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わたげうさぎの島にて

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わたげうさぎの島にて

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【11・子爵は男爵より上の位なのに、男爵のほうが響きは偉そう】

 リフルが梯子を上りきった末に出たのは、四方を壁に囲まれた場所だった。
 ここはどこだろうかと思ったところに、誰かの話し声が響いてきたので耳をすませてみる。
 ミューレリア・ラングウェイ(みゅーれりあ・らんぐうぇい)リリウム・ホワイト(りりうむ・ほわいと)は、応接間でゲオルゲ子爵と対面していた。
「私はミューレリア、こっちはリリウムだぜ」
「あなたが、ここの管理人なのですよね?」
「ああ、そのとおり。我輩はゲールゲ、ゲオルゲ子爵ですぞ。以後、お見知りおきを」
 ミューレリアもリリウムも、ソファには座らず入口のところで立ったまま話をしている。
 ふたりはゲオルゲから放たれるなにかを感じ取り、気を許すわけにはいかなそうだと判断してのことだった。
「それで、ここにはブライド・オブ・ダーツというものが保管されていると聞いてきたんだ」
「できればボクたちに、それを譲って貰えればと思うのですけど……」
 交渉を兼ねて、本当にあるか否かの探りをいれてみるふたり。
 だが肝心のゲオルゲは膝においたわたげうさぎをひとなでしながら、
「なるほど。あなた方はそちらが目的でございましたか」
 ぽつりとそんなことを呟いたのを確かに聞いた。
 なんとなくだったが、ミューレリアは威圧感が緩んだように思えて。どうやらダーツのこととは別に探られたくないなにかがあるらしいとわかった。
「たしかに我輩は、趣味で銃や弓、投擲武器などをコレクションしているでございます。その中にブライド・オブ・ダーツというのも、確かにあるでございます。が……残念ながらお譲りするわけには参りませぬな」
 ゲオルゲはやんわりとだが、はっきり否定の言葉を突きつける。どうやら交渉は決裂したらしい。
「あー、まあそうだよな。いやすいませんなんか。押しかけた上に、無理なこと言ってしまって」
 食い下がっても無理そうなので、ミューレリアはわざと陽気に振舞い。
 リリウム共々ここは一旦引き下がることにして、挨拶もほどほどに応接間を後にしていった。
 ふたりが立ち去ったあと、ゲオルゲはぶつぶつとなにか呟きながら暖炉傍の壁へと歩み寄り、身体ごとぶつかるようにしてどんでんがえしの中へと入っていった。

