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リアクション
第26章 声、震えて
念入りに準備をして、おめかしもして。フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)は、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)を誘って、バレンタインフェスティバルが開催されている空京の街に訪れていた。
フィリップと一緒にイベントを見て回ったり、買い物をしたり、楽しく一日を過ごした後。
フレデリカとフィリップは駅の前で立ち止まって、話をしていた。
「フィリップ君、今日は一日バレンタインフェスティバルに付き合ってくれてありがとうね」
フレデリカは鞄を開いて、フィリップへのプレゼントを取り出そうとする。
今日の為に、彼に渡すだけのために、心を込めて一生懸命作ってきたもの。
満足できるものが出来なくて、何度も失敗して作り直したけれど。
ようやく、ザンスカール家次期当主ルーレンがどんなチョコレートを彼にあげたとしても、大丈夫というえるほどの自信作に仕上げることができた。
そんな大切な世界で一つだけのチョコ……。
「これ、私の気持ち……」
鞄の下の方にあった袋を取り出したフレデリカだけれど。
「あ、あれ? わ、割れてる……」
一日歩き回り、時には走ったり、乗り物にも乗ったため……大切な自信作は二つに割れてしまっていた。
彼に喜んでもらおうと頑張って作ったのに。
(これじゃあまるで神様に、私の想いは届かないって言われている様じゃない)
これでは、ルーレンに負けてしまうと、フレデリカの心に焦りと悲しみがあふれていく。
(こんなの、こんなのって無いよ!)
フレデリカの目から、ぽたぽた涙があふれ出す。
「フ、フレデリカさん、ど、どどどうしたんですか!?」
突如泣き出したフレデリカを前に、フィリップは酷く慌てだす。
通行人達もどうしたのかと、2人の方に目を向けてくる。
「ごめ……んね」
フィリップに心配をかけてしまうから、早く涙を止めなければと思うけれど。
今傍にいる彼が、いなくなってしまった兄のように。
どこか遠くへ行ってしまうような気がして。
「えっと、それ僕にくれようとしんたんですか? 嬉しいですよ。割れてしまっていたとしても、嬉しいですから……」
フィリップは必死にフレデリカを慰めようとしている。
その彼の優しさに、余計にフレデリカは自分が情けなくなっていき、ますます涙が溢れてしまう。
「あ……えーと。どうしましょう。どこかで休みましょうか? フレデリカさん……」
フィリップもますます困ってしまっていた。
彼が、皆から覆い隠すように自分のすぐ傍にいてくれること。
彼の息が、拭きかかるくらいに、接近していることに……。
フレデリカの心臓の音が高鳴っていく。心が、フィリップの色に染まっていく。
こんな雰囲気の中で、告白なんてするつもりは毛頭なかったのだけれど……。
ルーレンさんと正々堂々勝負するって言った後なのに。
(ごめんなさい。もう止められない)
だけれど、フレデリカは高まった感情を抑えることが出来ずに、止められない想いを口にする。
「フィリップ君、あなたが大好きです。ずっと側にいてください」
嗚咽を抑え、声を震わせてフレデリカは彼に想いを伝えた。
魔法貴族としては、失格なのかもしれない。
だけれど、どうしても止められなかった。彼のことが、本当に大好きだから……。
「……え……っ?」
フレデリカの告白に、フィリップは驚きの表情を浮かべた。
彼女が自分に親しみを感じてくれていることには、なんとなくわかってきたところで、嬉しく感じてはいたけれど。
フィリップは女性に苦手意識をもっているし、自分が好かれる理由も良く解らなくて。姉達のように、自分を玩具のように扱って楽しむために、近づいてくるのではないかなどという、警戒心も無意識にあるくらいで。
だから、フレデリカの想いに、今は……ただ、びっくりした。
改めて、フレデリカが自分にくれようとした物に目を向ける。
これは、本命のチョコレートというものだろか、と。
自分の為に、一生懸命作ってくれたものだから、彼女はこんなにも悲しんでいたのだろうかと。
「フ、フレデリカさん……」
緊張して赤くなりながら、フィリップも今の彼の本当の気持ちをフレデリカに話していく。
「僕は今まで、フレデリカさんをそのように意識してきたことはありませんでした。だから、今の僕の気持ちは……今はフレデリカさんと一緒ではないです。これからも一緒に、勉強をしたり、遊んだりすることは僕もしたいと思いますし、これからはフレデリカさんが僕のことを……想ってくれていることを念頭に、色々頑張っていきたいと思います。……って、頑張るって変です、ね」
フィリップは真っ赤になりながら、ゆっくりそう言ったのだった。
「うん……。これからも、よろしく、ね」
涙にぬれた目で、フレデリカがフィリップを見る。
「は、はい。よろしくお願いします」
フィリップはぺこりとフレデリカに頭を下げた。
それから、フィリップはハンカチを取り出してフレデリカに差し出した。
フレデリカは彼のハンカチで涙をぬぐって、洗って返すと約束をして、その澄んだ空色のハンカチを大切に握りしめたのだった。