天御柱学院へ

蒼空学園

校長室

イルミンスール魔法学校へ

【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

リアクション公開中!

【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)
【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編) 【ニルヴァーナへの道】奈落の底の底(後編)

リアクション

 
第19章 制限時間

 なるべく飛び回って予測装置を反応させろ、という湯上凶司の指示に従い、戦闘は他イコンに任せて戦場を飛び交っていたヴァルキリーのディミーア・ネフィリム(でぃみーあ・ねふぃりむ)の予測装置のアラートが鳴って、周囲を見渡す。
「ちょっと、何あれ!?」
 数キロサイズの巨大な虚無霊の上に、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が立っていた。
 全長100メートルという巨大さだが、足場にしている虚無霊が大きく、付近にいる良雄は更に大きい。
「……あんなものを具現化させる人なんて、一人しか思い浮かばないわねえ」
 通信から、ネフィリム三姉妹の長女、セラフ・ネフィリム(せらふ・ねふぃりむ)の乾いた笑いが漏れた。
 3人、思いは同じだ。
 あれを具現化させたのは、自分達のパートナーに違いない。
 巨大環菜が現れたと知って、「おのれ御神楽環菜!」と半ば八つ当たり的な叫びを上げているのが目に浮かぶようである。
 巨大環菜は、ぐるりと顔を巡らし、1号艦を見付けた。
 どうやら、離れたところに具現化したものは、具現化させたもののところへ行こうとするものらしい。
 しょうがないわねぇ、とセラフは肩を竦めた。
「飛空艦に近付けさせるわけにはいかないわね。しかも、あんな足場ごと」
「もう、キョウジのバカっ」
 末っ子のエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)が、悪態をつきつつも、パートナーの尻拭いのために動く。

 が、よく見れば、環菜は、その手に鎖を持っていた。
 その鎖の先にあるものが、標準サイズだったので、気がつかなかったのだ。
「あ、あれは……!!」
 ディミーアは、それに気付いて絶句する。

 ぺたんと座り込む全裸の三姉妹に、首輪だけが嵌められている。
 その首輪に、鎖が繋がれているのだ。
「誰よ、あんな想像してるのはッッ!!」
「それとも、無意識が具現化されちゃってるのかしらねえ?」
 あらまあ、と、セラフが苦笑する。
「な、なんでボク達、服着てないの……?」
 オロオロと恥ずかしそうに言うエクスは涙目である。
 明らかに具現体であると判断して、近くのプラヴァーが環菜達に攻撃を仕掛けた。
 それに気付いて、すかさずディミーアも向かい、残る二人もそれに続く。
「援護するわ! ってか援護して! そいつらは、私達が倒すわ!」
 巨大環菜が手をのばした。
 届かない、と思いきや、手先が急にぐんと伸びて、プラヴァーは素早く躱す。
 手の先から、環菜がぐにゃりと崩れて、ウミウシとなった。



