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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

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イナテミス防衛戦~颯爽の支城、氷雪の要塞~

リアクション

「別働隊が壊滅? ……そうか、ただ後方部隊、というわけではなかったか」
 伝令からの報告を聞き、ゴルドンは自らの認識が誤っていたことを認める。
「……やむを得ん、ここは一時撤退する。アメイア様に戦況を報告し、対策を新たに講じる必要があるな」
「ハッ! では、そのように伝えます!」
 ゴルドンの命令は即座に実行に移され、およそ半数にまで減らした第一歩兵中隊は、最後までエリュシオンの軍らしく組織だった行動を行い、撤退を無事に成功させたのであった。

「そうですか、撤退しましたか。隊長さんを鹵獲できなかったのは残念ですが、ひとまず成功です。
 ルイさん、マイトさん、朔さん、お疲れさまでした」
 三人から報告を聞いた美央が、一番槍として十分以上の働きを見せた彼らを労う言葉をかける。
「皆さん、お疲れさまです……どうぞ、癒しの力を受け取りください……」
 レイナの手によって、激しい戦闘をくぐり抜け、消耗した生徒たちが再び戦う力を取り戻していく。本人もここまで相当回復魔法を行使しているはずだが、見た目には疲労を感じさせない素振りであった。
(今こそ、雪だるま王国はイナテミスの盾としての役割を果すとき……。戦場で戦う方々の傷は、私が必ず癒してみせます……)
 すべての力を振るう覚悟も秘めて、レイナが癒しの力を行使し続けていく。
「ミオ、これからはどうするの? 事前に立てた計画通りに?」
 その間、カヤノが美央に尋ねる。事前の計画では、龍騎士を撤退させ、洞穴に向かった唯乃がメイルーンを連れてくることが出来た場合、ここにいる者たちの殆どをウィール支城の援軍に向かわせる算段であった。唯乃の方にも戦況は逐一伝わっているはずであり、連れてきているならそろそろ姿が見えてくる頃である。
「おまたせー!」
 そんなことを思っていた矢先、メイルーンと唯乃、ミネ、それにメイルーンと一緒にいた吹笛、洞穴の警備からメイルーンと吹笛の警備に役目を変えたエウリーズが合流を果たす。
「では、カヤノさんは手筈通り、皆さんを連れてウィール支城へ向かって下さい。私はここで、更なる襲撃に備えます」
 美央が、今後の方針を口にする。予定とは大分異なる(予定では、侵攻が確認された部隊を全部退けた上で、だった)が、だからといって臨機応変な対応が自分やカヤノに取れるとも思わない。一度決めたことを貫き通すのが結局は一番なような気がした。
「……分かったわ。ミオ、言っとくけど、一人でなんとかしようと思わないでよね。あなたは一人じゃないんだから」
 カヤノの言葉に、ここまで同行してきた者たちが一様に頷く。
「分かっています。私は皆さんがいて、初めて雪だるま王国の女王様なんですから」
 普段無表情な美央にしては珍しく微笑を浮かべ、そして、ウィール支城へ援軍に向かう者たちを一人、見送る――。

「美央ちゃんから連絡が入ったわ。雪だるま王国は敵の第一波を退けたって。こっちに援軍としてカヤノさんとメイルーンさんが向かっているから、到着するまでに作戦を伝えておくわね」
 美央から報告を受けたタニア・レッドウィング(たにあ・れっどうぃんぐ)が、同じく敵の第一波を退け、束の間の休息を取る伊織とセリシアに雪だるま王国の状況を報告する。
「分かりました、お願いしますー」
 ぺこり、と頭を下げる伊織に振り返って、タニアが部屋を出て行く。
「……まだ、お昼にもなってないですー。さっきは、こっちのイコンが活動限界を迎える前に撤退してくれたからよかったですけど、次も撤退してくれるとは限らないですよねー?」
「ええ……それに報告では、敵は慌てて逃げ帰った風ではなかったそうです。次は、より準備を整えて向かってくるかもしれませんね」
 アルマインの一戦闘での稼働時間は、もって二時間。ドラゴンやワイバーンもずっと飛び続けていられるわけではないが、あちらは数に任せたローテーション戦法が取れる。対してこちらは、一騎の離脱が致命的にもなりかねない。
「メイルーンさんがこちらに向かっているのですから、ヴァズデルさんやニーズヘッグさんにも、出撃の要請を行った方がいいかもしれませんね」
「そ、そうですねー。そこの所はセリシアさんと、ニーズヘッグさんと契約されている皆さんに任せたいと思いますー」
 伊織の言葉を受けてセリシアは、ウィール遺跡に栗といるであろうヴァズデル、イナテミスにエリザベートといるであろうニーズヘッグに、出撃の用意をお願いする旨を伝えてくれるよう頼むのであった――。

