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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【ニルヴァーナへの道】崑崙的怪異談(後編)

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【2】百折不撓……3


「目標は左翼からの攻撃を抜けて北上中、武晴廟へ向かっています」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の報告を受けて、メルヴィアは双眼鏡で九龍の姿を追った。
 彼女達も同じく屋根の上を忍者のように移動し、目標までの距離を縮めていく。
「しばしお待ちを」
 上杉 菊(うえすぎ・きく)は一歩前に出ると弓の二本射ちで前方のキョンシーの足を止める。
 更にグロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)が敵を押し込む。
 フレアライダーを駆るライザは肉薄すると、狙い済ました疾風突きでその態勢を崩す。
「下がれ、下郎。我らの道に立ち塞がること、何人たりとも許さん」
 彼女の構える二対の剣『ブリタニア』と『タイタニア』にぐるぐると激しい炎が渦巻く。
「はあああああっ!!」
 その風貌からは想像の出来ない豪快な剣捌きで一気に敵陣を切り崩す。
「ライザ様!」
「……!」
 ライザは討ちもらしたキョンシーに目を向けた。敵は構えをとり反撃に転じる。
 しかしその瞬間、菊の放った炎の矢が次々と突き刺さった。これを勝機と2人は残りの敵を一気に仕留めていく。
「……あらかた片付いたか」
 眼下ではところどころでキョンシーとの小競り合いが発生しているようだ。
 なかなか前線を押し上げられない原因はどうもやはり連携の不和によるものらしい。
「芳しくありませんね……」
「あの者に数多の国難を切り抜けた妾や菊媛の千分の一ほどの決断力と覚悟があればな……。無理か」


「相手はたったひとりだぞ! 何を手間どっている……! さっさと戦線を押し上げろ!!」
 メルヴィアは無線機に向かってイライラ怒鳴り散らす。
『そ、それはそうなんですけどぉ……』
「おまえ達の左前方に交戦中の隊員がいる。加勢してとっとと屍人の群れに穴を開けろ」
『あのぉ……そんな隊員いませんけど。つか、その方角からキョンシーが向かってきてますけどぉ』
「あの三等兵……! 私に報告なく持ち場を離れたな……!!」
「…………」
 ローザは冷めた目でそんな彼女を見ている。
 その背後からゆっくり近付くのは、ひょんなことから前回知り合った紀柳法 万桑(じーりうふぁ・うぉんさん)
「くっくっく、我の見立てに違わぬ味であった。さぁ、血を吸わせ……」
「あのねぇ、そんなことしてる状況じゃないでしょ」
「……まぁいい。あのひと舐めで契約は成立したのだ。これからはいつでも好きな時に好きなだけ吸って……痛っ!?」
「そなた、まだローザに付きまとっておったのか」
 ライザの拳骨に万桑は涙目を浮かべた。
「契約したのなら妾たちに手を貸せ。働かざる者喰うべからずと昔から言おう」
「……むぅ。わ、わかった」
「まぁ働くにしても職場の環境をどうにかしないと、ね」
 ローザは肩をすくめ、メルヴィアに声をかけた。
「大尉。僭越ながら、細部の状況など報告する必要はないと思います。現状では個々の対応に任せたほうが良いかと」
「なんだと……?」
今、兵に必要なのはあなたの覚悟です。我々は指揮官としての身の処し方を、見せて欲しいのであって『お前達は消耗品だ。死んで来い』などという命令が欲しいわけではありません。もし『死んで来い』と言うならばその後に続くのは『私も後から必ず行く!』であるべきではありませんか」
「私に死ぬ覚悟がない、と言いたいのか……?」
「必要なのは死ぬ覚悟ではありません。必要なのは信頼です。信頼して背中を預けていいのか、それを示すべきです」
「通常は80%の状況が判明していれば良いほうだ。残り20%が不明なのは戦場ならば当たり前。指揮官はそうした状況であっても右か左かを決めねばならない。上官に決断を正しく下せる資質があるのか、兵はそれを知りたいのだ」
 ライザが言うと、菊もそれに続ける。
「もう、宜しゅうございましょう? 無理を通す必要などどこにありましょうや?」
「…………」
 メルヴィアは黙ったあと、ふと無線にこう言った。
これより状況に関する詳細な報告は不要。各自、己の判断で臨機応変に対処せよ。生じる全責任は私が負う
 その言葉にローザ達は互いの顔を見合わせた。
「……私は作戦に利する提案ならば採用する。だが一度採用されたからと言って図に乗るなよ」