 100メートル巨大アーデルハイトが、ずしんと巨大飛空艇シグルドリーヴァの上に乗った。
 重量オーバー過ぎで、飛空艇が傾く。
 みしりと軋み、マストが一本折れた。
「ちょっ……! 何でございますの!?」
 飛空艇を操縦する、風森 望(かぜもり・のぞみ)のパートナー、ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が、引っ張られて叫ぶ。
「……やっていまいました……」
 望が呟いた。
 巨大なアーデルハイトが出てきて、ドカンと大きな魔法を撃って敵を蹴散らす、なんて、そんな他力本願なこと、期待したりなんてしていなかった。
 自分の力で何とかしないと、成長なんてできない。
 期待なんてしていなかったのに。
「……つまり、ちょっとは期待していたというわけでございますのね」
 ノートが言った。
 外の甲板で生身で戦う望みの呟きなど、聞こえていたはずはないのだが。
 巨大アーデルハイトは、虚無霊に向かって魔法を撃つ仕草を見せたが、魔法は放たれなかった。
 その瞬間、体のあちこちから、ぐわっと触手のようなものが突き出し、広がって、飛空艇を覆おうとした。
「くっ……!」
「お嬢様!」
 望は船外から、必死に舵を切るノートに叫ぶ。
「仰角20度、取り舵いっぱい!」
 足元をぐらつかせ、頭からウミウシに変わっていく巨大アーデルハイトを振り落とそうと、ノートは飛空艇を急旋回させた。
 そこへ、ドスッ、と、高速でパワードスーツが突撃し、ウミウシを貫いて行く。
 ぐらりと傾いだ巨大アーデルハイトの、その反対側へと、シグルドリーヴァは抜ける。
 足場を失った巨大アーデルハイトは、ウミウシに変化しながら、飛空艇から落ちて行く。
 途中で虚無霊の上に落ち、同化するように吸い込まれて消えて行った。
 ノートを援護したパワードスーツは、そのまま次の標的に向かって行く。
 望の目はそれを追ったが、誰かを確認するまでには至らなかった。
 他のスーツとは、形が少し違いますね、と、そう心の中で思う。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
「とりあえず、飛行は可能ですわ。
 マストの修理は、ここを切り抜けた後にいたしましょう」
 ノートの返答にほっとした。



「実際問題、あのジャンプが成功しなかったら詰みだろ。
 他にナラカの底へ行く道があるようにも思えんし……」
「そうですね。
 敵は無数ですから、一体一体狙うよりは、まとめて薙ぎ払うような感覚で攻撃した方が効率がいいでしょう。――」


 一応、念の為、と思って用意した指輪だ。
 そう、確かに指輪、ではある。
 だが、何かあった時の為、生身で脱出するような事態が生じた時の為のデスプルーフリング、だったはずなのだ。
「解っています」
 ちゃんと装備しています、と、パートナーの強化人間、サツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)は言った。
「いざという時に『脱出』という選択も取れる、というのは安心材料のひとつです」
 そう、その為のリングだ。だが。
「……そりゃ、“指輪”なんだけどさ」
 外堀を埋めるだけの契約だったのが、気付いたら内堀まで埋められてた、というような。
 そんな感じがひしひしと、だってほら!
「……えへへ」
 普段殆ど表情の動かない彼女が、指輪を見て、ひっそり嬉しそうな顔をしていたりして!
 大切な人からの贈り物というのは、やっぱり、嬉しいです。
 そんなこと、サツキは直接言わないけれど、ああもう!
「…………解った、解ったから」
 新風 燕馬(にいかぜ・えんま)はついに叫んだ。
「?」
「帰ったら、もっとまともな、普通のちゃんとした指輪を買う。
 だからそんな装備品で喜ばないで」
 何だかアレだ、もう、負けた気分。


「――。そうだな、火器をケチらず撃ちまくって行こう。
 一時間、守り抜いて見せる!」
 周囲の敵を確認しないくらいの勢いで、ライゼンデ・コメートはレーザーバルカンを撃ちまくった。
 実際、良雄が巨大な分護る範囲も広すぎて、味方は半ば散り散りなのだ。
 味方同士は近づいては離れたりしながら、100キロの範囲を護っている。
「――それにしたって、キリがない……!」
 自分達が虚無霊を一体墜とす間に、その横で十体の虚無霊が良雄の体に取り付き、喰らいついているような状態だった。

「危ないっ!」
 死角から飛び出してきた虚無霊に、サポートの手が遅れた。
「しまった……!」
 思った刹那、虚無霊がぐわっと破裂する。
 中から、見掛けないデザインのスーツが飛び出した。
「大丈夫か」
「長曽禰少佐!?」
「暴れられて、とどめを刺すのが遅れた。巻き添えはないか?」
「だ、大丈夫です」
「そうか、もう暫く耐えろ。あともう少しだ」
 言って、長曽禰少佐は次の目標に向かって飛び去って行き、次々に敵を撫で斬りにして行く。
「強い……」
「ぼんやり見送っている場合ではありません。衝撃波、来ます」
「あっ、ごめん」
 サツキの言葉に我に返り、燕馬は慌てて計器を見た。