(なるほど……いい情報を聞かせてもらいました。では早速、カスパールに伝えておきましょう)
 直後、ガイウス・カエサル(がいうす・かえさる)から今後のウィール支城の方針を聞かされたアウナス・ソルディオン(あうなす・そるでぃおん)が、今頃はエリュシオンの捕虜として捕らえられているはずのカスパール・コンラッド(かすぱーる・こんらっど)に、アルマインの稼働時間やニーズヘッグおよびヴァズデルが出撃する可能性があること、雪だるま王国から援軍が向かっていることなどを伝える。
(エリュシオン帝国こそがパラミタの守護者……故に、イルミンスールは帝国に従うべきなのですよ。
 それこそがイルミンスールが生き残る唯一の道なのですからね……)


●浮遊要塞

 アメイアの元にも、続々と各方面から戦果と、情報が届けられる。
「ふむ……予想していたよりも雪だるま王国方面の損害が大きいな。彼らは砦に篭るものと思っていたが」
『はい、私もそのように予測していました。ですが実際は、我々の進撃路に罠を張り、さらには砦を放棄して積極的な迎撃策を取りました。奴らは吹雪の中でも平原と同じ速度で進軍してきたため、どうしても後手に回らざるを得ませんでした』
 モニターに映るゴルドンの言葉を、アメイアが頷きながら聞く。雪だるま王国の周囲に吹く吹雪は、こちらには障害となるが、あちらには障害とならないようであった。そもそも特定の地点だけに吹いている雪なのだ、何か特別なものであったとしてもおかしくはないだろう、そう結論付けることにした。
「ヘレス隊長、君の報告も聞こう」
「はっ、では失礼いたします」
 ゴルドンとの通信を維持したまま、アメイアが帰投したヘレスへ、報告を促す。
「敵戦力の情報を取得するため、様々な策を試みました。ですが、確実なものは得られていません。敵の採りうる作戦は多岐にわたり、やはりこちらも、対応が後手に回らざるを得ないといった状況です」
 敵の機動兵器は命中性能に優れていること、耐久力に付け入る隙があることなどを得つつも、戦況を左右しうる決定的な情報は得られなかった。今のままでは、力押し以外に有効な作戦が取れない、そんな所であった。
「団長、お話中失礼いたします。捕虜として捕らえた者が、イルミンスールを落とすために協力したい、知りうる限りの情報を提供する、と言っています。いかがいたしましょうか?」
「ほう、それはまた、奇異なことだ。……その者をここへ通せ」
 アメイアが指示を伝え、しばらくして、捕虜として捕らえたイルミンスール生徒――カスパール――を連れた隊員が、メインルームに入ってくる。
「私が第五龍騎士団団長、アメイア・アマイアだ。……貴様はイルミンスール生徒でありながら、イルミンスールを落とすために協力したい、と言ったが、何故だ?」
「それは私のパートナーが、この戦いにおける帝国の勝利を望んでいるから。帝国の支配に下ることが、イルミンスールに真の平和をもたらすと考えているから」
 そのために彼女、カスパールのパートナー、アウナスは彼女をあえて帝国の捕虜として送り込み、アメイアたちが知ることに難を要する情報を提供するのだ、ということであった。
「……もしそうだとしても、私は貴様のもたらす情報を話半分程度にしか聞かんぞ」
「構わないわ。情報が正しいかどうかは、すぐに分かることだから」
 言ってカスパールが、アウナスからもたらされた情報を口にする――。