「うーん、しかし覚悟を示すにはちょいとスパイスが足らんのとちゃうか」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は言った。
 不敵に笑う泰輔に、メルヴィアが不審を感じるのにそう時間はかからなかった。
 けれども、彼がスパイスを効かせるのはもっと時間がかからなかった。
 突然、レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)はメルヴィアを羽交い締めにしたのだ。
「なんの真似だ、貴様ら……!」
「こ、こわ……!」
 身動きを封じても尚、彼女の眼力に晒されるのは心臓に悪いことである。
「ま、まぁぶっちゃけた話すると大尉殿がこんな後方にいたんじゃ隊員に示しがつかないっちゅーこっちゃ」
「?」
「そりゃまぁ軍のお偉いさんが任命したんだから優秀なお方なんやろうけど、人心掌握って点じゃ落第点……うう」
 殺すぞオーラ前開の彼女を前に、泰輔も思わず言葉を詰まらせた。
 代わってレイチェルが続きを言う。
「こんなことを言うのは心苦しいのですが、人心掌握という点ではあなたの嫌いな『無能』に分類されると思います」
「銃殺にするぞ……!」
共に同じ目的のために戦う『人間』であれば、上官といえども人を『駒』扱いしてはなりません!
 そう言うと、彼らはメルヴィアを拘束したまま、最前線へと移動を始めた。
 最前線では九龍とキョンシーを相手に隊員たちが小競り合いを繰り広げている。戦況は九龍側が優勢のようだ。
「よーし、ここらで大丈夫やろ」
「な、なにをする気……だああああああああっ!!
 泰輔が目配せするとレイチェルは、特技の投擲を活かしてメルヴィアを思い切り放り投げた。
 と同時に泰輔は隊員たちに聞こえるように大声で叫んだ。
大尉殿自ら敵に向かわれた! 大尉殿を討たすな、わが軍の名折れやー!!
 覚悟を示すには同じ場所に立たなくてはならない。
 そしてこの機にこれで自分の強さや弱さ、慢心について自覚してくれればいいと泰輔は考えたのだ。
「まぁ、あとが怖いけどな……。うう、めっちゃ睨んどるわ……」


「メルヴィア・聆珈か……。ニルヴァーナ探索隊の指揮官自ら俺の前にあらわれるとはな」
「好きで出て来たのではないっ!」
 最前線に躍り出たメルヴィアを九龍は値踏みするように見つめた。
「理由などどうでもいい。おまえを殺せばこの隊も終わりだ。死んでもらう」
「舐めるなっ!!」
 メルヴィアは斬糸を引き出すと、九龍の目の前の空間に向かって手刀を繰り出した。
 はっと攻撃の正体に気付いた九龍は後ろに飛ぶ……がしかし、かすった糸が真一文字に腕を斬った。鮮血が散る。
 斬糸は非常に間合いを掴みにくい武器だ。三歩先離れて放った攻撃でも、伸びた糸は確実に目標をとらえている。
「妙な武器を使う……」
 眼光に暗い光が宿るやいなや、九龍は抜心の構えで彼女に飛び掛かった。
 しかしその刹那、飛び込んで来た無数の弾丸が攻撃を止める。
「大尉殿には指一本触れさせん!」
 銃を構えた隊員たちが、九龍を牽制。更に別の仲間が彼女を守るように立ちはだかった。
「おまえたち……?」
「あなたには納得出来ないこともありますが、我々にもプライドと言うものがあります」
「リーダーが傷付くのを黙って見ていたとあっては母校の看板に泥を塗ることにならぁ!」
「そうそう、隊長が最前線まで来てんだ。ここで意地を見せなきゃ男じゃねぇよ!」
 隊の士気は確実に上がっていた。
 先ほどまで足並みの揃わなかった隊員達も少しづつ、連帯を取り戻し、九龍を確保する包囲網が形成されていった。
「地形データ受信完了っと……、ありがとう、リュウライザーさん」
『いえ、お役に立てて光栄です』
 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は見晴らしのいい建物の上から戦況を分析していた。
 無線機を通しても連帯が回復しつつあるのはよくわかった。
 通信を絶っていた者からも連絡が返るようになり、より詳細な戦況を把握することが可能になった。
「さっきは裏をかかれたけど、今度はそうはいかないよ……!」
『こちらB班、最前線に到着。どうすればいい』
「ああ、C班と組んでローテーションで4番区画にいるキョンシーに攻撃を仕掛けてくれ」
『G班も最前線に到着だ。どうぞ』
「九龍への攻撃を頼むよ。使役しながら戦うにも限界は来るはずだ。体力と集中力、思考力を削るんだ!」
『了解。休む間もなく攻撃を仕掛けるぜ』
 と……その時だった。
 不意に九龍の周囲に強烈な吹雪が発生した。
 吹雪に紛れて幾つもの大きな氷の礫が探索隊を狙うように降り注いだ。
 幸い狙いが甘かったのか、探索隊に被害は出なかったが……しかし、九龍がその場から逃走する隙を与えてしまった。
「逃げられた……!?」


 ローザの提案 +5
 指揮官自ら最前線に参上 +15
 連帯回復【60%】