく、と、ペトラは心なしか、肩を引いた。
 ポチの助が、ペトラを支える。
 怯えた子供を見て、ナージャはにこ、と笑った。
「でも、君の専属技師が、そんなことはさせないんだろう?」
 ペトラはポチの助を見る。ああ、そうだった、彼は絶対に信じられる。
「はいっ」
 返事したポチに、ペトラの強張りはすうっと抜けた。


 ペトラの為に一層の努力を決意するポチの助を目に、カスパールはふふ、と笑った。
(いっぱいべんきょうしないと、かー)
 実は、カスパールも考えていることがある。
 せんせいになりたいな、と。
 まだ、自身も学校に行っていないカスパールだが、これから出来る妹や弟に、自分が家族や兄弟達が大事なことを沢山教えて貰ったように、大切に自分の中に持っているものを教えてあげたい。
 弟妹達だけではなく、沢山の人達にも、いつか。
 そういう人のことを、先生というのだと、何処かで聞いた。
 だから、先生になりたいな、と。
(はじめることに。さはないほうがいいって。だれかがいってた)
 誰かは憶えていないけれど。
 だから、頑張ろうと。
 ポチの助とペトラの姿を見て、カスパールは思った。



 フレンディスの周囲の料理は、恐ろしい勢いで減っていたが、流石は百合園女学院、ビュッフェスペースに、空の皿など置いてはおかない。
「うわ、霞さん、この料理ものすごく美味しいですよっ。
 わあ、見てください、これ綺麗ですね、食べるのが勿体無いくらいです、でも食べますけど」
 目を輝かせたり食べたり話したり忙しい。相槌を打ちながら、適当に自分もつまんでいた霞は、ビュッフェスペースのすぐ近く、テーブルと椅子が設えてある喫茶スペースの一角に、ポチの助達の姿を見つけた。
「フレイ様、あの子、ポチの助様に似ているような気がしますが」
 直接会ったことはないが、間違いないだろう。
「えっ? はっ」
 此処に来たもうひとつの目的を思い出して、フレンディスも喫茶スペースを見る。
「ああ、本当です。行ってみましょう!」
 こうして、人知れずメイド達のひとつの戦いが終わった。ひとまず。

「ナージャ博士、ポチ、お久しぶりでございます」
「やあ。メリークリスマス」
 現れたフレンディス達に、ナージャが答える。
「お久しぶりなのです、ご主人様、その方は?」
 フレンディスが連れている霞は、全員が初対面だ。
「はい。私の新しいパートナーです。
 皆さん今日お集まりと聞き、ご紹介したいと連れ参じました」
「結城霞と申します」
 ぺこりと頭を下げた霞に、ペトラが心配そうな表情を向ける。
「……目が?」
「ああ、ご心配なさらないでくださいませ。
 この目の包帯は、目が不自由なわけではなく、この状態で見えないわけでもないのです」
 霞は特殊な力を持つ。
『メデューサアイ』というその能力は、見据えた対象の時間の流れを遅らせる、というものだ。
 かつて契約者達に敵対し、この能力を活用していた頃もあったが、今は不要な能力だと、そう思っている。
 霞は、ナージャとポチの助を見ると、話を切り出した。
「お二人に折り入ってご相談がありますの。
 わたくしの能力が、完全に無効化出来るかどうか、調べていただきたいのです。
 現在も、わたくしの意志で制御はできますが、つまり、わたくしの意志が奪われた状態を考えますと、その可能性について把握しておきたいのです」
 話を聞いて、どん、とポチの助は胸を叩いた。
「この、超優秀なハイテク忍犬の僕の力が必要なら言ってくださいなのです!」
 へえ、と、ナージャも興味津々の様子だ。
「包帯していても見えるのかい?」
「はい、この包帯では遮れない程、わたくしの視力は強力なのですわ」
 包帯はむしろ、この能力を持つことで怖れる周囲を安心させる為だけの効果しか無い。
「ふむ、眼球以外のところにも視力センサーがあるってことかな。そう仮定すると……」
 ナージャがぶつぶつと呟きながら、思考に没頭しそうになっているのを、ヨシュアが心配そうに見ている。
「また変なことをしないでくださいよ」
「わかったよ。此処では何もしない」
 明らかに残念そうなナージャに、ペトラがあはは、と笑い、霞は首を傾げつつも、ナージャに礼を言った。
「相談を聞いてくださったお礼には足りないかもしれませんけど、わたくしの身体でよければ、ナージャ様の研究にご協力致しますわ。
 ……改造は、ご遠慮願いますけれども」
「ふうん?」
 ナージャは面白そうな顔をして、ずい、と霞の顔を覗き込む。
「百戦錬磨なんだね」
「……どうでしょう」
「いいのかな?
 私の最善は、君にとっての最善じゃないかもしれないよ」
 能力を怖れず、間近から見据えるナージャの顔を、霞は包帯の下から見つめ返す。
「……それでも、わたくしが今此処にいるのは、自身の最善を模索している結果ですわ」
「…………ナージャさん……」
 ヨシュアが深い溜息を吐いた。
 ナージャはぱっと霞から離れてからからと笑う。
「あはは、ごめんごめん。意地が悪かったね。
 ま、こんな面白い能力を外すとか勿体無いと個人的には思うけど、特殊能力ってのは、生き方によって、便利だったり、邪魔だったりするよねえ」
 多分外すことは可能だと思う、そうナージャは言って、いつでもラボを訪ねて欲しいとの言葉に、ハラハラと見ていたフレンディスが、ほっと息を吐いた。


 最後に、エメリアーヌがナージャに挨拶した。
「カリーニン博士。私はエメリアーヌ・エメラルダ。一応、私もポチの師匠よ。
 ま、私が教えられたのは、知識と心構えだけ。何が必要か、何を知ればいいのか……見つけたのはポチ自身だけど。
 私は機晶技術も専門外だしね」
「ナージャ・カリーニンだよ、よろしく」
 ナージャは挨拶を返して笑う。
「博士。ポチの助は、私の自慢の弟子です。どうか、その思いが成し遂げられるよう……宜しくお願いします。
 ……何てね、ちょっと堅苦しかったかしら」
「いいや」
 それだけ、エメリアーヌはポチの助を大事に思っている、ということだろう。
 ナージャは、皆、幸せ者だねえ、と胸の内で微笑ましく呟く。
「堅い話はここまでにしましょう。
 あなた、お酒はいける口? もしいけるなら、一杯どう?
 クリスマス位は、そういうのもいいんじゃないかしら」
「自慢じゃないけど、タダ酒に関しては、私の胃は限界知らずだよ」
 ナージャはからからと笑って、ヨシュアを見た。
「いいよね」
「悪酔いしないでくださいね」
 苦笑して、ヨシュアは、忙しく立ち回っているメイドの一人に声を掛ける。
 運ばれたシャンパングラスを、二人はかちんと合わせて乾杯した。

「子供達の未来に」

 未来を模索する子供、目標に向かう子供、そして、これから生まれてくる子供達に。