 カスパールから得た情報は、それが真実であれば確かに、この戦いを決定的な勝利に導くに足るものであった。
 アルマインの稼働時間がもって二時間というのであれば、部隊の時間差投入を行い(それを可能にするだけの兵力がある)、被害を抑えつつ戦いを進められる。
 イルミンスールの切り札とも言うべき、ニーズヘッグとヴァズデル、メイルーンの動向も掴むことが出来た。実際に攻撃するかどうかはさておき(特にニーズヘッグは、元ユグドラシルの守護者ということで、今でも信奉するものがいたし、そうでなくとも攻撃を躊躇われた)、対応策がある以上、不意を突かれるということはなくなった。
 しかし、とアメイアは思案する。
 戦争に綺麗事は不要。それに、龍騎士団を預かる者としても、また個人としても、一人でも多く五体満足で国に帰らせてやりたいとも思う。
 だからといって、彼女の、いや、この場合は彼女のパートナーという者の意図にまんまと乗るような形は、正直、気に入らなかった。さも自らが高尚な理想を掲げ、正しい行動をしていると思い込んでいる馬鹿は、味方にも敵にもしたくないし、関わりたくなかった。このような奴を戦場に向かわせる結果となったイルミンスールを、哀れにすら思う。
(私が相手の立場であれば、即刻首を撥ねているな)
 ともかく、何か一つは、もたらされた情報に沿わない、思い切った行動を起こしておきたい。それが例え、この戦いにおいてはまったくの無益であったとしても、そうしなければ自分を納得させられないような気がしていた。
(フッ……私も、結局は未熟ということか)
 自嘲めいた笑みを浮かべるアメイアへ、その『思い切った行動』を起こすきっかけとなる情報がもたらされる。
「団長、団長宛てにメッセージが届いています。
 発信者はメティス・ボルト、レン・オズワルドからの伝言であるとのことです」
 団員の一人が報告し、伝言の内容をアメイアに伝える。

 アメイア・アマイア、俺はお前に一騎討ちを申し込む。
 預けたままのコート、返してもらうぞ。


 メッセージを聞き終わったアメイアが、意気揚々と椅子から立ち上がる。
「よい、よいぞ! よくぞ申し出た!」
 誰から見ても愉快、と言わんばかりの表情に、ヘレスがまさか、という思いで言葉を口にする。
「団長、申し出を受けるのですか? 敵の罠という可能性がありますが……」
「かもしれないな。だがその時は、奴らの居城を塵も残さず破壊し尽くすまでだ」
 アメイアの言葉に、ヘレスがはぁ、と息をつく。アメイアの団長就任時からの付き合いであるヘレスは、アメイアがこういう性格なのを熟知していた。こうなっては、誰が何と言おうと一騎討ちへと赴くであろう。
(……まあ、だからこそ、私たちは団長の下についているのかもしれないがな)
 心に呟いて、ヘレスがこれからの対応をどうするかに話を持っていく。
「損害を受けた第一竜兵中隊へは、第五竜兵中隊から補給を行う。……構わないか?」
「はっ! 精鋭揃いと名高い第一竜兵中隊へ配属されることは、部下にとってもさぞ光栄でありましょう!」
 第五竜兵中隊隊長の言葉にうむ、と頷き、アメイアが言葉を続ける。
「ヘレス隊長は第一の他、第二、第三竜兵中隊を率い、敵へ波状攻撃を行え。敵を戦場に縫い付けるのだ。その内補給のために奴らが支城に引き返さざるを得なくなった時が、総攻撃の合図だ」
「ハッ、了解しました!」
 ヘレスが敬礼で答えるのを見遣り、アメイアはモニター越しにゴルドンへ指示を伝える。
「ゴルドン隊長も同様に、第五歩兵中隊から補給を受け、第二、第三歩兵中隊を率い、雪だるま王国からウィール支城へ向かっているはずの敵を捕捉、殲滅しろ。接触を果たした時点で、第四、欠員の第五歩兵中隊をウィール支城占領の要員として送る」
『……殲滅に時間がかかれば、それだけウィール支城の占領が遅れる算段ですか。いやはや、団長も人使いが荒いですな』
 モニター越しに、ゴルドンが冗談を口にする。ゴルドンもヘレス同様、アメイア団長就任時からのいわゆる古参であった。が故に、不遜とも取られかねない態度が取れる。
「貴官らの力量を慮ってのことだ。なに、辞退しても構わぬのだぞ?」
「いえいえ、団長にそこまで評されて、辞退するなどもっての外。このヘレス・マッカリー、必ずや成し遂げてみせましょう」
『同じく、ゴルドン・シャイン、団長の期待に応えてみせましょう』
 ヘレスとゴルドンが敬礼するのを、アメイアも敬礼を以て応える――。

 そして、味方の行動方針が決定し、敵の行動方針も情報を得ていることから、準備は順調をもって進められ、やがて出撃準備を整えた竜兵、および歩兵が、それぞれ目標を果たすために出撃する。
 命令を出し終えたアメイアは、一旦自室に戻り、入口そばにかけてあったコートを身に纏う。それは、見るも無残な姿になったアメイアを哀れに思ったレン・オズワルド(れん・おずわるど)が、アメイアに貸したものであった。
(この戦いが終わった時に返すつもりであったが……フッ、面白い。レン・オズワルド……貴様と真剣勝負、楽しみにしているぞ)
 身震いを覚えるほどの高揚感を胸に、アメイアが出撃準備を整え、自室を後にする――。