 契約者達は、衝撃波が来る度、攻撃に注意しつつ、付近の巨大虚無龍の影になるような位置を取るようにしてその波動を逃れていたのだが、エリュシオンの龍騎士達や、長曽禰少佐は全く逃げる様子がなかった。
 それでいて、その波動の影響を受けていない。
 ダイヤモンドの騎士に至っては、衝撃波をまともに受けて、ものともしていなかった。
 どうやって避けているんだ? と驚く燕馬を横目に、サツキは長曽禰少佐に通信を入れた。
「長曽禰さん。衝撃波を避ける方法を教えてください」
「ん? あー、いや、勘だからな……」
 長曽禰少佐は答えに戸惑う。
 龍騎士達の目には波動が見えているようだが、長曽禰少佐の場合は、はっきりと解っているわけではなかった。
 役に立ちませんね、とサツキは思ったが、確かに、戦闘の感覚というものは、他人に説明できるものではないのだろう。
 強化人間である自分にも、それは解った。



「何て堅い奴なのよ! 引き剥がせない!」
 一体の対処にてこずっている間に、虚無霊はどんどん群がって来た。
 パラスアテナの操縦席で、御凪 真人(みなぎ・まこと)のパートナーのヴァルキリー、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が言う。
「焦らないでください。大丈夫です」
「でも、あと1分で武器エネルギーを使い切るわよ、一旦補給に戻らないと!」
 ビームキャノンの弾道が、巨大良雄の肌を掠める。
「しまった、少し掠ってしまいましたか」
 真人軽く舌を打った。
 飛び道具を使っていて、良雄に貼り付く敵を相手に、全く良雄を巻き添えにしないで戦うなど、無茶な注文もいいところではあるのだが。
「食べてるわけじゃないんだし、大丈夫じゃない?
 っていうか、全く流れ弾を当てないで護ってる人なんていないって絶対!」
「まあ、そうですね」
 この大量の諸々に食べられ続けていることと比べれば、多少なら影響はないだろう、とは思えるが。

「それにしても」
とセルファは時計を見た。
「1時間、とっくに過ぎてるわよ!? まだ割れないじゃない!」
「恐らく、良雄の質量が減ったからでしょうね。
 その分、着地する時に地表に加わる負荷が減ったんです。
 ……ここまで耐えたのに、まだかかるということですか……」
 御凪真人が、苦く呟く。
「もうっ、注意しなきゃならないことありすぎなのに!」
 何より心配なのが、想像力が具現化する、という現象だ。
 無意識の内から具現化させてしまうのでは、冷静に、何も考えないようにと心がけたところで無意味だ。
「注意していなくてもいいですよ」
 真人が言った。
「え?」
「目の前の敵に集中していれば、それでいいです」
「……」
 くす、とセルファは笑う。
「そうね……。そうするわ」
 虚無霊の中心に、弱点の“核”があることは、もう解っている。
 虚無霊は異形のものが多く、口のような気管を持たないものだと内部侵入が困難となるが、巨大な虚無霊に対しても、危険ではあったが、これを攻めれば倒すことができた。
 また、侵入口の無い相手でも、力技で無理矢理潜り込んで行くパワードスーツも見掛けて驚く。
 イコンに乗っていても単独で相対するのは危険な、キロサイズの巨大な虚無霊だ。
(後に、それが長曽禰少佐のスーツだと知った)
「あんなことができるの!?」
「俺達は、俺達が出来る方法で戦いましょう。
 サイズの大きなものから狙っていきます。
 でも、手近な敵から行きましょう。無駄な動きをするより、少しでも多くの敵を倒さなければ」
 改めて、確認しあう。
 その辺のバランスは難しいところだ。常に周囲をよく見て冷静に判断しなければ、と真人は自分に釘を刺した。
「了解!」