「…………!!」

 ゲオルゲと入れ替わるようにして、リフルは応接間の中へと入った。
 本当に今のは危なく声を出しそうになった。壁一枚をへだててのニアミス。気づかれなかったのは奇跡にも近い。
「これだと、戻るのは無理そうね……下にいる人たち、だいじょうぶかな。皆も、無事だといいけど」
 心臓は高鳴ったままだが、ダーツがここにあるとわかった以上ぐずぐずしてもいられない。
 一刻もはやく花音と合流して探しに向かわなければと。応接間をあとにして、さきほどふたりと別れてしまった通路へと舞い戻り。
「花音―、エメネアー?」
 近くの部屋を片っ端から調べていく。
 それこそ机の下から衣装棚の中から、ゴミ箱の中まで。
「いやいや。そんなところにいるわけないと思うけどな」
「リフルさん、なんだか珍しく取り乱してるみたいですね」
 そんな彼女を呆れ顔で見つめるのは白砂 司(しらすな・つかさ)と、薬品の詰まった荷物を抱えたサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)。ふたりも花音たちの助けとなるべくここを訪れたのだが。
 リフルの珍妙でコミカルな様子に頭が痛くなりそうな司だった。
「えーと。とにかく、ふたりとはぐれたんだな?」
「……はい、そうですけど」
「だったら俺らと一緒に探そうじゃないか。ふたりになにかあっても、薬師として役に立てる筈だからな」
「今のリフルさんは、あぶなっかしいですからね。そんなに心配になんですか?」
 サクラコの問いかけに、リフルは自問自答する……までもなく。
 もうわかりきっていた。花音も、エメネアも、自分にとって大事な存在だから。相手がどう思っていたとしても。もう放っておけないと。
「心配にきまってるわ」
 うってかわって真剣な表情のリフルに、司とサクラコは笑みを深くさせた。
 そうして三人は捜索を再開させ、階段近くに来たところで話し声が届いて。リフルはそれに反応してすぐに客間の扉を開き。
「花音!」
「リフル!」
 ようやく再会を果たした。
「もう! どこに行ってたんですか! 心配したんですよ!! フラワシ使いに連れ去られたんじゃないかって、もう、本当に……」
 涙目になって駆け寄ってくる花音に、リフルもちょっと涙ぐみそうになったが。
 しかしすぐに、もうひとりの花音特戦隊メンバーが見当たらないことに気づいて。
「エメネアは、エメネアはどうしたの?」
「それが……」
 視線の先には、天蓋ベッドで苦しそうにしているエメネアの姿があり。絶句するリフル。
 しかし同行していた司はいちはやく動き、
「サクラコ、はやく準備を!」
「わかってます!」
 診ていた朔夜と冬月から状態を聞きながら、なんとか動けるようにできないかと薬学やナーシングの力で、病状を一時的にでも食い止められないかと試していく。
 眺めているしかない花音とリフルは歯がゆくて仕方なかったが、とりあえず互いの状況を確認しあっておいた。
 そのとき、誰かがまた新たにこの客室へ転がり込んできた。
 それはミューレリアとリリウムだった。
「っと! なんだ、花音達こんなところにいたのか。マズイとこ来ちまったぜ」
「ミュー。そちらに気をとられている場合ではないです」
 直後、扉を粉砕させながらあるものが姿をみせた。
「あ、あれは……!」
 それはさきほど花音一行も遭遇した、わたげうさぎつきゴーストイコンだった。しかも花音の目には、青白フラワシもおまけつきで付き従っているのが映った。
 実は一度退散したミューレリア達は、再び潜入しトレジャーセンスでダーツ捜索にあたっていたのだが。巡回していたコイツに見つかってしまったのである。
「気をつけてください! あのフラワシは、わたげうさぎについたダニを猛毒化させて攻撃してきます!」
 花音のアドバイスに、ふたりはなるほどと頷いて。
「それがわかれば、多少はなんとかなりそうだぜ」
「こうなったら相手を徹底的に成敗なのです!」
 リリウムはスライム状の粘体のフラワシ『アクア・イリュージョン』を出現させ。
 そいつを薄く薄く引き延ばしていき、膜のように形成してミューレリアとリリウムの身体に張り付かせた。
「これで虫のほうは、フラワシのバリアがまもってくれるです!」
 防御を万全に、いざ戦闘! というところで、

「なるほど。面白いフラワシの使い方をするのでございますな。我輩も今後の参考にしたいところですぞ」

 ゴーストイコンの背後から、ゲオルゲ子爵が姿を現した。
 リフルは少し渋い顔になる。うまくかわせたと思っていたが、どうやらしっかり気づかれていたらしい。
「お前がフラワシ使いか。わざわざ出てきてくれるとはありがたいぜ」
「はじめは、我輩のフラワシだけで排除していこうと思っていたのですぞ。しかし、こう次から次と侵入者が現れてはさすがに堪忍袋の緒も切れるというものでございます」
 ゲオルゲは髭を指先でいじりながらこちらを睨んできている。
 互いに牽制しあい、わずかなこう着状態となりかけたところへ――
「ヒャッハァー! 俺の花嫁達が助けてくれっつーから来てやったぜェ〜」
 高らかに叫びながら南 鮪(みなみ・まぐろ)が乱入してきた。
「ヒャッハァ〜! 花音〜例のプレゼントは読んでくれたかァ〜?」
 鮪はこの張り詰めた空気もどこふく風で、ずかずかと花音の前へとやってくる。
「え、あの。えっとなんの話です?」
「おいおい忘れたのかァ? 波羅蜜多博愛性書TENTOUのことだぜェ!」
 するとなんだかげんなりした様子になる花音。
 ちゃんと読んだのかどうなのかはわからないが、なんにせよお気にめさなかったらしい。
「あの。それより、今はそれどころじゃないんです」
「ヒャッハー! わかってるぜェ、新しいブライドシリーズを探してンだよなァ!」
「は? いえそれもありますけど……」
「にしても、もう他にイロイロ持ってんのに、なんだって別のを集めてンだぁ?」
「だから、それは」
「そうか、理解したぜッ!」
「あれぇ? 質問しておいて自己完結!?」
「つまり適当な星華の星剣ぶっ壊して変わりにその『ブライドオブダツ』をくれてやってお前の配下にするって事だな?」
「その、ダツじゃなくダーツ……」
「ヒャッハァ〜! 相変わらず惚れ惚れする野心家ッぷりだぜェ〜」

