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第31章 エスコート

「そろそろ時間だよな……」
 時計を確認したところ、待ち合わせの時間まで、あと5分あった。
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、今日の為に、本や講習でテーブルマナー、貴婦人のエスコート等について学んできた。
 服装もラフな格好ではなく、ジャケットを着用している。
 仕事の関係で、ここヴァイシャリーには頻繁に訪れており、美味しいレストラン、隠れた名店についての知識もあった。
 準備は十分だ。
 今日は誘った相手――泉 美緒(いずみ・みお)を、存分に楽しませてあげるつもりだった。

「お待たせいたしました」
 約束の時間ちょうどに、美緒は現れた。
 彼女は真っ白で、柔らかそうなコートを纏っていた。
 ふわりと微笑むその顔も含めて、とても柔らかい雰囲気だった。
「それじゃ行こうか」
 正悟はそんな彼女を見て少しだけ目を細めた後、彼女を予約してある店に案内する。

 綺麗なシャンデリアのある、お城の広間のようなレストランで、正悟は美緒と料理を楽しんだ。
 彼女はこういう店に慣れており、普段通りのリラックスした表情で食事をしていた。
 正悟の方は、ボロが出ないよう少し緊張しての食事だった。
「最近、百合園女学院の友人達の間では、こちらの紅茶が流行っていますのよ」
 美緒が飲んでいる紅茶は、ゴールデンティップスが多く含まれた紅茶だった。
 甘くて、ふくよかな風味が楽しめるのだという。
「美緒さんにお似合いの紅茶だな」
 正悟がそういうと、美緒は微笑んで「ありがとうございます」と答えた。
「よろしければ、お土産に買って帰られては?」
「そうだな。百合園の子達に人気の味っていうのにも、興味があるし」
 少し高い紅茶だったが、美緒に勧められたこともあり、正悟はその紅茶を購入して帰ろうかと思った。

 美味しい食事と、デザートと。
 のんびりとした他愛もない会話を楽しんだ後。
 正悟と美緒はそのレストランを後にした。
 今日は正悟のおごりだった。
 美緒はおごられることに慣れているようだったが、同じ学生という立場であることから、少しだけ躊躇をして。
「お土産だけは、一緒に買わせていただきますね」
 と、お土産の紅茶を2箱購入し、1箱正悟にプレゼントしたのだった。

 紅茶を持って、外に出ると……すでに外は真っ暗だった。
 正悟は美緒を送っていくことにする。
「外国人も増えたし、治安が気になるからな……」
 そんなことを言いながら、正悟は美緒の手をとって、離れないようにと握りしめた。
「ありがとうございます」
 美緒は正悟が危険から守ってくれようとしているのだと、素直にそう理解をして、嬉しそうにお礼を言う。
 手を繋いで、また他愛のない話をしながら、正悟は美緒を迎えの馬車まで送る。
 ほんの少しの時間だったけれど、恋人同士になったようなそんな感覚を受けて、気持ちが互いに高揚していた。
「今日は付き合ってくれてサンキュー」
 手を離して、正悟はそう言った後、美緒に背を向けて手を上げた。
「次回は機会があればまたデートにでも誘わせてもらうよ」
「楽しかったですわ。良い夜を」
 美緒は優雅な微笑みを見せた。
 それじゃ、また、と。
 正悟は手を振りながら、帰っていく。