[ダツ(駄津):ダツ目ダツ科の魚の総称。全長約1メートル。大抵細長くて口が尖っている。食用。当然ダーツとは無関係]

「キミ。魚の話は済んだかな。そろそろ我輩のほうへ意識を向けてくれるとありがたいですぞ」
「あ? なんだテメェ?」
 鮪は、このときようやく周囲の状況が少し目に入ってきて。
 コンジュラーの彼は、フラワシを発見する。
「ヒャッハ〜! 話に聞いたフラワシ使いか。おいおい、エメネア、リフル。おまえらには見えてるか? あそこにフラワシがいるぜぇ」
「……フラワシはコンジュラーでないと見えないのわかってるわよね?」
「そうだ、フラワシがそこにいンの証明できたらパンツ寄越せパンツ」
「…………脈絡がなさ過ぎて返答に困るわ」
「いいから寄越せ、寄越せば食べ放題だ。寄越せばバーゲン買い放題だ。ん? エメネアはどうした?」
「あなたさっきからどこを中心に目を動かしてるの!?」
 リフルに叫ばれて、さらに意識を広げると。
 エメネアが苦しんで横たわっているのが鮪の目にも映り。さすがにちょっと、血管がぴくりと怒りに震えた。
「あたしの不注意で、こんなことになってしまったんです」
「ヒャッハァ〜花音は相変わらず俺がいないと上手くいかねーようだなァ〜?」
 大体のことを察し、鮪はもっとはやく来るべきだったと悔やんだ。
「そうすりゃあ、エメネアのパンツは貰えてたかもしれねぇのに」
「あなたの興味はやっぱりそこにしかないの!?」
 いい加減、ノリに付き合いきれなくなったゲオルゲは。
 鮪をそっちのけでミューレリアたちと戦っていた。
 リリウムがカタクリズムを使い、ゴーストイコンの足元を揺らせてバランスを崩させれば。ミューレリアはその隙に天のいかづちでゲオルゲを狙う。しかしゲオルゲは行動予測を使い、とっさに置かれていた鉄製の帽子かけを避雷針にしてかわす。
 白熱した攻防が繰り広げられている。
「まあ、あれだ……俺のモンに手ェ出した汚物は消毒だァ〜! ヒャッハァー! 目覚めろォーッ俺のフラワシッ!」
 そんななか放置されている鮪は、突然高らかに叫び。
 花音の悲しみを脳内変換して自分の力に変え、自身のフラワシを出現させる。火炎放射器にも似た形状の粘体のフラワシを。
「ヒャッハァーこれがッ俺のフラワシ! 名前はまだ無い!」
 そのフラワシは、いきなりなにか不気味に赤いゼリー状のものを周囲に撒き散らしはじめた。
「ヒャッハー! 俺のフラワシは、任意の性能の炎を噴射できるんだぜェ!」
 鮪がいうとおり、飛び散った燃える粘体は壁や床にへばりつき。なおも燃えつづけるしつこい炎を具現化していた。
 その炎は、カーテンやカーペットに燃えうつり。徐々に被害を拡大させ。
 もはやフラワシの力とか関係なく、メラメラと部屋中に飛び火していき……
「……あの、これ。逃げたほうがよくない?」
 リフルの一言で全員この客間から飛び出した。
 もちろん花音はエメネアをお姫様だっこして。